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黒の創世  作者: uyu
三章 魔モノ達の塒
8/13

魔モノ達の塒(前編)

 「にわしとばんけんがけんかしてる」

 「いつからかな」

 「すこしまえから」

 「もしかしたらとおいむかしから」

 「あるじをまきこんで」

 「せかいをまきこんで」


 「いまやにわはぼろぼろだね」

 「いまじゃいえもぼろぼろだよ」


 「りゅうは哀しんでるよ」

 「きっと女の子もかなしんでる」


 「じゃああの双子はどうかな」


 「片方は何処かに消えたまま」

 「片方は世界に囚われたまま」


 「皆バラバラだね」


 「哀しいね」

 「僕等も哀しくなるね」


 「でもきっといつかまた」

 「世界は一つになる筈さ」


――――帝国・帝都【ジンダイ】――――



 「――目標が消失した?」


 「は、同時に王国がギルドに対し宣戦を」

 「おいおい、なんだいそりゃ」

 「ドルバード王が宣戦に至った経緯は不明。あまりの荒唐無稽さと突然の事に一種、乱心の類では無いかと」

 「急に大問題じゃねーか!?オイこらヒサオミ!王国はお前の管轄だろう!?どうなってんだよ!」

 「いやー……そう言われてもね」

 「……落ち着け、スズナ。こんなもの、事前予想など出来る筈もあるまい」

 「落ち着けるかバカ!寧ろなーんでお前等全員、落ち着いてんだ!?一応、同盟国の事だぞ!それにあの王子が消えたってのも……」


 「その件については現在、情報を精査中です。ただ……一次情報に拠ればこの一件、どうも【雷神】が関わっている様で」

 「雷神?……あの王子はギルドに所属して、冒険者になったと報告に有った。つまりは内輪揉めって事か」

 「その様で」

 「……王国の件と何か関係は?」

 「それも調査中です」


 「……雷神が関わってる事以外は結局何も分かってねーじゃねーか!」

 「申し訳ありません」

 「仕方ないだろう?スズナ。帝国暗部でも無理だよ、そんなのは……突発的過ぎる。それに、帝の()()()にもこんな事態は含まれて無かった」

 「焦れったいのは嫌いなんだよ、アタシは!」

 「いやま、知ってるけどね……」

 「大体、()()()に宣戦布告ってどういう事だ!?あそこの本部はエルフ王国に在るんだぞ!支部も()()()()の世界中の国に置かれてる!各国との擦り合わせが済んでるとも思えないし、ドルバード王の暴走も良い所だろこんなの」

 「ギルドとドンパチなんてのは、世界を相手取るのとほぼ同義だしねぇ。ドルバード王は一体どういうつもりなんだか。…………いやまさか、帝国(うち)だけ仲間外れ……なんて事は無いだろうね」


 「2人共、少し黙れ。……それで、帝はなんと?」

 「暫くは静観せよとの仰せです。現時点でギルドを敵に回すのは悪手であると」

 「ま……そりゃそうだ」

 「えー、戦えるんじゃねーのかよ!王国のそれはそれとして、折角久し振りの前線だと思ったのに!」

 

 「今のは看過出来んぞ……スズナ。帝の決定に異論を挟むのか?」


 「ち……ちげーよ、何言ってやがるバカ!やめろ!」

 「ハハ……怒られてやんの。ざまぁないね」

 「ヒサオミてめぇ、何笑ってやがるこのオヤジ!」


 「ふー……もう良い。この件は後日、情報が揃い次第、改めて協議する。事態がどう転がろうが、直ぐには動かんだろうからな……今のうち、残りの隊長達にも招集をかけておけ」

 「了解」



――――教国――――



 魔国から海を隔て、西に存在する、世界一巨大な西方大陸。

 そしてその西方大陸の更に南西の海に在る、世界一小さな大陸。

 この大陸に教国という国が在る。


 教国の国土は魔国の七割程。総人口は約二千二百万人。

 これは、教国に暮らす人の数。

 そして、この大陸にそれ以外の()()居ない。

 国土は大部分が氷と雪に一年中覆われており、かなり厳しい気候である。

 国民の主な生業は工業。

 魔道具作りや、それに使用されている、魔石と呼ばれる鉱物の精錬等が盛んに行われている。

 それらに加えて、お布施的な物や寄付等が国の収入源となっている。


 この世界にも宗教が存在し、人々が崇め信じる神がいる。

 神は世界中でほぼ一柱であり、その名を『サンク』という。

 女神サンク……この神が教国における唯一神であり、国教……いや、今や世界教と言い換えても良いであろう【サンク教】の神だ。


 今から千年程前に、サンク教の教祖が興したのが教国。

 正式な国名は【リィンベル=サンク教国】である。



――――【魔モノ達の(ねぐら)】――――



 その教国に在る最上級ダンジョン【魔モノ達の塒】。


 このダンジョンは未だ完全踏破者が居らず、詳細なマップ等も存在しない。

 というよりも、内部の作りが一定では無い為、そもそもマップが作れない。

 今では挑戦者すら現れなくなってしまった程の難度を誇る。

 とは言え、()()()()二度辿り着いた冒険者は過去に二名居た。

 一人は【精霊女王】『ルイズ・アメトリン・ゴッドツリー』。

 そしてもう一人は、現在は既に死亡したとされている元Sランク冒険者【紫電】『ソアラ・ウッドリバー』である。


 このダンジョンが最上級と言われる特徴は、大きく分けて四つある。


 一つ、凶悪な【悪魔系】と呼ばれる上級・超級・災害級モンスター達の巣窟である事。


 一つ、迷宮型であり【自己生成型】と言われる造りで、しかもその階層は六つにも及ぶ、広大なダンジョンである事。


 一つ、このダンジョンの入り口は、最下層に直接転移で繋がっている。

 塒に入った途端に、()()()()()迷宮の、最奥に飛ばされるのだ。

 しかもその転移は逆には働かない。

 そして何故か、このダンジョン内では転移魔法()()が使えない。

 つまり、入ったが最後……自力で入り口に戻る他、道は無くなる。


 そして冒険者にとって最も重要な特徴。

 このダンジョンには……通常、必ず存在する物が無い。

 それは、宝。

 冒険者がダンジョンに潜る上での、目的の一つ。


 ダンジョンには、理由や理屈は未だ不明だが、様々な物が置かれている。

 それらは、一度誰かが取ろうとも、時間が経てば又、復活する。

 しかも、狙って置いたかの様に、ダンジョンの奥へ行く程……有用な物が有る。



 この不思議に対し、この世界の誰かが言った。


 ――神の仕業か、はたまた悪魔の囁きか。

 この世界はまるで誰かの箱庭のようだ――


 と。



 ……だが。

 しかし此処、魔モノ達の塒には武具や値打ち物、レアアイテム等、一切無い。(トラップ)すら、何も無い。

 例え踏破しようが、得られるものは栄誉だけ。

 このダンジョンには、恐ろしいモンスター以外は存在していないのだ。



――――――――



 「此処は……」


 光が収まった後、気付けば知らない場所に居た。

 あの男……アークボルトが言っていた通り、ダンジョンの中へ強制転移をさせられたのだろう。

 見ると、近くに二人の女性が居た。

 緑髪の女性騎士と、ササラちゃん。


 …………アリスは……やっぱり、居ない。

 一時的に離れ離れになってしまったみたいだ。

 ……凄く不安で、物凄く心配だけど……無闇に焦っても仕方が無い。

 出来るだけ早くアリスと合流する為にも、冷静にならないと。

 本当は……今直ぐにでも、駆け出したい気持ちを押さえ込んで。


 周りを見回す。

 白い、無機質な壁と床、天井が何処までも続いている様な通路。

 天井までは……十メートルくらい有るかな?かなり高い。

 壁と壁の幅も、それくらいは有りそう。

 壁には一定の間隔で松明が設置されていて、明かりには困らないみたいだ。

 それ以外は、何も無い。

 ただ、感知魔法に引っ掛かる無数の気配はモンスターのそれ。

 しかも……その一つ一つが、かなり強めの。


 「……大丈夫?怪我は無い?」

 傍らに座り込むササラちゃんに話しかける。

 「う……うん。大丈夫だけど、此処は……?」

 怯えた様子の彼女を見ていると、罪悪感が襲って来る。

 僕の事情に巻き込んでしまったのだから、それは当然だけれど……。

 今はそれについて考えている場合じゃない。

 「何処かのダンジョンみたいだ。かなり危険な場所の様だから、出来るだけ僕から離れないで」

 「わ……分かった」

 コクンと頷くササラちゃん。

 こんな状況でも慌てず、騒がずにいられるとは……と思わず感心してしまう。

 彼女もやっぱり冒険者なんだ、と再認識した。


 「そっちの君は……?」

 「……問題ないよ、わたしは。……通信魔法具もつうじない……。相当、遠くまでてんいさせられたみたい……」


 いつの間にか立ち上がって周囲を警戒している様子の、明るい緑の髪をした騎士。

 ミントの様な色……ミントグリーン、というのかな。

 彼女は、どうやら王国騎士みたいだけど……

 そもそもそれ以前に、見知っている気がする。

 いつだっただろう……何処だったろうか。

 ……いや、そんな事よりも……


 「二人とも、ごめん。こんな所に飛ばされてしまって、僕の所為で……」

 「……どうしてあやまるの?」

 騎士が、意味が分からないと言った様子でそう言ってくる。

 「え……いや、こうなってしまったのは僕の責任だから……」

 「……護れなかったのはわたし」

 「え……?」

 「……だから……貴方が謝ることなんてないの」


 ……どういう意図の言葉、だろう。

 騎士として、という事だろうか?


 「いや、でも……」

 言いかけた時。

 通路の奥、薄暗闇の中から異形のモンスターが現れた。

 目玉が飛び出た、いくつもの顔が一つになって固まった様な頭、女性の上半身に、蛸の様に何本も生えた脚。

 巨大な鋏の様な武器を手にしていて、顔の一つが、ハー……と息を吐いている。


 ズチャ、ズチャと足音を鳴らし、こちらに向かって来るモンスター。

 「なに、アレ…………!」

 「魔力からするに悪魔系のモンスター……だね」


 「……2人ともさがって」

 騎士が僕等の前に出る。

 「あのモンスターは手強い……僕も手伝うよ。二人でかかろう」

 そう言って前に出ようとしたが、騎士に手で制される。

 「……いいから、そこにいて」


 そう騎士が呟く。

 騎士が一歩踏み出した次の瞬間、場に旋風が巻き起こる。


 騎士の姿は消え、モンスターの脚が緑の風によって次々と切断されていく。

 数秒程で脚を全て失ったモンスターは、己の周りを飛び回る緑の風に向かって大鋏を振り回す。

 シャキン!という嫌な音が何度も響く……しかし、やがて大鋏を持つ腕すらも斬り落とされた。

 そして……、ハー……!と息を吐く顔に切れ目が入る。

 風により、全身を数え切れない程に無数の細切れにされて……いとも簡単に、モンスターは絶命した。


 「……むぅ。……やっぱり(アイギス)が無いとじかんがかかる」


 「すっ……ごーい……」

 隣で驚くササラちゃんの声を聞きながら、しかし今僕の中に巻き起こっている感情は驚きではなく……懐かしさ。

 昔、何処かで感じた事のある、この魔力。

 ……()()()()であの時見せてもらった、緑の魔力。

 あの時とは比べ物にならないけれど……この感覚は間違い無い。

 ……そうだ。思い出した。


 リオンとアリスは家族だ。

 だけどまだこの世界にはもう一人、僕には大切な人が居た。

 一緒に居た時間は短くとも、心から大切と言える……僕にとっての、唯、一人の友が。


 「……ダグニー」


 「……あ、思い出した?……うん。ひさしぶりだね、ゼオン」



 その後暫く歩き、壁に囲まれた小部屋を見つけた。

 どうやら危険は無さそうだったので、一旦そこに入り、出入り口にダグニーが結界を張って、中で今後の話をする事にした。

 だけど、なんでか最初の話題は僕とダグニーの事だった。


 「じゃあ、2人は幼馴染ってこと?」

 「うーん……昔からの友達だけど、一回しか会ってないからね。馴染みかどうか」

 「……それでいいよ、わたしは」

 「だ、そうですけど。ゼオン君」

 「ダグニーが構わないなら僕も良いよ」

 「……響きが気にいったから」

 「……むー」


 何故か頬を膨らませているササラちゃん。

 ……どうかしたのかな?


 「……そのよろい。……魔王になったんだね、ゼオン」

 「うん。……まだまだだけれどね。父上にはほど遠い」

 「……久し振りに見てもゼオンは全然かわらないね」

 「そうかな?」

 「……うん。……あの時と身長、あんまりかわらないし」


 「ちょい待って」

 「ん?どうしたの、ササラちゃん」


 「2人が会ったのっていつの話?」

 「えーっと、確か……」

 「……13年まえ」

 「あぁ、そうだったね。懐かしいな……あの時はまだ……」


 「いや、違う違う。……ね、失礼だけどダグニーさんって歳いくつ?」

 「……わたしは22」

 「ゼオン君は?」

 「僕は……十八だね」

 「ゼオン君18歳だったの!!?」

 「え?うん。……あれ?言って無かったかな」

 「10年、囚われの身だったのは聞いたけど……!13とか14くらいかと思ってたよ!」


 「……あれ?そういえばゼオン、歳の割になんだかちいさいね」

 「遅い!遅いよ!普通もっと早くに気がつくよ!?」

 「そうなんだよね。僕も少し困っているんだけど、コレ、多分原因は……」

 「……冷静にっ、話を、進めないでーっ!……はぁ、はぁ……」


 ……そんな、息が上がる程叫ばなくても……。

 何か、変な事を言ってしまったのだろうか?


 「……だいじょうぶ?……はい、おみず」

 ダグニーが懐から魔道具を取り出し、それを使用して、容れ物に水を汲む。

 「んっ……ぷはぁ。ありがとう……ございます」

 「急にどうしたの?僕……何かマズい事、言っちゃったかな」

 「え〜……?あれぇ?これってウチがおかしいのかな……」

 腕を組み、身体を傾けるササラちゃん。

 良く分からないけれど、その仕草はとても可愛らしいと思った。

 「いやいや、間違ってない!……あのね、2人とも」


 はい、と二人揃って返事する。

 「まずダグニーさん。ゼオン君が18歳って知ってたのなら、今のゼオン君を見て少しくらい疑問に思わなかったんですか?」

 「……とくに?……さっきゼオンを改めて見たら、背がひくいな……くらいしか」

 「ん〜……う〜ん…………!……まぁ、そういう……背が低い人も……居るし?……おかしくは無い……の、かな?それにしたってあの反応は……。……はいじゃあ次、ゼオン君」

 「うん?」

 「そんなダグニーさんの反応を見て、どう思ったの?」

 「え?うーん……昔と変わらないなぁ、と」

 「じゃあダグニーさん。ゼオン君のこんな感想を聞いてどう思いました?」

 「…………ん、なにも……?」


 「……分かった、分かりました。2人は天然さんなんですね。ササラ認定です」

 凄く複雑そうな顔で何かに認定された。

 僕、そんな変かなぁ……?

 アリスが居たら、教えてくれるのに。

 「……天然ってなに?」

 「天然っていうのは、ボケ……いえ、えっとぉ……そう!可愛いって事です!」

 「……わたし、かわいい?」


 「…………ダグニーさんは可愛いに決まってるじゃないですか……ちょっと腹立つくらいに……スタイルも、とんでもないし……アリスさんも……」

 ササラちゃんが小声で何やら呟いている。

 みんな、それぞれ違って可愛いと思うけど……。


 「……ゼオン、どう?わたしは……かわいいかな」

 当然、可愛いと思う。

 そこには、美しいも含まれているけれど。

 「ん?うん、勿論。とっても可愛いと思うよ」

 「!…………そ、そう」

 そっぽを向くダグニー。


 「そういうの、どうかと思うなー!ウチは良くないと思いますよ!」

 「えっ?何が?」

 人を褒めるのが良くないのかな……?分からない。

 「ちょっと八方美人過ぎませんこと?ゼオン君は」

 「えー……そんな事無いと思うけれど。思った事を正直に言ってるだけだから……」

 「そういう事じゃないのっ。尚更悪いじゃない…………ていうかじゃあウチはどうなの?言われて無い気がするよ?」

 「勿論、可愛いと思ってるよ」

 「っ!!?」

 「ササラちゃん?」

 こちらに掌を向けて顔を隠している。

 「……あ、大丈夫。思ってたより衝撃があっただけだから」

 「う、うん……?」

 本当に、思った事を正直に言っているだけなんだけどなぁ……。

 「…………ね、ゼオン君てアリスさんにも、いつも()()なの?」

 「褒めてるかって事?うん、良く言っているよ」

 あの照れた顔を見たいというのもあるけど、単純にアリスは可愛いからね。

 これも、正直に言っているだけだ。

 「あ……そうですか。……大変だなぁ」

 「うん?……何が?」

 「い~え、なんでも無いですよー」


 此処を脱出する為の話をする筈だったのに……。

 なんだかササラちゃんはちょっと機嫌が悪いみたいだし、ダグニーはずっとそっぽを向いたままだし……。

 僕が悪いのだろうか。

 ……うーん???

 …………分からない。

 でも。

 五分程、何故か……何も、喋れなかった。



 「あの、そろそろ良いかな?二人とも。本来の話をしても……」

 「……うん。……そうだね」

 ダグニーが、やっとこちらを向いてくれた。

 「うん、取り敢えず此処を出るのが先決だもんね!」

 すっかり機嫌も直ったようだ。……直ったよね?


 「一先ず、戦力の把握をしよう。このダンジョンは相当に厳しい場所みたいだし……此処を脱出するまでは、僕等は運命共同体だ。各々、戦闘スタイルと魔法属性、それと使用出来る無属性魔法を教えて」


 「……わたしは……本来は魔法けんし、なのだけど」

 ダグニーが腰の辺りで手を振る。

 あ、剣が無い。

 「……あっちに置いてきちゃったみたい。……だから、今は風魔法でたたかうしかない。魔法は【風系統最上級万能】……無属性魔法は軍で使うものは大体ひととおり……でも、特別なものはつかえない。……ちなみに、【固有魔法】はないよ」

 凄い、最上級万能……アリスの氷と同じだ。


 「ウチの属性は火、魔法は【()()炎魔法攻撃特化】。戦闘スタイルは……特に無いかな、武器も使えないし……強いて言うなら魔法士。無属性魔法は……基本の生活魔法なら……うん。あと、ウチも固有魔法は……」

 あれ?

 「ササラちゃん、固有魔法有るよね?あの時の、熱感知……」

 「……うん。ゼオン君に言われて、此処に飛ばされた直後にもやってみたんだけど……まだ使いこなせないみたい。まだまだ修行が足りないみたいなの」

 「そっか。うん、分かったよ」

 なら、戦術に組み込むのはまだやめておこう。

 「……ごめんね?」

 「うぅん、大丈夫さ。気にしないで」


 「じゃあ、最後は僕だね。僕の属性は闇、魔法は【闇系統上級万能】。武器は本来は大剣なんだけど、今は無い。だから全員同じ、魔法のみで戦うしかない……だけど、僕に関しては、問題はそこじゃないみたいだ」

 「何が問題なの?」

 「……たぶんアレ。このダンジョン、恐らく悪魔系のモンスターが殆どってこと」

 「そう。基本、悪魔系のモンスターの殆どは、闇属性なんだ。だから、ここのモンスターに僕の魔力は効きにくい。他の属性も、同じ属性同士だとこういう事は多少あるけれど……闇属性は特にそれが顕著だ」

 「偶然じゃ……無いよね」

 「うん、アークボルトは本気で僕を殺す気なんだと思う。此処へ飛ばされるのも、本当は僕一人の予定だった筈だから」

 いくら僕の肉体的な能力が強いと言えど、それだけでこのダンジョンを切り抜けるのは多分不可能だろう。

 此処に来た時からずっと張っている感知魔法は、強大な魔力を持った何体ものモンスターの存在を、ずっと僕に知らせている。

 「だから……二人には本当に感謝してる。僕一人では、脱出は到底叶わなかっただろうから」

 「……気にしないで。わたしはきしだから」

 「ウチの事も気にしないで、だってウチとゼオン君はもう仲間(パーティ)同士でしょ?」

 え……。

 「仲間…………」

 「えっ……違うの?一緒にこんな所迄来ちゃったんだし、ウチはそう思ってたんだけど……」

 「あ……いや、違うんだ。仲間……、うん。ササラちゃんは仲間さ。……ありがとう。これからもよろしくね」

 「んっ?……うん!こちらこそ!」

 ササラちゃんと、固い握手を交わす。

 心の底から嬉しい。

 こんな僕にも、また……大事な人が増えた事が。



 「……………………」



 「さっきの話に戻るんだけれど、闇魔法はこのダンジョンではほぼほぼ、役立たずだと思う。でも実は、僕には属性が二つ有るんだ」

 「……えっ」

 「属性が2つ?……あれ?ゼオン君て魔国の王子だよね。て事はお母さんの方が……」

 「うん。闇属性は母譲り。元々、魔国の王となるために生まれてきた者の属性は一つって決まってる。僕は言わば、突然変異体なんだ」

 「……そういえばそう。つい、忘れていたけど【魔王】の属性といえば……」

 「うん、もう一つの属性は水色魔力の【竜】。竜魔法……【ブレス魔法】だ。でも……」

 「でも?何か心配事でもあるの?」

 「今では魔王を自称しているのに恥ずかしいのだけど……昔から苦手なんだ。……ブレス魔法」

 「「えっ」」

 同時に驚いた顔をされて……自分でも、顔が赤く……熱くなるのを感じる。

 「い、いや……違う。使える、使えるんだけど。……使うと、暫く魔力の行使が出来なくなっちゃうんだよ。何故か」


 その理由は色々考えた。

 子供の頃、闇の魔力が邪魔しているのかと思い、意図的に闇属性を封印してもらってから、ブレス魔法を発動する実験をした事も有った。

 結果は同じ。……一時間程は、魔力が使えなかった。

 父に聞いてみたりもした。

 けれど、僕の様な存在は前例が無いようで……成長するにつれて、きちんと使える様になるのでは……という結論しか出なかった。

 結局今でも、その理由は分からないままだ。


 「一応は、使えるよ?……一応は。それに、竜人族の肉体強度とオートリペアも有る。状態異常無効も。……だから、全くの役立たずにはならないと思うんだ」

 「……肉弾せんってこと?」

 「うん。少しなら、格闘も出来るから」

 「じゃあ……ゼオン君が前衛、ウチとダグニーさんで後衛ってこと?」

 「それが良いと思う。僕なら、オトリとかも出来るから……」

 そこまで言った時、二人が怒った顔をしてるのに気付いた。

 ……いくら僕でも、今のは良くないと分かる。

 「……ごめん。間違ったよ」


 「ま……自分で気付けて謝れたので許します」

 「……わたしは、絶対にそんなこと、させないから。……アリスもそう言うとおもうよ」

 「うん……そうだね。ごめんなさい」


 その後、戦闘のケース別に、簡単に作戦を詰めていく。

 それに沿った状況の方が圧倒的に少ないだろうし、不測の事態はいくらでも起こり得るだろうけれど……予め作戦会議をしたとしないとでは雲泥の差だと、そう思うから。

 実際、軍人でもあるダグニーも賛成していたし。

 ただ一点、僕がこの即席パーティの指示役になった事だけは、腑に落ちないけれど……。ダグニーのほうが良いと思うけどなぁ。



 「……じゃあ、此処でもう少し休んだら出発しよう。準備が出来たら教えてね、二人とも」

 「分かった!」


 「……ゼオン、ちょっといい?」

 「ん?どうしたのダグニー」


 「……あのね、この前の魔王城でのたたかい、なんだけど」

 「うん」

 「……あのとき、アリスと戦っていたのはわたしなの。……あの時アリスに傷をおわせたのも」

 「ん……うん。知ってたよ」


 というか、さっき気付いた。

 ダグニーの魔力、戦いを目の前で見た時に。


 「……わたしのこと……おこらないの?」

 「?……どうして?」

 「……だって」

 「アリスからは何も聞いていないけれど、きっと……お互いに譲れないモノが有ったんでしょ?……なら、僕が言う事は何も無いよ。……もし、どちらかが命を落としていたのなら、それは分からないけれど」

 「…………」


 多分、ダグニーは……アリスが()()()()になったのを、知らない。

 それは僕から言う事では無いし、言う必要も無い。


 僕は知っている。

 アリスが誰に……何処の国にやられたのかを。


 なら……ダグニーに対して思う事は、何も無い。

 アリスとダグニーは元々、友達なんだ。

 僕も。

 だから……だからこそ。

 彼女達の問題には、立ち入れない。


 「君達が本気で殺し合っていたのなら……今頃きっと、少なくともどちらかはこの世に居ない。でもアリスはああいう……優しい性格だし、両方がこうして生きているのだから……君も、()()()()()()()()と……僕は思うよ」

 「…………ッ!わたしは……!!」


 「ん?なになに、どうしたの?」


 「…………!」

 「いや、なんでもないよ。ササラちゃん、準備出来た?」

 「バッチリ!ていうか特に無いしね!」

 まぁ、荷物とかも無いからね……。

 ササラちゃんは動きやすい様に、長い髪を後ろで一纏めにしていた。

 これも、準備といえば準備だ。

 「それじゃ、そろそろ行こうか。……ダグニー?良いかい?」

 「…………」

 ダグニーは黙って頷く。


 少し不安は残るけれど。

 ここからは、更に気を引き締めないと……。

 此処は最上級ダンジョン、なのだから。



 薄暗い通路を三人縦並びで、僕を先頭にして進む。

 二番目にササラちゃん、最後尾にダグニー。

 壁を左手(づた)いに、更に魔力で一定間隔にマーキングをして、迷わないように。


 あの小部屋を出て二十分くらい進んだろうか。

 運良く、未だモンスターには出くわさずに済んでいる。

 感知魔法は今、最小限の範囲に留めている……この先、何があるか分からないし、魔力の節約は重要だ。


 今のところ、不安要素は()()無い。

 だけど……


 「ね、ササラちゃん。こういう風なダンジョンって、聞き覚えは無い?罠が全然無くて、迷路みたいで……悪魔系が多い……」

 「うーん……高難度ダンジョンの話、良くおにい…………兄から聞いたけど、こんな特徴のところは知らないかも」

 「そっか。ダグニーはどう?」

 「…………わたしは……冒険者じゃないから」

 首を横に振るダグニー。

 基本、ダンジョンには潜らないという事か。


 ……唯一、不安な事が有るとすれば、コレだろう。

 この場所を知っている者が、一人も居ない事。


 アークボルトの言を信じるのなら、今居る此処は最下層という事になる。

 けど、何階層有るのか迄は……分からない。

 上に向かえば良いのか、下に向かえば良いのか……それすらも。


 ――そもそも、脱出方法は合っているのだろうか。


 今、ダンジョンについて、アリスから色々と教わっている最中だ。

 アリスは言っていた。ダンジョンというモノには、()()()が無いと。

 絶対という事は無い、決めつけは命を落とす原因になる……と。

 つまり、脱出方法もダンジョンにより異なるのだろう。それこそ転移で脱出するダンジョンも存在し得るという事。

 脱出の為の転移魔法陣が何処かに在ると信じて探すのか、単純に上に登っていけば出口に辿り着くのか。

 ……何も、分からないのだ。


 「…………オン君!ゼオン君てば!」

 「……え。あ、あぁ……どうしたのササラちゃん」

 「どうしたの、はこっちの台詞!ずーっと呼んでたのに気付かないんだもん。……どうか、したの?」

 「あ……うん。何も知らないダンジョンは怖いな、って考えてた……」

 「あ〜……成程、そういう事ね」

 「ササラちゃんは……怖くないの?」

 彼女にはこのダンジョンに飛ばされてから、そういう様子は見えない。怖がっていたのは転移直後、くらいだ。

 「ふふ〜。戦いには強いけれど、やっぱり……まだまだ冒険者になりたてだね。ゼオン君は」

 「えっ……」

 「『未知の場所を切り拓いてこその冒険者』、だよ!だから……全然、怖くなんてないの!恐怖に固まっていたら、冒険者なんて務まらないんだから!」


 ――カッコいい。

 素直に、そう思った。

 なにか、彼女に対する認識を塗り替えられた感覚だ。


 「……あれ、でも…………」

 「ん?……何かな、ダグニーさん」

 「……あし。……ふるえてるよ?」

 ササラちゃんの足を見ると、確かに震えていた。


 「うぇ!?……こ……これは、武者震いってやつ!やつだから!」

 「…………ふ」

 「ちょっとダグニーさん!?ホントなんだからね!?」

 ……もしかしたら、強がりなのかも知れない。

 ひょっとしたら、恐怖を押し殺しているだけなのかも知れない。

 だけど……この瞬間、確かに……僕の中で。

 『ササラ・アースランド』という人間の存在が……今までよりももっと、大きくなった。



 そのまま暫く道なりに進むと、感知魔法が反応する。

 かなりの魔力を持ったモンスターだ。

 「……二人とも、戦闘準備は良いかい?この先だ」

 「大丈夫……!」

 「……まかせて」


 やがて見える異形。

 それは一見、黒い塊に見えた。

 だが……近付くにつれて、その正体が見えてくる。


 モンスターはこちらに背を向け、何かを一心不乱に貪り食っている様だ。

 四本の腕を使い、何かを解体し、次々と口に運んでいる様に見える。

 全身を覆う長く黒い体毛、屈強そうでいて細長い腕、妙に短い脚。

 例えるならば、猿のような……しかし、人間の三倍程の巨体を持つモンスターだ。


 更に近付くと、ぐちゅ、ぐちゃ……と嫌な咀嚼音が聞こえてくる。

 そこで足を止め、二人に〔止まれ〕の合図を出す。

 そうした後、一人先行し、背後から奇襲をかける。



 走りながら、竜属性……水色魔力を解放し、身体全体に強化魔法を掛けていく。

 竜人族は獣人族同様、肉体強化魔法が使える。というか、そもそもこれが有るからこその肉体強度でもある。

 ……一応、常人よりも素の肉体が強いのもまた、事実ではあるけれど。

 竜のブレス魔法は極力使わないつもりだけど、竜属性の水色魔力を使って肉体を強化するだけなら、それ程問題は無い筈だ。


 

 全身の強化を終えて、強化した脚を使い天井に……モンスターの直上を目掛けて跳躍し、浮遊魔法を使って急ブレーキをかける。

 ……狙い通り丁度、真上を取れたみたいだ。

 モンスターは未だこちらに気付いてもいない。余程、夢中なのだろうか。

 気付いてくれても別に良かったのだけど……。

 真上に来た事で一瞬見えたその()()は、巨魚の様なモンスターだった。

 ……そういえば、僕もお腹が空いたな。


 「よし……!」

 そこでもう一度、合図を出す。今度はササラちゃんへの、攻撃開始の合図だ。


 「オッケー!」

 ササラちゃんが、その合図を受けて大きめの火球を五個、撃ち出す。

 火球は勢い良く飛びながら進み、そのまま全弾がモンスターの背中に命中した。

 着弾と同時に天井を蹴り、真っ逆さまに……モンスターに向かって、急速で落下する。


 「!?……グォアアアアアア!!!!」


 耳を(つんざ)く大声量。

 ただ、火球が効いている様子にはあまり見えない。

 単純に、食事を邪魔された事に怒っている様だ。


 吠える為に()()()を向いたモンスターと目線が合う。

 見るからに邪悪な黒い四つの複眼と、大きく開いた口。

 複眼持ち……それも四つ。普通に戦っていたら、マズかったかも知れない。

 ダグニーならいざ知らず、僕はスピードには自信がそれ程無い。

 だが、モンスターとの距離は既に文字通り、目と鼻の先だった。

 「……ハッ!!」

 頭部分の毛を両手で力いっぱい掴み、そのままの勢いでモンスターの頭を後ろ側に、背骨と首の骨を折るつもりで持っていく。

 最悪、骨が折れなくとも……モンスターの頭を後頭部から地面に叩きつけ、潰す勢いで。


 これが今回の奇襲作戦の第一目標。

 この、僕の手番迄で決着が着くのが最善だ。

 ただ、これでも効かなかった場合には、()()任せるしか無い。


 「だァっ!!」

 ガン!!!という音と共に、床にモンスターの頭を全体重を乗せて、力の限り叩きつける。

 しかし、骨の折れた感触は手に届かなかった。

 頭も……潰れるどころか多少なりとも、ダメージが入ったのかすら怪しいくらいだ。

 何故なら……


 「グォオオオ!!」

 「ぅ……!」

 モンスターは四本の腕の内、上の二本を自らの頭の下に滑り込ませてガードしていた。

 そして残りの腕、下の二本で僕の両の足首を掴んで、今度はこちらの骨を砕こうと力を入れてくる。


 「ぐ……このっ……!離せっ!!」

 ニヤァ、と笑っているように口を歪ませる黒い獣。

 マズい。

 このままだと多分……折られる。

 「()ったた……!……離せって……言ってるだろ!!」

 強化した手で、左上の複眼に両手を滑り込ませて、掴む。

 ……想像よりも固い感触がする。

 ギュッと力を込め、そのまま握り潰した。……なんだろ。中身はもっと水みたいなのだと思っていたけど、水分が多めの固いゼリーみたいだ。


 「ヒィッ!?グォッ、ガァアアア!!」

 想定外の反撃を受けて、悲鳴の様な声を上げているモンスター。

 怯んでいる隙に、足首を掴んだままの手にも、両手で作ったハンマーを一発ずつ力の限りに振り下ろす。

 そうするとモンスターの握力がやや緩んだので、続いて指の部分にも攻撃を加える。

 完全に緩んだ。……何とか、脱出出来たみたいだ。

 そのままモンスターの顔を両足で蹴り、後方宙返りをする様に飛んで地面に着地して体勢を立て直す。

 ……痛みと怒りからだろうか。

 モンスターの体から黒い魔力……闇属性の魔力が立ち昇っている。


 「グォッ、ギュオアアア!!」

 こちらに向かって伸びてくる、黒い魔力。

 何らかのデバフ魔法だろう。それを僕に掛けてくる。主に脚へ纏わりついて来るのを見るに、多分、脚力低下の魔法だ。

 まぁ、でも……。

 「条件は()()だ。勿論、僕にも効かないよ」

 良し、このモンスターの事は大体分かった。

 トドメは任せるとしようかな。


 「じゃあね。結構強かったよ、君」

 言いながら、ダグニーに手で合図を出す。

 それと同時に、また天井に向かって跳躍する。


 モンスターの視線はずっと僕を捉えている。

 そのまま……僕を見上げているモンスターの頭を、風を伴う緑の光線が轟音と共に消し飛ばした。

 ズゥン…………と、仰向けに倒れるモンスター。



 ササラちゃんが駆け寄って来る。

 「ゼオン君!……無事!?」

 「ん、大丈夫だよ。怪我もしてないし、してても治るしね」

 「そういう問題じゃないの!あんまり無茶しちゃダメだよ!」

 「……そうだね。今のはゼオンがオトリみたいなもの。……そんな作戦、許したかな……わたし。途中から、事前の打ち合わせと違ったとおもうんだけど……危なくなったらすぐに、わたしに合図を出すてはずじゃなかった?」

 いつの間にかダグニーも、近くに来ていた。


 「い、いや。でも……情報収集にはなったでしょ?」

 「……今みたいなじょうきょうだったら、わたしの魔法で直ぐにでもケリをつけるほうが良いとおもうよ」

 ダグニーの言葉が、僕の心に(さざなみ)を立てる。


 「そんな言い方しなくても……。だったら始めから、ダグニーが指示を出せば良かったじゃないか。僕は必死にやっただけだよ」

 「……っ!……わたしは……そんなつもりで言ったんじゃ」

 「無いって?僕は、ダグニーの魔力は出来る限り温存したほうが良いと考えたんだ。だから、僕が倒せるなら倒そうとした。……結果、オトリみたいになってしまったのはその通りだけど、そこまで間違っていたとは思わない」

 「ちょっ……言い過ぎだよ、ゼオン君」

 「……ちがう!わたしは、ただ、ゼオンの事がしんぱいで……!」

 「それが気に入らないのなら、僕よりもダグニーのほうが指示役に()()()()んじゃないかな……僕は、なにも無理に」

 「ゼオン君っ!!」


 ササラちゃんの大声で我に帰る。

 「え。……あっ……」

 ……ダグニーの目から、涙が零れていた。

 「…………もう、いいっ!!」

 それきり、ダグニーは黙り込んでしまう。


 「ね、ゼオン君。今のは良くないよ」

 「うん……でも、僕は僕なりに良かれと思ってやった事なんだ。二人を護ろうとして。……言い過ぎたのは事実だと思うし、良くないけれど」

 「分かってる。きっとダグニーさんもそんな事、分かりきってるよ。……でもね、ウチはゼオン君が謝るべきだと思うな」

 「う……」

 「ゼオン君だって分かってるんでしょ?ウチにこうやって言われて、そんな顔してるんだから」

 「……そうだね、その通りだと思う。でも、……今すぐには無理だ。僕にだって、譲れないモノは有るから」

 「……もー」

 「ごめんね、ササラちゃん。だけど……」

 「別にウチの事はどうだって良いの!ウチは、早く2人に仲直りして欲しいだけ!どっちも悪くないんだから……それに、このダンジョンを脱出するって目的の為にも、ね!」

 「うん……」


 ダグニーに謝りたい気持ちは勿論、有る。

 でも……。


 モヤモヤした気持ちを抱えたまま、僕等はダンジョンを進み続ける。



 あれから……四、五時間は経っただろう。

 迷宮は、幾度となく、行く先を阻んでくる。

 猿の様な黒い獣を倒した後も、何体ものモンスターが襲いかかって来た。


 頭だけが巨大な、人間の男の様な顔をして、だが口には嘴を持った鳥みたいなモンスター。

 暗闇の中で黄色い目だけが輝く、影そのものの様なモンスター。

 壁の穴から飛び出して来る、無数の蝙蝠にも、虫にも見えるモンスター。

 蛇を手に持ち、馬に乗った首無しの騎士。

 通常では有り得ない程、巨大な害虫。

 このダンジョンに来てから、最初に見た蛸の様なモンスター。

 そして、何体もの黒い獣。


 ……しかし。これらのモンスター達との戦闘に、僕とササラちゃんの出番はほぼ、無かった。

 モンスターと出くわす度に。……ダグニーが、一人で戦い……数分と掛からずに、始末していたからだ。

 僕等も戦おうとはするものの、ダグニーの魔力で阻まれて中々、参戦出来ずにいた。


 「…………はっ、はぁっ……!」

 いくらなんでも、頑張りが過ぎる。

 ……というよりも、なんだか自暴自棄に見えてくる。

 僕の所為なのかな……僕の所為、なんだろうな。

 でも、あれからずっと……ダグニーに謝りたいのに、謝る為の言葉が……出て来ない。


 「また……行き止まりみたい」

 ササラちゃんも、徐々に元気が無くなってきている様子だ。

 ……もう何度、通路の行き止まりを見ただろうか。なんだかもう、脱出が叶うのか……それすら、疑わしい。


 「ササラちゃん、ダグニー。少し……休憩しようか。ここで」

 「うん、そうだね……」

 「…………わかった」


 思わず、その場に座り込んでしまう。

 自分で考えていたよりも、疲労が溜まっていたみたいだ。

 「ね、2人とも。ウチ、さっきの水場で水を汲んでくるね。ダグニーさんの魔道具も、空になっちゃったみたいだから」

 この行き止まりに来る直前に有った、水場の事だ。

 「確かに近かったけど、大丈夫かい?僕も一緒に……」

 「うぅん、1人で大丈夫!2人は休んでて、ね!」

 「分かったよ。十分に気を付けて、ササラちゃん」

 「うん!」


 ササラちゃんが水場に行った後……自然とダグニーと二人きりになった。

 ダグニーも地面に座り込み、下を向いている。

 気まずい空気が流れているのが、僕にも感じ取れる……。


 ……なんだか、無性に。

 …………アリスに、会いたいな。


 「……アリス」

 思わず口をついた名前に、ダグニーが一瞬、身体を震わせたのが見えた。

 下を向いたまま、ダグニーは絞り出す様な声で喋りだす。

 「…………やっぱり、アリスがいい?」

 「え?」

 「……わたしでは、ゼオンの頼りには、ならない?」

 「いや、そんな事……」

 顔を上げて、僕の目を真っ直ぐに見てくるダグニー。

 その目は未だ、渇いていなかった。


 「うそ。だって、ゼオンはわたしに頼ってはくれない。今、一緒に居るのはわたしなのに……」

 「そんな訳、無いよ。現にここまでずっと、モンスターを倒してくれたのはダグニー……君じゃないか」

 「だったら!……最初から、戦闘のメインはわたしに任せてくれていたはず!でも……っ」

 「いや、それは違うんだ。僕は、僕の事情に巻き込んでしまった二人を、護ろうとして」


 ダグニーの頬を、涙が伝う。

 「…………それは、どうして?……わたし達は、ともだちじゃ……ないの?……ササラだって、仲間といってたでしょ?ちがうの?」

 「ぅ……いや、でも」

 「……ゼオンにとってアリスが特別なのは分かってる、でも……ずっと!……まるで、わたし達は赤の他人みたいに言われているようで……!そのうえでアリスの名前を呼ぶなんて、そんなの……!」

 何も……言えない。


 「……わたしは、一方的に守られる様な弱いそんざいじゃない。……わたしは護る……そのために、きしになったの」

 「…………」

 「知ってるでしょ?……わたしはアリスとも互角に戦えるくらいつよい……なのに、戦いを任せてくれないのは……信じられていないから」

 「いや、それは」

 「……確かにわたしは冒険者じゃない。ダンジョンの事も何もわからない。……その点では、頼りにならないのもしょうがない……でも!」

 「……!」

 「…………ゼオンがわたしを戦いですら、頼りにしてくれないなら!わたしは……アリスに、何も勝てないから!……だからっ……!」

 「……ダグニー……?」



 僕は、きっと……馬鹿なんだろう。

 こんな……何回も、女の子を泣かせて。

 人の気持ちも分からずに、独りよがりに行動した結果、大切な誰かを傷付けている。

 自分の気持ちだけを押し付けている。


 ダグニーは最初から、友達の僕を助けに来てくれていた。

 僕を護ってくれる気で、転移に巻き込まれた。

 ササラちゃんだって……そうだ。

 ……そんな事、分かっていた筈なのに。

 互いに護り、護られるだけで良かったんだ。

 なのに、僕の勝手な考えで……傷付け、泣かせた。

 ダグニーはずっと僕を心配してくれていただけなのに、何も考えていない勘違いした馬鹿が彼女を泣かせたのだ。

 それが今、痛い程……理解出来た。



 ダグニーの下へ歩み寄り、彼女を抱きしめる。

 「…………ゼオン?」

 「分かったんだ。全部……全て、僕が間違ってた。今更遅いかも知れないけど……ごめんね、ダグニー」

 「……わたしは……ともだち?」

 「当たり前だよ。……僕の勝手な勘違いだった。君を信じていなかった訳じゃないんだ。ただ……僕が馬鹿だった。許して……貰えるかな」

 「……べつに……最初から、怒ってたわけじゃないもの。……ただ、悲しかった……だけ」

 「……本当に、ごめん。こんな僕で良ければ、これからも友達でいて欲しい」

 「……うん。わたしも……ごめんね」

 「良いんだ、そんなこと。僕が悪いんだから」


 と、そこで後ろから物を落とす音がした。振り返ると……

 「……あ、あれ〜??もしかしてウチ、お邪魔虫……?」

 ササラちゃんが水を汲んだ魔道具を落とす音だった。

 「……えっ?……あっ、ちがうよササラ。これは……」

 「い……良いんですダグニーさん!どうかウチの事はお気になさらず……!」

 「……本当に、そんなんじゃないから……ちょっとまって、そっちはあぶないから」

 ダグニーに捕まったササラちゃんがわたわたしている。

 それを見ながら……なんだか久し振りに感じるくらいに、心から笑った。

 ……そうだ、そういえば。

 「ササラちゃん。少し、良いかな?話が有るんだ」

 「えっ!?……ちょっ、ちょっと待った!?ウチにも心の準備ってものが……!」

 ……心の準備ってなんだろう?


 「あのね、ササラちゃんの事を呼び捨てにしたいんだ」

 「待って待ってまって!呼び捨てなんて…………ほぇ?……呼び捨て?」

 「うん。仲間に対して、よそよそしいと感じたから。……どうかな」

 「へ…………あ、うん。……勿論良いよ!なんなら嬉しいくらい!」

 「そっか、ありがとう。……これからもよろしくね、()()()

 「っ、う……うん!」


 呼び捨てを許してくれて、良かった。

 ササラにも、仲間として……多くの、感謝の気持ちが有ったから。

 そんな彼女に対して他人行儀な呼び方はもう、やめたかったから。


 ……ダグニーに謝れて、なんだか色々とスッキリした気分だ。

 疲労が溜まっていたと思った身体も、今は全く問題が無いようだった。


 「ちなみにウチはゼオン君の事、呼び捨てにはしないからね?…………まだ」

 「ん、分かったよ」

 人には人のペースが有るだろうしね。

 僕は全然、気にしない。


 「じゃあ、休憩はこのくらいにして……そろそろ進もうか、二人とも」

 「オッケー!水も補給出来たし、準備バッチリだよ!次は迷宮を攻略しながら、食糧を探していかないと、だね!」

 「……うん、わたしも大丈夫……えっ?まって、此処で採れるたべものって……」

 「はいっ?それは勿論、何かしら食べれる()()()()()ですよ!」

 「あぁ、そうだね。そろそろ本格的にお腹が空いてきたし、食糧の確保は重要だ」

 「ねっ!」

 特に食べ物の選り好みはしないけれど、魚系のモンスターが採れたら良いなぁ。


 「…………えっ?……えっ?」


 ダグニー、どうしたんだろう?

 ……あまり、お腹は空いていないのかな?


魔モノ達の塒(中編)へ続きます

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