第七話 陛下、アメリカ海軍を撃滅し遊ばされる
■皇居 御文庫附属庫
マスタールーム横 テストルーム
御前会議が始まる前、深夜のうちに陛下はクロと一緒に海軍ユニットの確認も行っていた。
海軍ユニットは全般的に大きいため、陸軍ユニットを検証した部屋を拡張しそこに水場を用意した。水場とはいえ縦横200メートル、水深50メートルはあり、さながら巨大な地底湖といっても良いレベルである。
「艦船は大きいユニットばかりでポイントも高額だから、まずは小さめのユニットから試した方が良いニャ」
「では手始めにこの海防艦を召喚してみましょう」
陛下はリストから一号型海防艦なるユニットを召喚した。ちなみに領海の場合、召喚リングは海面でも海中でも好きな深度に設置できることになっている。今回は水上艦艇を呼ぶのでリングは海面に設置していた。
一号型海防艦、丙型海防艦とも呼ばれるこの艦種はおもに船団護衛や沿岸警備にもちいられる。数が大量に必要となるため船体は小さく装備も出来る限り簡素化されているが、それでも全長は70メートル近く排水量も800トンを超える。戦車などに比べても遥かに巨大なユニットだった。
その大きな船体が光とともに現れた。
「やっぱりニャ……」
「まあ想像した通りですね……」
召喚したユニットは見た目こそは軍艦だったが、兵士や戦車と同様にやはり普通ではなかった。
船体全体がなにかウネウネと蠢いている。時々、艦首を海面からもちあげて周辺を探る様に動かしている。艦首の錨鎖孔の所には紅い目が輝いており、喫水線の所には鋭い牙をもつ巨大な口があった。
「たぶん、これはキラーシャークですニャ……」
「なるほど、ということは見た目は船でも海に潜る事が出来るかもしれませんね」
試しに陛下が命令すると、海防艦はあっさり水中に姿を消して見せた。
「ふむ、潜れるならば高価な潜水艦はもう不要でしょうか」
「たしかに……よく考えたら水面でしか活動しないような水棲モンスターなんか居るわけないニャ……」
こうして敵の海上戦力に対しては、安い海防艦や駆逐艦を主力にして戦う方針が決定された。この情報は御前会議後に集められた海軍の佐官らにも共有され、敵艦隊の撃滅作戦が決定されていった。
■昭和二十年(1945年)5月25日 日没後
TF58所属 駆逐艦トワイニング 艦橋
その夜、駆逐艦トワイニングは沖縄西方海上でピケット任務に就いていた。夕闇が濃くなる海上を眺めながら、艦長のリスト大佐は言いようのない不安を覚えていた。
今日の昼間、沖縄に上陸していた陸軍は大変なことになったらしい。そして日が暮れた今も混乱は続いている。すでに各師団どころか軍司令部との連絡もつかなくなり状況が判然としていないという。
一方で海上にある第5艦隊のほうは平穏だった。
この所、毎日のように続いていたカミカゼ攻撃が今日は1機もなかった。陸軍を救うために空母部隊は地上攻撃を繰り返していたが、それも日没とともに終了となっている。
「このまま何も無ければ良いが……」
思わず不安が口に出る。それを打ち消そうとコーヒーに口をつけようとした時、ソナー室から報告が入った。
「艦長、奇妙な音を検知しました。音源は2。方位140。速度20ノット以上。高速で本艦に向かってきます」
「奇妙とはなんだ?スクリュー音ではないのか?」
リスト艦長は戦術マイクをとるとソナー室に直接確認した。トワイニングは単艦のピケット任務のため他に確認することもできない。
「スクリュー音ではありません。大きな水切り音のようです。どちらかと言えば船が沈む際の音に似ていますが、速度が段違いです」
「レーダー室、見張りはどうだ?何か見えるか?」
「レーダー反応なし。ネガティブです」
「海上には何も異常が見えません」
「わかった。念のために異常を検知したと艦隊司令部に報告はあげておけ」
「音源、まもなく本艦に到達します」
「ブリッジより、不明な音源が本艦に接近している。総員衝撃に備えよ」
たぶんクジラかイルカだろうと思いつつ、リスト艦長は念のため衝撃にそなえるように艦内に伝えた。
直後、想定していた以上に激しい衝撃がトワイニングを襲い、リスト艦長は床に投げ出された。
■駆逐艦トワイニング 機関室
「ブリッジより、不明な音源が本艦に接近している。総員衝撃に備えよ」
ブリッジからの放送を聞いて、ジョンソン二等兵は慌ててボイラー横のパイプを掴んだ。
その数秒後、艦は激しい衝撃にみまわれた。パイプから手が離れジョンソン二等兵は床に投げ出される。照明が赤い非常灯にかわり、あちこちから浸水音と悲鳴が聞こえてくる。
このままでは艦が沈むかもしれない。ジョンソンは立ち上がろうとしたが立てなかった。艦はまるで何か大きな手に掴まれているかのように激しく揺さぶれられていたからである。
これは魚雷や機雷などでは絶対にない。一体全体、何が起きているのか。そう思って壁に目をやった時に、ジョンソンはその原因を見てしまった。
0.5インチの鋼板を溶接してつくられた艦の外板が内側に向けて大きく膨らんでいた。
正確には直径10メートルほどの円形に綺麗に膨らみが並んでいる。それは歯形のようで、まるで大きな生き物が艦の外から噛みついているかのようだった。しかもそれは今も艦の揺れにあわせて少しずつ食い込んできている。
「え?なに?なにこれ!?」
とにかく逃げて報告しないと……そう考えて動く間もなく外板が食い破られた。その奥にジョンソンは鋭い歯が無数に並んだ巨大な顎を目撃した。次の瞬間、彼はその意識とともに濁流に飲み込まれた。
■駆逐艦トワイニング 艦橋
艦全体が振り回されるかのように激しく揺さぶられ、ついに横倒しになった。
その衝撃でリスト艦長はブリッジから海に投げ出された。落ちた勢いで彼は海中深く沈みこむ。その横を今まで自分の指揮していた艦が沈んでいく。
薄暗闇の中、沈んでいく艦の代わりに水中から何かが昇ってくるのが見えた。
「船だと……?」
それは日本海軍のフリゲートのように見えた。それが沈みゆく乗艦と入れ替わるように上がってくるのだ。まったく意味が分からない。
その艦首がパクリと開いた。無数の巨大な歯が姿を現す。リスト艦長は驚く間もなく巨大な顎に飲み込まれた。
■皇居 御文庫附属庫
「敵の前衛艦はすべて排除しました。陛下、海防艦にはこのまま周辺海域の潜水艦駆除に向かわせて下さい」
「分かりました。皆、ありがとうございます」
「とんでもございません。小官らは陛下のお力を使わせて頂いただけです」
日本の周辺や通商路には敵艦隊以外にも敵潜水艦がうようよと徘徊している。海軍はこの際ついでにこれらの始末もつけるつもりだった。
「敵艦隊主力の包囲は完了しています。ネズミ一匹逃がしません」
軍令部と連合艦隊司令部から来た佐官らによって立てられた計画に従って、陛下は海中に召喚リングとユニットを配置していた。彼らはこれまでの憂さを晴らすかのように、文字通り敵艦隊の全滅を目論んで作戦を立てていた。
そのご様子を藤田侍従長は部屋のすみで見守っていた。
陛下も作戦にご同意されている。陸上の戦いの時もそうだったが、海戦においても陛下は敵に対して容赦がない。日頃の陛下の性格から想像できない苛烈なご判断に藤田は若干の疑問を抱いていたが、あえてそれを口に出すことは無かった。
「では攻撃を始めましょう」
その言葉と同時に配置された数百のユニットが敵艦隊に向けて一斉に動き出した。そのほとんどは海防艦と駆逐艦だが、先のピケット艦への攻撃結果から大型艦に対する攻撃力不足が懸念されたため、巡洋艦ユニットも追加で召喚されている。
こうして米第5艦隊の運命は定まった。
■アメリカ第5艦隊
旗艦 戦艦ニューメキシコ
次々ともたらされる報告に艦隊司令部を兼ねたCICは騒然としていた。
「TG58.4ラドフォード少将より、ピケット任務の駆逐艦トワイニングからの応答が途絶したとのことです。これですべてのピケット艦が消息を絶ちました」
「どのような攻撃だったか分かりますか?」
「潜水艦や航空機ではありません。なにか大型の海洋生物に襲われたらしいとのことです」
「TG58.1ミッチャー提督より、これより夜間戦闘機部隊を緊急で索敵に出すとのことです」
「わかりました。ミッチャーには、どんなに小さな事でも異変を見つけたら、必ず報告するように伝えてください」
とにかく今は情報を集めるしかない。第5艦隊司令のレイモンド・スプルーアンス大将は帽子をかぶり直すと頭の中で現状を整理した。
今日の昼から日本軍の攻撃は明らかに変わってたる。異常としか言えない。
陸上では、これまで確認されていなかった膨大な数の敵兵が突如湧き出した。平原を埋め尽くすほどの敵兵に陸軍はあっという間に壊走してしまった。
今では第10軍司令のバックナー中将どころか、各師団の司令部との連絡もとれない。航空偵察と混乱した通信から、おそらく陸軍は組織的な抵抗も出来ず生き残りもわずかな状態だと考えられた。
「即時撤退を考えるべきですね」
一応、スプルーアンスはすでに明朝に陸軍の生き残りを収容する準備を進めていた。
だが敵はそれまで待ってくれないようだった。日本軍が陸上と同じパターンで攻めて来るならば、数の暴力で殴り掛かってくるに違いない。それはピケット艦が全て連絡を絶った事からも類推できる。
ただ敵の攻撃手段が分からない。最初は潜水艦かと思ったが、ピケット艦からのわずかな報告はそれを否定していた。信じられない事だが、その多くが何か巨大なモンスターに船腹を食い破られたと最後に報告してきていた。
すでに敵の包囲は完了しているように感じる。だが今なら、陸軍を見捨てれば、海軍だけは逃げられるかもしれない。自分のキャリアは失われるだろうが、それで第5艦隊全体を救えるなら安い取引だろう。
そこまで考えてスプルーアンスは即時撤退を決断した。だがそれは遅きに失した判断だった。
突然、戦艦ニューメキシコの巨体が揺れた。巨大な何かに衝突されたようだった。なぜかソナーもレーダーも何も検知していない。
ついで艦隊各所から混乱した通信が次々と入ってきた。すでに艦隊全体が同様な攻撃を受けているようだった。
「全艦に通達。ただちにウルシーに後退せよ!」
スプルーアンスの命令で各艦が撤退行動に移った。戦艦ニューメキシコも移動を開始しようとした。だが艦が動かない。それどころか何かに掴まれたように艦が大きく揺さぶられている。
自分の目で確認しようとスプルーアンスはCICを飛び出しデッキに出た。そこで目にしたのは、海中から伸びる多数の巨大な触手が艦を絡めとっているようだった。触手にはタコかイカのような吸盤がびっしりと付いていた。
「これは触手?モンスターなのか!?」
「ははは……もうおしまいだ……みんな死ぬんだ……」
士官や水兵らの中には発狂してしまっている者もいた。それでも司令官の責任感だけでスプルーアンスは正気を保つ。CICに駆け戻ったスプルーアンスは最後の命令を出した。
「至急TF38ハルゼー提督に連絡を取れ。絶対に沖縄に来るな、すぐウルシーに戻れと伝えろ!それと現在の状況を可能な限り伝えろ!」
現在、第3艦隊司令のウィリアム・ハルゼー・ジュニア提督が、自分と交代するため戦艦ミズーリでこちらに向かっているはずだった。もう自分たちは助からない。だがハルゼーまで死なせるわけにはいかない。
隣で艦長が、すぐに艦を捨て退艦するよう叫んでいたが、スプルーアンスはそれを無視した。外をみれば分かる。もう誰も助からない。
スプルーアンスの最後の命令は実行された。そして戦艦ニューメキシコは巨大な触手によって海中に引きずり込まれていった。
■皇居 御文庫附属庫
「敵艦隊の全滅を確認。生き残りも現在掃討中です」
「はっはっはっ!圧倒的じゃないか、我が軍は! 」
豊田軍令部総長が高らかに笑った。
日が変わる前にアメリカ第5艦隊は1艦残らず海上から姿を消していた。海上に浮かんでいたわずかな生き残りも次々と襲われて消えていく。第5艦隊は文字通り全滅していた。
陸上戦と違い、今回は比較的高価な艦船ユニットを使用したため大量のポイントを消費したが、それは敵ユニット撃破の報酬ポイントでかなり補填されていた。あとは敵潜水艦を防げば良いだけなので、いくつかの海防艦を残してすべてポイントに還元済みである。
「さて、沖縄を完全に解放したら、この調子で占領された所を奪還していきましょう」
■昭和二十年(1945年)5月26日
沖縄 嘉手納海岸
アメリカ陸軍 最終防衛陣地
海岸に作られた貧相な陣地に、この島に残された最後のアメリカ軍兵士らが立て籠もっていた。皆、装備もバラバラで表情には疲れと恐怖が色濃くこびりついている。
そこへ遠くから地響きとともに獣のような雄叫びが聞こえてきた。
「ひっ」
「きっ……来た!」
陣地のあちこちで悲鳴があがる。もうこの島に彼らの逃げる場所はどこにも無かった。海へ逃げる事もできない。頼みの海軍も昨晩のうちに全滅してしまっていた。
ならばと日本軍に降伏しようにも、それすら許されなかった。まったく話が通じないのだ。いくら軍使を送っても片っ端から小銃で撲殺されてしまう。
いまの日本兵には知性というものが欠片も感じられなかった。つい先日まで、あれほど巧緻な防衛戦を繰り広げ、散々自分たちを苦しめた敵手と同じとはとても思えない。人というより獣に近いようにすら感じられる。
きっと日本軍は兵士を薬物漬けにして理性と恐怖心を無くしているのだろう。まさに悪魔の所業だ。もっとも生き残っている兵士らにとっては今更どうでも良い事であった。
「いいか!リングが現れたらすぐに破壊しろ!」
わずかに残っていた士官や古参兵らが大声で指示を出す。彼らはこれまでの経験でリングは破壊できることを学習していた。一方の日本軍も学習したのか、忌々しいことに弾の届かない稜線の向こう側にリングを設置し、まとまった数で一度に攻めてくる戦法をとるようになっていた。
「ああ、神様……」
「どうか悪魔の手から我々をお救いください……」
急造の塹壕の中では、兵士らが震えながら神に最後の祈りをささげている。
そしてついに丘の稜線に恐怖の対象が姿を現した。日本兵の大部隊が雄叫びをあげながら丘を駆け下ってくる。そのカーキ色の人の波は隙間なく途切れることなく続いていた。
だがアメリカ兵らも無抵抗に殺されるつもりは全くなかった。
無数に設置された地雷が日本兵を吹き飛ばし、まだ生き残っている砲や戦車が日本兵を打ち砕く。陣地前に設置された火炎放射器が日本兵をを火達磨に変えていく。
「くそっ!くそっ!死んでたまるか!!」
塹壕に籠った兵士らも小銃や機関銃を撃ちまくり、日本兵を次々と倒していく。しかしどれだけ倒しても日本兵の数は一向に減らない。倒しても倒してもその穴を埋める様に次から次へと迫ってくる。
とうとう日本兵が塹壕の中に躍り込んできた。アメリカ兵らは最後まで勇敢に抵抗したが一人の兵士に何人もの日本兵が群がる状況では勝ち目などない。塹壕は瞬く間に蹂躙されてしまった。
最後のアメリカ兵が撲殺されると、それまで暴徒のように喚き散らしていた日本兵が嘘のように静かになった。ただ一様にゆらゆらと身体を揺らしながら、ぼーっと佇んでいる。そしてしばらくすると次々と光の粒子となって消えていった。
あとにはアメリカ兵の死体と血で真っ赤に染まった海岸だけが残された。
「米軍陣地の殲滅を確認。すべての神兵も光となって消えました」
その様子を少し離れた所からじっと観察していた偵察小隊は、第三二軍の司令部に状況を報告した。
■沖縄 首里
日本陸軍 第三二軍司令部壕
「神兵も消えたということは、これで島内から敵は完全に一掃されたと判断してよろしいかと」
「たしかにな。敵がどこに潜んでいようと神兵は過たずそちらに向かうみたいだからな」
偵察小隊の報告を受け、参謀らは皆ホッとした表情を見せていた。事情を知らされていない彼らは、陛下の召喚した兵を勝手に『神兵』と呼んでいた。
「しかし本当に神兵は不思議な存在だ……一体何者なのだろうか」
安堵とともに牛島司令らは大きな疑問も抱えていた。彼らに陛下の能力が説明されるのは、しばらく後となる。
こうして沖縄は、およそ2カ月ぶりに日本軍の手に奪還されたのだった。
挿絵のイラストはChatGPTで作成しています。
駆逐艦が船腹を食い破られるシーンはこの50秒付近のイメージです(映画 MEG ザ・モンスター)
https://youtu.be/CkKmWhtzYHU?si=t6VI-nLh6dzGbXZt&t=50