最終話 陛下、宇宙に雄飛し遊ばされる
いよいよ最終回です。
(ピロン♪)
最近は敵の侵入などメッセージのほとんどをフィルタリングしているため、陛下がこの音を聞くのは久しぶりだった。
(一体、何のメッセージでしょうか・・・・・・?)
システムメッセージだけはオフ出来ないようになっているため、届くとしたらそれしかない。不思議に思いつつ陛下はメッセージ画面を開いた。
そこには派手に点滅する一つのメッセージがあった。
■タイトル:クリアおめでとうございます!!
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ゲームクリアおめでとうございます!
条件を満たしましたので、あなたは『ダンジョンつくーる 惑星版』を見事クリアしました!
クリアボーナスとして、1億ポイントが与えられます。
ゲームはこのまま継続できますので敵の居ない惑星を自由に開発しましょう!
また、クリア特典として特別価格で『ダンジョンつくーる 銀河版』へのアップグレードも可能です。
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ポイントやデータも引き継がれます。あなたの作った最強の軍隊で、今度は宇宙に挑んでみませんか?
■アップグレード 【する】/しない
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陛下はとりあえず選択は保留にして、そっとメッセージを閉じた。
陛下の認識では、ゲームをしていた訳でなく、あくまで滅びかけた日本を救おうとしたに過ぎない。そして既に日本は救われている。
最大の敵であったアメリカは滅び去った。ソ連というユーラシア大陸を征した巨大国家は残っているが現状は日本に対して友好的である。それに国土のほとんどを占める人口希薄地帯は領土化してあるので、仮に敵対してもアメリカと同じ様にいつでも処理できる。
中国大陸は敵滞在ポイント確保のためあえて制圧せず残してあるが、こちらも人口希薄地帯は領土化済みだった。しかも現状は中華民国も共産党も四分五裂して軍閥が割拠し国家の体をなす勢力は存在していない。すでにダンジョン保有ポイントだけで大量にデイリーポイントが稼げる状況なので、いずれは敵対勢力を一掃する予定だった。
当然ながら、南米、アフリカ、南極大陸も人口希薄地帯は領土化済みである。
だから陛下はアップグレードに対する魅力を全く感じなかった。
「クロさん……おや居ませんね?」
一応いつものようにクロに意見を聞こうと陛下は辺りを見回したが、珍しくクロの姿は見えなかった。
その夜、陛下はふたたび真っ白な世界に居た。
前回と同じように、壁も天井も見えない。白い光で満たされた空間は遥か彼方まで続いている。
「やあ久しぶり!元気にしてたかい!」
そして光とともに、あの金髪碧眼の白人男が現れた。陛下からみれば神に等しい存在にであるが、あいかわらずその口調はフランクだった。
陛下は恭しくひざまずき首を垂れる。
「御力をお授け頂き本当にありがとうございました。お陰で我が国を危機から救うことが叶いました。心より感謝いたします」
「ああ、いや、まあ。とにかく君の役にたって良かったよ。うん、良かった良かった」
陛下の本心からの御言葉に男は少し戸惑った様子だった。
「ま、とにかく、ゲームクリアおめでとーー!!」
男はパチパチと拍手した。前と同じように謎の歓声があがり紙吹雪が舞う。
「ほらほら、立ち上がって。そりゃ敵プレイヤーもいないし、初期ポイントも一杯あげたし、サポートキャラも付けたけど、まさかこんなに早くクリアするとはねー。君、ダンジョンマスターの才能があるよ」
男は陛下を立ち上がらせると、両手を握ってぶんぶん振った。
「いえ、私は国を救おうとしただけですから」
「それでもだよ!そんな君にとっておきのプレゼントを用意したんだ!メッセージは見てくれたかい?」
「メッセージ?ああ、あのアップグレードのお話でしょうか?」
「そうそう、それだよ!特別価格といってもアップグレードには本当は費用が必要なんだけど、実は無償アップグレード権が手に入ってね。君のパッケージに適用しといたから」
「ありがたい申し出ですが……私の目的は果たされましたのでアップグレードの必要はありません。この星の外には興味がありませんので……」
「おいおい、そんな事を言っちゃっていいのかい?まあ詳しい話はまたサポートキャラに聞けばいいから。それじゃ、これからも僕を楽しませてね!」
男は一方的に言いたいことを言うと、また前回と同じように光と共にパッと消え去った。
「にゃあ」
「おや、クロさん、どこに居たのですか?」
陛下の足元には、姿を消していたクロがいつの間にか現れていた。
■昭和二十三年(1948年)4月30日
皇居 御文庫附属庫
気が付くと陛下は寝所のベッドに戻っていた。隣では皇后の良宮がスヤスヤと静かに寝息を立てている。
(にゃあ)
陛下の胸の上にはクロが乗っていた。待ちかねたようにテレパシーで声をかけてきた。
(ではマスタールームで話をしましょうか)
陛下はクロを連れてダンジョンコアのあるマスタールームへと転移した。
「おや、尻尾が増えましたね?」
転移してすぐに陛下はクロの変化に気付いた。2本だった尻尾が3本に増えていた。
「そうニャ!すぐに気づくとはさすが私のマスターニャ!ゲームのアップグレードにあわせてクロもアップグレードされたのニャ!」
「なるほど、それで一時クロさんの姿が見えなかったのですね」
「その通りニャ!クロもアップグレードされたから、これからもマスターをしっかりサポートできるニャ!」
クロは三又の尻尾を揺らして自慢げに胸を張った。
「その銀河版?へのアップグレード?ですが、この能力を授けてくれた例の男に妙なことを言われました」
陛下は白い世界で陛下がアップデートを断った時に男に言われたことをクロに伝えた。
「うーん、マスターの気持ちもよく分かるけど……その男の言うことの方が正しいニャ」
「つまりアップグレードをしないと何か不味いことが有るのですか?」
「残念ながら、その通りニャ。アップグレードしとかないと、この星が他の星に狙われた時に守る術がないニャ」
クロの話によれば、ゲームをインストールしてなかったり惑星版パッケージのままの星は、銀河版ではNPC勢力として扱われるのだという。今度は他のプレーヤーも多数存在するため、それらから地球が攻撃される可能性があることになる。
その際に銀河版にアップグレードされていないと、宇宙で使用できる能力やユニットがないため簡単に制圧されてしまうのだという。つまりこの先も日本ひいては地球の平穏を守るためには、アップグレードは必須ということらしかった。
「……なるほど、理解しました。ただし私から他の星を攻めるつもりはありません。あくまで攻められた時に守るための能力と考えます」
「まあ最初はそれで良いニャ!では早速アップグレードするニャ!」
陛下はメッセージを開くと、アップグレード【する】のボタンを押した。
(ピロン♪)
ボタンを押しても身の回りには何も変化が無いが、再び脳内にメッセージを知らせる音が響いた。
■タイトル:アップグレードが適用されました
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今回は銀河版にアップグレードして頂きありがとうございます。
マップが銀河版に拡張されています。ボーナスポイントが付与されました。ご確認ください。
ユニットが銀河版に拡張されます。ツリーは現在の延長となります。新たなツリーへの変更は出来かねますのでご容赦ください。
星系にある2つのジャンプポイントがプレーヤーに開放されました。他の星系へのジャンプが可能となります。
本ジャンプポイントは他プレーヤーにも開放されていますので、ボーナスポイントを活用して防衛体制を速やかに構築されること推奨します。
それでは新たなステージをお楽しみください♪
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「どうやら無事にアップグレードできたようです」
表面上は世界に何の変化もない。しかし陛下は脳内マップが宇宙まで拡大されており、ボーナスポイントもきちんと付与されている。
兵器ツリーにも新たなユニットが宇宙用の追加されている。巨大で高価になったため、召喚しなくても脳内で検証できるようにシステムが改善されていたが、どれもこれも怪しかった。
「クロさん、このコンゴウ型宇宙戦艦ですが……なにか触手みたいのがいっぱい生えてますね」
「もとの兵器ツリーがカオス勢力だったから、アップグレードで追加されたユニットも全部宇宙モンスターばっかりだったニャ……」
「ええ……」
「カオス勢力の設定は変えられないから、せめて外見と名前だけアカシック・レコードから自動反映するように設定したから許してニャ……一応、これまで通り本来の技術情報にもアクセスできるようにはしてあるニャ」
「なるほど。それなら技術開発は続けられますね……」
ウネウネと動く宇宙戦艦をみながら陛下はため息をついた。
「ところでクロさん、メッセージには他のプレーヤーにジャンプポイントが開放されていると書いてありますが……」
つまりいずれは他プレーヤーが太陽系に攻めてくるのだろうか。それを防ぐにはどうすれば良いのか。
そこで陛下はふと思った。
地球はその悠久の歴史の中で他から侵略されたことなど無いはず。もしかしたら、そもそもアップグレードなどしなければ地球が攻められることは無かったのでは……
そんな疑問が頭をよぎったが、なぜか陛下はすぐにそれ忘れてしまった。
「たぶん誰かが攻めてくると思うニャ。でもジャンプポイントからは少しずつしか出てこれないから、とにかくジャンプポイントを防衛すれば大丈夫ニャ。ついでに地球の周りにも防衛システムを配置すれば万全ニャ!」
赤い目を光らせたクロが陛下を安心させるように言った。
「なるほど……」
「あとはこの星系の惑星や衛星もどんどん領土化するニャ!これからは使うポイントが桁違いだから稼ぐ方もどんどん増やす必要があるニャ!」
「これはなかなか大変そうですね……さっそく皆に伝えて準備を始めましょう」
陛下の話は驚きをもって政府関係者や軍に受け入れられた。こうして日本は地球上の敵対勢力を一掃するとともに新たに宇宙軍を創設して、太陽系の領土化と防衛体制の構築をすすめていく事になった。
1年後、ソ連が核実験に成功し、さらにそれを搭載したICBMも開発した。
ICBMであれば防御できないという科学者らの言葉を信じたスターリンは、これで日本に対抗できると踏んで東京を含む日本全土を焦土化するためICBMを一斉発射した。
しかしそれは地球周辺に配置されていた宇宙防衛システムにより全て迎撃されてしまった。ソ連は再び怒り狂った陛下によりアメリカと同様に一人残らず殲滅された。こうしてユーラシア大陸は人がほとんど住まない自然の地へと還っていった。
その結果、地球上に残された日本以外の先進国といえる国はイギリス連邦諸国と一部の南米諸国だけとなった。アメリカとソ連の末路を見たそれらの国々は震えあがり、今後は絶対に日本に敵対しないと心に決めたのだった。
アップグレードから3年後、冥王星軌道上にあるジャンプポイントの一つに初めて敵プレーヤーのユニットが現れた。
敵は情報収集と防衛体制破壊を兼ねた自爆型のユニットをジャンプさせてきたが、事前にクロの提言にしたがって召喚リングと召喚ユニットを配置していた陛下はこれを難なく撃退する。
その後もたびたび敵プレーヤーのユニットがジャンプしてきたが難なく撃退していく。その裏で陛下は太陽系の惑星や衛星の領土化を進めていった。
「そろそろ敵は大規模な侵攻をしてくる気がするニャ……」
太陽系の防衛に問題ないと考えていた陛下にクロが不吉なことを言った。
「クロさん、なぜですか?」
「ジャンプポイント攻略の鍵は情報収集ニャ。敵は少しずつ情報を集めて周辺の防衛体制とか星系の情報をあつめているニャ。そろそろ情報も揃ったから一気に攻めてくるはずニャ……」
それから程なくしてクロの予言は的中した。
敵は大量の自爆ユニットに続いて、大量の侵攻ユニットを送り込んできた。陛下も防衛を強化していたが、一時期はジャンプポイント近くの衛星カロンを制圧されかかってしまうほどの攻撃だった。
3日間にわたる大戦闘ののちになんとか敵を撃退できたが、これは今後の戦略に大きな課題を投げかけることになった。
「もう太陽系側で防衛するのは難しいニャ……こちらから打って出ないと、このままじゃジリ貧ニャ……」
「出来れば太陽系から出たくはなかったのですが……」
「でも希望はあるニャ!もう一つのジャンプポイントから敵が出てこないということは、その先は行きどまりか敵プレーヤーの居ない星系の可能性が高いニャ!そちらを攻略して国力を高めるニャ!」
「仕方ありませんね……」
こうして陛下は敵が攻めてきているジャンプポイントの防衛力を更に固めるとともに、もう一つのジャンプポイントに偵察ユニットを送り出した。
そこはクロの予想どおり新天地だった。ジャンプポイント周辺に防衛はなく、敵プレーヤーも存在しない。惑星はあるが知的生命体は存在していない。そしてこの星系にはジャンプポイントが太陽系に繋がる一つしか存在していなかった。
「これで後方の安全地帯が確保できますね」
「さっそく領土化するニャーー!」
■昭和六十四年(1989年)1月
地球 東京 皇居 昭和宮殿
銀河版にアップグレードしてから40年後。この日、地球の首都東京はお祭り騒ぎだった。
昨年、陛下はついに40年間にわたる敵プレーヤーとの宇宙戦争に勝利し、敵星系の完全制圧に成功していた。このため今年の正月は例年の一般参賀に加えて勝利式典も加わり、皇居の庭は人でごった返していた。
陛下は新築された昭和宮殿のテラスから集まった民衆に手を振って応える。そのお姿は半世紀前と変わらず、87歳とはとても思えないくらい若々しく壮健だった。そのお姿は3D映像ですべての居住惑星にも中継されている。
ダンジョンマスターである陛下が不老であるのは当然であったが、陛下の隣に立つ香淳皇后(良宮)も同じように若々しかった。むしろ周囲の親王や内親王らの方が陛下や皇后より齢をとって見える程だった。
銀河版にアップグレードした頃、陛下は周囲の者たちが少しずつ齢をとっている事に気付いた。皆が老いて亡くなっていく中、自分だけがダンジョンマスターになった時の姿のまま生き続けている。
(いずれ良宮や親しき者らと死別するのは仕方ありませんが……今の朕を知る者は誰も居なくなるという事ですか……)
その事実に陛下は愕然とした。永遠に続く孤独。それに自分の心は耐えられるだろうか……
その不安に対する答えをクロは持っていた。
「その通りニャ。クロはずっと一緒だけど、ダンジョンマスターは基本的に孤独な存在ニャ。でも眷族をつくれば大丈夫ニャ!」
「眷族、ですか……なるほど!」
陛下は脳内知識ですぐにクロの言っている意味を理解した。
眷族とは基本的にダンジョンマスターを補佐し守るための存在で、ダンジョンマスター同様に不老の存在らしかった。眷族にするのは人でも召喚したユニットでも良いが1体しか眷族にはできないという制約がある。またマスターが死ねば眷族も同時に死んでしまう。
「眷族は一人しか作れないから、よーく考えて決めた方がよいニャ」
「大丈夫ですよ。誰を眷族にするかは決まっています」
そう言って陛下はクロに微笑んだ。
「はっ!?駄目ニャ!クロはサポートキャラだから眷族にできないニャ!」
「……違います。クロさんじゃありません」
陛下は皇后の良宮の部屋を訪れた。
彼女の手を握り、彼女の眼を見つめて、陛下は眷族について説明した。そして自分と一緒に永遠を生きて欲しいと願った。
「あなたの親しい人たちは、あなたを残して先に旅立つでしょう。もし朕が死ねば、あなたも死ぬことになります。それでもあなたは朕についてきてくれますか?」
「なにを仰いますか。私が否と言うはずがないでしょう。こちらこそ未来永劫よろしくお願いいたします」
「ありがとう……ありがとう。朕もあらためてよろしくお願いします」
そして陛下は良宮を眷族に変えた。眷族はダンジョンマスターを守る存在なのでその身体は自動的に強化される。45歳だった良宮の姿かたちは陛下とご結婚された頃の若々しい姿に戻っていた。
「あらあらまあまあ、眷族になるのは素晴らしいことなのね!」
姿見に映る若返った姿を見て良宮は喜んだ。
「一緒にダンジョンマスターの仕事もやりますか?」
「いえ、わたくしは争いごとは苦手なので……その分、陛下をお慰めしたいと思います」
陛下は良宮の願いを聞き入れ、テレパシーや転移など最低限の能力だけを彼女に与えた。これでいつも一緒に移動できるし好きな時に話もできるようになる。
「これからも朕はこの日本を守るため世界を征服していくでしょう。あなたには新しい世界を見せてあげましょう」
「はい、ご期待しております」
ジャンプポイントの向こう側にいた敵プレーヤーは一つの星系しか持っていなかった。おそらく陛下と同じく最近になって銀河版にアップグレードしたプレーヤーなのかもしれなかった。
新たに征服した星系には二つのジャンプポイントがあった。一つは太陽系に、もう一つは別の星系に繋がっている。これで太陽系とその背後の星系の安全は確保された事になる。
「島津家ポジションニャ!初期配置としては最高ニャ!これからどんどん次の星系へ攻めていくニャ!」
「シマヅケ?……ええ、とにかくそうしましょう。クロさん、これからもよろしく頼みます」
「任せるニャ!」
陛下はようやく飛び出したばかりだ。この果てしなく広いダンジョンマスターの宇宙に。
陛下の戦いはこれからだ!
打ち切りエンド!ご愛読ありがとうございました!
……ではなくて、目的は達成されましたので完結となります。
この先はSF小説やゲームでよくある固定ワープポイントで星系が繋がれた世界なので、ノブヤボ的戦略ゲームになっちゃいますね。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。