第十八話 陛下、アメリカ本土を蹂躙し遊ばされる
いよいよ米本土への上陸作戦が始まります。
アメリカ軍は、日本の上陸地点の一つはカリフォルニア州南部のロサンゼルス付近になると予想していた。
北部のワシントン州やオレゴン州は日本が占領したアラスカ州と距離的に近いが、海岸部は峻嶮な崖が多く内陸部もカスケード山脈の山林が続いているため大部隊の上陸に向いていない。
シアトル付近はいくらか開けているものの、背後のロッキー山脈に遮られるため大陸内陸部への進出するルートがない。
その中で唯一、ロサンゼルス付近だけ大部隊の上陸できる海岸がひろがっていた。ここからであれば内陸部のモハベ砂漠まで道も大きく開けている。
さらにニューメキシコやテキサス方面へも自由に展開できるため、アメリカ陸軍参謀本部は上陸地点はここに違いないとかなりの確信をもって考えていた。
西海岸一帯の住民や企業を中西部や東海岸に疎開させる計画はあったが、実態はほとんど進んでいない。
受け入れ先の準備が必要なこともあるが、大陸の東西を結ぶ交通網が貧弱なことも遅れに拍車をかけていた。このためアラスカが陥落した時点でも大多数の住民や企業が西海岸に残ったままだった。
アラスカ陥落の原因の一つが先住民族の離反にあったため、もとから酷かった先住民族への迫害もその激しさを増していた。アメリカ政府は保護を名目に先住民族を居留地から追い立て、強制収容所への収監を進めていた。
アメリカ陸軍は動員した1000万の兵力のうち300万をロサンゼルス東方をはじめいくつかの重要地点に配置していた。
ノルマンディー、フィリピン、硫黄島、沖縄と続く上陸作戦の経験からアメリカ軍も水際作戦より内陸まで引き込んで迎え撃った方がよいことを学習している。残りは機動予備として更に後方や東海岸に配されている。
そして日本軍は彼らの予想通りロサンゼルスに上陸してきた。しかし彼らはその初手から目論見を外されることとなる。
■昭和二十三年(1948年)3月
カリフォルニア州 バニング要塞
ロサンゼルスからモハベ砂漠へ抜ける途中に1ヵ所だけ隘路がある。サン・ジャッキント山とサン・ゴーグニオ山に挟まれたバニング町周辺の谷間である。その幅5キロに満たない場所をアメリカ陸軍は防衛に適した決戦の地の一つと考えその周辺を要塞化していた。
谷間には縦深陣地と多数のトーチカが築かれ日本軍を待ち構えていた。陣地の後方と左右の山地には重砲と対空火器が据えられ、さらに後方には多数の飛行場や物資集積所も作られている。
ロサンゼルスからここに至る道は地雷で埋め尽くされており、一部にしか知らされていないが有線起爆式の核地雷も埋設されていた。ロサンゼルス市内にはまだ多くの市民が残っていたが、彼らの脱出は味方であるはずのアメリカ軍の手により不可能となっていた。
「沖合に日本の艦隊が姿を現したそうです」
「予想通りか。おそらく初手は艦砲射撃と空爆だろう。まずは耐え忍ぶ。それが我々の最初の仕事だ。各部隊にもそれを徹底しろ」
バニング要塞司令のホバート・R・ゲイ少将は指示を伝えると部隊の配置を記した大きな地図に目を落とした。
この辺りで部隊が配置されているのはこのバニング要塞しかなかった。サンフランシスコやロサンゼルス、サンディエゴなど都市部にまだ住民は残っているが、彼らを守る兵は一人もいない。部隊を温存するため水際防御は選択されなかった。
合理的な判断ではあるが、軍は市民を守るべき存在だと考えるゲイ少将はやるせなさも感じていた。
都市部はおそらく艦砲射撃で残っている住民ともども更地にされるだろう。こんな時、パットン将軍ならどうされただろうか。きっと得意の積極的な機動防御を展開しただろうか。
パットンの下で薫陶を受け、彼の死に繋がった自動車事故に同乗していたゲイ少将は3年前に亡くなった快活な上司を思い出していた。
そしてゲイ少将は日本軍の攻撃を待ち構えた。だがいつまで経っても艦砲射撃も爆撃も始まらない。日本の攻撃は予想もしない背後からやってきた。
「なんだ!あのリングは!?」
「突然あらわれたぞ!」
「まさかあれが日本のエンペラーが使うという魔法か?」
縦深陣地の後背地、砂漠地帯に設けられた物資集積所に、突然、無数のリングがあらわれた。そしてそこから日本兵や戦車が大量に湧き出す。
「敵襲!日本軍だーー!!」
残念ながら本土の兵士は召喚リングを見たことが無かった。事前に日本軍の最近の戦術を教えられてはいたが理解していなかった。あまりに荒唐無稽すぎて信じられなかったと言う方が正しい。その無知さ無理解さを彼らは身をもって味わうことになる。
あらわれた日本軍は周囲の兵を撲殺すると、さらに獲物を求めて施設内に散っていく。そしてものの数分で物資集積所の兵士は一人残らず殺されてしまった。
同様な光景が重砲陣地や対空陣地、飛行場などでも発生した。これらの施設に共通するのは全て人が住んでいない人口希薄地帯にあったという点だった。
アラスカと同様に、日本はすでに北米大陸の人口希薄地帯をダンジョン化=領土化していた。そうなれば日本の本土と同様に敵の配置は手に取る様に分かり、ユニットの召喚も自由に行うことができる。
こうして重砲や対空砲が1発も放つことなく、攻撃機は1機も飛び立つことなく、集積した物資を使うこともなく、バニング要塞はその後方から崩壊を始めた。
後背地を制圧した日本軍は、そのままバニング要塞の縦深陣地に背後から襲い掛かった。塹壕もトーチカも、全てが海側を向いており後方に対しての防御は無きに等しい。個々の兵士らは勇敢に応戦したが、倒した数の数倍の敵兵が次から次から襲い掛かってくる。
300万も居たはずの兵士は、その波にあっという間に飲み込まれていった。
「敵が!日本軍が要塞後方に現れました!」
「すべての重砲陣地が壊滅!航空基地との連絡も途絶しています!」
「一体なにが起こっているんだ……とにかく陣地転換を急げ!戦車部隊も急いで後方に回せ!」
呆然となりそうな自分を叱責しながらゲイ少将は次々と指示を出していく。だが彼は忘れていた。この要塞司令部自体が陣地の後方に存在しているということを。
「なんだこいつは……ぐあっ!」
「敵だ!日本兵が居るぞ!ぐえっ!」
外から悲鳴と銃声が聞こえてきた。その戦闘音は徐々に司令部へと近づいてくる。そしてついにカーキの軍服を着た人の様なものが飛び込んできた。
そのモンスターのような日本兵は、濁った眼でゲイ少将を見つけると手にした小銃を振り上げて襲ってきた。拳銃を身に着けていなかった彼は抵抗する間もなく殴り倒される。
「パットン将軍のように常に拳銃を持っていれば……」
彼が最後に思い出したのは愛用の拳銃を自慢げに構えるパットン将軍の姿だった。
司令部を失った要塞は、その抵抗力を急速に失っていった。
ついに堪りかねた兵らが塹壕を飛び出してロサンゼルス市街の方へ逃亡しはじめた。だがそこにあるのは自分たちが設置した地雷原である。逃げた兵らは地雷を踏んで次々と吹き飛んでいく。
兵士らは地雷原と無限に湧き出す日本兵に挟まれた、瞬く間にすり潰されていった。
■昭和二十三年(1948年)3月
カリフォルニア州 ロサンゼルス沖
陸軍 北米攻略船団
「地雷原の撤去、および市内の掃討も完了したとのこです。発見した核地雷も安全が確保されております」
「やっとこれで我々も上陸できるな」
報告を受け、ようやく牛島司令は顔をほころばせた。
ロサンゼルス後方の要塞地帯を制圧した日本軍は、召喚したユニットをそのまま地雷地帯に突っ込ませた。当然ながら次々とユニットは吹き飛ばされるが、それによってアメリカ軍が設置した対人・対戦車地雷が処理されていた。
回転翼機で先行した部隊は司令部にあった資料をもとに有線式の核地雷も発見している。これは日本に持ち帰って調査される予定だった。
「まだ死体の処理が残っておりますので、本格的な上陸ができるのはもう二日ほど先になります」
「たしかに兵らに疫病が蔓延するのは不味いからな」
「肉片どころか血の跡すら綺麗にしてくれるので大丈夫です。まったくあの衛生兵はすごいですな」
アンカレッジやロサンゼルスの戦いでは当然ながら大量の死体が発生した。放っておけば腐って衛生上の問題となる。これを解決したのが衛生兵ユニットだった。
スライムであるから戦闘力は無きに等しく移動速度も非常に遅い。その姿も人型を維持できない不定形の物体であったが、その特徴は死体を消化することだった。彼らは死体をその身体で押し包むと、肉だけでなく骨や飛び散った血痕まで綺麗に、文字通り舐めるように消化してしまう。その後にはまるで死体などなかったかの様にピカピカになった。
しかも元がスライムなので死体を消化吸収すると分裂して増える特性もある。このためどれだけ多数の死体があっても短時間で処理することができた。
「しかし地雷原の処理だが……もしあれが本物の兵だったとしたら、ぞっとするな。こんな鬼畜な作戦が許されるのも召喚ユニットならではだな」
「その通りですね。兵に地雷を踏ませて処理するなど……しかし自分は、例え召喚ユニットであっても人語を話す者らは無駄に死なせたくはないです」
「たしかにその通りだな」
八原参謀長の考えに牛島司令も同意する。
アラスカ制圧作戦では多くの上位ユニットが本物の兵士と一緒に行動し戦っている。ポイントで召喚されただけの存在にすぎないと頭では理解していても、毎日会話をし行動も共にすればどうしても情が湧いてしまう。
アラスカでは雪原に適応したユニットばかりだったので作戦終了後にすべてポイントに戻されてしまったが、将兵の中にはユニットを消さないよう泣いて懇願するものもいた。
「今後も召喚ユニットとの連携作戦が続くなら、ユニットを常時召喚しておくことも考慮した方が良いかもしれないな」
「そうですね。相棒のような形で将兵と組ませるのも良いかもしれません。そういえば性別を選択できるユニットもあるようです。今後検討してみましょう。上位ユニットは人間より遥かに強いですし娼館や酒場もありますから、風紀上の問題も起きないでしょう」
「ならば西海岸の制圧作戦で試験的に行ってみようか。上手く行けば参謀本部にも提案できるだろう」
今回の作戦においては、牛島司令ら北米侵攻部隊は召喚ユニットとの連携方法についての研究も命じられている。人と高度な意思疎通ができる上位ユニットと常時ペアを組ませるという案は、色んな意味で魅力的に思えた。
ロサンゼルス制圧後、牛島司令は事前の計画に従って5万の侵攻部隊を大きく2つに分割した。
1万の部隊は西海岸のカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を制圧し、そこからロッキー山脈西側のネバダ州、アイダホ州、ユタ州を制圧する。その後はソルトレークシティからリンカーンハイウェイを通って中西部に乱入する計画である。
4万の部隊は攻略したバニング要塞を抜けてアリゾナ州、ニューメキシコ州、テキサス州を攻略し、その後は中西部とメキシコ湾岸を制圧する。
こうして南部の資源地帯と中西部グレートプレーンズの大穀倉地帯を制圧し、さらに全ての部隊で五大湖周辺の工業地帯を破壊、アメリカの国力の源泉を根こそぎ奪い取るという雄大な計画だった。
隣接するメキシコはカナダと同様、既に日本と停戦が成立しているため攻略は行わない。解放したアメリカ本土の土地はアラスカと同様に先住民族に返還する予定である。
わずか5万の兵で総人口1億4千万人、国土面積が日本の25倍もある巨大国家を攻略するというのは荒唐無稽な計画に聞こえるが、実際は1個小隊で1000体以上の召喚ユニットを指揮するため実質的には500万から1千万の兵力に相当する。しかも損失は補填されるため無限に等しい。
こうして北米侵攻部隊は、まるでスチームローラーの様にアメリカの国土を次々と制圧していった。その過程で先住民族や日系人の強制収容所の解放も行っていく。
救出した日系人は日本本土へ送還された。彼らのアメリカ国内の資産はすべて無くなってしまうが、アメリカから奪った膨大な資産が補償に充てられる。一部は完全にアメリカ人となっており日本に敵意を向ける者が居たが、そのような者はすべて帰国後に内務省によって処理される運命にあった。
■昭和二十三年(1948年)4月
コロラド州 コロラドスプリングス
ここは山間の静かな住宅街のはずだったが、今日は外が異様に騒がしい。悲鳴や怒声、そして銃声が聞こえてくる。それに交じって獣のような雄叫びも聞こえてきた。
「ロバート、あなたは皆と一緒に戦わなくて良いの?」
駆け出しのSF作家である夫の原稿を読みながら、妻である女性は今も黙々と執筆をつづける夫に尋ねた。彼女はロサンゼルスに住んでいたが日本の侵攻が迫ったため恋人の住むこの地に移り住み、つい先日結婚式を挙げたばかりだった。
「ジニー、今良い所なんだ。アイデアが次々と湧いてくるんだ。こんな事は生まれて初めてなんだよ」
「あらそう。今朝もらった原稿は今読み終わったわ。なかなか面白かったわよ。タイムトラベルに自動ロボットのアイデアを加えた所が斬新ね。それで今はどんなのを書いているの?」
「宇宙で戦う海兵隊の話だよ。装甲服を身にまとって宇宙船に乗って、無限に湧き出す虫のような異星人から人類を守るために色んな星で戦うんだ」
「なにそれ、今の状況そのままじゃない。それにせっかく書いても読んでくれる人なんて誰も居なくなるわよ」
「それでもいいんだ。しかし今回の件でつくづく分かったよ。人間というものは、分かっている危険には立ち向かえるけど、理解できないものには慄え上がるしかないという事がね」
争いの音が近づいてきた。すぐ近くで銃声が響く。今は隣の家が最後の抵抗をしているらしい。夫は名残り惜しそうに書きかけの原稿をまとめると、妻が読んでくれた原稿と一緒に丁寧に金庫に納めた。その代わりに中にあった二丁の拳銃を手に取り一つを妻に渡す。
「あらやだ。やっぱり逃げた方が良かったかしら」
困った様子で拳銃を受け取りながら妻が冗談めかして言った。
「一月も前から道路も鉄道も止まっているし、日本兵はどこに隠れても必ず見つけ出すそうだ。国境線も閉鎖されているし海外も受け入れを拒否している。東部に逃げたところで逃げ場はないよ」
夫は手慣れ様子で装弾を確認しながら答える。もう何度も話し合った事なので二人とも今更取り乱すようなことはなかった。
「やっぱり政府が、大統領が選択を誤ったのね」
「ああそうだ。大統領は必要以上に日本を追い詰め過ぎたんだ。できるなら日本を友人とする余地を残しておくべきだった」
隣の家が静かになった。次はいよいよこの家の番だ。
窓のカーテンにたくさんの黒い影が映った。獣の様な唸り声がこだまする。そして獣じみた雄叫びとともに玄関と窓が打ち破られた。
「愛しているよ、ジニー」
「わたしもよ、ロバート」
二人は見つめあい、自分のあごの下に拳銃をおしつけると同時に引き金を引いた。こうして未来に数多くの名作を生み出すはずだったSF作家の命はひっそりと失われた。
アメリカは国内で核爆弾を使用してまで防衛戦闘を行ったが、無限に湧き出す日本兵に対しては何の意味もない抵抗だった。そして4月の末頃には五大湖周辺も陥落し、アメリカが支配するのは東部13州を残すのみとなっていた。
■昭和二十三年(1948年)4月
皇居 御文庫附属庫 作戦指令室
「作戦は順調そうですね」
「はい陛下。計画通り進捗しております。
スクリーンに映し出された北米の地図を眺めながら、陛下は手慣れた様子で制圧地域のダンジョン化を進めていく。
すでに東部を除いた北米大陸のほとんどはダンジョン化され日本の領土となっていた。その領域に赤い点は一つもない。それはつまり敵性の米国人は一人も生き残っていない、数千万人の命が失われたという事を意味していた。
ちなみにヨーロッパではソ連軍がジブラルタルにまで到達していた。結局、激しく抵抗したのは北欧と西ドイツだけで、フランスもイタリアもポルトガルもスペインも、抵抗することなくソ連に降伏している。各国の王室はイギリスに逃れていた。
「陛下、おそれながら……ソ連、イギリスおよび中立国経由でアメリカとの停戦交渉が打診されております。如何いたしましょうか?」
外務大臣の東郷茂徳が、もう何度目かとなる質問を陛下にたずねた。戦時であるが戦況も国内も順調のため、鈴木貫太郎の率いる内閣は組閣もそのままに今も続いている。
「無視でよいです。朕は何千万の赤子の命を奪おうとしたアメリカを決して赦すことはありません」
「その通りニャ。赦すことは出来ないニャ」
陛下は無表情で答えた。その肩で顔を洗う仕草をするクロの目は、今日も怪しく光っていた。
地図はGoogleマップです。
挿絵のイラストはChatGPTで作成しています。
北米上陸作戦のリアルな計画が見つからなかったので、上陸地点や防衛計画は作者が地形図を見ながら適当に考えました。信用しないでください。
最後の夫婦はタイトル回収です。