第十一話 軍事関係者、安堵する
■昭和二十年(1945年)12月
皇居 御文庫附属庫
陛下の御力で沖縄が解放され、さらに日本の勢力圏も守られるようになってから半年が経過していた。
戦争で荒廃した国土の復興は未だ道半ばであるものの、これも陛下の御力で信じられないほどの速さで進んでおり、資源や食料問題も改善し、ほとんどの国民は将来に明るい希望を抱くようになっていた。
だが先行きに大きな不安しか感じていない者たちもいた。軍部と軍需産業の関係者たちである。
兵器や軍需物資の生産は既に爆撃や通商破壊により大きく落ち込んでいたため、中国戦線を維持する分をのぞいて他業種への転換が進められていた。問題は新兵器の開発についてだった。
いくら連合国の兵器が優れていて数が多くとも陛下の召喚ユニットで対応可能である。ならば自分たちのやっている事は全くの無駄ではないのか。そのように軍と軍需産業の開発者たちは自分たちの未来は暗いものと考えていた。
さらに経済的、技術的な問題もあった。
兵器の開発や生産はすべて高度な技術と経験で支えられている。裾野産業も含めると、直接間接的に関わる者の数は膨大となる。それらが失業するとなれば経済や関係者の生活に大きな影響を与えてしまう。また技術や経験も一度失われてしまうと再び手に入れる事も困難となる。
そういった懸念も早い段階から軍部と商工省から陳情されていた。
これに対して陛下は、軍事行動は軍に戻す事を早い段階で表明していた。軍のサブマスターはそのまま残すが、緊急対応以外は召喚ユニットを使わず本物の軍隊を使うことで、軍組織と軍需産業を維持するつもりだった。
だが開発関係者が将来に不安を持つことも非常によく理解できた。彼らを含め国民のことを以前より遥かに愛おしく大切に思える様になっていた陛下はクロに相談した。
「クロさん、なんとかなりませんか?」
困った時はクロに聞く。もうそれが陛下の定番パターンとなっていた。
「大丈夫!なんとかなるニャ!」
クロは胸を張って答えた。さすがサポートキャラである。マスターに頼られることが嬉しいのか機嫌も良さそうだった。クロの赤い目がきらりと光る。
「ところでマスター、召喚ユニットのリストを下まで確認した事はあるかニャ?」
「そう言えば見た事はないですね……なにしろ種類が膨大ですから。しかしいくらユニットを召喚しても新兵器開発の参考にはならないと思えますが?」
「そんなことないニャ。外見は本物を参考にしてるから、きっと何かの参考になると思うニャ」
クロの赤い目がにんまりと細められる。
「そういうものでしょうか……」
疑問に思いつつ陛下はとりあえず試しにと戦車のリストを下にスクロースしていった。すると下の方にいくと陛下の知らないユニットが並んでいる事に気付いた。
「七式中戦車?48式戦車?74式戦車?……これらは一体?以前に見た時はリストに無かったような……」
それらの戦車は名称だけでなく形状も陛下が見た事がないものだった。素人目にも先進的な形状をしている事が分かる。必要ポイントは多いが、陛下は試しに七式中戦車なるものを召喚してみた。
出てきた戦車はやはり生物的に蠢いており目も口も脚もあった。だが中戦車と名は付いているが、とにかくその大きさは陛下がよく見知った九七式中戦車より遥かに大きかった。巨大な砲塔に据えらえた砲(っぽいもの)も太く長い。
「七式という事は……我が国が数年後にこの戦車を開発するということでしょうか?」
「その通りだけど、ちょっと違うニャ。これは別の世界の日本が開発するはずの戦車ニャ」
「別の世界の日本?」
「そうニャ。この世界は一つじゃなくて、よく似た世界が並行して一杯存在しているニャ。これはその一つから持ってきたものニャ」
「……なるほど。しかし未来の兵器の形だけ分かっても、やはり開発の役には立たないのでは?」
「そんな事ないニャ」
クロの赤い目が怪しく光る。
「ほら、ユニットの右にデータってボタンがあるからタッチしてみるニャ」
陛下が改めて七式中戦車の画面を見ると、たしかに右端にボタンがあった。はて、先程こんなボタンは有っただろうかと再び疑問に思いつつ、陛下はそのボタンにタッチした。
すると別の画面が開き、画像と細かな文字の羅列が表示された。
画像の方は明らかに図面だった。全体から個々の細かなパーツまで三面図が階層化されている。陛下は気付かなかったが図面には材質だけでなく処理方法や公差まで記されていた。
文字の方は諸元や技術情報らしかった。
諸元によれば、七式中戦車は100ミリという巨砲を備えていた。その全長は10メートルを超え重量も50トン近い。その巨体が1000馬力のエンジンで時速50キロ以上で走るのだ。見た目通りの化け物戦車だった。しかもリストの先にはそれより化け物が並んでいるというのだ。
技術情報の部分はいわゆるハイパーテキスト的になっており、関連技術やその詳細についてリンクをどんどん辿って調べることができた。
「こ、これは……」
「召喚されるユニットの中身は偽物だけど、この情報は本物ニャ。アカシックレコードから持ってきてるから、並行世界の分もずーっと未来まで見れるニャ!これを参考にして新しい兵器を作らせれば良いニャ」
「なるほど……クロさん感謝します」
アカシックレコードなるものについては陛下の知識になかったものの、とにかくこれで日本の兵器開発は何とかなりそうに思われた。また技術の方はきっと軍だけでなく民間にも活用できるに違いない。
陛下は、臣下や国民が自分に依存して日本という国が停滞してしまうのではないかと危惧していた。その不安が解消される見込みが立ったことで陛下はそっと安堵した。
ところで、たしか兵器ユニットの設定はあの胡散臭い元プレイヤーが途中で投げ出したはずでは……そんな疑問が陛下の頭を一瞬よぎったが、なぜか陛下はすぐにその疑問を忘れ去ってしまった。
「これでマスターは、この国はますます強くなるニャ……」
クロは赤い目を細めてじっと陛下を見つめていた。
一週間後、陸軍兵器行政本部、海軍技術研究所、その配下組織と関連企業の人間が皇居に呼び出された。
陸海軍の作戦畑の人間は既にここで連日勤務しており慣れた者であるが、技術畑の人間が呼び出されるのは初めてとなる。皆が陛下を前にしてガチガチに緊張していた。
「畏れ多くも君らに陛下の御力の一端が下賜されることになった。その能力を使いこなして世界一の兵器を開発してもらいたい」
陛下の御前で、陸軍大臣や海軍大臣からの言葉ののち、集まった者たちは陛下からサブマスターに設定された。その能力は非常に限定されたもので、小さなスクリーンを設定でき、兵器メニューを閲覧してスクリーンに表示できるだけのものだった。
たったそれだけの能力であったが、能力の説明を受けてものの10分後には皆が興奮に包まれていた。
「これが数年後のロケット(ジェットエンジン)か……はあ?推力8000キロ!?」
「音速突破?エリアルール?」
「半導体?そうか未来じゃ真空管は使われないのか……」
「戦車の主砲は120ミリが主流だと!?……もう重砲と変わらんじゃないか」
「CIWS?三次元電探?これがあれば敵機はもう怖くないだろ」
「潜水艦が水中20ノット!?魚雷も深深度発射で誘導式?もう海軍は潜水艦だけで良いんじゃないか?」
「アングルドデッキ……舷側エレベーター……蒸気カタパルト……なるほどなるほど」
「戦艦が一つもないじゃないか!どういう事だ!!」
未来情報に驚く者、喜ぶ者、激怒するものとその反応は様々であったが、各所のサブマスターらはスクリーンを使ってそれぞれの組織に情報を見せて、新技術の習得と新兵器の開発に取り掛かった。
答えが目の前にあるので現在の開発計画はすべて一旦見直される事となった。ただし知識の理解や技術的な課題も多いため、一気に遥か先を目指すようなことはせず、とりあえずは5年程先の兵器を目指すことが目標とされた。
これまで開発は主に爆撃被害や資源面の制約により停滞していたが、すでに爆撃はなく東南アジアとの通商路も復活して希少金属資源も輸入できる様になっている。このため開発は驚くべき速度で進んでいった。
例えば3ヵ月後にはもう推力2トンを超える軸流ロケットが完成し、それを搭載する後退翼をもった戦闘機の試作も始まっている。リレーと真空管を使った初歩的な論理回路も作られ始めた。
そして核兵器の開発も、改めて濃縮技術と起爆技術が見直されたことにより大きく進展していった。