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第十九話 大統領、最後の12分間

タイトルオチ回。

 日本軍がアメリカ本土に侵攻を開始してから間もなく、アメリカ人の国外脱出は不可能になっていた。


 カナダとメキシコは国境線を封鎖し、欧州や南米各国もアメリカからの脱出民の受け入れを拒否していた。その理由はもちろん日本の怒りを買いたくないからだった。もし受け入れようものなら今度は自分の国が日本の標的になりかねない。


 それでも無理に脱出しようとする者は後を絶たなかったが、脱出に成功したものは皆無だった。


 軍が部隊単位で強行突破しようとしたことも何度かあるが、すぐになぜか日本軍が現れて一人残らず殲滅してしまう。カナダやメキシコの国境警備隊の手を煩わせる必要すらなかった。


 海も同じだった。東海岸やメキシコ湾であっても、どこからか現れる海中モンスターに船が襲われてしまう。このせいでヨーロッパから引き揚げてきた軍もほとんどがニューファンドランド島沖で失われてしまっていた。




 日本はアメリカの降伏も認めなかった。


 ロサンゼルス陥落後、アメリカは再三にわたって、あらゆるチャンネルを通して日本に停戦を打診したが、全て完全に無視されていた。最後は無条件降伏案まで持ち出したものの相手にされていない。


 こうしてアメリカは世界から完全に孤立し日本と単独で戦う事を強いられていた。だがその防衛戦闘も何一つ上手く行っていなかった。


 ロサンゼルスのバニング要塞戦以降も幾度か大きな会戦が発生したが、無尽蔵に湧き出す敵に対しては核爆弾を使っても効果はなかった。


 しかも日本軍の展開速度が異常だった。中西部や南部の人口が希薄な地帯では、なぜか日本軍が背後に突然現れる事が多いのである。しかも日本軍は町と町の間を一瞬としか言えない速度で移動するため、アメリカ軍の部隊は追いつくことができない。


 さらに悪い事に日本軍の戦術も高度化していた。沖縄やフィリピンでは数の暴力に任せて平押しするしか能が無かった日本軍が、今では小部隊に分かれて巧妙な攻撃を仕掛けてくるようになっている。


 その攻撃にはモンスター兵だけでなく日本軍の正規兵も加わっており、砲兵や航空機までも加わった連携のとれた攻撃に対して、アメリカ軍は手も足も出なかった。


 そうしてアメリカ軍はなんら戦果を挙げることなくズルズルと後退を重ねていった。


 最後の望みをかけた五大湖決戦でも何ら状況を変える事はできなかった。その戦いで最後の正規部隊と重装備も失ったアメリカ軍に抗う力は残されおらず、組織的な反攻も出来なくなった。


 東部13州はその住民ともども、あっという間に日本軍に蹂躙された。


 そして現在、ホワイトハウスを中心としたワシントンD.C.は、日本軍に完全に包囲されていた。昼夜を問わない攻撃が続き、最後に残ったアメリカ軍と市民はホワイトハウスを中心としたエリアに押し込まれ、いまや最後の時を待つばかりとなっていた。




■昭和二十三年(1948年)4月30日

 ホワイトハウス 地下防空壕


 イーストウイングの地下にあるこの部屋は6年前に前大統領のルーズベルトが作らせたものだった。大型爆弾にも耐える強度を持ち、さらに現在では核シェルターの機能も加わっている。


 日本の攻撃がワシントンD.C.に近づいてから、大統領とスタッフはこの地下壕で執務を執り行っていた。機能一点張りの殺風景な部屋で、中央に置かれた大きなテーブルをトルーマン大統領以下の大統領府スタッフが囲んでいる。


 しかし今日はテーブルの周囲に空席が目立った。最後の時くらい家族と一緒に居たいと願う者たちは数日前から姿を見せていない。今、その部屋は重苦しい空気に包まれていた。




「日本軍は広範囲で防衛戦を突破し前進しております」


 ドワイト・D・アイゼンハワー参謀総長がテーブルに置かれたマップに指を走らせる。マップにはワシントンD.C.周辺の状況が書かれていた。


「南部ではアナコスティア川を超えフォート・レスレイにまで前進しております。北部ではロッククリークパークで行動しており、西部ではアーリントン、ペンタゴンを突破しポトマック川のラインにまで到達しました」


 南部地区のフォート・レスレイと西部地区のペンタゴンは、ワシントンD.C.に残された最後の防衛拠点だった。だがそこも既に突破されている。もう日本軍を遮るものは何も無かった。


 状況説明を終えたアイゼンハワーは姿勢を正してトルーマン大統領の言葉を待った。


「ブラッドレーの攻撃で平穏は取り戻されるだろう」


 状況を聞いたトルーマンは皆を安心させるように言った。だが逆に皆は驚いた顔でトルーマンを見つめた。


「大統領……ブラッドレーは……彼は十分な戦力を集めることが出来ませんでした。それでも彼は義務を果たしました」


 アイゼンハワーは絞り出すように言った。


 オマール・ブラッドレー大将は志願兵を中心とした新編の部隊を与えられ、日本軍への攻撃を命じられていた。しかし新たな部隊は空手形のようなものだった。兵士は子供や老人や女性がほとんどで、数も少なく、その装備も狩猟用のライフルや拳銃程度しか持たされていない。


 それでもブラッドレーは日本軍への攻撃を行った。当然ながら彼を含めた全員が一瞬で全滅している。それはもしかしたら絶望の果ての自殺のようなものだったのかもしれない。


 報告を聞いたトルーマンは震える手で眼鏡をはずした。そして怒りを爆発させた。


「命令しただろうが!ブラッドレーには攻撃しろと命じたろうが!一体どこのどいつが私の命令に背いたのだ!その結果がこれだ。軍は私を欺いた!陸軍も海軍も全員がだ!おまえら将軍連中はくそったれ以下の下劣な臆病者だ!」


 トルーマンは狂ったように机を叩き喚き散らした。


「大統領、お言葉には承服しかねます。ブラッドレーも兵士らも、あなたのために血を流して……」


 アイゼンハワーが冷静にトルーマンを窘めようとした。しかしトルーマンの錯乱は止まらない。


「貴様ら全員、大っ嫌いだ!臆病者だ!裏切り者だ!敗北者だ!畜生め!」


「大統領、いくらあなたと言えども、それは言い過ぎです!」


 絶望の中でも誰もが必死に義務を果たそうとしている。その努力を大統領は足蹴にしたのだ。だいたい今の状況を招いたのは一体誰の責任なのか。温厚なアイゼンハワーもさすがに怒りを露わにした。


「貴様らは将軍などと呼ばれているくせに士官学校で歳ばかり取りやがって!いつも私の邪魔ばかりしやがって!私もやっておくべきだった!粛清すればよかったのだ!あのスターリンのようにな!」


 その声は部屋の外にも響いていた。それを聞いた事務員らが涙ぐむ。


 トルーマンの暴言は止まらない。だが体力が尽きたのか、冷静になって現実を思い出したのか、彼の言葉は徐々に弱くなっていった。


「私の命令は風の囁きのようなものだ。こんな状況では指揮することもできない。この国は終わりだ……この戦争は負けだ……どこにも逃げ場などない」


 トルーマンは崩れ落ちるように椅子に座った。その手には拳銃が握られていた。


「だが諸君、私は大統領として最後の義務を果たす。全員部屋を出ろ。後は好きにしろ」




 皆を部屋から追い出すと、トルーマンは扉に鍵をかけた。そして壁に備えらえたボックスの前に立った。


 彼は首から下げられた鍵を取り出しその鍵でボックスを開く。その中には赤いスイッチがあった。トルーマンは震える手でそのスイッチに手を掛けた。


「私は一体どこで間違えたのか……」


 スイッチを押そうとしてトルーマンは一瞬だけ逡巡した。その内心で後悔の念が渦を巻く。


 やはり軍や内務省の意見を容れて東京を核攻撃したことが間違いだった。その前に日本が核実験に成功した時が最後のチャンスだったのだ。あの時点であれば逆に日本側から停戦を打診してきていたのだ。停戦は簡単に出来ただろう。


 いや、そもそも沖縄とフィリピンで大敗した時点で停戦すべきだったのだ。当時の世論や政治的にも困難だっただろうが、せめて停戦するなら日本に一矢報いてからと軍や自分が欲をかいてしまったのが失敗だった。


 そういう意味では日本を追い詰め戦争に引きずり込んだ事自体が失敗だったのかもしれない。そのおかげでドイツを降し欧州を解放することは出来たが、その欧州も今では全土が赤に染まっている。つまり何年も続けた戦争は全くの無駄だった。


 そのような事を考えている間に扉の外が騒がしくなった。どうやらトルーマンの意図を見抜いた者らが扉を打ち破ろうとしているらしかった。


「この偉大な国の歴史を私が終わらせる事をどうかお許しください……」


 扉がついに破られた。


「大統領!まだ……」


 トルーマンは振り向かない。代わりに素早く十字を切ると赤いスイッチを迷いなく押しこんだ。


 そのスイッチはホワイトハウスの地下に残された最後のマーク3核爆弾は起爆させた。浅深度爆発のため地上にも眩い光球が出現する。それはホワイトハウスを含むワシントンD.C.の中心部を包み込み、トルーマンら最後のアメリカ人をホワイトハウスともども蒸発させた。


 こうしてアメリカという国家は地上から完全に消え去った。




■昭和二十三年(1948年)4月30日

 皇居 御文庫附属庫 作戦指令室


「最後の敵性ユニットの消滅を確認。米国は完全に制圧されました」


 指令室のスクリーンを見つめていた全員が沸いた。部屋は歓声に包まれた。ついにあの米国に勝利、というより地上から抹消することに成功したのだ。


 陛下もお慶びのご様子であったが、気になる点があったため作戦を担当していたサブマスターの佐官に尋ねた。最近は細かな作戦はすべてサブマスターに任せているので陛下は見ているだけの方が多い。その分、皇后の良宮ながみやとの時間を大切にできるようになっていた。


「米国は最後にふたたび核爆弾を使用した様ですが、将兵らに被害は有りませんでしたか?」


 やはり陛下は敵よりも自国民の安否の方が心配だった。ダンジョンマスターになったことで敵に対しては無慈悲に、味方に対しては一層慈悲深くなっている。


「ご安心ください。核爆発により失われたのは召喚ユニットのみです。米国の最後の行動はある程度予想しておりましたので、将兵は危害範囲に近づけないようにしておりました」


「それは良かったです。皆、ご苦労様でした」


 陛下は安堵のため息をついた。


(ピロン♪)


 その時、陛下の脳内にメッセージ着信を示す音が鳴った。

おっ○いぷるんぷるん♪


次回で最終回となります。

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― 新着の感想 ―
最後の最後にやってくれたwww はい(腹筋)○んだーwww>例の空耳シリーズ 内容のシリアスさと、トルーマンの例の空耳シリーズな錯乱ぶりのギャップだけでも、温度差で風邪引きそうなのに……
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