吾輩は見たにゃん! 悪は許さんにゃん! 番うといいにゃん!
「あら、ノラさんいらっしゃい」
「にゃあ」
吾輩はネコですにゃ。
名前はまだつけてもらっていなくて、仮に『ノラ』と呼ばれていますにゃ。
ネコの生活は世知辛いんだにゃ。
この人間に飼われたいですにゃあ。
「はい、どうぞ。お食べなさい」
「にゃあ」
この人間はユキと呼ばれている少女にゃ。
とても善良で、吾輩にたくさん御飯をくれる、ありがたい人ですにゃ。
しかも扉に吾輩専用の出入り口を作ってくれたのにゃ。
配慮が嬉しいにゃあ。
ただユキはどうも吾輩を飼うという発想はないようなのですにゃ。
自由を束縛してはいけないという意識があるようで。
見上げた人間ですにゃあ。
心の御主人様と呼ばせていただきますにゃ。
「ごめんよ」
「いらっしゃい……あっ」
「まだこの土地を売ってくれる気にはならんかな?」
「帰ってください。『陽だまり薬店』と薬草園を売るつもりはありません」
街中の大きな薬屋『ドン・キニーネ』のバカ息子ですにゃ。
ニヤケ面がいけ好かないにゃ。
ユキが両親の死後に受け継いだ店『陽だまり薬店』と、付属の薬草園を売れ売れと言ってくるのですにゃ。
……ひょっとして『ドン・キニーネ』のやつらが、事故に見せかけてユキの両親を殺害したのではないかと、吾輩疑ってるにゃ。
でも薬草の栽培は難しいんですにゃ。
金儲けしか頭にない『ドン・キニーネ』のやつらじゃムリだにゃ。
ユキの両親が亡くなった時、ユキは店を続けていけるのかって話が『陽だまり薬店』のお得意さんの間で広まったんですにゃ。
結局ユキは薬草栽培法を受け継いでいたにゃ。
『ドン・キニーネ』はユキの薬草栽培技術に目をつけ、だからこそユキが見逃されているのではないかと思うんですにゃ。
「おお、怒った顔も可愛いね。僕はユキ君の手腕を買ってるんだがなあ。僕の婚約者になる気は、まだないかな?」
「お帰りください」
バカ息子は女好きで有名ですにゃ。
あんなやつの婚約者になったら、ユキが不幸になるにゃ。
今は拒絶することができているにゃんが……。
「はいはい、退散しますよ。でもユキ君も先々のことを考えた方がいいよ」
「……」
「またね」
バカ息子の言うことも一理あるんですにゃ。
『陽だまり薬店』はそこそこ繁盛しているけれども、どうしてもユキの個人商店ではムリがあるのにゃ。
かといって店員を募集しても、来るのは『ドン・キニーネ』の息のかかったやつばかりなのにゃ。
多分妨害工作があるんですにゃ。
一方でユキがバカ息子の誘いに乗ると、『ドン・キニーネ』の薬の販売シェアが跳ね上がるにゃ。
すると『ドン・キニーネ』は薬の値段を上げるに違いにゃいから、庶民が迷惑すると思うにゃ。
またユキも蔑ろにされること間違いないですにゃ。
誰も幸せになれないのにゃ。
ユキの薬草栽培技術がキーになっているのですにゃ。
『ドン・キニーネ』はユキの薬草栽培技術が欲しいから、今のところ手荒なことはしてこないにゃ。
でもいつ業を煮やして嫌がらせしてくるかわからないにゃ。
非常に危ない状態ですにゃ。
「ノラさん、ごめんね。嫌なところ見せちゃって」
「にゃあ」
ユキが悪いんじゃないですにゃ。
ああ、吾輩がネコでなければ。
正体を見せればユキが怖がるだろうし、小回りも利かないにゃ。
困ったにゃあ。
「御飯はおいしいですか?」
「にゃあ」
◇
ユキの家に男が転がり込んできたにゃ。
といってもいかがわしい関係とかじゃないんですにゃ。
行き倒れていた旅人風の男を、ユキが拾ってきたというか。
「ムサシさん、お身体の加減はいかがですか?」
「うむ、大事ない。いや、本当に腹が減って動けなかっただけなのだ。面目ない」
ひたすら恐縮するムサシという男。
……うむ、吾輩の見るところ、邪悪なところはないですにゃ。
しかし若いのに、かなりの修羅場を潜っていると見たにゃ。
ユキと相性がいいので、『陽だまり薬店』を守ってくれるといいにゃあ。
「にゃあ」
「む? ネコか?」
「毎日遊びに来てくれるノラさんですよ。とても愛想がいいんです」
「……尾の先が二股に分かれているな。いや、子ネコだから……」
「ノラさんは大きくならない種類のネコなんだと思います。もう一年くらいの付き合いになりますから」
吾輩に胡散臭げな視線を向けるムサシ。
まずいですにゃ。
吾輩の正体に気付きかけているにゃ。
「にゃあ」
頭をすりすり。
吾輩はお前の敵ではないですにゃ。
理解するにゃ。
「わあ、もう頭を撫でさせてくれるんですねえ」
「……ユキ殿はこのネコをどう扱っているのだ?」
「御飯を食べにくるんですよ」
「にゃあ」
吾輩はユキに飼ってもらいたいんですにゃ。
察するにゃ。
「……まあ、いいか。よろしくな」
「にゃあ」
「ところでムサシさんは、どうして行き倒れていたんですか?」
おお、ユキは随分ストレートに突っ込むにゃ。
恐れ入ったにゃ。
「うむ、とある連中の恨みを少々買ってしまってな。ほとぼりを冷ましているのだ」
ふむふむ、ムサシも正直に答えていますにゃ。
ムサシは結構な剣の使い手だと思うにゃ。
ユキに対して慇懃であるし、騎士と言われても違和感がないですにゃ。
何者?
「まあ、大変ではないですか!」
「しかし王都に土地勘のある連中ではないのでな。紛れていれば大丈夫なのだ」
「では私の家にしばらく滞在していってくださいな。部屋数だけはありますので」
「え? いやしかし、若い娘さんの家に居つくのはよろしくないのでは?」
「にゃあにゃあ!」
泊まっていくんですにゃ。
ムサシがいれば、『ドン・キニーネ』のやつらへの牽制になるんですにゃ。
ユキと番いになっても構わんにゃ。
「困った時はお互い様ですよ」
「せっかくの申し出だ。ユキ殿が許してくれるのならばしばらく世話になろう。オレに手伝えることがあれば何でも言ってくれ」
こうしてムサシは『陽だまり薬店』の居候になったのにゃ。
◇
――――――――――二ヶ月後。
ムサシとユキは気が合うようですにゃ。
もうくっついてしまえばいいと思ったある日のこと。
「……ようやく見つけたぜ」
何だ何だにゃ?
人相の悪い男が『陽だまり薬店』を陰から見てるにゃ。
人相だけでなく性格も邪悪ですにゃ。
幸い見かけ子ネコの吾輩のことは気にしていないようですにゃ。
「ムサシが身を寄せているのはここですか。薬屋ですね」
あっ、ムサシの追っ手ですにゃ!
人目を気にしながら薬草園に何かを埋めていったにゃ。
大変ですにゃ!
幸いユキは出かけているにゃ。
今の内ですにゃ!
『ムサシ!』
「お? おう、何だノラか」
『寝ぼけてるんじゃないにゃ! 吾輩の話を聞くにゃ!』
「お前言葉を……やっぱりネコまたか化けネコの類だったんだな!」
『なりかけみたいなものだにゃ。大したことはできないにゃ。そんなことよりムサシの追っ手が来たんだにゃ!』
「何だと!」
『こっちへ来るにゃ』
薬草園に案内したにゃ。
『怪しい風体の男が石のようなものを埋めていったんだにゃ』
「あった、これか」
『変な魔力を感じるにゃ。何かにゃ?』
「……でかしたノラ。気付いてよかった。これは位置情報を発信する魔道具なんだ。もう一つこの魔力を感知する魔道具とペアで用いる」
『つまり、この石のある場所を辿れるということかにゃ?』
「うむ、オレが潜伏していることを知って、『陽だまり薬店』を襲撃するつもりに違いない」
ムサシが苦渋の表情ですにゃ。
「……これを埋めてったのはどんなやつだ?」
『言葉遣いが比較的丁寧な、若い小男だにゃ』
「ちっ、痕跡を残し過ぎたか。オレの身元は完全にバレてるな。オレの顔を知ってる王都人を雇って探させたようだ」
『どうするにゃ?』
「知れたこと。このままではユキ殿に迷惑がかかってしまう。オレはこの石を持って姿を消す」
『えっ?』
「ユキ殿に世話をかけたと伝えておいてくれ」
だから吾輩はあやかしであることをユキに知られたくないんですにゃ。
嫌われるかもしれないからにゃ。
『待つんだにゃ。吾輩にいいアイデアがあるにゃ』
「いいアイデア?」
『その前に、ムサシは『ドン・キニーネ』のことをどう思うにゃ?』
顔を顰めるムサシ。
「あの大店のバカボンか。気に入らないやつだ。毎度毎度ユキ殿に迷惑をかけおって。嫌がってるのがわからんのか。男の風上にも置けん!」
『『ドン・キニーネ』はユキの薬草栽培技術が欲しいだけなんだと思うにゃ。独占できれば儲かるからにゃ』
「あの拝金主義者どもにはありそうな話だな。それでユキ殿にモーションをかけるのか」
『吾輩が思うに、『ドン・キニーネ』がユキの両親を事故に見せかけて殺したんだにゃ』
「……何だと?」
『ユキもおかしいと言っていたにゃ』
通る道が違う、時間も変だと。
『でも証拠がないからユキは何もできないんだにゃ』
「証拠があっても潰されてしまったかもしれんがな。『ドン・キニーネ』の裏金はどこまで回ってるかわからん」
『『ドン・キニーネ』は嫌なやつらだにゃ!』
「しかし本当だとすると、ユキ殿が危ない。放っておけぬではないか」
『さっきの石を『ドン・キニーネ』に埋めておけばいいんだにゃ』
目を丸くしたムサシはなかなか愛嬌があるにゃあ。
「……なるほど、オレの追っ手は王都のことはよく知らん。誤って『ドン・キニーネ』を襲うことになるかもしれないわけか」
『『ドン・キニーネ』もよくない噂が多いにゃ。簡単にはやられないと思うにゃ』
「敵同士を噛み合わせるということだな? うまくいけば大幅に戦力を削げる……」
『『ドン・キニーネ』に罪があるのは事実か、疑うならばムサシは魔道具の石を持って逃げればいいにゃ。吾輩がユキを守るにゃ』
「ノラは『ドン・キニーネ』を許せんと考えているわけだな?」
『吾輩には悪の心が見えるのにゃ。あんなやつらが王都の薬を一手に握ったら、絶対に値上げするにゃ。皆が困るにゃ』
証拠はなくても、『ドン・キニーネ』のバカ息子が邪悪な魂を持っているということはわかるからですにゃ。
「ノラの言う通りだな」
『ムサシのことも話してくれにゃ。誰に追われているんだにゃ?』
「……オレは近衛兵なんだ。王太子殿下の命で、街道を根城にしている盗賊団の調査に当たっていた。しかし身元がバレて盗賊団に追われることになった。連中は幹部の顔を知ってるオレを消したいだろう」
『どうして王宮に帰らなかったのにゃ?』
「やはり証拠がないんだ。実行犯の下っ端はかなり捕まえたんだが、幹部連中はな。盗賊団に決定的なダメージを与え得る何かを掴まなければ、何のためにオレが潜入したんだかわからん。しかしオレが王宮に帰ってないことを、やつらに見透かされているとは……」
『下っ端の数が少なくなったとなれば、幹部が出張ってくるにゃ?』
「腕の立つやつらだし、おそらくな。盗賊団では普段覆面をしているんだ。覆面を取るのは幹部の前でだけだから、オレの面通しの意味でも幹部が現れるはず」
『ならば『ドン・キニーネ』と盗賊団をかち合わせるのは都合がいいにゃ』
二、三度頷くムサシ。
「よし、ノラの意見に乗ろう。ユキ殿が戻り次第、オレは魔道具の石を『ドン・キニーネ』に設置してくる」
◇
吾輩とムサシの作戦は面白いくらいにうまくいったにゃ。
『ドン・キニーネ』も用心棒を雇っていたが、盗賊団に襲われて壊滅状態。
それでもかなりの被害が出ている盗賊団に、たまたま通りかかったという体でムサシが参戦。
憲兵隊も駆けつけ、残りの盗賊団をぶちのめしてきたんですにゃ。
めでたしめでたしだにゃあ。
ニュースを聞いたユキがため息を吐く。
「はあ、恐ろしいことがあるものですねえ」
ムサシと視線を交わす。
ユキは何も知る必要はないですにゃ。
「ユキ殿」
「何でしょうか?」
「『ドン・キニーネ』が壊滅して、『陽だまり薬店』も憂いがなくなった」
ムサシの言うことには、おそらく『ドン・キニーネ』には王家の資本が入るそうにゃ。
取引先との関係を生かしたまま、真っ当な店として再建されるだろうとのこと。
ならば『陽だまり薬店』とも協力できるんじゃないですかにゃ?
いいことだと思うですにゃ。
「オレは『陽だまり薬店』を去る」
「えっ……」
「一ヶ月待っててくれぬか」
言葉が足りんにゃ!
それではユキに通じるわけないにゃ!
ムサシは何をやってるにゃ!
ムサシは盗賊団の無力化について、王太子殿下に詳細な報告を行うそうにゃ。
そしてその後ユキを迎えに戻ってくるということですにゃ。
近衛兵を辞めるか否かは後の判断になるけれども。
「……待ってます」
「うむ」
あっ、通じたにゃ。
愛は偉大ですにゃ。
ムサシがユキを抱きしめていますにゃ。
イチャイチャするのはどうでもいいから、ムサシは吾輩の要求を聞いてくれねばいかんにゃ。
じろっとムサシを見るにゃ。
「こいつは幸運のマスコットだな」
「ノラさんがですか?」
「『陽だまり薬店』で正式に飼うわけにはいかんのかな?」
「もちろんノラさんがよければ構わないのですが……」
「にゃあにゃあ!」
ユキに頭をすりすり。
飼って欲しいのですにゃ。
「まあ、ではノラさんは今日からうちの子ですね」
「にゃあ」
「ではノラでは都合が悪かろう。名前が必要だな」
「ムサシさんがつけてくださいな」
「うむ、ではネコまただから……」
あっ、おいこら!
吾輩があやかしであることはユキには秘密なのにゃ!
幸いユキは聞いてなさそうですにゃ。
「タマ、でどうだろう?」
「にゃあ!」
「嬉しそうですよ。では今日からタマさんですね」
後はムサシが『陽だまり薬店』に戻ってきて、ユキに愛の告白をするだけですにゃ。
楽しみが残ってるにゃあ。
◇
――――――――――後日談。
ユキは案外鋭い気がしますにゃ。
ムサシの気持ちをわかっていたみたいだしにゃ?
……そういえば、吾輩のことも最初からさん付けですにゃ。
正体を気付いているのかにゃあ?
ムサシは近衛兵を辞めたのにゃ。
でも代わりに薬品流通に関わる特命を王太子殿下から受けたんですにゃ。
つまりユキを助けながら給料が出るということにゃ。
王太子殿下もなかなかやるやつですにゃ。
「たまさん、御飯ですよ」
「にゃあ」
おいしいにゃ。
吾輩満足ですにゃ。
ムサシとユキかにゃ?
距離がすごく近付いたですにゃ。
雰囲気が甘いにゃ。
多分状況が落ち着いたら結婚すると思うにゃ。
ユキがいない時、ムサシは吾輩に言うのにゃ。
感謝していると。
ユキを一生愛すると。
いやいや、吾輩こそ『陽だまり薬店』を救ってくれたムサシには感謝しているのにゃ。
ムサシとユキの未来を祝福しますにゃ。
ありがたいありがたい。
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