第五話 陛下、御前会議を招集し遊ばされる
陛下はクロと寝室にテレポートして戻ってきた。幸い良宮はまだ何も気づかずスヤスヤと寝ている。
ダンジョンマスターになった陛下は不老となり睡眠も食事も不要な身体となっていたが良宮を一人寝させるのは忍びない。今後も彼女が寝入るまでは同衾するよにしよう。良宮の寝顔を眺めながら陛下はそう思った。
目覚ましは7時にセットしてある。日頃から陛下は女官に起こしてもらう事を良しとせず、自分で起きることを日課としていた。時計を見るとちょうど日が変わる所だった。
(ピロン♪)
日が変わると脳内にメッセージが届いた。
(クロさん、今デイリーポイントなる大量のポイント付与がありました)
(あー、それは保有ボーナスと敵性ユニットの滞在ボーナスニャ)
ルールでは保有するダンジョンの大きさに応じたデイリーポイントが付与される。またダンジョン内で敵を倒すだけでなく、日が変わる時点でダンジョンに残っていた敵性ユニットに応じたデイリーポイントが得られるようになっている。
敵の滞在ボーナスポイントの出所を見ると、特に中国から大量のポイントが得られている事が分かった。
どうやら中国や満州はその住民のほとんどが敵性NPC扱いとなっており、そのため大量のボーナスが入ったようだった。
(なるほど、いくら手持ちのポイントが多いといっても、将来のポイント確保も考えて戦略をたてる必要がありますね……)
陛下は寝所のドアを開け、不寝番の武官に侍従長を至急呼ぶように伝えた。
「あら、もう朝でございますか?」
あわてて走り去る武官の足音で目が覚めたのか、ベッドから身を起こした良宮が目をしばたかせながら尋ねた。
「いいえ、まだ0時を回ったところです。私はこれから少し仕事がありますが、あなたはゆっくり寝ていなさい」
「いえ、陛下が起きられるならば私も起きます。せめて御身の支度の手伝いだけでもさせて下さいませ」
良宮に手伝ってもらって着替えを済ませた所で、ようやく侍従長の藤田尚徳がやってきた。
「陛下、参上が遅くなり申し訳ございません」
寝ていた所を叩き起こされ、あわてて着替えてきたのだろう。御文庫の高い湿度もあって顔面に汗が吹き出している。
それでも海軍の重職を歴任した元海軍大将らしく、藤田は落ち着いた所作で腰を折って遅くなった事を詫びた。
「夜中に起こしてすみません。実は明朝に緊急で御前会議を開催してほしいのです」
「明朝に御前会議を!?それも陛下御自らのご発議でですか!?」
「そうです。今次大戦について朕の考えとこれからの事を臣らに伝えたいと思います。必ず全員が揃う様に伝えてください」
陛下の言葉にさすがの藤田も慌てた。
御前会議とは非公式ではあるが陛下ご臨席のもとで主要閣僚や軍部首脳をあつめて行われる会議である。あくまで陛下はご臨席されるだけで主催どころか通常は発言されることすら無いからだった。
さらに政府や軍の首脳が参加するため、その調整もまた手間と時間が掛かるのだが、それらを一切無視して明朝に開催しろと言うのだ。藤田が慌てるのも無理はなかった。
「す、すでに深夜なので、さすがに明朝の開催は非常に厳しいかと……」
「無茶なことは分かっています。だが今回は反論は許しません。皆には必ず参内するように伝えなさい。正当な理由もなく来れないという者には反逆とみなすと伝えても構いません」
「ひっ!」
藤田が陛下からこのような厳しく激しい言葉を聞くのは初めてだった。それと同時に彼は心臓を何かに鷲掴みされた様な感覚を覚えた。
まるで瘧 にでも罹ったかのように身体が芯から震える。先ほどまでとは違う冷たい汗が全身から噴き出る。藤田は現役の軍人だった頃でも感じた事もない激しい恐怖に襲われていた。
「も、申し訳ございません!すぐに、すぐに準備致します!」
「理解したならば、疾く行きなさい」
「は、はい陛下!仰せの通りに!」
藤田は辛うじて一礼すると転げるように走り去っていった。
(あの……マスター、あんまりNPCを威圧しすぎると死んじゃうかもしれないニャ……)
陛下は侍従長を説得するためにダンジョンマスターの持つ威圧スキルを使ってみたのだが、どうやら加減を間違えたようだった。もしかしてと思って振り返ると、良宮もベッドで気を失っていた。
(確かにそうですね……以後気を付けます)
陛下は素直に反省した。そして女官を呼んで良宮の世話を申し付けると、クロとともにテストルームに転移してマスターの能力やユニットの確認作業を再開した。
■昭和二十年(1945年)5月25日
皇居 御文庫附属庫
第十四回 御前会議
その会議は冒頭から何もかもが違っていた。
まず陛下が侍従長の案内も待たずいきなり会議室に出御された。
部屋の入り口で立ち止まり参加者をぐるりと睥睨する。それと同時に皆が恐怖に近い威圧感を感じ慌てて立ち上がり頭を下げる。陛下の背後に立つ侍従長に至ってはまるで陛下を恐れるかのようにわずかに震えてすらいる。
陛下はなぜか右肩に赤目の黒猫を乗せていたが、それを誰も不思議に思うことすらできなかった。
「皆、楽にしなさい」
ゆっくりと席についた陛下が口を開いた。その言葉で重石のようだった圧力が弱まり参加者がホッとする。
「まずは朕の願いに皆が応えてくれたこと、まことに嬉しく思う」
これも異例であった。会議は通常、内閣総理大臣の開会の辞から始められる。基本的に御前会議の場で陛下がご発言どころかお気持ちを表明する事すら無い。過去に開戦が決まった際に明治天皇の和歌を詠まれた事だけが唯一の例外であった。
本来、議事進行を行うべき内閣総理大臣の鈴木首相も唖然とした顔で陛下を見つめていた。そもそも本日なぜ緊急で招集されたのかも知らされていないので、進行のしようがない。
「へ、陛下、恐れながら本日はどのような目的で臣らを招かれたのでしょうか?」
それでも職務意識から鈴木首相は意を決して陛下に問いかけた。
「今大戦の今後について朕の考えを語ろうと思う」
その言葉で参加者の一同がざわついた。
「恐れながら、それは我が国から連合国に降伏を申し出るという事でしょうか?」
陸軍参謀総長の梅津美治郎がたまらず問いかける。それは今回の緊急招集にあたり誰もが真っ先に考えたことであった。皆が陛下に注目し固唾を飲んで言葉を待つ。
なにしろ2年前にはイタリアが、そして今月頭にはドイツが降伏している。すでに三国同盟で残っているのはこの日本だけであり、今さら逆転の目があるとは誰も思っていない。
降伏は避けられないにしても、せめて日本が納得できる国家の形で残れるように、その条件を引き出すためだけに日本は戦争を継続しているような状態だった。
「参謀総長の疑問はもっともである。しかし安心しなさい。朕は降伏を申し出るつもりはありません」
降伏の話でないことが分かり皆が安堵した。
「恐れながら、それならば今大戦の今後についてとは、どのような議論なされるのでしょうか?」
海軍軍令部総長の豊田副武が代わって質問した。
「もちろん今大戦をどのように勝利するか、です」
「しょ、勝利……ですか?」
豊田をはじめ皆があっけにとられた。
「そうです。実は昨晩、夢の中に天照大神が降臨されました。そして朕はこの国を救うため神からあらたな能力を授けられました。この能力を使って我が国を勝利に導きたいと思います」
神から能力を授かった?とうとう陛下はお気がふれてしまわれたのか……?皆がきわめて不敬なことを考えた。そして助けを求めるように侍従長を見つめたが、とくに陛下を心配している様子も見られない。むしろ逆に陛下を恐れているようにすら見えた。
陛下も夢で出会った男のことをとりあえず『神』として皆に説明することにしていた。その方が理解もしやすく素直に従うだろうという判断だった。
「皆が朕の言葉を俄かには信じられないことも良く理解できます。信を得るには実際に朕の能力を見てもらうのが一番でしょう」
そう言って陛下は会議室の壁を見た。
その瞬間、会議室の壁が突然動いた。いや動いたというのは正確ではない。部屋の広さが倍くらいに拡がっていた。その内装もこれまでの殺風景なコンクリート壁から、かつての明治宮殿を偲ばせるような豪華なものに変わっている。
「「「おおおお!!!」」」
これはもちろん陛下がダンジョンマスターの能力で部屋を改修しただけのことだが、それを知らない参加者らは一様に驚きどよめいていた。
「皆に説明しやすいようにスクリーンを設置したいのですが、少し部屋が狭いので拡げさせてもらいました」
ついで壁の一面に巨大な黒い板が現れた。そこに精緻な日本列島周辺の地図が表示される。
「これはスクリーンと言います。ここに様々な情報や状況を表示させることができます」
そう言って陛下は地図を拡大縮小したり、陸海軍基地や戦場の映像を表示してみせたりした。もう既に参加者らは唖然として文字通り開いた口が塞がらない状態となっている。
「さて、朕が神から授かった能力は『ダンジョンマスター』というものです」
「「「だんじょんますたあ?」」」
「はい、そしてここに居るのが朕を補佐してくれるサポートキャラの『クロ』です」
「よろしくニャ!マスターとこの国のために一生懸命がんばるニャ!」
すでに十分以上に驚き疲れていた皆は、もう二股の猫が人語を話したくらいで動揺することはなかった。
その後、陛下とクロからダンジョンとダンジョンマスターについての簡単な説明がなされた後、いよいよ陛下はこの会議の本題に移った。
「これで皆は朕の言葉を信用できるでしょう。では手始めに朕は沖縄を救いたいと思います」
いよいよ次話より戦闘(蹂躙)が始まります。