第四話 陛下、モンスターを召喚し遊ばされる
陛下は中国や東南アジア、マリアナ諸島など、設定可能な地域すべてをフィールド型ダンジョンに設定した。
ダンジョン化はしたものの現時点では世界に何の変化もない。あくまで陛下の脳内にあるマップに色が付いたくらいである。
「うっ……」
だが陛下は突然、頭を押さえて膝をついた。
「ま、マスター!どうしたニャ!?」
「あ、頭の中に突然たくさんのメッセージが……」
すべての制圧地域をダンジョンに設定した途端、陛下の脳内に恐ろしい数のメッセージが入ってきたのだ。その暴力的なほどの情報量で陛下は激しい頭痛に襲われていた。
「急いで情報にフィルターをかけるニャ!ある程度の強さ以下のメッセージはオフにすれば良いニャ!」
大量のメッセージのほとんどはダンジョン内への敵の侵入を報せるものだった。
敵プレイヤーのユニットでなくても、元からいる生物、つまりNPCがこちらに敵意をもっていれば敵、友好的であれば味方ユニットとしてカウントされる。
つまり、現時点で占領されたり攻撃をされたりしている地域には膨大な数の敵ユニットが存在していることとなり、その情報が一気に陛下の頭に流れ込んできたのだった。
クロの指示に従って陛下は急いでメッセージの設定を変えた。それでようやくメッセージは許容できる量におさまった。
頭痛も徐々に引いていく。その代わりに陛下は日本が連合国に四方八方から攻め込まれているという現状を改めて実感していた。
落ち着いた所で、陛下はダンジョンポイントが少しずつ上昇していることに気づいた。
「それは敵ユニットの撃破ポイントニャ」
NPCを含む敵ユニットがダンジョン内で撃破されると、その相手に応じたポイントが入ってくる。つまりポイントが入るということは、今もどこかで皇軍兵士が戦っているという証であった。
現在、最もポイント収入の多い地域を調べると、それは沖縄だった。
沖縄には今年の4月に米軍が上陸した。海軍も4月に戦艦大和を中心とする艦隊を送り込んでいるが、大戦果と引き換えに壊滅したらしい。そして沖縄本島では今も激しい戦いが続いていると聞いている。
陛下がマップを確認すると、すでに司令部のあった首里付近にまで敵性NPCが溢れていた。友好NPC、つまり皇軍は沖縄南端の糸満付近に押し込められ、その壊滅も時間の問題という状態だった。
その友好NPCの数もどんどん減り続けている。それはつまりは陛下の赤子たる皇軍兵士らが次々と死んでいる事を意味していた。
「すぐに沖縄を救わねばなりません」
陛下は宣言した。
毎日のように爆撃をうける本土も救うべきだが、まずは放っておけば数日中には滅びであろう沖縄を救う事が先決だと陛下は判断した。
「ではすぐに召喚陣を設定してモンスターを召喚するか、罠を設置すれば良いニャ」
「その通りですね。しかし、まずは私自身が出来ることを理解する必要があります」
脳内のマニュアルには召喚できるユニットや設置できる罠のリストもある。だが理解するには一度は実際に試してみる必要があると陛下は考えた。
そこで陛下はマスタールームの隣にそういった確認作業などを行うためのテストルームを用意した。陛下は元より慎重な性格ではあったが、それがダンジョンマスターとなった事で更に強くなっている様だった。
「これなら色々と試せるでしょう」
テストルームは縦横100メートルはあろうかという大きな石造りの部屋だった。天井も高い。その部屋の中央に陛下は召喚陣を設置した。白い光と共に直径3メートルほどの石造りのリングが現れる。
「さて、なにを呼び出しましょうか……おや?」
脳内の基本知識によれば、召喚リストには多様なモンスターが名を連ねて居るはずだった。だがそこには陛下を困惑させる名前が並んでいた。
陸軍 小銃兵 二等兵 1名
陸軍 小銃兵 一等兵 1名
:
陸軍 小銃兵 伍長 1名
陸軍 小銃兵 軍曹 1名
:
陸軍 歩兵小銃分隊 10名
:
陸軍 九七式中戦車(47ミリ砲)
「モンスターを召喚してみたいのですが……なぜ知識にあるモンスターの代わりに皇軍兵士や兵器が並んでいるのでしょうか?」
「あー、それは元プレイヤーがモンスターの名前とスキンデータをわざわざカスタマイズしたんだと思うニャ。でもたぶん中身や性能は元のモンスターと変わらないはずニャ」
とりあえず確かめようと陛下は一番安い二等兵を召喚してみた。
召喚陣が光り輝き、その中心から浮かび上がるように人影が現れる。光が収まるとそこに日本兵が、いや、日本兵っぽい生き物が立っていた。
「グゲ、グゲゲッ」
確かに見た目は日本兵に見えないこともない。だが色々とおかしかった。
「にゃんですか、これは……」
「なんでしょうか一体……」
例え二等兵でも本物の皇軍兵士ならば背筋をピンとのばし小銃を脇に抱えているだろう。だが目の前の兵士の背は曲がり前かがみになっている。小銃もまるで棍棒のようにぶらぶら揺らしている。口はだらしなく開かれ涎がたれている。そもそも言葉も話せそうにない。
「あー、これは完全にゴブリンですニャ……言葉は話せないし簡単な命令しか聞けないけど安いから沢山召喚できる事だけが利点のモンスターニャ」
「では上等兵とか軍曹とかも……」
「たぶんハイゴブリンとかゴブリンリーダーだと思うニャ……あ、でもランクが上がれば多少は言葉も話せるし細かい命令も出来るようになるニャ」
「ふむ……兵士は分かりましたが、それでは機械である戦車などはどうなのでしょうか?」
「一応、想像はつくけど出してみないと分からないニャ」
「では戦車を召喚してみましょう」
陛下は九七式中戦車(47ミリ砲)というユニットを召喚してみた。さすがに戦車は兵士よりはるかに高額なポイントが必要だったが、今の陛下が持つポイントにあっては誤差レベルでしかない。
光とともに召喚陣から現れた戦車は、確かにその形だけは陛下も見た事がある中戦車に似ていた。
だがやっぱり何かがおかしい。
鋼鉄で出来ているはずの車体側面が、なぜか呼吸をしているようにゆっくりとわずかに膨らんだり萎んだりしている。いや、そうでなく間違いなくその戦車は呼吸をしていた。砲塔の上には戦車長が姿を見せているが逆にこちらは身動きひとつしない。どうみてもただの人形だった。
車体の前面には頭があった。巨大な口には鋭い牙が並び、赤い目で陛下をじっと見つめている。
「……必要ポイントと雰囲気からすると、これはロックサラマンダーかレッサーアースドラゴンってとこかニャ。言葉は話せないけど知能はそこそこあるから命令はできるはずニャ」
そこで陛下は試しに少し部屋をぐるりと回るように命令してみた。戦車もどきは言われた通り部屋をゆっくりと『歩きまわった』。
無限軌道や転輪は一見回転しているように見えるが、良く見ると床に接地していない。車体の下を覗くと4本の短い脚が生えていて車体を動かしていた。つまりというか、やはりその戦車は巨大な生物だった。
「……これも朕の知る戦車ではないですね」
きっとこんな設定作業をしていたから元プレイヤーは飽きてしまったんだニャ……そんなクロのつぶやきに陛下はとても納得した。
その後、色んなユニットを召喚してみたが、やはりその全てが外見だけ繕ったモンスターである事に違いは無かった。
とりあえず知りたい事は知れたので、陛下は呼び出したユニットをポイントに戻して消去する。消去の場合は召喚ポイントの半分が還元される仕組みとなっている。
「……まあ、事前に試したのは正解でしたね。では我が国を救う前に、まずは皆に私の能力を知ってもらいましょう」
挿絵のイラストはChatGPTで作成しています。