第三話 陛下、世界をダンジョンに変え遊ばされる
ひとまずダンジョンコアの安全が確保できたので、陛下とクロはダンジョンコアのあるマスタールームに転移した。
ダンジョンマスターはダンジョン内の好きな場所に転移できる能力が有る。ようやく周囲を気にせず話が出来るようになった所で、陛下は最初から感じていた疑問をクロに尋ねた。
「ところで……そもそも日本には、いえ地球にはダンジョンなどという物はありませんでした。いま世界はどうなっているのでしょうか?」
陛下にインストールされたものは、ダンジョンマスターの能力とそれに必要な知識のみである。
この能力が日本国外にも及ぶのか、自分と同じような能力をもつ者が連合国側にもいるのか。これからダンジョンマスターとして日本を救うには、まず状況を知る必要があった。
「今の所は表面上はなにも変わってないニャ。でも大丈夫!世界もちゃんと調整されているニャ。だからマスターの能力はこの世界全体に使う事ができるニャ!」
クロの答えにひとまず陛下は安堵した。外に能力を振るえるなら日本を救う事がかなり現実味を帯びてくる。
「ちなみにマスターがこの世界で唯一のダンジョンマスターニャ」
だが続いてクロは驚くべきことを言った。
「え?朕一人だけなのですか?」
「その通りニャ。情報メニューに他のマスター情報が表示されていないから間違いないニャ」
「なぜ朕一人なのでしょうか?」
「うーん、このゲームはマスター同士の戦いを楽しむタイプなんだけど……たぶん元プレイヤーさんがマスター以外のダンジョンマスターを設定しないままどこかへ行ってしまったせいニャ……」
「という事は、ダンジョンマスターの能力を敵国には使えないのですか?」
この能力を連合国軍に使えないならば宝の持ち腐れである。
「それは大丈夫ニャ!敵は他のダンジョンマスターのユニットだけじゃないニャ!NPCでもこちらに敵意があれば敵扱いニャ!」
それを聞いて陛下はホッとした。同時にNPCという単語の意味も脳内知識で理解する。敵国の兵士や国民、そして日本国民もNPC扱いとなるらしい。
「ではダンジョンを拡げながら敵を攻撃していけば良い訳ですね」
「その通りニャ。普通ならこの部屋を起点にして地下や塔にダンジョンを拡げていく所だけど……マスターの現状と目的では、あまりお勧めでない作戦ニャ」
「確かにクロさんの言う通りですね」
地下や塔のダンジョン形式だと、地上は言うまでもなく空や海の敵に対して何もできない。しかも日本本土は海で囲まれている。普通のダンジョンでは日本を救えないのは自明の理だった。
「だから今回はフィールド型ダンジョンで攻めるしかないニャ」
本来、ゲームでのダンジョンとは地下につくられる迷宮を意味する言葉であった。だがダンジョンを扱うゲームが流行した結果、今ではダンジョンそのもの定義も拡大されている。
今では何の変哲もない街や、ごく普通の森林や平原、あるいは海原や空中まで、とにかくそこが「ダンジョン」であると宣言すれば、そこはもうダンジョンであった。
「フィールド型ダンジョンにすれば、マスターの国をそのままダンジョンに出来るニャ!ポイント的にもお得ニャ!」
フィールド型は現在の地形をそのまま利用できるだけでなく、消費するポイントが迷宮型に比べて非常に少なくて済むというメリットもあった。
迷宮型であれば通路や部屋や階層など、とにかく手間とポイントがひたすら掛かる。一方フィールド型だとそれが一切必要ない。
もちろん手軽なだけにデメリットも大きい。入口が限定される迷宮型と違い、フィールド型は敵がどこからでも侵入できるため防衛が難しいのだ。それに地形を変えようとすれば膨大なポイントを必要とする。
さらに陛下のインストールされたゲームは対戦型であったため、フィールド型ダンジョンを作成するには特殊な条件があった。それはその場所が『制圧』されている必要があるというものである。
ある地域を『制圧』するには、その地域の自軍ユニット数が敵対ユニットの3倍以上となる状態を24時間維持した上で、『制圧』を宣言する必要がある。
「制圧されている土地ならダンジョン化できるニャ!ポイントが一杯あるから全部をダンジョン化しても大丈夫ニャ!」
早速、陛下は日本本土をダンジョン化しようと脳内マップを広域に変更した。そこで陛下は奇妙な事に気づいた。ダンジョン化可能な土地、つまり制圧されている範囲が自分の現状認識と大きく食い違っていたからである。
「あの……クロさん、思った以上に制圧範囲が広いのですが、なぜでしょうか?」
陛下の認識では、現在日本がまともに保持しているのは本土と満州、台湾、朝鮮、樺太くらいのはずであった。
だが脳内マップの制圧範囲は中国のほぼ半分、南は小笠原諸島、東南アジア全域、ソロモン諸島、北はアッツ島にまで及んでいる。つまり日本が最大勢力を誇っていた頃の版図に等しかった。
今現在、アッツ島は玉砕し、ソロモンや東南アジアはほとんど奪われ、硫黄島にはB-29の基地がある。とてもでないが日本が制圧しているとは言えない状態のはずであった。
「うーん、たぶんキットがインストールされた時点の日本の領土で制圧地域が初期設定されているからだと思うニャ」
つまり今から3年ほど前にキットがインストールされた事になる。それからずっとあの男は設定していたということか。それならば面倒くさくなって放り投げる事もあるだろうと陛下は一人納得した。
「なるほど……しかし現状では敵に占領されている地域が制圧されていないのはなぜですか?」
「それはこの世界にはマスター以外のプレイヤーが居ないからニャ。敵性NPCがいくら居ても制圧を宣言できないから元のままニャ」
なるほど本当にあの男は途中で設定を放り投げたらしい。だが敵プレイヤーを設定しなかった点だけには陛下は感謝した。つまり自らの能力をほぼ一方的に敵国に対して振るえる事になるからだ。
陛下は気付いていない。その結果、敵国の国民がどうなるかを自分がまったく気にしていないことを。
自国民に対しての慈しみの気持ちは以前より遥かに強くなっているが、敵に対する容赦や慈悲は不思議な事に全く思い浮かばない。
以前の陛下からは考えられない御心であるが、ダンジョンマスターにされた時点で、陛下は肉体だけでなく感情までも変容してしまっていた。
「そうであるならば、今すぐ全ての制圧地域をダンジョン化した方が良さそうですね」
「その通りニャ!ダンジョンポイントなら十分あるから心配いらないニャ」
地下迷宮であれば通路を作るだけで1メートルあたり10ポイントを使用する。だがフィールド型であれば、地形をそのまま利用するだけなら1平方キロメートルをダンジョン化するのに100ポイントで済むらしい。
現在の制圧地域はおよそ740万平方キロメートルとなっている。つまりこれを全部ダンジョン化するには7億4千万ポイントが必要となるが、手持ちのポイントは10億もあるから十分可能だった。
ちなみにフィールド型ダンジョンの場合、その周辺海域(12海里、海底まで含む)、接続水域、および上空(高度100キロまで)がダンジョンの一部として自動設定される。これにはポイントは消費されない。
「では早速、すべての制圧地域をダンジョン化しましょう」
陛下は実に軽い気持ちでダンジョン化を実行した。こうして世界はこの日を境に大きく変貌することとなる。