第十二話 陛下、アメリカ侵攻をご決断し遊ばされる
■昭和二十一年(1946年)6月8日
皇居 御文庫附属庫 御前会議
沖縄の解放から1年が過ぎた頃には、日本国内も随分と落ち着きを取り戻していた。
内務省や農商務省のサブマスターの手で荒廃した都市やインフラの復旧も進み、エネルギー事情も大きく改善している。道路の整備と通商路の復活そして鉱山や牧場の設置により食料や資源の不安も遠のき、国民の生活も戦前に比肩するほどに大きく改善していた。
日本の勢力圏は陸海軍のサブマスターが常にその能力で監視しており敵の侵入を許していない。敵を発見次第すぐに付近の部隊を呼び寄せるか、間に合わない場合はユニットを召喚し敵を殲滅している。
国内の不穏分子も内務省のサブマスターにより一人残らず発見され検挙されている。
陛下の能力で日本領土の完全な防衛が実現できているため、まだ連合国と講和も停戦もしていないにもかかわらず軍の動員も多くが解除されていた。そして復員した兵士らにより産業も徐々に復活していた。
こうしたことは全て陛下が天照大神から授かった能力によるものと国民にもある程度公開されており、陛下への感謝と畏敬の念はかつてない程に高まっていた。
そうした中で、およそ一年ぶりに御前会議が開催されていた。異例ずくめだった前回と異なり今回は政府が主導する通常形式の開催である。
「陛下、出御されます」
侍従長の言葉とともに陛下が会議室に入ってきた。ちなみにこの会議室は前回と違う部屋てある。以前の部屋は拡張され今では完全にオペレーションルームと化しているため、この部屋が新たに作られていた。
「皆、待たせたようだね」
「いえいえ、とんでもございません。お時間通りでございます」
陛下は参加者らと笑顔で挨拶した。ほぼ1年間、毎日のように顔をあわせ会話をしているので気楽なものである。これも以前の会議とは全く違っていた。かつては陛下に責任が及ぶことを防ぐ名目で陛下は基本的に一言も発しないことが常だった。
「では始めてください」
陛下は中央の席につくと議長を務める鈴木首相に頷いた。国内も政権も極めて安定しているため、鈴木貫太郎が今も引き続き首相を務めている。鈴木首相は咳ばらいをすると立ち上がった。
「ではこれより第15回御前会議を開会いたします。お許しを得てわたくし鈴木が議事進行を執らせて頂きます。本日の議題は『今後採るべき戦争指導の基本大綱』であります。ではまず最初に、現在の世界情勢判断について外務大臣より報告いたします」
鈴木首相に入れ替わり東郷茂徳外務大臣が立ち上がった。
「ご承知の通り、中国大陸をのぞきここ1年ほど我が国は大きな攻撃を受けておりませんが、戦争は継続しております」
連合国で日本と直接刃を交えているのはアメリカ、イギリス連邦、中華民国のみである。
このうち中華民国とはデイリーポイント取得のため意図的な係争状態を維持しており、日本から攻勢には出ないものの依然として戦闘が頻発している。
イギリス連邦は沖縄で東洋艦隊を、ビルマで現地軍を完全に喪失し以降は、インドとオーストラリア、ニュージーランドの守りを固めるだけで日本への攻撃を一切やめていた。
現状では唯一アメリカのみが、犠牲を厭わず連日の様にあらゆる方面から潜水艦や航空機を日本の勢力圏に送り込んできている。当然ながら勢力圏に侵入次第サブマスターが発見し排除していたが、その作業はほとんどルーチンワークと化していた。
「ならば和平の可能性はないのですか?」
この質問を聞いて侍従長は陛下が以前とお変わりないと思い内心で胸を撫でおろしていた。だが実は陛下は純粋に日本国民のみの安全と安寧を気にされているだけで、相手国の国民がどれだけ苦しむことになろうと一切気にしてなかった。
「英国とソ連については可能性がございます。しかし米国については否でございます」
陛下の内心を知らず、東郷外相は首を振った。
イギリスでは大損害の責任をとって強硬派のチャーチルが辞任したこともあり、スイスを経由して内々に停戦が打診されていた。ただしアメリカとの関係から正式な停戦は難しいとのことで、とりあえず非公式に当面は互いに戦闘を避けようという所で落ち着いている。
ソ連とは戦争状態にないが中立条約は昨年4月に一旦切れてしまっていた。だがドイツ敗戦後にソ連と米英との関係が急速に悪化し、また沖縄や東南アジアで米英が大損害を受けたことから、今年に入りソ連の方から再締結交渉の申し出があった。
そのような中で、アメリカのみが日本に対して牙を研いでいた。
アメリカとの戦闘が日常的に発生しており、ソ連を介して日本が打診する停戦協議の要請に一切応じず軍の再建を強力に推し進めていた。
「それでは次に、陸海軍統帥部より、今後の作戦に関する所見を述べて願いたいと存じます」
世界情勢の報告が終わると、鈴木首相の言葉で陸海軍を代表して梅津陸軍参謀総長が立ち上がった。
「先ほど外相から報告がなされた通り、問題は米国一国となっております。そして情報によれば一度壊滅させた軍を再建し、あまつさえ都市を一発で破壊するという強力な特殊爆弾の開発に成功し、その増産に日夜勤しんでいると見られます」
この情報については既に上層部で周知されているので動揺はなかった。
「たしかに我が国領域への侵入は陛下の御力で防いでいるため特殊爆弾を落とされる事はないと思われますが……万が一という事が有ります。そこで軍部として提案がございます」
スクリーンに世界地図が表示された。日本の領土は赤く塗られている。
「誠に残念ながら、陛下のダンジョンマスターの御力はこの領土および周辺の海域、上空でしか発現できません。これより外部に対して召喚したユニットを送り込むことは可能ですが、領土外に召喚リングを設置することはできません」
陛下が黙って頷いたことを確認して梅津は話を続けた。
「そこで軍部といたしましては、米国本土侵攻を提案いたします」
「な!なにを!」
「そんな無謀な!」
その言葉に陛下と軍部以外の参加者は騒然となった。以前の形式的な御前会議と違い、今回は実際に議論するために招集されていいるため、陛下へ事前に相談や確認をした以外一切の根回しが行われていない。異論が続出するのも当然のことだった。
陛下の肩に乗るクロは赤い目を細めてその様子をじっと眺めていた。
「まあまあ落ち着いてください。なにも米国本土を爆撃し大勢の兵を上陸させようという意味ではありません。そんな事をしても米国を征服することは不可能だと軍部もよく理解しております」
「朕は軍部の考えを事前に聞いています。その上でこの場で話す事を許しました。皆もまずは黙って話を聞きなさい」
梅津と陛下の言葉でようやく会議が落ち着く。梅津は陛下に頭を下げると説明を続けた。
「陛下にダンジョンマスターのルールを詳細に確認したところ、この赤い『領土』は拡げることが出来る事がわかりました」
そう言って梅津はフィールド型ダンジョンにおける『制圧』と『ダンジョン化』について説明した。
ルールでは、まず『ダンジョン化』つまり領土化するには、その地が『制圧』されている必要がある。
ある地域に『制圧』するには、その地域の自軍ユニット数が敵対ユニット数の3倍以上の状態を24時間維持した上で、ダンジョンマスターが『制圧』を宣言する必要があった。
「つまり無人の地であれば、たった一人の兵士を送り込めば24時間で制圧して領土化出来る事になります。ちなみに制圧は1キロ四方単位で可能です」
あちこちで「なるほど」と唸る声が聞こえた。
「だが米国本土は我が国から遠く離れているが、どうやって兵を送り込むのだ?」
尤もな疑問も呈された。
「それについては、カムチャッカ、アリューシャン列島伝いにまずはアラスカを目指し、そこから北米大陸に上陸する計画です」
スクリーンに北海道からカムチャッカ半島、アリューシャン列島からアラスカまでの地図がスクリーンに表示された。現在日本の領土として本土と繋がっているのはカムチャッカ半島の先端に近い占守島までだった。アッツ島、キスカ島も日本領土になってはいるが飛び地のため接続水域が設定されていない。
「おいおい、カムチャッカ半島はソ連の領土だろう?ソ連にまでも宣戦布告しようと言うのか?」
「いえ、元々人口希薄地域でありソ連も敵国でないためソ連兵は敵対ユニットとして勘定されません。それに制圧宣言し領土化をしたところでソ連にダンジョンマスターがいないので気付かれる心配はありません」
「だがもし勝手に上陸すれば、気付かれてソ連と戦闘になるだろう?そうなればソ連兵も敵対ユニットになってしまうだろうが」
「その点も大丈夫です。こういった任務に相応しいユニットを陛下に相談いたしました」
梅津に視線を向けられた陛下が頷く。
「その通りニャ!ちゃんと敵に見つかりにくいユニットがあるニャ!」
クロの言葉と同時に陛下がスクリーン前に召喚リングを設置した。そして何かを召喚する。だがそこには何も見えなかった。いやよく目を凝らせば、ぼんやりと半透明の日本兵が見えた。
「これは斥候兵というらしいです。この通り透明に近いので敵に見つかりにくいでしょう。召喚ポイントはやや高いですが階級は陸軍中尉なので複雑な命令もこなせます」
「たぶん中身はスペクターというゴースト系のモンスターニャ。日中はほとんど活動できないのが欠点だけど、夜はかなり強力なモンスターニャ!」
「陛下、クロさん、ありがとうございます」
梅津は陛下とクロに頭を下げた。陛下は斥候兵をポイントに戻し召喚リングを消去した。
「つまり、このユニットを海洋ユニットに乗せて密かに上陸させ領土化を進めていくことが基本計画となります。アラスカ到着後は現地に召喚リングを設置できるようになるので、北米大陸の領土化は速やかに進むものと思われます」
「アラスカは僻地だから良いが米国本土とは繋がっていないぞ。さらにその先の東海岸は人口密集地で軍事拠点も多い。そこはどうする?」
「アラスカ制圧後はまずカナダの人口希薄地帯を領土化します。そこを経由して少しずつ北米大陸中央部の人口希薄地帯に浸透、領土を拡げていきます。そしてもし米国が和平に応えず攻勢に出てきた場合は一気に北米全土を攻撃する計画です」
「朕はあくまで和平を求めています。本作戦はあくまで我が国の安全を保証するためのものです。米国がこのまま何もしてこなければ領土化はしても朕は何もしないでしょう。だがもし我が国に特殊爆弾を使用した場合、朕は容赦しません。皆、そのつもりで願います」
陛下の決意の御言葉によって御前会議は終了となった。
作戦は陸海軍共同で即時開始された。
日本の領土は島伝いに徐々にアラスカへと近づいてゆき、8月にはアラスカに到達、そして昭和二十一年の末頃には都市部を除く北米大陸の北部のほとんどを領土化することに成功していた。
■昭和二十一年(1946年)12月
ワシントンD.C. 米連邦捜査局本部
「なあシドニー、ちょっとこれを見てくれ」
本部の片隅にある倉庫を改装した小さな部屋で、男性のFBI捜査官が相棒の女性捜査官に自分でつくったレポートを見せた。有能だが癖の強い彼は主流の捜査活動から外され閑職に追いやられていたが、逆に自由に活動できると喜んでいる節があった。
「なにかしらモーゼル……えーと、ゴーストの目撃報告?一体これが何か?」
彼女は相棒につきあわされ閑職に回されているが、何をするかわからないモーゼルの監視役も兼ねている。
「最近、透明人間とかゴーストのニュースをチラホラと耳にするから気になって調べてみんだ」
「そんなの昔からある迷信でしょ?何が気になるわけ?」
興味がないとばかりにシドニーはレポートを投げ返す。モーゼルはレポートを拾うとあるページを開いて見せた。
「ほら、目撃された場所をプロットすると、アラスカからカナダ国境地帯に集中しているんだ。カナダ側にも確認したら中央の森林地帯でも報告があるそうだ。しかもなぜか秋ごろから報告が急増してる。どうだい?興味ないかい?」
「馬鹿馬鹿しい。モーゼル、あなた疲れてるのよ」
「やっぱり現地で直接調査しないと」
「え!?本当に行くの!」
この後、嫌がるシドニーを連れてモーゼルはカナダ国境地帯へ現地調査に向かった。だがある夜を最後に二人の消息は途絶えてしまったという。
■昭和二十二年(1947年)8月6日
千島列島 温禰古丹島
島の南北に火山のカルデラ湖をもち、それを繋ぐような細長い形状をもつこの島は、断崖絶壁で囲まれた島が多い千島列島の中では珍しく、中央部に砂浜と平坦部がある無人島だった。つまり上陸と実験に適した環境を持つ島である。
この島はソ連のカムチャッカ半島の先端まで200キロ余りしか離れていない。このため、この島で核実験を実施することはソ連にも事前に通告されていた。わざわざ観戦武官までも招待している。これにはもちろん政治的な恫喝の意味合いが多分に含まれていた。
午前8時15分、島の中央に設置された核爆弾が起爆された。
3キロのプルトニウム239を囲むように配置された爆薬は、爆縮レンズによりプルトニウムを一瞬で正確に圧縮し核分裂反応を誘起した。その反応は急速に連鎖しTNT20キロトンに相当する力を解放する。
それは巨大な光球をなして島に第二の太陽を出現させ、温禰古丹島に3つ目のクレーターを作り出した。
光球が消え、きのこ雲が高々と島の上に立ち上がっていく。その様子を陛下はクロと共に修復され今回の御召艦を務めることになった戦艦長門の艦上から観覧なされていた。
「ふむ、見事なものですね」
「これでまたマスターの国は強くなったニャ」
陛下はこの核爆弾が敵国国民の多数の命を奪うことになるかもしれないことを一切気にされていなかった。単にアメリカに対する抑止力として日本国民を守る力が増えたことを喜ばれていた。
こうして日本はアメリカに続いて世界で二番目の核保有国となった。ウラン鉱石の確保が課題であったが、あらためて勢力圏内を調査した結果、朝鮮半島に有望なウラン鉱山を発見したことにより核爆弾の増産に目途がつく。
日本が核実験に成功したというニュースは、その映像とともに実際に実験にも立ち会ったソ連を通して世界各国に衝撃と共に広がって行った。
そのソ連は、翌月にまるで慌てるかの様に日本と中立条約を再締結した。さらに通商条約も新たに締結し日本と友好関係を保とうという姿勢を分かりやすく見せていた。それには日本国内の協力者が一掃され、日本の政治をコントロールするどころこか日本国内の情報が全く入ってこないという恐怖もその背景にあった。
イギリスはその連邦諸国とともに連合国を抜け日本と停戦交渉を開始した。この時点で連合国というものは実質的に消滅したことになる。脱退の際にイギリスはアメリカに対して、日本に対する核兵器の安易な使用をしないよう忠告したが、無視されたと伝えられている。
そして危機感を募らせたアメリカは、最終手段に出ることを決断していた。
地図はGoogleマップです。
挿絵のイラストはChatGPTで作成しています。