第壱話『屍村への誘い』
「鹿羽村って知ってるか?」
「“しかばむら”ですか……?」
夏休み直前の夕方。オカルト研究同好会の部室に、いつもより湿った声が響いた。発したのは顧問の浜野京介。だらしない格好のまま、アイスコーヒーを手に扇風機の風に吹かれている。
「正式な読みは“しかば”だけど、地元じゃ“しかばねむら”って呼ばれてる。忌み地だよ」
「そのまんまじゃないっすか。いかにもホラーなネーミングですね」
「で、出るんですか? 幽霊」
雨城修の目が輝いた。その反応を見て、京介は肩をすくめる。
「昔、大雨で村全体が水に呑まれた。逃げ遅れた住人のほとんどが行方不明。遺体も見つかってない」
「え、それってつまり……」
「成仏してない?」
君鳥愛菜が小さく声を漏らした。彼女のリュックが、もぞりと揺れる。中から、小さな黒猫――妖怪のノクスが顔を出す。
「にゃっ(行くな、あそこは危ないぞ)」
「……ノクス、そんなに?」
「でも、しゅーくん達が行くなら、ボクも行くよ」
「何の話?」
「ノクスがちょっとビビってるだけです」
愛菜は笑いながら答えたが、その笑顔にはほんの少し不安が混じっていた。
「ノクスがビビるって、よほどヤバいのかもな」
「実家に帰るついでに寄ってみるかと思ってな。お前らも来るか?」
「うわー、マジっすか!? 最高!」
「ボクも行く! 夏のホラー探検って感じ!」
「……雨城君が行くなら、私も」
「にゃうにゃう(まったく、バカな人間たちだな……)」
「うんうん、でも大丈夫だよ。ノクスがいれば平気だもん」
「妖怪に止められる心霊スポットって……それシャレにならんだろ」
「面白くなってきた」
修はニヤリと笑った。その目は、まるで獲物を見つけた猫のようだった。
○○○○○
──数日後。
「なんかもう……全然人の気配ないね」
「道もガタガタだし……ノクス、大丈夫?」
愛菜がリュックを開けると、ノクスがひょっこり顔を出した。
「にゃう……(気配が濃くなってきた……)」
「うん、だよね。でも無理はしないでいいからね」
「何話してんだ?」
「ノクスが、“空気が変わってきた”って」
「猫のくせに霊感あるんだよなぁ」
「にゃんっ(猫じゃない!妖怪だ!)」
「……妖怪だそうです」
「いや、通訳すんなよ、知ってるし」
やがて車が止まった。目の前には、朽ちた鳥居と、ひび割れた石畳の道が続いていた。
「うわ……マジで雰囲気ヤバい……」
「全部、止まってる感じ……」
「にゃふ……(この場所、まだ“過去”に縛られてる)」
「ノクスが言うには、“過去がまだ終わってない”って」
「……時間が止まってるって意味か」
修が静かに言った。
やがて一行は、小道をさらに奥へと歩いていく。だが、歩けば歩くほど、景色が少しずつ歪んでいく。
「……あれ? 来た道、こんなだった?」
「GPS死んでる……」
修がスマホを振るが、画面は真っ白なままだ。
「にゃうっ!(何か来る!)」
「ノクスが……来るって!」
「来るって、誰が?」
「“何か”が、だ」
修の目が鋭くなる。
「ザブ……ザブ……」
「水……? 川なんてこの辺に……」
「にゃうにゃう!(あの日の水が戻ってくる!)」
「しゅーくん……ノクスが、“あの日の水”がまた来るって……」
空が、ゆっくりと赤く染まり始めていた。
次回予告
第弐話『水の底から』
足元を濡らす水の音。
それは、この世のものではない。
思い出してはいけない。忘れてもいけない。
屍村の夜が、始まる――。
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