第十話 陛下、荒廃した国土を復旧し遊ばされる
■昭和二十年(1945年)6月18日
皇居 御文庫附属庫
「クロさん、朕の能力で荒廃した国土を復興したいのですが、できるでしょうか?」
とりあえずフィリピンやビルマなどの解放作戦も終え、周辺の潜水艦も一掃したことで国土の安全は確保できている。敵も損害を恐れて最近は偵察行動すらなくなり、敵の大攻勢も当面はない見込みである。
このため防衛は元の様に軍部にまかせて、陛下は戦争で荒廃した国土と国民生活を復旧することを考えた。
「もちろん出来るニャ!マスターにはフィールドの形を変えたり街を作る能力もあるから、それを使えば問題ないニャ!」
「なるほど。それでは少し検証してみましょう」
陛下はクロの他に侍従長や内務省大臣らを伴い、検証のために吹上庭園のゴルフコースに移動した。
以前は陛下も9コースあるこのゴルフ場で皇后らとゴルフを楽しまれていたが、戦争勃発とともに使用も整備もされなくなっていた。おかげで今では自然の野山に戻りつつある。つまりフィールドの造成を検証するには丁度良い環境だった。
「まずは道路と建物から始めましょうか」
そう言ってメニューを見た陛下は固まった。
「あの……クロさん、道はこの二種類しかないのですが……」
あれほど多彩だった兵器ユニットのメニューと違い、道に関するメニューには土か石畳の2種類しかなかった。しかも道幅を変えるくらいしか調整出来ない。鉄道どころか上下水路もない。
実際に道を引いてみたが、土の道はまさに江戸時代のような道だった。石畳は中世ヨーロッパの道のようなものだった。
「あー、元プレイヤーさん、この辺りは何もカスタマイズしてないみたいだニャ……」
「あの……陛下、平らな道が一瞬で引かれるだけでも大変素晴らしいことです。ただ、土の道の方が後からの工事が楽だと愚考いたします」
内務大臣が慰めるように意見を述べる。
「では、トンネルや橋もつくってみましょう」
陛下も若干気落ちしたものの、気を取り直して検証を続けた。ゴルフコース内に人工的な山や谷を作り、そこに道を通していく。
山に道を通すとトンネルが自動的に作られた。だがその壁面は石で出来ており強度が心もとない。これならば地形操作で山を消すか切通しを作った方が良さそうだった。
川や谷を渡る所に橋も掛けられるが、こちらも材質は木か石しか選べない。鉄道など重量物が渡るのは無理そうだった。
「へ、陛下、これでも仮設の橋としては十分でございます。本格的な復旧はどうか下々にお任せください」
更に気落ちした陛下を侍従長や内務大臣が慰める。
「そうですね。皆の助力を期待します。次は建物を見てみましょう」
そう言ってメニューを見た陛下は再び固まった。そこには現代の建物からは程遠い、中世ヨーロッパのようなデザインの建物が並んでいたからである。
とりあえずいくつか建物を出してみたが、どれも材質は石造りか木造の二択だった。高さは最大で三階建てまで可能であるが、日本の様に地震の多い国では不安になる造りだった。しかも窓はガラスでなく板戸で、キッチンに竈はあったがトイレも風呂もなかった。
だがメニューを詳しく見ていくうちに陛下は気付いた。
「標準の建物はどれも微妙ですが、自由に設計した建物も作れるようですね」
「うーん、このカスタマイズ機能は本当はお城をつくるためのものなのニャ……」
「なるほど……とにかく建物を設計するとなると、この件は朕だけでは難しいですね。専門家の助けが必要です」
そして早速、内務省の都市計画課や土木局の人間が集められた。
ただの公務員がいきなり宮中に呼び出され、陛下から直接のご依頼どころか直答まで許され、最初は驚き委縮するばかりの彼らだったが、陛下の能力と目的を知らされると俄然やる気となっていた。
そしてカスタマイズ機能を利用して、陛下と協力し現代風で耐震性もある建物が設計されていく。
こうして出来た居住用の住宅は平屋と二階建ての2種があり、それぞれ文化住宅1号/2号と名付けられた。あわせてオフィスや商業用の標準型ビルも何種類か設計されている。
板戸をガラスに変えたり、トイレや風呂、上下水道や電気を後で追加する必要はあるが、その部分は極力規格化し、量産と工事が出来るだけ簡単にできるように配慮されてた。そもそもそれらが無くても焼け野原に雨風を凌げる建物が出来るだけで大きな助けとなった。
道路については、石畳より後の上下水道工事や舗装工事が楽だという事で土のままの道路が選定された。
こうして都市計画課による計画をもとに焼け野原の都市部がまずは更地化され、河川の流れまで変えて新たな計画に基づいた道路が張り巡らされ、統一したデザインのビルや住居が設置されていった。
この際、権利関係が問題となったが、陛下の御力をある程度公表し更に勅令を発することで半ば強制的に実行された。当初は反対意見も多かったものの、あっという間に焼け野原が真新しい都市に生まれ変わる様を見た事で、反対意見はすぐに消え去った。
この作業を通して爆撃で焼失した宮殿の復元が何度か提案されたが、陛下は『その様な些事は全てが終わった後で良い』と一顧だにせずご辞退されている。
人が生きていくためには食べ物が必要である。
陛下は住居問題の解決に並行して食糧問題についても懸念されていた。そこで農商務省大臣の石黒忠篤に現状を問いただした。
「民に食料は行き届いていますか?飢えてはおりませんか?」
「陛下の治世で民は大変満足しております」
「今更そのような綺麗ごとを尋ねているのではありません。民が飢えていないか尋ねているのです」
陛下の声に怒気が混じった。同時に威圧スキルを使用する。初めてこのスキルを使って以来、陛下は鍛錬を重ねて対象と強度を細かく調整できるようになっていた。
突然、激しい恐怖に襲われた石黒大臣はおもわず跪いた。顔から汗が滴り落ちる。
「どうなのですか、飢えてはおりませんか?」
「ひぃ!も、申し訳ございません!お、恐れながら、都市部では食料不足が顕在化しております!餓死者も出ているときいております!農村部では逆に食料が余っておりますが、輸送手段がないため都市部に運べない状況です!」
「なるほど、わかりました」
陛下が威圧をやめると同時に石黒大臣は床に崩れ落ちた。
それを横目に陛下は内務省に命じて、都市部だけでなく地方と都市を結ぶ道路の復旧と拡張計画もまとめるように命じた。
だがそれだけでは、すぐに食料を届けることができない。今はとりあえず飢えている都市部に食料を直接生み出すような策が必要だった。
「クロさん、なんとかなりませんか?」
「牧場や畑をつくるとか、酒場を設置する手があるにゃ」
すぐに陛下はメニューを確認した。
牧場は設定した日当たりポイントに応じた謎肉・謎乳・謎卵を生み出す。畑も同様にポイントに応じた謎野菜を生み出すようだった。しかも現実の農作物より遥かに早く一定の量が生産され、気候や天候にも影響されないという特徴もあった。
「なるほど……牧場と畑はすぐに臨時で設置しましょう。しかし酒場は保留にしましょう」
陛下は未だに怯えている農商務省大臣に命じて大都市近郊に牧場と畑を設置する候補地と検討するように命じた。
「直接料理を提供できる酒場も魅力的ですが……こちらは難しいですね」
一方で酒場の設置については、当面は見送ることとなった。
そもそも酒場の支払いが円ではなかった(ゴールドという通貨単位だった)。このため別にギルドなどを設置し依頼をこなしてゴールドを稼ぐ必要があり、そのままでは運用できないためである。
また、酒場とは別に娼館もあったが、嬢のNPCが白人で美人揃いなのは良いものの、こちらもゴールド払いな上に色々と風紀が乱れるおそれもあったため、酒場ともども設置は見送られることとなった。
ただしこの件については兵士の慰安に活用出来ることから、政府としてゴールドを確保し兵士に支給する方法を検討することとなった。
こうして当面の食と住の目途はたったが、国土全体の復旧には物流インフラの復旧が欠かせない。
鉄道と通信、そして海運の復旧は残念ながら陛下の能力では出来ないため、運輸通信省に一任されている。ただし陛下も手をこまねいていた訳ではなかった。
「陛下、敵の攻撃がなくなった事と勅令により復旧を妨害するものはありませんが……資源が足りずなかなか進まないのが現状でございます」
都市計画と道路の検討が決定されると、運輸通信大臣の小日山直登から陛下に意見が述べられた。
「海外との通商も再開したと聞いていますが、それでも足りないのですか?」
陛下は不思議そうに尋ねられる。通商路の敵潜水艦も一掃されており敵の侵入もない。今や資源の輸入を遮るものは何もないというのが陛下のご理解だった。
「はい、ですがその資源を運ぶ輸送船が足りておりません。今は海軍の協力も得て鋭意建造をすすめているのですが……」
かつて開戦前に世界第三位、630万トンを誇っていた日本の輸送船保有量は、敵潜水艦や航空機の攻撃、ばらまかれた機雷により2000隻以上が失われ、現在では150万トンにまで落ち込んでいた。
つまりいくら国内外に豊富に物資があって運航を遮る敵が居なくても、今はとにかくそれを運ぶ輸送船が足りていなかった。海軍の建艦計画を一時凍結し小さな造船所まで総動員して建造を進めているものの、当面は輸送船の不足が続くものと考えられた。
「さすがに朕も輸送船はつくれませんが……クロさん、なんとかなりませんか?」
陛下はいつもどおり解決策をクロに尋ねた。
「うーん、超大型の海洋ユニットで代用する手もあるけど荷物はそんなに載せられないと思うニャ……そうだ!資源の種類に限りがあるけど鉱山をつくるのはどうかニャ?」
「なるほど鉱山ですか……これですね」
陛下はすぐにメニューを確認する。
鉱山メニューには、鉄、銅、金、銀、ミスリル、アダマンタイト、宝石、石炭、石灰が並んでいた。残念ながら中世レベルの文明を想定しているのかアルミや石油、ガスはメニューに無かった。逆にミスリルやアダマンタイトといった謎金属が含まれている。
鉱山は、日当たりの消費ポイントを設定すると、それに応じた資源が自動的に出てくる仕様になっていた。
試しに吹上ゴルフコースで小規模な鉱山を設置してみると、資源は鉱石でなく精錬された形で出てくることが分かった。金属類はインゴットの形で、宝石・石炭・石灰はバスケットに入った形で出てくる。バスケットは資源をすべて取り出すと自動的に消滅した。
「朕の能力で出せる資源はこの通りです。必要な種類と量、そして鉱山を設置する場所を決めなさい」
陛下は小日山大臣に命じた。
そして運輸通信省から出てきた計画は地産地消が基本となっていた。資源が精錬された形で出てくるので、例えば製鉄所の近くに鉄と石炭の鉱山を設置するなど、基本的に消費地に近い場所に鉱山を設置することになっている。特に鉄については日本の製鉄が屑鉄炉主体であったため、たとえ粗鉄であれ鉱石でなくインゴットで提供されることは非常に都合がよかった。
陛下はその計画に従ってすぐに鉱山を設置した。これでようやく資源問題が緩和され復興が加速していく事になる。尚、ミスリルとアダマンタイトについては、企業や大学に試料が提供され特性や活用法が研究される事になった。
ただし陛下は、これらの措置はあくまで復興のための緊急対応と考えていた。すべてを陛下の能力でやってしまうと、元々あった産業の仕事を奪う事になり技術や人材が失われてしまう。また国全体が陛下に依存してしまう事にもなる。
このため陛下は、復興の目途がつけば元の生産活動にもどしてゆきたいと考えていた。
「しかし戦闘はともかく、国内の復興は仕事の量や範囲が多くて、朕一人ではなかなか捌けませんね……困りました」
内務省や農商務省は張り切って素晴らしい復興計画をまとめてきたが、その中身は土地造成に道路、建物、鉱山、農場など、項目は多岐に渡り量も膨大だった。
「マスター、そういう時はサブマスターを設定すれば良いニャ!」
「サブマスター……?なるほど、それは良い案ですね」
脳内マニュアルを確認した陛下はすぐに理解した。
サブマスターとはマスターの能力や権限の一部使用を認められた者であり、通常は自軍ユニットや友好NPCを設定することになっていた。
「ならば、軍の方もついでにサブマスターを設定してしまいましょう」
こうして陛下は、陸海軍と内務大臣、農商務大臣にサブマスター候補者の選定を指示した。こうして選ばれた者らを陛下はサブマスターに設定し、限定した能力を与えていった。
それぞれのサブマスターは、限定されたダンジョン作成能力と情報の共有、責任範囲に応じた地形操作やユニット召喚が、一日あたり決められた上限ポイントの範囲内で行うことが出来た。
こうして膨大な仕事からようやく解放された陛下は、久方ぶりに皇后の良宮とゆったりした時間を過ごせるようになった。そして日本の国土と国民生活は急速に復興していくこととなる。
サブマスターを教えられていなかった陛下は、これまで全部の仕事をお一人でこなされていました。