魔モノ達の塒(中編・前)
――ダンジョンは続く。
魔力感知の魔法で周囲を警戒しながら歩き、その間にもダンジョン脱出……いや、攻略の為の作戦会議をする。
今迄の情報を持った上で、この段階でもう一度みんなで話し合って、改めて道筋の大枠を決める事にした。
「さっきも言ったけれど、やっぱり今、一番大事なのは食糧の事だと思うんだ」
「そろそろ限界だもんね……ウチ、もうお腹と背中がくっついちゃう」
「……あの、それなんだけど…………本当にたべるの?……その……」
「モンスターですか?」
「ダグニーは、あんまりお腹空いていないの?」
「……お腹は減っているけど、そうじゃなくて」
「あ。もしかして……モンスター、食べた事無いですか?」
ダグニーが怯えた様に何回も頷く。
「……冒険者はいつもたべてるの?……というか、そもそも食べ物としてだいじょうぶなの?モンスター……」
「うぅん、流石にいつもじゃないです!こういう深いダンジョンで手持ちの食糧が尽きた時とか、荷物を無くしたり取られたりした時とか……主にピンチの時だけですよ!それに、普通のダンジョンだったら植物が生えてたり小動物も居ますし。モンスターを食べて大丈夫かどうかは…………運ですけど。猛毒持ちとかザラですし、お腹壊すかもですけど……でも餓死するよりはマシですからね」
ササラの説明に、何故か明らかに引いているダグニー。引いているというより、もしかしたら驚愕しているのかも知れない。
「……ちょっと……ちょっと、まって。……あの、ゼオンはたべれるの?モンスター……」
えっ?それは勿論……
「食べるよ」
「……魔国はモンスターを……たべて、いたかな……?」
「え?いや、魔国にモンスター食の文化は無いよ?どこの国にも無いと思う。単純に何でも食べれるんだ、僕」
「…………ゼオン、あなた……王子、だよね」
「今は魔王だけどね。……あはは……うん。王族としては少し、問題かもね」
あの十年間は、僕の……食に関する考えも根底から覆したからなぁ。
僕を見張っていたオーク、ブロフの機嫌が悪くない時はパンを食べられたけど、そうじゃない時は食べ物が何も無かった。
だから、あの思い出したくも無い作業で外に出る時、作業や報告の合間にエネルギーになりそうな物は何でも食べた。
村の道に落ちている残飯なんかは、まだ全然マシなほうだった。
そういえば初めの頃はずっと、食べた物を吐いていたっけ。
それまで城で食べていた物と余りにも違い過ぎて、頭と身体、両方が受け付けなかったんだろうな。
今思い返すと本当に……色んな物を食べたなぁ。
…………流石に、人の死体は食べられなかったけど。というか、食べようともしなかった。
まぁでも、これらをダグニー……いや、誰にも言うつもりは微塵も無い。
こんな……聞くに堪えない話、一生僕の胸の内にしまっておけば良いと、そう思う。
「僕には毒も効かないし、全然いけるよ」
「……そういうもんだいなの?」
ダグニーは貴族の女の子だし、冒険者でも無い。この辺りの忌避感は仕方ないと思うけど、どうにか食べてもらうしか無い。
ダグニーは僕等の最大戦力だ。
今迄の道中、かなりの魔力を消費した筈。
だから、なんとか食べてもらいたい。……モンスターを。
でも……なるべくなら、彼女の為に動物や魚系のモンスターを選んであげたい。多分、少しはマシだと思う。
「大丈夫ですよダグニーさん、大抵の物はウチの炎で焼けば食べられますから!生じゃないですよ。ね?」
「……毒を気にしてるわけじゃない……わかった、覚悟をきめるから……でも、せめてわたしが鑑定魔法を掛けてからにして。……運まかせはありえない」
「ダグニー、鑑定魔法使えるの?良いなぁ、羨ましい」
「ね。ウチも使える様になりたいな、鑑定魔法」
「……むしろ何故つかえないの、こんな初級の生活まほう。……冒険者ってなに……わからない……」
「でね、あの黒い獣が魚みたいな奴を食べていたでしょ?だから、この階層の何処かに大きな水場があると思うの」
「そうだね。僕もアレが食べたいし、一旦其処を探すのを第一目標にしよう。第二目標に階層移動で」
「……わかった。……だったら、わたしの感知魔法の範囲をさいだいにして……」
「大丈夫。僕がやるよ」
ダグニーに断りを入れ、感知魔法の範囲を最大限に広げる。
いくら初級魔法と言えど、己が出来る最大限の範囲迄広げた場合、結構な魔力消費が有る。
だから今迄はやらずにいたし、状況的にもやれなかった。
でももし、感知魔法をダンジョン全体に広げられたなら、この場所の把握にも繋がる。
ダグニーもそれが分かっていたからこそ、自分がやろうとしたんだろうけど……ここは、僕がやった方が良い筈。
此処までの戦いを見るに、魔力の総量だけを考えればダグニーよりも僕の方が多いから。
「じゃあいくね。よっ……と」
黒の魔力で、感知魔法を発動する。
自分の周りの空気を全方向に押し出すイメージで、その範囲を広げていく。
これにより、二つの事が分かった。
一つは、水棲モンスターが巣食っているだろう大きな水場の位置。
もう一つは……このダンジョンの広大さ。
……正直こういう、魔力の多さがモノを言う、単純な魔法なら誰にも負けないつもりだ。……アリスにも。
それは精度とか発動の速さでは無くて、威力という意味で。
この感知魔法でいうと、それは感知の範囲の広さ。
実を言えば魔力量だけなら、結構な自信が有る。この世界の誰にも負けない自信が。
――だからこそ、戦慄が走った。
感知の、端から端……球状に広げた感知魔法、その上半分の縁迄モンスターの魔力反応が有ったから。
それは、つまり。
僕が自信を持っている魔力量、それを以て発動した感知魔法の範囲よりも、このダンジョンが広い事を示していた。
……下方向に魔力を感じないのは、本当に此処が最下層という事だろう。
「……どう?」
「うん、大体の場所は分かったよ。道順迄は分からないけれど、あっちの方向へ進む様にすれば辿り着けるんじゃないかな」
「あっち?オッケー!……あれ?でもちょっと待って」
「ん?どうしたの?」
「方角、分からなくならない?このダンジョン、全部迷路みたいだし……」
「あ、それは――」
「……わたしが魔法で壁を抜いていけばいけるよ」
眼前で、緑の魔力が渦を巻いていく。
「ダグニー、待って。考えてた事は同じだけど、ここは僕に任せて貰えるかな」
「……ゼオンが?……でも、貴方の闇まほうでは……」
「うん。だから、ブレス魔法を撃とうと思う。これなら一気に壁を壊せるよ」
「えっ!?でもゼオン君、それ使ったら暫くの間、魔力が……」
「使えなくなっちゃうね」
「…………どういうつもりなの?」
「単純だよ。ダグニーの魔力を大幅に減らすより、一時的に僕が魔力を行使出来なくなる方が戦略的に正しい。でしょ?それに……」
「……それに?」
「一切の……一点の曇りも無く、君を信じているって事さ、ダグニー。だから僕は、安心して切り札を切れる」
「……良いよ、それなら。……わかった」
「本当にそれで良いの?ゼオン君も。この先に何が起こるか、まだまだ全然分からないんだよ?」
「友を、仲間を信じているから大丈夫さ。勿論、ササラの事も。……だからここは、僕に任せて欲しい」
「……そんな事言われたら断れないじゃん」
「ありがとう。……ダグニーも」
「…………うん」
「じゃあ始めるね」
近くに居ると危ない為、少し距離を取ってもらった二人の頷きを見てから、魔力の収束を始める。
……意識的に閉じていた水色魔力の蓋を、ゆっくりと開く。
身体の奥底から魔力を徐々に掬い上げていくように、魔力を身体から外に出していく。
そうして解放した魔力を、次々と額の紋様に集める。
恐らく今、僕の額の紋様……いや【竜の紋章】は水色に輝いている筈だ。
紋章に集めきった魔力を、今度は頭の中を通して喉の方へと、そして次は腹の中へと順に移していく。
胸の前で合わせた両手を外側へと開いていき、顔の前にブレス魔法の土台となる魔法陣を描く。
同時に足に肉体強化の魔法を掛けて、踏ん張りが効くようにする。自身が吹き飛ばない様に。
と、このタイミングで二人にもう一度目配せをする。
二人とも心配そうな顔だけど……でも、頷いてくれた。
うん……。よし。
――やるか。
足が地面にめり込む程に、爪先に力を入れる。
魔法陣の位置を固定させる為に、両腕は開いたまま……腹の中で増幅させた魔力を喉まで戻し、ブレス魔法を発動する。
「<竜王之息>」
まるで竜が大きく開けた口を、竜の魔法が真っ直ぐ通る様に。
喉に溜めた魔力が、紋章へと流れ……解き放たれる。
魔法発動の為の魔法名と共にブレス魔法が魔法陣を通り、ダンジョンの壁へと奔った。
――音も無く、一瞬で。
無事、ダンジョンの先の先……見えない所まで、大穴を空けられたみたいだ。
……良かった。
安堵感と共に、脱力感が襲って来る。
もしかしたら……と、考えてはいたけど。
やっぱり、昔と変わってないんだな……。
試しに魔力を行使しようとはしてみるものの、魔力が枯渇した様な感覚が返ってくるだけだった。
……あれ?
久し振りに使ったからかな……?
意識が、ぐら、ついて……
「……だいじょうぶ?」
いつの間にか近くに居たダグニーが抱きとめてくれた。
「あ……ダグニー。……うん。久し振りだったからか、少しだけ疲れが、ね。……ありがとう」
「……うぅん。……凄かったよ、ゼオン」
「本当凄かった!ウチ、あんな魔法初めて見たよゼオン君!」
少し興奮気味に、目をキラめかせているササラ。
そんな褒められるとちょっとだけ照れるな……。全然、嫌な気分では無いけれど。
何はともあれ、道は出来た。
次にする事は勿論、食糧の確保だ。
ブレス魔法で作った大穴を歩いていくと、数分もしない内に大きな水場が見えてくる。
「どう?水の中に居るかな。モンスター」
魔力の行使が出来ない為、当分の間、感知もダグニーに任せる事にした。
「……うん、かなり」
「どうやって採るの?潜る?……ウチは無理だけど。絶対死んじゃう」
「ソレに関しては心配要らないと思うよ。多分そろそろ……」
言い終わる前に、目の前の水面に二つの巨大な魚影が現れる。
二つの影は、こちらに襲い掛かろうと、勢い良く水中から飛び出して来た。
「きゃあ!?」
「……ね?普通の魚じゃないから、人を見れば直ぐに襲ってくる。予想の通りだったみたいだ。良かった良かった」
おぉ……一見、鮫みたいな魚のモンスターだ。格好良いかも。
「良いから!もう来てるからーっ!!」
きゃあきゃあ言いながら、僕の後ろに隠れるササラ。
けれど、ササラが動くより先に吹いた緑の風が、水から飛び出した二匹のモンスターを瞬時に仕留める。
「……おわったよ?」
「流石、お見事。……ほら、ササラ」
「えっ」
顔を赤くしたササラがモンスターの方に歩いていく。
もうピクリとも動かないモンスターを見て。
「……さて!どうやって焼きましょうかね!こんがり!?それとも丁度良くかなぁ!?」
……だいぶ早口だったなぁ。
そしてその顔は、喋っている間もどんどんと赤みを増していった。
ダグニーがぼそりと呟く。
「……『恐怖に固まっていたら……』」
「キャー!?違う、違いますから!ダグニーさん!?」
「…………ふっ」
「あーっ!笑った!今笑いましたね!?……ていうかゼオン君も笑ってない!?ねぇ!?」
あれ?……矛先が僕にも向いた。
「え、僕?僕はただ……」
「ただなにさ」
「可愛いな、と思ってただけ。ササラの事を悪いとかそんな事、微塵も考えて無いよ。急に襲って来たからびっくりしちゃった。それだけでしょ?」
「っ、う……うん。いや、そう。そうなんだけど……ゼオン君?ちょ……ちょっと待っ――」
「ササラはカッコいいし、可愛いよ。……うん。本当に。僕の思ってた事はただ……それだけさ」
「…………ぁ、はぃ。どういたしまして」
「……ゼオンって……さ」
「うん?」
「……わざとやってるの?……それ」
「えっ?何がだい?」
「…………わざとじゃないのにコレなの?……同じ様な事を子供のころに、わたしも言われたきおくが有るんだけど」
「あの夜会で?……あ。ダグニーに言ったのは違うよ。『君の魔力は君と同じで綺麗だね』って言ったんだ。それに、今でもその想いは変わらない」
「…………そう」
正直に思った事を言って褒めただけなのに、二人とも下を向いて黙り込んでしまった。
そんな、変な事は言ってない筈なのに……。
あんまり、褒めすぎるのも良くないのかな?ササラにもそんな事を言われたし。
……でもアリスだったら、照れながらも可愛い表情で返してくれるし……。
それに、母上達からも女の子の事は褒めなさいって教わったんだけどな……うーん。
ダメだ。やっぱり、分からない。
でも、二人も怒っては無いみたいだし……うん。決めた。
これからも、教わった事を守っていこう。
教えは大事だよね。うん。
十分程経った後、機嫌が直った二人と一緒に、モンスターの調理を開始する。
調理と言っても、鱗らしきものを取り、内臓の様な部分を抜き出して、残った部分をササラに焼いてもらうだけだけど。
ちなみに。
捌く前に一応、ダグニーにモンスターへ鑑定魔法を掛けてもらったところ、毒などの類は持っていないようだった。
それでも、お腹を壊す時は壊すだろうけど。
まぁ……大丈夫じゃないかな。なんとなく、直感でそう思う。
「さっ、出来たよー!鮫みたいなモンスターの丸焼きですっ!」
元気よくササラが完成を宣言する。
「……あの、もう一度かくにんしてもいい?……本当にたべるの……これ」
ダグニーにはまだ躊躇が有るみたいだ。
なら、ここは率先して……
「大丈夫だよ、ダグニー。ほら」
身の部分から、大きな塊を取って自分の口に放り込む。
……んー。
臭みと不味さが凄い。それにパッサパサで固い。……だけど、うん。
〔食べ物〕だな。
「うん。食べれる食べれる」
「あ、ウチも食べてみよ」
ササラが続く。
「……まっずい!超不味いね!」
口では文句を言っているものの、ササラの表情は明るいままだ。
「ね、不味いよね。でも食べれる」
「うん!栄養にはなると思う!ほらダグニーさんも」
ササラがダグニーに小さな塊を差し出す。
一応は受け取ったダグニー。
でも、食べる勇気がなかなか出ないみたいだ。
「……まって。まってね、たべる。食べるから……今たべる。わたしは食べられる、たべる」
呪詛の如く繰り返す。
「食べられる、たべる、食べられる、たべる……ぐす」
……なんだか可哀想になってきた。これは、少し手伝ってあげたほうが良いな。
「ダグニー、僕が口に運ぶから。目を瞑って口を開けて」
「……っ!わ……わかった、おねがい」
提案に従って、目をぎゅっと瞑って待つダグニー。
……悪戯したくなるけど、我慢だ。
モンスターから塊を取り出す。
「……あれっ?あの、ちょっとゼオン君?」
「じゃあ、いくよ?ほいっと」
塊をダグニーの口元に当て、指で押し込む。
ダグニーも口に入ったソレに対して覚悟を決めた様だ。目を開けてゆっくりと咀嚼する。
「…………………………………………」
「どう?ダグニー。……ダグニー?」
ダグニーは固まっていた。
比喩表現では無く。びくともしない。
ただ目だけに、涙を滲ませていた。
意識が戻ったのか、急激に不味さが襲ってきたのか分からないが、下を向くダグニー。
「……………………ゔっ」
あ、マズい。吐きそうだ。
「ダグニー!頑張れ!飲み込むんだ!」
「ダグニさん!頑張って!ほら、あと少し!」
ダグニーは必死に、飲み込もうと頑張っている。
「……!…………!?」
「ササラ!水、水!」
「あっ、うん!……はい、ダグニーさん!これで飲み込んじゃって!ね!」
ササラから水を受け取り、それと一緒に一気に飲み下すダグニー。
「…………ぐっ……!……けほっ」
「大丈夫かい?」
背中をさすってあげる。
「……きもちわるい」
「ていうかゼオン君、だめだよ!もうちょっと小さくしてあげて!ウチが渡した奴で良かったでしょ!?」
「あれ?ダメだった?苦手なら、大きいのを一気にいったほうが楽だと思ったんだけど」
「え〜…………。……あのね、ゼオン君。単純にね、食べづらいでしょ?ね?」
「え?あ、そっか。小さいほうが味も分からず飲み込みやすいよね。ごめんね、ダグニー」
「けほ。…………良い、だいじょうぶ。…………わたしは……騎士だから」
涙目でそう言うダグニー。
……その言葉の意味は良く分からないけど、とても申し訳無い気分になった。本当にごめん。
心の中でも謝っておく。
そんな感じで食べ進め、モンスターは二匹とも僕等の腹に収まった。
……殆ど僕が食べた様なものだったけれど。
二人の体力・魔力もそれなりに回復したみたいだ。
良かった、良かった。
「……2度とたべたくない」
「不味さ半端なかったですもんね。ウチも少し分かりますよ、その気持ち」
「…………少しなの……というか味のもんだいじゃ無いのだけど……まぁ……もういい」
「ね、ゼオン君。この魚モンスターもやっぱり悪魔系のモンスターだと思う?」
魔力感知を行った時、僕が感じた気配の中に闇属性以外は居なかった。
一応、ダグニーにも聞いてみる。
「ダグニー、どう?魔力感知で感じたこのモンスターの属性は……」
目の前の骨を指差して確認する。
「……うん、黒だったよ」
黒……闇属性。
つまり、やっぱりこのダンジョンには悪魔系のモンスターしか居ないという事だ。
「……そうなんだ。……ねぇ二人とも?此処って最上級ダンジョンって言ってたよね、あの金髪グラサン」
金髪グラサン……。
「うん、言ってたね」
「……わたしも、あの男はそう言ってたと思う」
「だよね?……あのね、じゃあ……此処には多分居るんだよね?あの……」
何の事を言っているか、ようやく理解した。
「悪魔系モンスターの頂点【悪魔】そのものの事?」
「……うん。あのね、昔お兄ちゃ……兄が言ってたの。お前が行く様なダンジョンには居ないだろうけど、もし遭遇したら必ず逃げろって。例え、絶対に逃げられないと思ってもとにかく逃げろって」
――悪魔。
そう呼ばれる彼等は『悪魔系』と言われるモンスターとは、その存在そのものが全く異なる。
悪魔は、一般的には人間族や魔人族、僕の様な竜人族……獣人族の様に、【人】なのだ。
彼らには定住の地も無く、その所在がはっきりしている個体も居ない。
基本的には、ダンジョン等でしか遭遇しない為もある。……モンスターに近い存在なのは、確かだ。
だが。
古の時代から、彼等は人として扱われる。
何故、それを強調するのか。
人とモンスター……その違いは数あれど、最も重要な事が有る。
それは、人語を解する事。
そして他の人種に対して、彼等は非常に好戦的な事だ。
モンスターは、人に対して襲い掛かる、だけ。
対して悪魔は、人を拐かし、惑わせ、扇動し、争わせる。
そうして人々を殺し合わせ、その魂を喰らうのだ。
そして、悪魔そのものの……戦闘力、とでも言えば良いだろうか。
その戦闘力自体も、どの個体であろうが相当に高いのだ。
狡猾で、残忍で、凶暴で。
一個体でも天災級に危険な、人で有りながら人に非ざる魔なるモノ。
それが【悪魔族】だ。
「うん。多分、居ると思う。最初このダンジョンに来た時に魔力感知をしたんだけど、その中に一際大きい魔力反応が有った。あれがそうだと思うな」
「……わたしはあまり知らないけど、悪魔には眷属がつきものなんだよね?」
「そうだね。子供の頃に父から聞いた事がある。特に強大な悪魔だと、眷属の数も膨大だと」
「ウチ、ずっとその事を考えてたの。此処に悪魔が居るなら、って。3人で無事に、地上へ……帰れるのかなって」
「それは……」
……僕の魔力が戻ったとしても、正直……分からない。
当然、闇属性は効かないだろうし。
まともに攻撃が通りそうなのはダグニーだけ……一人では、いくらダグニーが強くても厳しいだろう。
一応、だからこその魔力感知ではある。
戦闘……いや、そもそも悪魔との邂逅を絶対にしない様なルートを通る為の。
ただ、僕の頭の中で、ずっとアリスの言葉が響いている。
――ダンジョンには決まりは無い。
絶対は……無いんだと。
ずっと響き続けている。
嫌な予感と共に。
「ウチも……心配してもしょうがないのは分かってるんだけどね?でも、用心は重要だよね」
「勿論そうだと、僕も思うよ。だからダグニー、魔力感知を張り続けるのを、この先も頼む。僕の魔力が使える様になるまでは」
「…………とうぜん。……少しだけ懸念は有るけど……やるしかないもの」
懸念?
……あ、魔力消費の事か。
「僕も、少しでも速く魔力の行使が出来るように頑張ってみるよ。それまでお願い」
「…………。……うん」
エネルギーの補給も済んだし、攻略を再開する。
ブレス魔法で開けた大穴を進んでみると、上層に繋がっているらしき階段を発見出来た。
「上るしか、無いよね?」
「そうだね……魔力感知だと道は上にしか無いみたいだし、合ってる筈だ」
「……なら、ここからはわたしが先頭になる。……いいよね」
今、魔力感知をしているのはダグニーだ。
ここからは又、未知の階層にもなる。
その関係からも、ダグニーが先頭のほうが良いだろう。
「うん、そうだね。お願い」
ダグニーが先頭に出る。代わりに、僕が最後尾に移動した。
慎重に階段を上がる。
この場所でもし、何らかのモンスターが襲ってきたら厄介だ。
足場も悪いし、視界も狭い。
「ダグニー、魔力感知に反応は?」
先を行くダグニーに確認を取る。
「……だいじょうぶ。モンスター、近くにはいないよ」
「ウチにも使えたら良いんだけど……」
ササラが申し訳なさそうにそう言う。
魔力感知の魔法の事だろう。
「仕方無いよ。今まで受けたクエストの殆どは採取系のクエストだったんでしょ?」
「うん、そうなんだけど……普通は初心者でも使えるでしょ?感知の魔法って」
「まぁ……うん。そうだね」
取り繕っても仕方が無い。
「ウチね、生活魔法って基本、苦手なの。ただその中でも、魔力感知は特に苦手だった。発動しようとしても、発動そのものすらしなかったの。苦手な理由は、今まで分からないままだったけど……でもね」
そう。
「その理由。あの時ゼオン君に言われて、分かったんだ。ウチの【固有魔法】自体が感知の魔法だったからだって。仕組みは今でも良く分かってないけど、固有魔法が、感知魔法発動の邪魔をしてたんだ……って。最初は良く分からなかったけど……分かってきた。今は、もっと確信を持って言える。ゼオン君の言ってた通りだって」
そうなのだ。
あの時……とは、ケイブの街で、二人で話した時。
【骨折り洞窟】というダンジョンで、ササラが特殊な感知魔法……【固有魔法】を使っていたと、僕は当初そう思っていた。
それ自体は間違いじゃなかったけれど、彼女にはその自覚は無かった。
つまり、生命の危機に身体と魔力が呼応して無意識で発動した……という事。
あの時、アリスと僕でも感知出来なかった存在すら看破していたササラ。
そんな精度を持った魔力感知を無意識下で行えるのに、初級の感知魔法を発動すら出来ないなんて、有り得ない。
なのでササラとあの街で話していた時、彼女に対しての仮説を一つ、立てた。
……僕という特殊な例と同じ様に。
自身の魔力が何らかの邪魔をしていて、それ故に無属性魔法そのものが苦手なのではないか……と。
無論、そんなのは聞いた事も無い。
僕の場合は、黒が水色の邪魔をしている。
でも無属性魔法というものは、他全ての属性と共存が可能なのだ。
ただ……彼女に関しては、そうとしか考えられなかった。
……魔法自体を発動出来ない人間、というならば理解出来るし、実際に存在する。
それどころか、世界にはそもそも魔力すら持っていない人も居ると聞く。
でもササラは魔力も魔法も、行使が出来る。
彼女から感じる魔力量も、かなりのものだ。
だから、無属性魔法だけが苦手なんていうのは――尚更有り得ない。……というより魔法の構造上、有ってはならない。
……彼女に言った事は決して嘘では無い。解決策も、考えている。
――ただ、一つ。確信が持てない為に、まだササラ本人にも伝えていないもう一つの仮説が有る。
それは『ササラ・アースランドの得意魔法は炎魔法ではないのではないか』という仮説。
そして、もしそれが事実だとするならば、目の前の少女には途轍もない魔法の才能が眠っている可能性が有る。
炎魔法を行使出来るのは間違い無い。実際、撃ち出している光景を何度も目の前で見たのだから。
ササラは自分の魔法を【中級炎魔法】と言っていた。
彼女の魔力は【赤色】……火属性だ。だから、炎魔法も使えても至極当然。
だけど……彼女がもし、炎魔法の要領で無属性魔法を使っているならば、それは苦手で当たり前だ。
確信は無いけれど、ここまでの道中、彼女を観察していた結果、ほぼ間違いは無いと思う。
彼女の本当の魔法は多分……【火系統上級万能】だ。
文字通り、万能。火系統の魔法なら全てを行使出来る、という事。
使える魔法の種類や威力は違えど、アリスやダグニーと同じ万能型。
そして僕とほぼ同じレベルで魔法の才能が有るという事だ。
万能型には、特徴が有る。
無属性魔法を、自身の魔力そのままに発動するという特徴が。
僕が感知魔法を発動すると、厳密には無属性では無くて闇属性になるのだ。
アリスが発動すれば、それは氷属性の感知魔法になる。
つまり、ササラが上手く感知魔法を発動出来ないのは……そういう事。
ただ単に、己の魔力の使い方を知らないだけなのだ。
――そして。
そこが……それこそが、問題だ。
通常、魔力の使い方……というより、自身の魔法の事なんて、成長の過程で自然と理解していく筈なんだ。
ササラは十二歳。もうとっくに理解していて良い筈だ。
それならまだ、魔力の使い方や自身の属性が分からない……なんてほうが有り得るくらいだ。
それなのに彼女は自分の魔法を炎魔法……それも中級と言っていた。
僕が見た限り、彼女の魔法は上級だったのに。
僕が彼女に対して抱いたイメージは『歪』。
とにかく……歪なんだ。その在り方は。
しかも、外部からの影響で。明らかに誰かが狙って彼女をそうしていた。
それは現在の事なのか、昔の経験からなのか……分からないけれど。
でもそれは間違い無く……決して愉快な話では無い。彼女にとって、非常に不幸な話。そこだけは確かだ。
――どうしてこんな事が出来るんだ?
冒険者という、常に危険と隣り合わせな職に就いているにも関わらず、こんな状態でいることが信じられない。もしそれが狙いでは無かったとしても、こんな事は許されない。
彼女が一体何をしたというんだ?現在だって、年端もいかない少女が。
こんな世界で精一杯に生きている彼女がこんな目に遭っている事こそが……歪みだ。
この世界には歪みが多すぎる。
悪い……【歪み】が。
それを思う度に、心がざわついて落ち着かない。
どうしようもない衝動が……襲って来る。
「今は役に立たない。……悔しいけど。でも、ウチ頑張ってみる!固有魔法の修練とか!せっかくヒント貰ったんだし、自分の事ももっと知りたいし!」
「うん。僕も手伝うから……頑張って、ササラ。応援してるよ」
「うん!……えへへ。ありがとう、ゼオン君」
本当は……礼を言いたいのは僕のほうだ。
君の事を、心から尊敬しているよ。
……それに、実際には【固有魔法】では無く、恐らく魔力の使い方の問題なのも……切迫した今の状況では言わないほうが良いだろうな。
僕等は仲間だ。これからも一緒。
追々、話していければ良いとそう思う。
「……ゼオン。いるよ」
少し先を歩いていたダグニー。どうやら、階段を登りきった先、上層に出て直ぐのところに強大な魔力を感知したようだ。
警戒している悪魔族では無いが、かなり強力なモンスターだろう。
「分かった。僕が先行するよ」
最後尾から、ダグニーの前に出る。
「……上がってひだりがわ。……だいじょうぶだよね?」
「勿論。今度は無意味なオトリじゃない……むしろその為に出るんだから」
「……うん。……おねがいね」
「任せて」
二人を階段に残し、一人で上っていく。
左右に分かれた通路の、左の道。
その道を足音を立てないように忍び足で進む。
すると数秒も経たない内に、前方三十メートル程先に。
壁に等間隔で設置された松明の丁度、前……弱い光の中にぼんやりと黒と白の何かが見える。
「ハルルルル……」
犬……狼?いや、でも牛くらい大きいな。
暫く様子を伺っていると、ゆっくりとこちらに近付く、その獣の全容が見えてきた。
全身を覆う黒を基調とした体毛に、唐草模様に入った白の毛色。
長い二本の尾と、前脚に比べて異様に発達した後ろ脚。
そして最も目立つ特徴は、二つの首。
あれ、なんだっけかな……あのモンスター。
昔、本で見た事あるような気が…………確か、オルトロス……だったかな。
でもオルトロスって悪魔系じゃないような……。
オルトロスの……悪魔版ってところかな。
違いが良く分からないので、オルトロスと呼ぶ事にしよう。
……心の中でだけど。
「フン、フン」
オルトロスが鼻を鳴らしている。
匂いを……嗅いでいる?
あれ?これってもしかしてマズいんじゃ――
気付いた時には、眼前に二つの口が大きく開いて迫って来ていた。牙がギラリと光っている。
「――――っ!!!!」
反射で己の上半身だけを捻って躱す。
躱した後、身体をオルトロスの左下に入れて、横腹目掛けて思い切り拳を入れる。
昔、格闘の仕方を教わった先生の言う通りに、脱力から、インパクトの瞬間だけ……力を込める様に。
当てた後には、直ぐに拳を引いてステップを使い距離を取る。
……完璧に入った筈だけど。
「グルルルル…………!」
僕を見ながら、牙を剥き出しにして唸っているオルトロス。
やっぱり全然……効いてないみたいだなぁ……。
でも、なんとか……ダグニー達の方までおびき寄せないと。
これはオトリじゃない。
形としてはそうかも知れないけれど、今度は作戦の内なのだから。
そう自分に、再度言い聞かせる。二度と無謀はしない様に。心配させない様に。……悲しませない様に。
この戦い方を取る事をダグニーは最初、猛反対していた。
でも、僕の想いを伝えたところ渋々ながらも了解してくれた。
決して自分から死にに行くわけじゃ無い。オトリになる訳じゃ無い。
ダグニーの魔力の温存、此処のモンスターと僕の属性的な相性も考えればやはり、僕が前衛を張ること自体は間違いじゃ無いのだ。
……それに、もう一度信じて欲しかった。僕を。
「おいでよ、ワンちゃん。遊ぼうか」
だから僕は、ダグニーやササラに証明しなくてはならない。
今の僕は護る覚悟だけでは無い。護られる覚悟も有る事を。
友として、仲間として。
二人を、心から信じている事を。
意識はオルトロスに向けたまま、視線をオルトロスの後ろに向ける。
階段迄はあと……二十メートルくらいか。位置も入れ替わってしまった。
さて、どうやって誘き寄せようかな……まずは位置を戻さないと、か。
「……グルルルル……」
「来ないのかな?じゃ、こっちから行くよ」
オルトロスの後ろを取る様に、横方向へとステップを入れようとした時。
オルトロスの片方の頭、その口から、ボッ……とこちらの胸辺りを目掛けて闇魔法が飛んでくる。
「わっ、あっぶな……!」
いつもなら魔力で弾くくらいの威力の魔法。多分これもデバフの類だろうけど……今回は受けずに、オルトロスに対して半身になって避ける。
大丈夫、もう同じ失敗は……しない。無駄なリスクは負わないよ。
「僕が動き出すのを待ってたのかい?……意外と、戦いに慣れてるんだね」
「グウァッ!!」
魔法を撃ってきた頭とは逆の頭で、今度はこちらに飛びつきながら噛み付き攻撃を繰り出してくる。
最初、不意打ちされた時にも思ったけど……オルトロスのスピードは尋常ではなく速い。あの後ろ脚の所為かも。
「ふッ……!……おォッ!!」
前に出していた右足を左足にくっつける様にステップし、身体ごとズラす。
そうして噛み付きを避けた後、もう一度右足を元の位置へ戻す。戻した右足に合わせるように、低い姿勢を取って左足で地面を蹴る。
体重移動を利用し、速度を上げて……オルトロスの後ろへと回り込めた。
すれ違いざま、オルトロスの前脚……指先の部分に、渾身の打撃も加えておく。
「グルッ……グルル…………!!」
……おや?ちょっとは効いてくれたのかな。脚を気にしている様に見える。
「よし……!」
位置の入れ替えに成功したので、誘き寄せを開始する。
打撃も、少しは通ったみたいなので丁度いい。程良い痛みは、僕への怒りも増すだろう。
「こっちだよ!さ、おいで」
「グルル……!!グォオオオ!!」
パパンと手を叩いて、オルトロスを誘導する。ダグニー達が待ち構えているだろう、階段の方へ。
極一瞬だけ足を止めて、また動き出すのを繰り返す。上半身は動かしたままで。
このステップを使うことで、距離を離さずに上手く誘導出来ると踏んでいたけれど……どうやら上手くいった様だ。
距離を離し過ぎて警戒されては意味が無いし、近過ぎても今度はこちらが危険だ。
ステップを使って後方へ移動していると視界の端に、階段が見えた。
よし……目標達成だ。
合図は出さない。
オルトロスに勘付かれたらマズい、というのも当然有るけど……。
それ以前にダグニーならきっと、瞬時に僕とオルトロスを見極めて仕留めるだろうから。
階段の真横まで移動出来たところで、大きく後ろへ跳ぶ。
流れていく視界の中、右手を銃の様な形で構えているダグニーと目が合う。
元々、心配なんてしてなかったけれど。
オルトロスに同情してしまうくらいには……確信した。
今、ダグニーが指先に収束している魔力の大きさと、その魔法の正確性。……そして、その速度を。
――ズドンッッ!!
音が聞こえた時には、オルトロスとの戦いは終わっていた。
大きく跳んだ僕を追って、あの後ろ脚を使い空中を滑るようにして、噛み付き攻撃を繰り出して来ていたオルトロスの巨体は……僕から見るとほんの一瞬、壁に張り付いた様に見えた。
……オルトロスが壁に叩きつけられる直前、緑の一閃が、あの二つの凶暴な頭を通っていった。
オルトロスの二つの頭を同時に、真横から正確に撃ち抜いた緑色の弾丸は、壁をも貫通していったみたいだ。壁には直径二センチ程の穴が空いていた。
……凄いな。
アリスと互角というのも頷けるその実力は、このダンジョンに来てからというもの、何度も見た。
でも……やっぱり、何回見ても感嘆してしまう。
それ程に、ダグニーの力は大きく……そして、美しいと思えた。
二人に駆け寄る。
「……上手くいったね。だいじょうぶ?ゼオン」
「掠り傷も無いよ。ありがとう」
「お疲れさまー、ゼオン君!お水要る?」
「うぅん、大丈夫。そんなに動いていないから」
「やっぱり、基本戦術はこれで合ってると思う」
「……反対はしないけど、分かってるけど。…………でも、心配はしんぱいなの」
「そうだよ?怪我が治るからとか、黒魔力が通り辛いとかそういうんじゃない。こんな状況で、我儘かもだけど」
二人とも純粋に僕の事を心配してくれていた。
友や仲間とはこういうものなんだと……今は理解している。
「二人の気持ちは十分、伝わっているよ。本当に感謝もしてる、ありがとう。だけど戦術的にも……」
言葉の先を紡ごうとしたら、ササラが僕の口に指を立ててきた。
「ウチ達だって分かってるから、わざわざ言わなくても大丈夫だよ。でも、でもね?……心配くらいさせてくれても良いでしょ?」
「……それに、本当に危険な状況下になったら、わたしの魔力量なんて考えずに介入するから。……それもちゃんと分かってるんでしょう?……いまは」
頷く。
すると、もう喋っても良いと言う様に立てられた指が離れていった。
「勿論。もう君を泣かせたくはないからね」
本心を伝えた……のだけど。
ダグニーは俯いてしまった。
「…………ほんとうに分かってるんだよね?」
……あれ?もしかして、怒ってる……のかな?どうしてだろう。
「本当だよ。心からそう思ってる」
「……そう」
「ダグニーさんウチ分かったんです、性格ですよコレは。……直りません。気にしたら負けまで有りますよ」
「……そうだね。……ありがとう、ササラ」
なんの事を言っているか分からないけれど、何やら僕だけ疎外感がある。
「……でも悔しいから、いつか絶対にやりかえす。……ゼオンにも同じことを」
「あっ、良いですねそれ!ウチも考えとこーっと」
…………???
いや、本当に分からない。
けれど、まぁ……良いか。
二人が笑っているから。
和やかな空気の中。
突如、凄まじい悪寒が身体を駆け巡る。
まるで、魂を上から押さえつけられる様な感覚が襲ってきた。
「――っ!!?……ゼオンっ!」
ダグニーも気付いたみたいだ。一拍遅れてササラも。
「なに……!?これ……敵!?モンスター……!?」
「これは……」
なんだ……これ?
僕の魔力は依然として戻らない。……のに。
魔力感知も出来ていないのに、近づいて来る魔力が……はっきりと分かる?
そんな、ことが……有り得るのか?
「ササラ、下がって」
「でも、こんなの……!ウチも一緒に……」
「……ごめんね」
ダグニーが、ササラの周りに二重の結界魔法を張る。
それ程に……護る余裕が無い程に。
近づいて来る気配は、強大だった。
それは五体の眷属を連れて現れた。
「――御機嫌よう、人間共。自分達から居場所を教えてくれるとは素晴らしい。態々喰われに来て頂き恐縮だよ」
中編は都合により前後に分かれます。
魔モノ達の塒(中編・後)へ続きます