第拾話『見えすぎた代償』
水の中から浮かび上がった羽生陽蔵の顔。
その瞳は焦点が合っておらず、奥底で何か得体の知れないものが蠢いていた。
「俺は、選ばれし者だ――この村の未来を背負う者だ!俺は!この村を救ったんだ!!」
「しつこいな、糞村長が……」
陽蔵の声は低く濁り、まるで沼の底から響くように歪んでいる。
「終わったのは村じゃない。生きる事を放棄した愚か者どもだ。彼らは死してなお、俺の理想を壊そうとする――許さぬ!」
その言葉に合わせて、羽生の身体はぐにゃりと歪んだ。
皮膚が裂け、中から黒い水膨れが動きだし、暗い濁流が滲み出す。
無数の生々しい“手”が胸から伸び、虚空を掴もうともがく。
「俺が築いた完璧な共同体に、視える者どもが踏み込む事など許されん!」
言葉は空間に響き、周囲の空気を凍りつかせた。
壁から滴る水滴は、血のように赤黒く染まっていく。
「この地獄はお前達の為にある――逃れられぬ牢獄だと知れ!お前達もこの村の…俺の理想とした村の演者にしてやろう!!」
羽生の口元は歪み、不気味な笑みが浮かんだ。
「誰も救われぬ、誰も逃れられぬ。ここが俺の村だ!」
その瞬間、水面が割れ、腐敗した無数の手が沸き上がる。
老婆の手、子どもの手、腐り落ちた指先が狂乱の渦となり、羽生に絡みつく。
その渦の中心で、羽生の狂気は頂点に達した。
「お前たちは何も理解していない。これこそが理想郷だ。犠牲となった者達の魂で築いた、俺の愛の結晶だ!あと少しだ!この村は最高の観光地になる!!日本最大の“心霊スポット”として、最高の観光地に!!」
狂った笑い声が地下に響き渡り、修達の胸を締めつける。
結は険しい表情で息を呑み、愛菜はノクスを抱きしめて毛を逆立てる。
「にゃうっ!(しゅー、危険だ!)」
とノクスが身構える。
修は震える手を必死に押さえつつ、スマホのアプリを操作する。
「陽蔵、お前の呪い……ここで終わらせてやる!!」
修のスマホには“破邪必滅”と表示される。
そして、画面から閃光が放たれ、黒い影が揺らぎ始めた。
しかし羽生は叫び続ける。
「俺は間違ってなどいない!犠牲は未来の礎だ。あの者達の叫びを無にする者は、誰であろうと許さぬ!」
腐敗した村人の顔が水面に浮かび上がり、悲しみと怒りを込めて羽生を責め立てる。
羽生の瞳は暗闇の中で光り輝き、狂気に満ちた決意が溢れていた。
「終わりは来ぬ。お前達が消えようと、俺の理想は永遠に続く!」
その言葉が地下に響き渡る。
修はアプリの光を強く放ち、渦を切り裂こうとするが、黒い影は決して消えない。
ノクスが鋭く吠え、愛菜も必死に守ろうとする。
「しゅーくん、負けないで!」
修は何度も画面をタップし、必死に抵抗する。
しかし羽生の声は闇に溶けていく。
「俺の村は、永遠の牢獄だ。逃げられぬ運命に縛られし者よ、消え失せよぉぉぉ!!!」
その言葉が最後の咆哮となり、羽生の姿は黒い渦に飲み込まれていった。
地下は再び静寂に包まれ、ただ遠くでノクスの鳴き声だけが響く。
「にゃ……(まだ、終わらない……)」
修は深く息を吸い込み、決意を新たにした。
「これで終わりじゃない」
永遠の牢獄に囚われた全てのものを解放しなくてはならない……
そして、皆が解放されていないという事は、全ての元凶である、この牢獄の主、陽蔵がまだ存在するという事だった……
次回予告
最終話『終焉の牢獄』
――理想に囚われた者の呪縛。
羽生の狂気は消えず、さらに深い闇が村を覆い尽くす――。
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