第一話 陛下、ダンジョンマスターにおなり遊ばされる
最初のうちは設定説明が中心となります。戦闘は第6話から始まります。
■昭和二十年(1945年)5月25日
皇居 御文庫附属庫
気が付くと、陛下は御身ひとつで真っ白な世界にお立ちになられていた。
壁も天井も見えない。白い光で満たされた空間は遥か彼方まで続いている。
「……これは……夢でしょうか?」
陛下は首をかしげる。いかにも夢の中としか思えない状況だが、それにしては意識がやけに明瞭だった。
「確か今日は御文庫で床についたはずですが……」
記憶の方もはっきりしている。今晩は空襲を避けて御文庫附属庫に避難したはず。だがそれを思い出すと同時に大きな悲しみも蘇ってきた。
この日も帝都東京はアメリカ軍のB-29に大空襲を受けた。あれほど美しかった歴史ある明治宮殿もついに焼け落ちてしまった。
陛下はつらつらと思う。
きっと今日も数多の臣民が空襲で命を落としただろう。きっとそれに数倍する民が焼け出され今も命の危険に晒されているのだろう。
それに比べて、安全な場所で寝ることができる自分はなんと恵まれていることか。
そこで陛下は気付いた。もしかしたら自分自身も既に死んでいるのかもしれないと。
御文庫は10トン爆弾の直撃にも耐えられると聞いていたが、今日の爆撃で潰されてしまったのかもしれない。きっと自分は気づく間もなく死んだのだろう。ならば、ここは地獄なのか。いや、これから閻魔様に罪を裁かれるのを待っているだけなのか……。
そんな事を考えていた陛下の目の前に、突然眩い光とともに男が現れた。
「やあ!待たせたね!」
男はシュタッと片手をあげると、えらくフランクに声をかけてきた。
その男は金髪碧眼の白人だった。飾り気のない白いシャツに青いズボンというラフな出で立ちだが、敵国の英米人であるはずがない。よく見ると男は支えもなく宙に浮いている。尋常な存在でない事は明らかだった。すぐにそれを悟った陛下は恭しくひざまずき首を垂れた。
「あなたが閻魔様でしょうか?」
「え?いやいや、ちょっと待って、僕はそういうのじゃないから……」
「覚悟は出来ております。どうぞ私を裁きください。地獄に送る沙汰をお下しください」
「ちょっ、地獄なんて無いし!そもそも君、まだ死んでないし!とにかくほら立って!頭を上げて!」
男は慌てた様子で陛下の言葉を否定した。
どうやらこのままでは話が進まない様子なので、陛下はとりあえず男の言葉に従い立ち上がった。
「コホン、えーと、まあ確かに僕は君らの言うところの神みたいなものだけどね……」
男は咳払いをすると、あらためて陛下に満面の笑みを向けた。
「その神様が如何様なご用件で顕現なされたのでしょうか?」
「ふっふっふっ!よくぞ聞いてくれました!」
男はビシッと陛下を指さした。
「なんと君は!ダンジョンマスターになりました!パンパカパーン!おめでとー!!」
男はパチパチと拍手した。陛下と男以外に誰もいないはずの空間になぜかワーワーと歓声があがり、どこからか紙吹雪が舞う。
「だんじょんますたあ?」
「そのとーり!」
男は得意そうにピッと人差し指を立ててウィンクする。
「知識と能力は君にインストール済みだよ。だからダンジョンマスターが何かはもう分かるよね」
そう言われて陛下は記憶を探る。すると男の言う通り答えはすぐに見つかった。
教わったことも読んだこともないはずなのに、ダンジョンマスターとそれに関する詳細な知識が脳内に存在している事に陛下は驚いた。
「……なるほど、ダンジョンマスターなるものについては仰る通り分かりました」
軽薄そうな男ではあるが、人智の及ばない遥か高みの存在であることを陛下は改めて認識する。
「それで、あなた様は私に何を求めるのでしょうか?」
男がいかなる存在であれ、このような神の能力を無償で人に与えるほどお人好しではないはず。きっとなにがしかの使命が自分に課されるに違いない。できればこの能力を使って我が国と臣民らを少しでも救うことができるならば……そんな気持ちで陛下は男の答えを待った。
だが男の答えは拍子抜けするものだった。
「いやーそれが何もないんだよねー。なんつーか、君の好きにしてくれて良いっていう感じ?」
男はバツが悪そうにポリポリと頭を掻くと、仕方ないとう風で説明をはじめた。
「ま、君には関係ない事だけどね……だいぶ前に世界でダンジョンマスターものが流行ってね、当時はダンジョン化キットが色々と売られてたんだ」
「だんじょんかきっと?」
「そう。箱庭世界にダンジョンを一つ造るものから、元からある大陸とか惑星、果ては世界レベルを改変するものまで、色んな種類が一杯売られてたんだ」
「売られていた……」
「当時は品薄でなかなか買えなかったんだけど、今じゃそのブームもずいぶんと下火になってね」
「ブームが下火に……」
「それでキットが投げ売りでカートに山積みになってたから、試しに惑星版を買ってみたんだ。安かったし。ほら」
そう言って男は、どこからか文庫本サイズの箱を取り出して陛下に見せた。そこには『ダンジョンつくーる マルチプレイ版 マスターキット(惑星エディション)』と書かれていた。
「それでね、偶々この惑星が戦争中だったものだからさ、こりゃ良いやと思ってキットをインストールしたんだ」
「偶々、戦争中だったから……」
「でもね、いざ始めて見ると初期設定がすんごく面倒くさくてさ~。そのうちなんだか戦争も終わりそうになっちゃって」
「面倒くさくて……」
「だからね、やっぱり止めることにしたんだ。でももう途中まで設定しちゃったから……」
「途中まで?」
「そういう訳で、この国で一番偉い君にぜーんぶ引き継ぐことにしました!おめでと-!」
再び周囲が謎の歓声につつまれ紙吹雪が舞う。
未だによく分からないが、とにかく陛下は物凄くしょうもない理由でダンジョンマスターになった事だけを理解した。
「だから君に求める事は何も無い!自由にやっちゃっていいよ!勝手にマスターにしたお詫びに初期ポイントは目一杯サービスしといたから好きに使ってね!あと細かい事はサポートキャラに聞いてね。じゃ!」
男は一方的に言いたいことを言うと、現れた時と同じように光と共にパッと消え去った。
後には半ば呆れ、途方にくれた陛下が残された。
「にゃあ」
その足元には、いつの間にか一匹の黒猫が現れていた。