第十五話 連合艦隊、アメリカ艦隊に復仇する
■昭和二十三年(1948年)1月
皇居 御文庫附属庫 作戦指令室
「第一機動艦隊、進発しました」
スクリーンには横須賀や横浜を離れる多数の青い点が表示されている。それは陸軍兵士を乗せた輸送船団と、それを護衛する艦隊だった。海面下には多数の水中ユニットも同行している。それらは沖合で船団を整えると、北東に向けてゆっくりと進みだした。
今回の作戦目標はアラスカである。本作戦においては召喚ユニットだけに頼らず陸海軍の部隊と連携して遂行することが目玉となっている。
先月の核攻撃防御により陛下の保有ポイントは三分の一ほどに減ってしまっていたが、すでにアリューシャン列島と北米大陸北部の無人地帯は領土化されているため、アラスカの制圧程度であれば召喚ユニットだけで十分事足りた。
しかしあえて軍と召喚ユニットが連携することで、将来に備えてポイントを節約するとともに、軍の士気と練度を維持しアメリカ本土攻略の予行演習とする計画だった。
船団は領土化されたアリューシャン列島を中心とした勢力圏を通ってアラスカに近づいていく。ここであれば敵の接近を見逃すことは絶対になく安全は確保されていた。
■昭和二十三年(1948年)2月
アダック島 南方500キロ地点
アメリカ海軍 第3艦隊
旗艦 空母ミッドウェー
アメリカは暗号解読により日本がなんらかの大規模な攻略作戦を発動した事は把握していた。候補としてハワイ、アラスカ、西海岸、パナマが考えられたものの、敵艦隊の消息が掴めずアメリカは日本の目標を絞り切れていなかった。
しかしアッツ島、キスカ島が例のモンスター兵による襲撃を受けたとの報告を最後に連絡が途絶え、アリューシャン方面に送り出した偵察も同様にすべて未帰還となったことから、アメリカは日本の目標がアラスカであると判断する。
これを受け、クック大将の指揮する第3艦隊は敵を求めてハワイから北上を開始した。
「敵が通常戦力ならば恐れることは無い。前回と同様に訓練どおりにやれば勝利を手にできる」
作戦開始に際し、クック中将は訓示を行った。事実、先月の『ネプチューン・スピア作戦』においては、東京への核攻撃自体は失敗したものの、第3艦隊は与えられた任務を完遂し損害も出していない。
対空兵装も最新となっており、日本軍機や妙なモンスターであろうと敵の航空攻撃に対して不安はない。
懸念であった水中攻撃についても対策がなされていた。対水中モンスター用の兵器として採用された新型魚雷は、魚雷自体にアクティブソナーを持たせた自己誘導タイプだった。これであれば音をほとんど発しない敵の水中モンスターにも対応可能と考えられた。
更に艦隊には核兵器も配備されていた。その使用についてもクック中将は判断を任せられている。彼は敵艦隊を発見したら躊躇なく使うつもりだった。
「アダック島が日本軍の攻撃を受けているとのことです」
司令部からの情報に艦隊司令部は色めき立った。ついに敵艦隊の所在を捉えたのだ。
アダック島はカムチャッカ半島とアラスカを首飾りのように結ぶアリューシャン列島のほぼ中央に位置している。アラスカ州の最南端でもある。日本軍に奪還されたキスカ島から400キロほど東にあるため、これまで日本軍やモンスター兵の襲撃を受けていなかった。
「島は現在も艦砲射撃も受けています。つまり島の近傍に敵艦隊が居ることに他なりません」
「居るのはおそらく水上砲戦部隊だけで、空母部隊や輸送船団は離れた所にいるでしょう。しかしこの部隊を潰せば敵の上陸作戦スケジュールにも大きな支障が出るはずです」
「幸い我々はまだ敵に発見されておりません。アダック島までは500キロほど、少々遠いですが攻撃可能な範囲です」
艦隊参謀らが口々に攻撃を主張した。
「分かった。ただちに攻撃隊を出せ」
クック中将はためらいなく攻撃を決断した。そもそもアメリカは政治的な面でも速やかな勝利を必要としていた。
「それと最後発の攻撃隊のタイミングにあわせて核ミサイル1発を発射しろ」
米国は核爆弾の増産に努めており、昨年の東京攻撃で使い切ったはずの核爆弾も新たに10発保有していた。そのうち3発がレギュラスミサイルとともに艦隊に配備されている。前回の作戦では潜水艦から発射していたが、今回は3隻の戦艦(イリノイ、ケンタッキー、アラバマ)に搭載している。
「今度こそやつらをこの地球上から消し去ってやれ」
■昭和二十三年(1948年)2月
アダック島 西方海上 第一機動艦隊
旗艦 大淀
アダック島沖に展開する艦隊を眺めながら連合艦隊司令長官の宇垣纏大将は、もう何度目かになるため息をついていた。
「どうされました?作戦で気になる点でも?」
見かねた参謀長の草鹿龍之介中将が声をかける。
「いや、山本さんや伊藤さんはどう思うだろうかと考えていたところだ」
「……たしかに往時とまではいきませんが、自分はそれなりに艦隊は再建されたと思いますよ」
草鹿の言葉に宇垣は黙って頷いた。
坊ノ岬沖と呉空襲で一度は完全に壊滅した連合艦隊であったが、現在は徐々にではあるが再建が進んでいた。多数の戦艦や空母も揃え、確かに往時の姿を取り戻しつつあるようにも見える。
だが連合艦隊といっても実は第一機動艦隊(第一艦隊、第一航空艦隊)の一枚看板でしかない。高級将官の多くが戦死した事もあり、連合艦隊司令長官である宇垣が艦隊を直率する羽目になっている。
艦隊は第一艦隊の戦艦4隻(長門・榛名・伊勢・日向)、第一航空艦隊の空母5隻(天城・葛城・笠置・阿蘇・生駒)を中心とした堂々たるものであった。
しかし戦艦はすべて艦齢30年以上の老朽艦ばかり、雲竜型空母5隻については新造艦と言えなくもないが、艦載機のジェット化により搭載機数が半減してしまっている。機体の大型化に加え、甲板の強化とカタパルトの設置により格納庫が1段になってしまったせいである。
おかげで5隻あわせても艦載機は100機を超える程度しかなかった。かつての空母2隻分にも及ばない。いくらか小型空母も残っていたが(海鷹・隼鷹・龍鳳・鳳翔)、ジェット機に対応できないため船団護衛にしか使い道がなかった。
実は宇垣がため息をついた理由は艦隊についてではなかった。これから行おうとしている新しい戦い方にまだ気持ちが慣れないからだった。
そのまま二人とも会話がないまま海を眺めていると、指令室からの連絡が入った。
「勢力圏に敵編隊の侵入を検知。数およそ200。本艦隊に向けて高速で北上中とのことです。指令室にお戻りください」
「さて、目論見どおり敵は釣れたようだ」
宇垣は気分を切り替えると、大淀後部にある巨大な指令室へと移動した。
元々、大淀を連合艦隊旗艦とするために水上機格納庫を改装した指令室は、浮揚修理にあたって更に改装されていた。
部屋の一面には大きな黒板が据えられ、多くのオペレーターが本土からの通信を元に情報を書き換えている。このためダンジョンマスターのスクリーンとほぼ同じ情報がこの指令室でも把握できるようになっていた。
見ると確かに無数の赤いマークがマップの南方から艦隊に向かっている。整然と編隊を組む日本の攻撃隊と異なり、敵編隊は発進したものから我先に進むかのように複数の集団に分かれて進撃してきていた。
「現時点をもって無線封止を解除する。一航艦は攻撃隊を全機発進。敵編隊を迂回しつつ敵艦隊に向かわせろ。攻撃隊発進後は敵の航空攻撃に備えよ。第一艦隊も艦砲射撃を中止、輪形陣を成して敵の航空攻撃に備えよ」
敵への対応は検討済みであったため宇垣は即座に指示を下した。同様に準備を整えていた各空母も次々とジェット艦載機を発艦させる。
各空母は20機ほどしか搭載していない上にカタパルトもあるため、全機発進は10分ほどで完了した。攻撃隊は艦隊上空で編隊を整えると、一旦東に進路をとって艦隊を離れていく。その様も黒板に反映され状況が手に取る様にわかった。
「帽振れで見送りも出来んとは味気ないものだな」
「この部屋の方が状況も分かりますし、もう昔と違って決死の攻撃隊という訳ではありませんからね。敵の対空砲火の外から誘導弾を撃つだけ、お使いの様なものですから」
その間にも敵編隊は艦隊に接近していた。
「敵の第2波も現れました!第1波とほぼ同じ、数およそ200」
オペレーターが刻々と変化する状況を伝える。黒板下に敵の第2波とおもわれる新たな赤いマークが付けられた。
「敵さんは相変わらず物量で攻めて来るな」
「はい、これほどの敵編隊に襲われたとなると、昔なら死を覚悟していた所です」
「伊藤さんの時にこれがあればな……」
「……その通りですね」
宇垣と草鹿は坊ノ岬で戦艦大和と運命を共にした伊藤整一中将を思い出していた。特に草鹿は作戦に反対しながらも伊藤に直接命令を伝えたこともあり、あの時しっかりと反対しておけばと内心で酷く悔やんでいた。
敵編隊はかなりの速さで艦隊に近づいてくる。敵も明らかにジェット機を運用している。目標は艦砲射撃を行っていた第一艦隊らしい。敵はこちらの空母部隊にまだ気付いていないようだった。
「敵第1波、第一艦隊までの距離およそ50キロ。まもなく誘導弾の射程に入ります」
「第一艦隊には自由に撃てと伝えろ。こちらも敵が射程に入り次第、誘導弾による攻撃開始。残弾は気にするな、撃ち尽くすつもりでやれ」
「第一艦隊、誘導弾攻撃を開始しました」
「まもなく当艦隊の射程にも入ります」
「各艦、誘導弾の射程に入り次第、攻撃開始!」
数秒後、多数のミサイルが白い煙の尾を引きながら敵編隊に向かって飛び去って行った。
■昭和二十三年(1948年)2月
アダック島 南方500キロ地点
アメリカ海軍 第3艦隊
旗艦 空母ミッドウェー
CICには攻撃隊の様子が逐一報告されていた。
当初こそ勝利は揺るぎないものと高揚した雰囲気だったが、報告が入る度にその熱は失せ、今では部屋に沈痛な空気が漂っいる。
「VB-3の最後の機との連絡が途絶えました。これで第1グループの攻撃隊は全滅したことになります」
「敵にかすり傷すら与えることも出来ないまま全滅だと……」
クック中将はあまりの事態に愕然としていた。
まず攻撃隊はまだ敵艦隊も見えない所で多数のミサイルにより迎撃された。回避行動で一部は避けることが出来たもののミサイルは次から次へと飛来する。結局それで多くの機が撃墜されてしまった。
なんとか生き残った50機ほどがようやく敵艦隊を視認したが、彼らは今度は猛烈な対空砲の迎撃を受けた。それは射程が長く、発射速度が速く、そして恐ろしい程に正確だった。
ここに至ってついに攻撃を諦め反転したものの、ミサイルの追撃を受け最終的に全滅してしまった。
実は、攻撃隊が集まって一度に進撃していれば、日本側は迎撃に失敗していた可能性が多分にあった。
日本は陛下から齎された未来知識を元に装備を開発していたが、いくら詳細なデータがあるとはいっても、いきなり技術の蓄積もなく遠い未来のものは作れない。このためまずは史実の1950年代レベルを目標に開発がされていた。
たとえば三次元レーダーはAN/SPS-39、両用砲は5インチ砲Mk.42、ミサイルはテリアを参考としていた。ファランクスの様なCIWSはまだ開発されていない。
開発できたレーダーやミサイルも完全な再現は無理でオリジナルより性能は遥かに低かったが、それでも1940年代であれば十分以上に有効な装備と考えられていた。
事実、各艦が一度に誘導できるミサイルは2発から4発が限界であった。目標の割当などないので、複数の艦が一つの目標を重複して狙ってしまう事態も多数発生している。
今回は幸い敵編隊が数十機単位に分かれていたから艦隊全体でなんとか迎撃できたに過ぎない。日本側の当初の想定では最終的に両用砲に頼って個艦単位で防空戦闘をする羽目になっていたはずだった。
「……提督、まもなく第2グループと核ミサイルが敵の迎撃範囲に到達します。如何いたしましょう?」
項垂れたままのクック中将に参謀が声をかけた。
「……攻撃は中止だ。攻撃隊は引き返させろ。核ミサイルの方は放っておけ。どうせ戻せないし撃ち落されるだろうが威嚇にはなる」
クック中将は絞り出すように答える。そして攻撃隊を収容した後のことを考えていた。だがまだ彼の厄日は終わっていなかった。
「ピケット艦が敵編隊を検知。方位60、数およそ100機、高速で艦隊に向かってきます!」
「敵編隊、ピケットライン突破!艦隊到達まで5分!」
「敵編隊、分離しました!数およそ200!おそらくミサイルを発射した模様!さらに高速で艦隊に向かってきます!敵編隊は反転しました!」
クック中将は歯噛みした。やはり敵にも空母部隊がいたのだ。敵艦隊が迎撃にミサイルを使ったのなら攻撃にミサイルを使う事も想定すべきだった。
ちなみに日本の艦載機は史実のA4スカイホークを参考に開発されたもので、戦闘機と攻撃機を兼ねた機体だった。
もちろん性能は本物に遠く及ばないが、その全機が対艦ミサイルを2発ずつ搭載していた。こちらも史実のASM-1を参考にイ号誘導弾を改良したもので打ち放し可能な超音速ミサイルだった。
「オールウェポンズ・フリー!全部撃ち落してやれ!敵に出来た事だ!自分らもやってみせろ!」
クック中将の命令とともに第3艦隊の各艦が対空戦闘を開始した。両用砲が弾幕を張り、わずかに配備されていた対空ミサイルが発射される。だがそれらはほとんど効果がなかった。
両用砲もミサイルもレーダーで補助されていたが、精度も追従性も高速なミサイル攻撃を想定していない。運悪く直撃できた数発を除き、ほとんどのミサイルがそのまま艦に突っ込んでいく。
多数の機銃も全く役に立たなかった。ボフォース40ミリ機銃の有効射程は4000メートルほどあるが、その距離をミサイルは数秒で突破してしまう。
そしてミサイルは次々と命中した。装備を吹き飛ばしまき散らした燃料で火災を発生させる。品質管理も含めて未来技術に支えられたミサイルは全弾が正常に作動し、撃ち落された数発をのぞいた残り全てが命中していた。
およそ10時間後、艦隊はハワイへ帰投する途上にあった。
「自沈したものを含めて駆逐艦6隻と防空巡2隻が完全喪失しました。乗員の8割は救助できております。艦載機は212機を喪失。こちらは搭乗員も含めて絶望的です。中破、大破した艦は合計で20隻で……」
ようやくまとめられた損害報告をクック中将は黙って聞いていた。
「幸い空母と戦艦に損害はありませんでした。まだ艦載機も半数が残っております」
参謀の言葉にクック中将は首を振った。一体それが何の慰めになるのか。いくら艦があっても攻撃も防御も出来なければ意味が無い。自分のキャリアはこれで終わりかもしれないが、とにかく情報だけは持ち帰らなければ……
そう考えていた彼だったが、まだまだ厄日は終わっていなかった。
「北東方向より水中モンスターと思われる航走音を検知!」
「対水中モンスター戦闘開始!今度こそ防いで見せろ!」
なぜDラインの外側にモンスターがという疑問が浮かぶが、すくに敵が艦隊に同行させていたものを送り込んできたのだと理解する。敵の航空攻撃が1回限りだったのは妙だと思ったが、やはり敵は攻撃の手を緩めていなかったのだ。クック中将はせめてこれで敵に一矢でも報いてやればと願った。
命令とともに各艦が水中音源にむけて新型魚雷を発射する。それは探信音を発しながら水中モンスターを探し始めた。
だが効果はほとんど無かった。
初期のアクティブソナー方式のため、この魚雷はとにかく速度が遅かった。このため高速で移動する目標に全く追従できない。しかも弾頭の炸薬量が少ないため命中してもほとんど被害を与えられない。
結局、襲ってきた水中モンスターは一匹も欠けることなく艦隊に襲い掛かった。その後は沖縄沖の再現でしかない。第3艦隊はクック中将もろとも、1隻残らず、一人残らず全滅した。
■昭和二十三年(1948年)2月
アダック島沖 第一機動艦隊
旗艦 大淀
「あの最後の一発には肝を冷やしましたね」
「米軍が特殊爆弾を投入してくるだろうとは想定していたが、まさか艦隊戦の初手から来るとはな」
艦橋からアダック島に上陸する陸軍部隊を眺めながら、宇垣と草鹿は先日の海戦を思い出していた。
敵の第2波が反転した後も、なぜか1機だけが艦隊に向かってきていた。日本側はそれを即座に東京を襲った核ミサイルだと判断し迎撃していた。
予想通りそれは巨大な火球を生み出したが、艦隊から十分距離が離れていたため被害はなかった。艦の装備にはトランジスタやLSIも使われ始めていたが、未来知識で核爆発による電磁パルスの影響も知っていたため対策もされており電子機器に損傷も発生していない。
その後は、東京にいるサブマスターが艦隊の護衛についていた水中ユニットを敵艦隊に向かわせて殲滅を完了していた。勢力圏外であっても向かう先がハワイと分かっていれば後を追わせるのは簡単だった。
水中ユニットはそのままハワイを封鎖することになっている。また今回は地上活動も可能なユニットも何体か混ぜてあり、それらは上陸して地上を破壊する任務が与えらえていた。
つまり敵艦隊を釣り出せた所で勝ちは確定していたことになる。それに加えて海軍が自力で艦隊を守り切ったことで目論見どおり将兵の士気もあがり実戦経験も積む事ができた。
「早くこちらの攻撃隊のミサイルにも特殊爆弾を仕込めれば……そうすれば陛下の御力に頼らずに済むのですが」
「来年中の実装には目途がたっているそうだ。そうなれば陛下ももっと楽になられるであろう」
そんな風に特殊爆弾をポンポンと投げつける戦争が本当に正しいのか……その時にはもう戦艦どころか空母も必要ないのではないか。宇垣はそんな事を考えたが、日記に書くだけで口にすることは無かった。
地図はGoogleマップです。
挿絵のイラストはChatGPTで作成しています。
次回、いよいよ上陸作戦です。