冒険者ギルド(後編)
――――王国・辺境都市【ケイブ】――――
その日。
続々と到着するSランク冒険者達の情報に、ケイブの街は沸きに沸いていた。
街は普段では考えられない程の大勢の人で溢れている。
日頃はクエストをこなすのに忙しい冒険者達もこの日ばかりは休息を取り、熱狂に混ざる。
その目的は様々で、単に冒険者の頂点達を一目見たい者も居れば、少数ではあるが……何とかして繋がりを作ろうと躍起になる者も居る。
しかし大半は、直接に彼等を見たいだけの者達である。
一般に普及している魔法具で観られる記録映像等に稀に映る彼等は、正にこの世界の有名人だ。
人に仇なす、災害級のモンスターをたった一人で退け、危険な道を踏破し新たな地を発見する……そんな彼等の人気は自然と高い。
特に、見目麗しい者の人気は凄まじい。
冒険者では無い、一般人にも熱烈なファンが存在する程に。
そんな彼等を直に見てみたいと、人々はこの街に殺到していた。
そして……勿論、招かれざる者達も。
――――――――
熱狂に沸く街の路地裏で、二人の女性が話し合っている。
「団長もうすぐ来るって!早く来ないかなー」
「王様が一緒だからぁ、時間掛かったねぇ」
一人は灰色の髪をした少女。
王国第五軍所属の王国騎士『リタ』。十二歳。
手に【鉄甲】と呼ばれる武器を嵌めている。
もう一人は萌木色の髪をした女性。
同じく第五軍所属の王国騎士『ファナ』。十六歳。
背中に大きな戦鎚を背負っている。
二人共、王国騎士の鎧ではなく私服であった。
「王様、何しに来るんだっけ?」
「あの諜報部のすっごい気持ち悪い人が冒険者に悪い事したからだよぉ。代わりにごめんなさいしに来るって〜」
「ふぅん。でもあたし的には丁度良かったかも!潜入任務なんてつまんないもん!」
「リタはアホ可愛いねぇ~。僕もつまんなかったけどぉ、大きい声で言っちゃダメだからねぇ」
「うん!」
「つまりちょっと前からぁ、諜報部が十全に機能してないの〜。だから僕達が諜報部の代わりにぃ、王都から飛び出してこんな所でわざわざこんな事してるんだよぉ」
「あたし知ってるよ!冒険者達のどうこう?を見張るのも大切な任務なんだよね!」
「そういう事〜、リタは賢いねぇ。……アホって言ってゴメンねぇ、嫌いにならないでぇ」
「なる訳無いじゃない!ちっちゃい頃からずっと一緒の家族なんだから!そんな事言ったら怒るからね!」
「うん……ごめんねぇ。仲直りのぎゅ〜するぅ」
「うん!しよー!」
ファナの豊満な胸に飛び込むリタ。
「今は団長もリエットもエルネアも居て、家族は増えたけど……やっぱりあたしにとってファナは特別だよ!」
「僕もぉ。リタ大好きだよ〜」
「うんっ!」
二人で抱き合ったまま、暫くして。
ファナの胸元の通信魔法具が音を鳴らす。
「……聞こえる?」
「団長だ!」
「は〜いぃ、こちらファナぁ」
「……到着したよ。ここからは正式な訪問だから、2人もこっちにごうりゅうして」
「了解〜」
「行こ!ファナ」
「はいよ〜」
通信を切るファナ。
その後、合流する前に一先ず王国騎士の鎧に着替える為、潜伏中の宿へ二人仲良く向かったのだった。
――――――――
冒険者ギルド・ケイブ支部。
その二階に在る大会議室で、支部長マイルズは緊張の面持ちでSランク冒険者達の到着を待っていた。
大会議室はかなり広い空間で、数多くの椅子やソファ、巨大なテーブルが置かれていて、その他には日常に使う魔導具等が揃う。
「そろそろ時間か。んん……やはり怖いね。7年振りの会合……か」
Sランク会合は、持ち回りで開催される。
世界中に在る六つの主要なギルド支部と、本部で。
支部長と言えど、己の支部に所属していないSランク冒険者と会うことなど滅多に無い。
それが、この会合では一堂に会するのだ。
……今回も、全員では無いが。
「……【爆嬢】と【海淵】はクエスト上の理由で欠席、【雷神】はこの街には居るものの参加の意思は不透明……と。いやいや、僕的には助かるけどねぇ」
マイルズはSランク全員が揃っている所など、見たことが無い。
いざ彼等に揃われても正直、捌き切る事なんて不可能とすら思っていたのも事実だが。
……その時、一人目のSランク冒険者が部屋に入ってくる。
「おや?自分が最初か」
「やぁ、グウェイン。良く来てくれたね」
・序列八位
【神旋風】『グウェイン』。三十一歳。
エメラルドグリーンのロングヘア、前髪を六・四で分けた、黒い目の、眼鏡を掛けた男。
僧兵の様な服を着ていて、その腰には鞘の無い、刀身も無いナイフを差している。
会合には出来るだけ参加する、数少ない……二人だけ居る真面目でまともなSランク冒険者。
「1番に来たのが君で良かったよ。……猶予が出来た」
「まるで処刑台に向かう罪人の様な事を言う。まぁ分からんでも無いが……久し振りだな、マイルズ」
グウェインは指で眼鏡の位置を直しながら、表情を少しも変えずにそう言う。
「本当に久し振りだね……前に会ったのは教国での合同討伐の時だったかな。天災級モンスターの」
「あぁ、そうだな。あの時は大変だった。お前にも随分と世話になったな」
「んなトカゲ、俺様が居りゃあ余裕だったろうがな」
そう言いながら挑発的な態度で入って来たのは……
・序列六位
【灰燼】『カイル・アースランド』。
彼はすこぶる機嫌が悪そうな顔をして、ドカッと椅子に座る。
マイルズは、既に胃がキリキリと痛み始めていた。
「いやいや、カイル君……現場に居なかったのは事実なのだから、そんな事を言うものじゃ……」
「構わん、マイルズ。自分は毛ほども気にしていない……そんな戯言などは」
「あァ?なんか言ったか眼鏡」
「たまに現れたかと思えば、目上の者にその態度。全く呆れるな」
「目上?俺様より弱えぇくせに、なに寝言こいてんだ?このタコロン毛は」
「貴様より自分が弱いだと……」
「なんだ?序列でも既に負けてんだろうが」
「待った待った……!2人共落ち着こう、な!」
「心配しなくても何とも思っちゃねーよ。こいつが戦るってんなら別だけどなァ」
「巫山戯るな。何処かの獣と一緒にされては堪らん」
「……あァ!?おい眼鏡君、そりゃ誰の事を言ってやがんだ!?」
「かかっ。元気が有るのは良い事じゃが、その辺りで止めておけ……カイル」
「ギルド長!」
「おぅマイルズ。待たせたの」
三番目に到着したのは言葉遣いとは裏腹に、どう見ても十代にしか見えない女性。
・序列五位【冒険者ギルド長】
【魔女】『サラ・ワンダー』。二百と三十歳。
グラデーションがついたダークグレーの、くりくりとした癖毛を長く太いツーサイドアップにした髪型の、金色の目をした女性。
その異名の通り、黒色を基調とした魔女の様な格好をしている。
被ったハットからは、角が二本突き出ている。
「チッ…………おいババァ!んな事よりも王国の件はどうなった!?」
「おうおう、まぁ落ち着け。悪いようにはせんよ」
「……ざけんな!!こんだけ待ってやったんだぞ!?いいか、落とし前は……」
「必ずつけさせる。当然な」
サラの飄々とした態度が一変し、冷酷な一面が顔を出す。
「何度も言っているが、私にとってギルドは家族の様なもの。手を出されて黙っている親などおらん」
それぞれが群を抜く強者達の中にあって尚、異質な存在。
その実力も然ることながら、世界各国の首脳達ともやり合える、海千山千の手管を持つ、老獪な女性。
全冒険者達から畏怖と尊敬を集める者。
それが冒険者ギルド長、サラ・ワンダーだ。
「チッ」
「分かっとるよカイル。お前さんの大切な者に手を出した愚か者には既に鉄槌を下した。次はその上に責任を取らせるでな。この会合中に」
「……あん?そりゃどういう……」
「失礼するぞ」
大会議室の扉を開けると同時に壊しながら入ってくる大男。
・序列七位
【護鉱】『ゲンオウ』。七十四歳。
焦げ茶色の髪を何本も編み込んだ髪型の、赤い目をした、筋骨隆々の、背の高い男。
片方の肩を出した道着の様な服装をしていて、裸足である。
もう一人の、真面目でまともなSランク冒険者。
「む……」
「おいデカブツ。まーだ力加減できねぇのか」
「すまない」
「良い良い。息災か、ゲンオウ」
声こそ発さないものの、サラの後ろで天を仰ぐマイルズだった。
「はい」
「だからよ、お前はもう少し喋れよ。どんだけ無口だ」
「すまない」
カイルが両手を上げる。
「あァもういいわ」
「かっかっかっかっ!」
「すまない……」
実に寡黙な男であった。
ゲンオウはグウェインの近くに腰を下ろす。
「1年振りだなゲンオウ。元気だったか」
「あぁ」
「この前の教練ではお前の魔法に、幾つもの命が救われたそうだな。改めて礼を言うぞ」
「あぁ」
「ふっ……相変わらずな奴だ……ん?」
二人で談笑していると、一人の女性が入って来る。
滅多に見ないその姿に、思わず反応したグウェイン。
「ほう。まさか彼女が来ているとは……」
「儂は知っていたぞ」
「何?」
「街に噂が溢れていた」
「噂が?……何か…………」
何かがおかしいと考えるグウェイン。
だがそれは、カイルの大声によって遮断された。
「クソ女ァ!良く此処に顔出せたもんだなァッ!!」
「はぁ?お礼もまともに出来ないのかしら……この莫迦は」
・序列二位
【銀氷】『アリス・フラワーガーデン』。
カイルは彼女が入って来るなり、食って掛かる。
「俺様がいつ頼んだよ!?言ってみろコラァ!!」
「というか、いつもいつも煩いわ。もう少し静かに出来ないのかしら」
「この女……!!ぐぉ!?」
サラがカイルの頭を押さえつける。
「落ち着けカイル。……久し振りじゃの、アリス」
「そうね。いつ以来か分からないくらい」
「かかっ……黒の小僧はどうした?」
アリスの眉が上がる。
「……ちょっと」
「かっかっ。どうせ、いずれは外に出るぞ。なんならこの場に連れてくれば良かったのじゃ」
「冗談でしょう?こんな、私以外は変人ばかりの所に連れて来れる訳が無いじゃない」
「いや待てやクソ女。何でテメェ自身は除外してやがる」
「?」
「……は?テメェまさか、自分がまともだとでも言う気じゃ……」
「私はお墨付きを貰ったの。だから変人じゃないの」
「……オイババァ、こいつ何言ってやがんだ?」
「かかっ。さぁの」
「それより、今回はこれで全員?……私で最後だったのかしら」
「うむ、そうじゃな。最後の二人が同時に来たからの」
「……えっ?」
「なんじゃ、まだ気付かんのか?アリス。ほれ、お前さんの後ろ、後ろ」
そう言われてゆっくりと後ろを振り返るアリス。
肩越しの超至近距離に、女性の顔があった。
「きゃっ!?」
思わず飛び退るアリス。
「……はーっはっは!我のドッキリ、大成功だな!」
「…………ルイズ!?」
・序列一位
【精霊女王】『ルイズ・アメトリン・ゴッドツリー』。百と二十八歳。
地面に付きそうな程、超ロングストレートの、ライラック色の髪をした、緑色の目の女性。
アリスの戦闘用ドレスと同じ様な服を着ていて、その髪には、所々に小さなリボンが付いている。
Sランク冒険者の序列第一位……つまり、全冒険者の頂点に立つ女性。
「……アリス!逢いたかったぞーっ!」
己を目掛けて飛び込んでくる序列一位の冒険者を、アリスが雷速移動を使ってまで避ける。
だが雷速で移動した先で、アリスは風のクッションの様な何かに捕まった。
そしてそのまま、ルイズ本人にも捕まる。
「んふふ……!久し振りのアリスだ!すーっ……」
ぐりぐりと顔をアリスの胸に押し付けて、深呼吸する。
風に捕まり身動きが取れなくなってされるがままのアリスは、心底嫌そうな表情だ。
「ちょっ、と……もう、やめ……て!」
「断る!!」
「オイババァ。また始まったぞ……何とかしろよ」
「かかっ……嫌じゃ。ああいう時のルイズは放って置くに限るでの。あと私も命は惜しい」
「何歳まで生きるつもりなんだババァ……そろそろくたばれよ。そしたら俺様の序列も上がる」
「かっかっ。なんじゃカイル、情けない事を言いよるな。実力で超えろ、実力で」
「チッ……」
「ゲンオウ、グウェイン。お主らも精進せいよ」
「……む」
「ギルド長を超える……か。考えもしなかった、と言えば嘘になるが。実際……自分にはまだまだ遠いな。それに、同じランクと言えど……あの4人と並ぶのは未だ想像もつかん」
「まァ、テメェらには無理かもな」
「かっかっかっかっ!勿論、抜かせるつもりは無いがな!精々、超えてみせよ!」
――九人のSランク冒険者。
その序列の、丁度真ん中に位置するサラ。
ギルド長でもある彼女は人外と呼んで差し支えない、途轍もない実力を備えている。
勿論、彼女よりも下位に位置するSランク冒険者達もそれは同じだ。
しかしその彼女をして、自分よりも明らかに優れた、己を凌ぐ者達。
彼女から見ても正に人外と、頭上に位置付けた冒険者。
それが、四人の序列上位陣である。
……因みに序列は、彼女が全てを一人で決定している。
「はん。……良いか、俺様はこんな所じゃあ、終わるつもりはねぇからな。見とけババァ」
「おうおう、やる気充分で何よりじゃ。なら今度、天災級のモンスターが出よったらお主に任せてみるかの」
「望むところだボケ」
「……ちょっと!良い加減に離してって……ば!」
「いーやーだ」
会合は中々……始まらない。
――――――――
「……うーん、一人だと暇だなぁ」
会合に向かったアリスと別れ、現在ゼオンは街で一人、暇を持て余していた。
ローブのフードで顔を隠し、人々の間を歩く。
ゼオンは最初、アリスと共に会合に行こうと考えていた。
しかし、その旨をアリスに伝えたところ……有無を言わせぬ勢いで断られた。
曰く、悪影響があるからと。
ゼオンは自分でも少し驚いたが……アリスにそう言われて、ちょっとだけ、ムッとしてしまった。
……顔と態度には出さなかったが。
確かに見た目は子供の様に見えるかも知れないし……それに、頼りないかも知れないけれど。
……これでも、れっきとした十八歳なのに。
そんな事を考えていたら、いつの間にか宿から外に出て来ていた。
それがアリスの優しさから来た言葉なのは分かりきっている。
只の、自分の我儘の様なものだということも。
だけど……この急に湧いた感情がなんなのかが、分からない。
妙に刺々とした、この嫌な気持ちの名前も分からない。……ただ、モヤモヤとするばかりだ。
アリスからは絶対に一人で外出しないで、と釘を刺されていたが……何故だか、一向に落ち着いてくれない気持ちは、足を外に向かって勝手に動かした。
そんなこんなで現在、一人で街をプラプラしているゼオンだった。
「……ん?」
歩き続けていると、騒いでいる集団を見つけた。
どうやら、二人の男と一人の少女が言い争っているらしかった。
気になったゼオンは人々の間隙を縫っていく。
そうして先頭まで進むと……見知った顔が見えた。
「ウチ、急いでるんだってば!」
「嬢ちゃん、それで済むなら騎士団は要らねえだろ?なぁ兄弟」
「あぁそうだ!俺の一張羅、どうしてくれる!?こんなにビシャビシャにしてくれやがって!」
「だから、謝ったじゃない!それに、ぶつかって来たのはそっち……」
「いやいや……んな訳は無ぇ、なぁ兄弟」
「あぁ。俺たちゃあ立ってただけだからな」
フラフラと。
見るからに酒が過ぎている男達。
ゼオンには知る由もないが、アリスに絡んでいた男達だ。
片方は昨日助けた少女……ササラだった。
彼女は縛っていた髪を下ろしている。
見かねたゼオンは、彼女に助け舟を出す。
足を進め、ササラの隣まで歩く。
「ちょっと良いかい?」
「……あっ……!?」
ゼオンの顔に気付いたササラ。
「……あぁ?……なんだ坊主」
「おい、なんだぁ……騎士様のご登場かぁ?」
「君達、飲み過ぎだよ。そろそろ勘弁してあげたらどうかな」
「ははは!……おーいおい、ガキ共。あんまり大人を舐めるなよぉ」
「そうだぁ!服代くらい貰わにゃあな」
「……なら僕が払うよ。幾らだい?」
「ちょっ……」
それはいくらなんでも……と断ろうとしたササラの口を悪戯なウィンクと共に、手で優しく塞ぐゼオン。
「…………おいガキ。あんまり舐めてると痛い目に遭うぞ」
「?……払うって言ってるじゃないか。何が不満なんだい?」
「こいつ……。オイ兄弟。どうする」
「決まってる、少しばかり道理を教えてやろうぜ」
「ふふ……」
「……あん?小僧、何を笑ってやがる」
「いや別に?……取り敢えず、話も通じないみたいだし。もう行くね」
「おいおいおい!行かせる訳が……」
男が一歩踏み出そうとした時、己の異変に気付く。
「……あぁ!?なんだこりゃあ!」
「どうした兄弟……おぉ!?」
男達の足が、己の影の中に埋まっている。
「あ、ソレ。少し経てば解けるから。それじゃ」
行こう、とササラの腕を引くゼオン。
そのまま、人混みに消えていく。
「おいふざけんな小僧!待ちやがれ!!」
「動けねぇ、くっそ!覚えてやがれ!!」
そこに美女数人と連れ立った、白に近い金色の髪の、サングラスを掛けた男が通りかかる。
「……あ?おいお前ら、何してんだ」
「ボ……ボス!」
「あ……いえ……何でも!へ、へへ……」
「あぁ?……ん?…………おい、お前ら。ソレ、誰にやられた?」
「いや、これは……」
「いや、それは……」
「良いから言え」
「そ、それが俺達も良く分からねぇんでさ」
「黒い小僧……見た感じ12、3歳くらいの少年だった事くらいしか……」
「男だったのは間違い無いんだな?」
「え?へえ。それについちゃあ……な?兄弟」
「うす、間違い無く」
「クク。そうか……そうかよ」
「……ボス?」
「ハハハ!!成程なぁ!そういう事か!……アリス!!」
「あの……ボス、楽しそうなところ申し訳ねぇんですが……な、兄弟」
「あ、あぁ……ボス、どうか助けちゃくれませんか?」
「……あ?……クク、知るか。男なら、そのくらいはてめぇで何とかしやがれ」
そう言い放ち、再び女性達を連れて何処かへと消えていく金髪の男。
「ちょっと、ボス!」
「待ってくれ、ボス!」
叫びも空しく、男達は其処へ取り残されたのだった。
「此処なら人も少ないし……落ち着いて話せるかな」
ゼオンとササラは街の一角、住居が多く建ち並ぶエリアに来ていた。
中心部は人でごった返していた街中だったが、一種の祭りの最中の為、逆にこの辺りは静かなものだった。
「大丈夫?ササラちゃん」
「…………また、助けてもらっちゃった……」
「うん?……ササラちゃん?」
「あ……ハ、ハイっ!大丈夫です!ありがとうございます!」
「そっか、良かった。……あ、僕の事、覚えてるかな」
「当たり前ですっ!2度も助けていただいて……!」
「どういたしまして。余計なお世話だったかも知れないけれど、そう言ってもらえて良かった」
「いえ、余計だなんて、そんな!」
「……そうだ、改めて自己紹介しておくね。僕はゼオン。Fランク冒険者だよ」
「へ……?」
ポカンと口を開けたままのササラ。
「……?どうしたの?」
「え……F?」
「うん、そうだよ。昨日冒険者になったばかりの新米さ」
冒険者カードを取り出し、ササラに見せる。
「……ほぇ」
「よろしくお願いします。先輩」
「…………え〜〜〜〜っ!?」
――――――――
「……あん?」
「どうしたのじゃ?カイル」
「なんか今……気のせいか?……いや、なんでもねぇよ」
「?」
「あぁ、もう最悪……!服がぐちゃぐちゃよ!」
「はっはは!まぁ良いではないか!我は堪能したぞ!そなたの肢体もな!」
「……っ!……絶対、いつか、殺す」
身体の奥、芯の芯から凍えるような冷たい声と共にアリスの魔力が部屋中に広がっていく。
「相変わらずの心地良い殺気だアリス!それすら愛おしいぞ!」
「……いやいや、僕にしたら今も生きた心地がしないのだけどね」
とんでもない魔力の波動を至近で当てられて、意識が半分飛んだ様な感覚を得て椅子に倒れ込むマイルズ。
「気にするな、マイルズ。自分からしてもそうだ……彼女達は魔力の質の、次元が違い過ぎるからな」
「うむ」
グウェインの言葉に賛同したのか、ゲンオウが深く頷く。
「オイ寒ぃんだよクソ女!早くコレ収めやがれ!!」
「……自分で暖めれば?どうせそれしか能が無いんだから」
「テメェ喧嘩売ってやがんのかコラァ!!」
アリスと言い合っているカイルに、ルイズが反応する。
「はぁん?……お〜……お前、紅の小僧か!少し見ない内にデカくなったモノだな、色々と」
「うるせぇ!テメェも黙ってろこの色ボケ……」
続けてババァ、と言おうとしたカイル。
だがカイルはヤバい、と言う表情で、慌てて両手で己の口を塞ぐ。
そんなカイルに、ルイズがゆっくりと近付き囁く。
「……どうした?先を言うてみぃ」
ルイズの言葉に魔力の類は一切乗っていない。
その身体にも、魔力を纏ってはいない。
ただ恐ろしさ……のような、何かが感じられた。
「ぐ……!」
「ほれ早く」
「…………!!……わ、分かった!俺様が悪かったから!つうか近えんだよ……!」
バッと横に飛び、ルイズから距離を取るカイル。
「ふふん。まぁ許してやるぞ、小僧。……我は寛大だからな!だが次は無い」
「何を言ってるんだか。貴女が周りに比べて歳を食っているのは事実でしょう」
「誰なのかと、言い方と、悪気が有るかどうかの話だからな!それに我はまだまだまだまだ乙女なのだ!」
「あぁそう」
「…………」
一連の流れを黙って見ていたギルド長、サラ。
彼女は今、ある事に驚いていた。
……あの、ルイズがの。
驚いたのはアリスに対する、あの隠そうともしない狂気じみた好意についてでは無い。
悪態をつこうとしたカイルを許した事……も、無論違う。
そんな小さな女では無いのは、昔から知っている。
……胸は、有るのか無いのか分からん程、小さいがのぅ。
面と向かっては、絶対に言わないが。
まぁとにかく。
驚いたのは、カイルに対して彼女が少しでも興味を持った事だ。
彼女が言った通り、カイルは近頃、更にその力を増している。
……比例して態度もどんどんと大きくなっていっているがの。
大体、ギルド長である私にババァババァ言い過ぎじゃ。私だってたまには気にするぞ。
カイルの事は気に入っているし、実際ババァだからまぁ……良いけども。
そんなカイルだが、あのルイズの興味さえ引いたのは流石に驚いた。
何故ならば、ルイズは自分にとっての弱者には、とことん迄興味を持てないからだ。
持たないのでは無く、持てない。
陳腐な言葉じゃが……ルイズは【世界最強】というものに限りなく、誰よりも近い。
そんな彼女は、苦い経験も相まって、弱い存在に自分からは決して干渉しない。
Sランク冒険者と言えども、それは同じ。
グウェインやゲンオウには、相変わらず積極的に絡もうとはしないのを見れば一目瞭然じゃな。
名前くらいは覚えているだろうが、そこまで。
世界からは強者に位置付けられる彼等でもそうなのだから、後は推して知るべし、じゃ。
だからこそ、ルイズがアリスの様な者に好意を向けるのも理解出来る。
……単純な好みもあるのかも知れないが。
まぁつまり、それ程迄にカイルが成長しているという事、なのかの。
この婆が、考えていたよりも。
少し前まではSランクですら無かった、小僧が。
……かかっ。
だから面白い、この世界は。
『冒険者』というものは。
「……かっかっかっかっ!!」
「うおっ、なんだババァ!?急に笑い出すんじゃねぇよ」
「かかっ、良い良い!良いのぉ!」
「あァ?……こりゃあ遂にボケたか」
「よぅし。場も落ち着いた事じゃし、そろそろ始めようかの!此度の【Sランク会合】を!」
「ところでアリス、少年って誰だ?我、知らんのだが」
「貴女には関係無いわ」
「…………はっ!?ま……まさかアリス、お前」
「?……何?」
「我というものが有りながら、浮気を……!?」
「…………は!?……な、何を言ってるの!?」
顔を真っ赤にしているアリス。
「なんだその顔は!?図星なのか!?嘘だ、嘘だ!我そんなのイヤだ!!アリスに男なんて!」
「お、男……!?そ……そんなんじゃ……」
「認めん!我は認めないぞ!」
「どこが落ち着いてんだよ」
「かっかっ。まぁアレらは取り敢えず放って置いてじゃな。良いか、マイルズ」
「え……は、はい。では始めましょう。皆様方、席にどうぞ」
未だ揉み合うアリスとルイズを放置して、各々の席に着いていく冒険者達。
世界に多大な影響を及ぼす会合が、ようやく始まった。
「それでは……ケイブ支部長マイルズが進行を務めさせて頂きます。今回の会合、先ず話すべき事ですが」
いつの間にか、ルイズとアリスも自らの席に着いていた。
「うむ、王国の件じゃな」
「えぇ。我がギルド所属の冒険者『ササラ・アースランド』の誘拐未遂事件についてです。先だってギルド長が仰った通り、実行犯達については、指示を出した者を含めて処理済みです。しかし……」
「あァそうだ。それだけで手打ちにする程、俺様は甘かねぇぞ」
「勿論ギルドとしても、そうです。これについてですが、ギルド長……」
「あぁ……良いかいカイル。今から此処に、ある男が責任を取りに現れる予定じゃ」
サラの言葉がどういう意味なのか、カイルがすぐさま理解する。
「……マジか?良いのかババァ、俺様は歯止めが効かねぇかも知れねぇぞ」
「かっかっ。王国はそれだけの事をしでかした。奴もそれを分かっとるよ……自らが謝罪に来るくらいじゃからな」
だが……と、サラが続ける。
「奴を殺せば当然、王国との戦になるだろう。……勿論、我らギルドはお前さんの判断がどの様な形であろうが支持しよう。しかしの」
「あァ分かってる……舐めんなババァ、俺様は莫迦じゃあねぇんだよ。……しかしまァ、全てはあっちの態度次第なのは予め言っておくぞ」
「当然じゃな。この期に及んで巫山戯た事を抜かす程度の阿呆相手ならば容赦は要らん」
フン、とカイルが鼻を鳴らす。
「この場で礼を言うておくぞ、カイル。お前さんの寛容さと、度量にな」
「……だから、俺様を舐めんな。この程度なんのこっちゃねーんだよ…………おいやめろババァ!髪が崩れんだろうが!!」
サラが思わず満面の笑みでカイルの頭を撫で回す。
「あーうぜぇ!!」
話している雰囲気こそ和やかかも知れない。
だが、内容はかなり不穏だ。
カイルの指先一つで、王国とギルドとの間で戦が起こるのだから。
しかし、この場に居る冒険者最高位の者達は誰一人として、それに口を挟まない。
それは比較的、カイルと仲が悪いアリスにしても同様だ。
敵に対して容赦はしない、必ず報いを受けさせる。
これこそが、冒険者。それが、冒険者ギルド。
真にその本質を表していた。
「……では、この件はお客様が来てから改めて、という事で。次の題ですが……」
その時、一人の男が静かに部屋に入って来た。
「次の話は俺からだ」
「……かかっ。今回は欠席と聞いておったがの。……何用じゃ?アークボルト」
・序列三位
【雷神】『アークボルト』。二十歳。
白に近い金髪のミディアムヘア、灰色の目にサングラスをした男。
髪からは尖った耳が出ている。
シャツにハーフパンツの軽装で、一見冒険者には見えない。
しかしその身に纏う威風だけで、やはりこの男も怪物だと分かる。
「狼の小僧?なんだ、どうした」
ルイズがアークボルトに問いかける。
「クク……いや、な?面白い噂を耳にしたもんでな」
「ふむ?」
「なぁアリス。お前と一緒に居るらしい少年の話だ」
言い終えたアークボルトの首元に、氷の刃が突き立てられている。
「……だから、何?ここからは言葉を選びなさい」
「…………クク、ハハハ!やはり俺の予想通りらしいな!良く、なんの後遺症も無しで生きていたものだ!!」
躊躇無く、氷の刃が貫いた。
「クク……面白い、面白いな」
アークボルトはその場から動いてすらいないのに、刃に掠りもしなかった。
氷の刃は、剣先から溶け出していた。
「なぁ。アイツが生きていたんなら……良いよな?俺が……」
今度は言い終わる前に。
本気で、殺す気で銀の氷による攻撃を繰り出すアリス。
しかしそれすらも。
必殺の間合いで撃った魔法でさえも、アークボルトは難なく避ける。
「……殺しちまっても」
何処までも深い……恨みの感情を浮かべた顔で、そう言うアークボルト。
「貴方は……!恥を知りなさい!ゼオン様には何の関係も無い話でしょう!」
「というか待て待て。冒険者同士での殺し合いは御法度じゃぞ。アークボルト、お前さんも」
止めに入るサラ。
それを聞いて、ニヤリとするアークボルト。
「あぁ成程な。流石だな、アリス。相変わらず賢しい女だよお前は」
「私の名前を気安く呼ばないで!……でもそういう事、お生憎様ね!さっさと消えなさい!!」
「だがまぁ……俺も予想通りと言った筈だ」
「どういう事だ?我には分からん」
純粋に疑問を呈するルイズ。
その疑問に、わざとらしく恭しい態度で答えるアークボルト。
「簡単な事ですよ、女王。直接がダメならば間接的にいけば良い。そういう事です」
「何を言っているの……!?貴方、まさか……!」
「言ったろ、全て予想通りだ。……アイツを放って置いて、お前はこんな所で何をしてる?ギルドに入れて、策が成って、一安心か?……クク」
「な、にを……」
「残念だったなぁ。善後策迄、頭が回らなかったか?それとも熱に浮かれてたか、アリス」
「…………っ!!ゼオン様ッ!!」
転移魔法で何処かに飛ぶアリス。
その魔力の残滓を見ながら、アークボルトは高笑いする。
「……遅い。クク……ハハ、ハッハハハ!!!!」
「結局、良く分からん。紅の、お前分かったか?」
「いや俺様に聞かれても」
「…………」
成り行きを見守っていたサラは、厳しい表情で何事かを考えていた。
グウェインが声を掛ける。
「ギルド長、この場……どうします」
「ん?あー……まぁえぇじゃろ、取り敢えずはの。1人退席してしまったが会合を続けようぞ。……アークボルト、お前さんはどうする」
「いや?……俺の用事は済んだ。今日は帰る、じゃあな」
そう言って、アークボルトは部屋を後にした。
「ふぅ。全く誰も彼も、じゃな……さてマイルズ、次に行こうぞ」
「…………了解です」
予期せぬトラブルは有ったものの、会合は続く。
――――――――
「……じゃあ、ゼオン君は今まで其処に閉じ込められてたの?その……悪い、人達に」
「そう。僕にとっての、だけれどね」
「…………!」
街の片隅でベンチに座り、口調や呼び方が変わる程度には話し込んでいたゼオンとササラ。
話していたのは主にゼオンの事。
ゼオンは自分の身の上を話すつもりは無かったが、何故だかササラには話した。
亡国の王子だという事から始まり、今は魔王を名乗っている経緯も。
そしてそのうち、話題はゼオンの過去になっていった。
「そんなっ……!そんなのって……!」
まるで自分の事の様に、憤るササラ。
そんな様子を見て、ゼオンは自然と微笑んだ。
「……ありがとう、ササラちゃん。でも、今となっては……ほんの少しだけ、良かったと思えるんだ」
「……!?…………それは……どうして?」
「国が滅んで……何もかもを失ってしまった。そう、思っていた。……けれど、そうじゃ無かったと気付かされたんだ。なら、あの苦しい時間も決して無駄にはならないと……今は思える」
「…………ウチ、馬鹿だから良く分からない。……でも、その考え方が凄く悲しいのは……分かるよ」
「ごめんね……ありがとう。君のような優しい子に逢えたのも、きっと……今までの事が有ったからさ」
その言葉を聞いて、ササラがベンチから立ち上がる。
「…………!!……ウチは、そんなのヤだ!」
「ササラちゃん?」
「だってそんなの……!悲しすぎるもん!ウチと逢ったのが、そんなのの結果だなんて……!」
大粒の涙を零し、ゼオンの言葉に怒るササラ。
「…………!」
「ヤだよ……!ウチには、ゼオン君の辛さは絶対分かんない!分かんないけど、でも!そんな風に、思わないで……」
「……そうだね、今のは僕が悪かった。ごめんね」
ゼオンには、教養と知識が有る。
それは幼い頃に王族として、次代の王として、叩き込まれたものだ。
……しかし、事実として十年を失ったゼオン。
その失われた時の中には、本来、長い時間を掛けて培われるものも当然、多分に含まれている。
その中で今、如実に表れてしまった事。
――精神的な幼さ。
心の何処かで、自分の弱さを受け容れられない。
その弱さを心の奥底では否定したいが為に、取り繕ったり。
そして相手もきっとそうだろうと、考えたり。
それを正直に言葉として、表に出してしまったり。
大人でも、そういう者は、いる。
子供の精神を持った大人などは、掃いて捨てる程いる。
決して良し悪しの話ではなく、それもまた、人間というモノだ……と、断言出来るくらいには。
だが子供の精神を持った大人と、子供は、全く違う。
ゼオンの場合……というよりも、この場合の、大人と子供の考え方、その決定的な違い。
それは、他人の為の嘘を吐けるか否か、だ。
純粋で、正直。
ゼオンは良い意味でも、悪い意味でも……幼い。
奪われた時間を考えれば、仕方無い事ではあるが。
反対にササラは、歳の割にかなり成熟した精神を持っている。
ササラは兄カイルの三つ下、十二歳。
物心ついた時から本当の両親を知らず、義理の親に兄と共に育てられた。
兄はいつも家に居なかった。
それは、ササラを護る為だった。
カイルは幼い頃から冒険者として稼ぎ、稼いだ金を義理の両親に渡すのを、ササラはいつも見ていた。
その頃まだ身体が弱く、ベッドに寝たきりだったササラ。
そんなササラに、義理の両親は毎日、酷い言葉を投げかけ続けた。
それは決まって、カイルが家に居ない時。
日常的にそんな扱いをされ続けた感情は、いつしか兄……カイルにも向かった。
全部お前の為だと、一緒に居てくれないカイル。
幼すぎたササラにはそんな事は理解出来ず、自分は世界に嫌われていると……ベッドの中でいつも、泣いていた。
しかし遂に、兄が外へと連れ出してくれた日。
二人だけで暮らそうと、救ってくれた日。
そんな兄に対する悪い感情は消え失せ、自分も冒険者になりたいと願ったササラ。
願いは天に通じたのか、みるみる内に身体も良くなり……果てしない努力の末に望みは叶い、ササラは冒険者になった。
そしてその後、とある事件が起こり……結果、兄にも頼らず、一人で生きる事を決めた。
厳しい人生を歩んで来たササラの精神は、同年代の少女達と比べてもかなり大人びている。
そんなササラには、先程のゼオンの被虐的な物言いは、到底許せるものでは無かった。
今迄の不幸がまるで幸運だったかの様な、言い方は。
「だって……そんな訳、無いじゃない!悪いのは向こうだよ!?……良かったなんて、そんな訳……!」
「…………」
「ウチだって、ゼオン君に出会えて良かった!でもそれは絶対、そんなののお陰なんかじゃ無い!!」
「うん……」
「そんな……そんなの、ゼオン君が悲しすぎる!ウチは、ヤだからね!」
「分かった。肝に命じる、本当にごめんね」
「……ぅ、ぐす……」
「ね、どうか泣き止んで……僕の所為なのは重々承知の上だけれど、女の子が泣いているのは嫌だ」
「……何それ……あは、もう。本当に反省してるの?」
「本当に反省したよ……ごめん。もうしないから」
「……ぐす。……分かった、許したげる。でも今回だけなんだから……ふふっ」
「うん。ありがとう……ササラちゃん」
己の為に、己に真剣に怒ってくれる事。
ゼオンには、それはほぼ……初めてと言ってもいい、体験だった。
幼い頃にはあったかも知れない。
だがそれは遠い記憶の中の話。
ゼオンに未だ王族としての自覚すら芽生えていなかった頃の、遠い遠い記憶の。
「やだぁ。とっても青くて素敵ですわぁ……王子殿下」
不意に、女性の声がする。
「……!?誰!?」
ササラが反応する。
そのササラを護る様に、ゼオンが前に歩み出る。
「……僕らに何か?」
「いえ……用が有るのは殿下だけです。個人的な恨みは無いですけど、我が君の御命令ですの。どうかお許し下さいね」
緑色の、ウェーブが掛かった髪の女性。
女は、手に持った大鎌の様な武器でゼオン達に襲いかかる。
「きゃっ……!?」
魔力で作った影の手でササラを抱き、宙へと浮かぶゼオン。
「……戦うって事かい?」
「見れば分かるでしょう?……あ、話を聞かれた以上はもう、その少女も標的になってしまいましたわ」
「……な、なにソレ!」
「ウフフ……ごめんなさいね」
「ごめんで済むかぁ!……ひゃっ」
大鎌が鼻先を掠めていく。
ササラを抱えたまま飛び回り、戦い易い、開けた場所を探すゼオン。
「目的は僕の命?それだけか?」
「目的はそうですわ。手段は秘密ですけれど」
「?……どういう……」
「ゼオン君!前、前!」
「……っ!!」
全く意識していない方向から、高速で攻撃魔法が飛んでくる。
辛うじて躱し、そのまま宙を飛んでいく物体……だが、物体は大きく弧を描いてゼオンに再度向かって来る。
その魔法は、虫の使役魔法。いわゆる、森属性の魔法だ。
どんな効果が付与された魔法か迄は把握出来ていない為、取り敢えず躱し続けるゼオン。
「マジ?今の避けちゃうんだ。箱入りじゃないのかよ」
もう一人、宙に女性が現れる。
こちらも緑色の髪をした、しかしショートカットの女性。
「聞いてませんでしたの、フィオラ?Sランク相当の実力が有るかも知れないと、言われたでしょう」
「聞いてたよ。聞いてたけどさー、かもって言われても、ねぇ」
「なんなんですの?我が君の事が信じられないのですか」
「別にそういう訳じゃないけどさ。ディオーネは一々細かいんだよ」
「貴女が雑なんです!」
『ディオーネ』と『フィオラ』。
アークボルトと一緒に居た女性達だ。
「まぁ良いや。取り敢えず気合入れ直していこうか……ディオーネ」
「私は元々、十分でしたわ!」
フィオラの足下に、魔法陣が描かれる。
魔法陣から、緑色の霧が立ち昇り……その中から、何百匹もの蛾が現れる。
「ディオーネ」
「分かってますわ!」
ディオーネが魔力を解放し、掌から毒々しい色の、煙の様な物を宙に撒いていく。
「イヤぁ……気持ち悪いよぉ」
大量に湧いた虫に慄くササラ。
「虫と……なんだろ?毒……?」
「ウフ。分からないまま、お逝きなさいな」
「良し、行くよ……<緑々蛾>」
フィオラの合図で、蛾達が一斉にゼオンの下へ向かっていく。
蛾達はディオーネの撒いた煙を身に纏っている。
その光景はさながら、緑色をした、小規模の砂嵐の様だ。
「ゼオン君!」
「うーん、どうしようか。まだ魔力が収束出来てないし……武器も無い」
最初から襲うつもりだった相手方とは違い、不意打ちでいきなり戦闘状態に入ってしまった形のゼオンとササラは不利に陥っていた。
「……取り敢えず、ササラちゃん。今直ぐ浮遊魔法は使える?」
「え……う、うん。少しなら……」
「分かった」
言うなり、ササラを影の手で優しく遠くへ投げ飛ばす。
「ぅきゃあ!?」
「良し、来い」
緑色の砂嵐の様な何かがゼオンを飲み込んでいく。
その様子を、ササラは見ていた。
「え、ちょっと……ゼオン君!?」
「えー。おいおい、真正面から受けるの?」
「正気とは思えませんわ……それとも、強者の余裕かしら」
――――――――
一体何処へ……!?
転移魔法で宿へ戻ってはみたものの、ゼオン様の御姿は無かった。
ギルドや昨日行った店等も見て回ったが、見つける事は出来なかった。
一旦宿へ戻り店主に話を聞いたところ、どうやらお一人で外に出てしまった、らしい。
「私のせいだ……!」
お一人にするべきでは、無かった。
寧ろ会合にお連れするのが正しかったのだ。
些細な事を気にして、部屋でお待ちいただく等……今考えれば有り得ない。
下策も、下策だ。
こんな事にならない様に、ギルドに所属していただいた面もあったのに。
甚だ不本意だけど……あの男の言った通りだ。
私は熱に浮かされて、愚かな判断をした。
ゼオン様という熱に。
……そうそう簡単に、ゼオン様が害されるとは思わない。
だけど……相手はあの男。
何が有ったって不思議じゃない……!
「ゼオン様!!いらっしゃいますか!ゼオン様ー!!?」
街中を飛び回りながら捜す。
しかし、見つからない。
かなり広い街中を、流石に目視と声だけでは、どうしようもない。
感知魔法を行うにも、人が多過ぎて探知は難しい。
更に声も、祭りの様な喧騒で遠くまでは届かない。
ゼオン様はまだ、通信魔法を使えないし……。
どうしよう、どうすれば……!?
焦りはどんどん大きくなっていく。
でも、今はとにかく、大声を出し続けるしか……!
「ゼオン様!?何処ですか、ゼオン様!!!」
「……アリス?」
地上から名前を呼ばれ、思わずそちらを振り返る。
「ゼオン様!!…………!?」
「……そんなに慌ててどうしたの?」
「…………ダグニー……!?どうしてこの街に……!?」
「……自分の国に居てなにかおかしいの?」
そういう意味じゃない!
どうして、こんな時に……!
ダグニーが空に上がって来る。
「お願い、ダグニー!今だけは放って置いて……!緊急事態なの!!」
「……それ。さっきから呼んでいるけど……彼になにかあったの?」
「くっ……!」
教えたく無い。教えたくは無い、けれど。
背に腹は代えられない、わよね。
「……ゼオン様の行方が分からないの!それに、それに……お命が危ないかも……!!敵に襲われているかも知れないのよ!!」
「……敵?敵って…………良いよ、わかった。わたしも捜すのてつだってあげる」
「本当!?」
「……アリス、貴女は犯罪者……だけど。ゼオンはちがうでしょ。わたしは騎士なのだから、人々を護るのはあたりまえ」
「この際、協力してくれるのならなんでも良いわ!ならダグニー、貴女は南をお願い!!」
ダグニーにそう伝え、街の北側に捜索範囲を広げる為に飛行する。
飛行しながら、後ろからダグニーの呟きが聞こえた……気がした。
「……ゼオン、今度はわたしがたすける。助けてみせるから」
――――――――
緑色に飲み込まれたゼオンは、その中で、その身を以て敵の魔法を解析していた。
「緑の蛾の鱗粉、これは視力低下の効果と……麻痺毒かな?……純粋な魔力効果じゃない分、僕にも少しだけだけど効いてしまっているな」
目を擦りながら、次にディオーネの魔法も解析していく。
「これは何だろう、魔力の胞子?……カビみたいな物かな。体内へ物理的に干渉してこられると厳しいなぁ。少し息苦しい」
蛾の周りに付着したモノをまじまじと観察する。
ササラを安全な場所に移した途端、敵の魔法に身を晒したゼオン。
好奇心と、実力から来る余裕がそうさせたのかも知れないが。
モロに、悪い部分……子供っぽさが、出てしまっていた。
「……あれ、少し頭がクラクラするかも」
「当たり前でしょう、私達の魔法をそんなに吸い込めば。貴方の種族的特徴を、我が君が策に組み込んで無い筈がありますか。貴方に状態異常が効きにくいのは織り込み済みですわ」
「ま、いくら魔力が強くても……ディオーネ風に言うならまだまだ青い、って事?自分の能力を過信しすぎだよね、君。ていうか舐めすぎ」
フィオラの操る巨大な蛾の高速体当たりを頭に、ディオーネの振る大鎌を身体に……まともに喰らう。
「う、ぐ……!!」
ゼオンはそのまま、地上の建物と建物の隙間に墜落する。
一応、防御魔法は使用していた。
とはいえ、ゼオンのそれは例えばアリスの様な、強者達の技量・強度には遠く及ばないし、瞬時に多くの魔力障壁を展開する事も未だ出来ない。
ゼオンは強い。
だがそれはあくまで、生来の魔力量や魔力を扱う技量の話。
高度な魔法戦闘の中で必要不可欠な戦闘技術や判断、戦闘の痛みの中での魔力コントロール等は身に付いていない。
これらは唯一、戦闘経験のみで積み上げられるモノだからだ。
特に、防御面は。
攻撃を喰らい、高い位置から地面に叩きつけられて……それでも今、然程ダメージを受けていないのは、偏に肉体的強度のお陰であった。
「いたた……」
「……聞いていた通りの化物ですわね。まともに入った筈なのですけど」
「ま、アークボルトが念押してたくらいだからね。でもこれで……」
「えぇ。任務完了迄もう少しですわ」
そう言って、ゼオンを追い地上へ降りていく二人。
そこへ、後ろから攻撃魔法が飛ぶ。
火魔法……ササラだ。
「待ちなさい、ウチも居るんだから!」
数十の大きな火球が二人を追っていく。
「中級……いえ、上級火魔法?歳を考えればかなり優秀ですわね」
「あの子、灰燼の妹だったっけ。やっぱやるなー」
ディオーネが大鎌で火球を迎撃する。
ブオッ……と、一振りで半分程を掻き消した。
「フィオラ」
「はいよ」
フィオラが一際大きい個体の蛾を操り、その巨大な羽ばたきが生み出す風で残りの火球を吹き飛ばす。
「嘘っ!?」
「でもまだまだ。君もね」
フィオラが何匹かの蛾をササラに差し向ける。
バサバサバサ…………と嫌な音を立てて、ササラへ飛んでいく蛾達。
「えっ、ちょっ……キャー!!」
「そこで虫と遊んでなさい、任務達成が先ですの。行きますわよフィオラ」
ササラの放った渾身の上級魔法を難なく迎撃した二人は、ゼオンの目の前に降り立つ。
「さて……王子殿下。そろそろ、私の魔法が効いてきたのではなくて?」
「……これは一体なんだい?さっきからまともに魔力が……練れない」
「折角ですから教えて差し上げますわ。私の魔力は森属性、魔法は胞子魔法。私が作り出すカビの胞子は……魔力が餌ですの。特に、殿下の様な大きな魔力は大好物です」
「成、程……だから、状態異常無効の僕にも……効くんだね」
「そういう事。肉体に直接作用するタイプじゃなければ、いくら君でもどうしようも無いよねー。魔力を奪われた状態なら、鱗粉による異常も少しくらいなら通るでしょ。ていうか実際効いてるしね」
「そう、だね……身体が、上手く……動かせないや」
「とは言え私達の力ではこれ以上のダメージは望めそうにありません。攻撃を食らっても、勝手に回復する身体なんて卑怯ですわ。元々の強靭さもありますのに」
ゼオンの身体は、魔王の鎧も含めて今や完全に修復していた。
あくまで外傷……ダメージは、だが。
「……こちらの任務は完了しましたわ、後は任せましたわよ。座標は分かりますわね?……えぇ、それでは」
誰かと通信しているディオーネ。
通信を切った途端、戦場に二つの影が乱入してくる。
小さな影が勢いそのままにディオーネにぶち当たり、大きな影がフィオラに上から大きな武器を振り下ろす。
「正義の味方さんじょー!!」
「はいは〜いぃ、王国騎士団だよぉ」
王国騎士、リタとファナだ。
衝撃を逃すために咄嗟に宙へと飛んだディオーネが叫ぶ。
「……王国騎士ですって!?どうして貴女達がこの街に居るんですの!!?」
振り下ろされたファナの戦鎚を、すんでのところで身を捻って躱したフィオラが騎士に尋ねる。
「あっぶな……!……そうそう、なーんで君達が居るのさ。これってギルドとの協定違反じゃない?」
「……なんでだっけ?」
「コレは王様も一緒の正式な訪問だよぉ。ギルドにも話は通してるのぉ。その上での王国における治安維持活動・介入だからぁ、そこよろしくね〜」
「何を言ってますの?……訪問?一体、何の目的で……」
「……あー。分かったよディオーネ。アレだよアレ、灰燼の妹の件。上で蛾と遊んでる子がなんだかって、アークボルトが言ってた奴。ていうかそれよりも、君達……女騎士って事は多分、第5軍だよね?もしかしてさ……」
「ん〜?」
「来てるの?」
「何の事!?」
「あ〜、団長の事ぉ?うん、来てるよぉ。というか来たよ〜」
「……え」
フィオラが、ファナが指差す上空を見る。
そこにはバラバラに散らされた己の蛾の残骸と、それをやった王国最強の騎士が居た。
「……みつけた」
空気が振動する。
風姫……ダグニーが、一気にその魔力を解放した。
「ひっ……!な、なんなんですの!?なんであの女まで……!」
「これヤバい、ディオーネ。準備、急がせて」
「わ、分かりましたわ……!」
「ゼオン君、大丈夫!?」
蛾から解放されたササラが地上へ降りてきて、ゼオンに駆け寄る。
「う……ん、大丈夫。ありがとう……あの人達は……?」
「王国騎士って言ってた。味方だと思うよ」
「そっか……」
「どうかしたの?」
「ん、いやなんだろう……あの強そうな人、なにか……どこかで……?昔、いや最近……」
ダグニーも地上へと降りてくる。
「……今のでこの場所にきづいたよね。……リタ、ファナ……だいじょうぶ?」
「全然大丈夫!まだ戦っても無いし!」
「僕も大丈夫〜」
「……ん、良い子たち。……で、何処かで見たような貴女達はだれ?もくてきは?」
「わ、私達は……」
「雷神……アークボルトのパーティメンバーだよ。目的はそこに居る少年」
「……フィオラ!?」
ディオーネに対し、小声になるフィオラ。
「どうせ全部バレてるよ、ディオーネ。それより今は時間を稼ぐほうが大事」
「……何を企んでるかわからないけど。わたしが来たいじょう、全部無駄におわるよ」
「どうかなー。一応私達はギルドに所属してる、れっきとした冒険者だよ。いくら団長クラスでも、個人の判断で裁いちゃって良いのかな?」
「そ……そうですわ!いきなり現れてこちらが一方的に悪い様な言い方をしてますけど、非はあの少年の方に有るかも知れませんのよ!」
「……どう見ても悪者は貴女達だとおもうけど。……別にどっちでもかまわないよ、わたしはわたしの護りたいものをまもるだけだから」
ダグニーが剣を構える。
「な……何を言ってますの!?そんな、風姫と呼ばれる程の騎士が、子供みたいな事を……」
「知らなかったよ。ダグニー・シルフィードがこんなに幼稚だったとはね」
「……子供でも幼稚でもどうでもいい。護るべきものをまもる……それだけがわたしの、騎士としてのほこりだから」
「なんなの、こいつ……!?」
「……あ。……でもその必要もなくなったかも。……残念だけど」
「ど、どういう事ですの!?」
「……ほら、きたよ。わたしよりよっぽど我儘な、りふじんが」
「は…………」
ディオーネとフィオラが空を仰ぐ。
そこから降ってくる、恐怖の具現。
銀の氷と呼ばれる、怒れる魔人。
アリス・フラワーガーデンだ。
アリスは、地面に座り込むゼオンを視界に捉えながら、咎人達に語りかける。
「覚悟、出来ているのよね?」
「っ!!!」
「ギルドのルールなんて関係無い」
「飼い主共々、この世界から消してやる」
「貴様らはそれだけの事をしでかそうとしている。決して許されない事を」
一言、発する度に。
その魔力は大きさを増していく。
言葉だけで身体の芯から凍らされる様な、恐ろしい冷たさを纏って。
「……!覚悟……覚悟なら、いつでも出来ていますわ」
「……そうだね、ディオーネ。だけど……」
「だけど、何?私から逃げられるなどと思わないでね」
「だけど……貴女の相手は私達じゃない」
「そういう事ですの」
轟音と共に戦場へ、またも乱入者が現れる。
白い雷でその身を覆った男が。
「よう。盛り上がってるか、お前等」
「我が君!」
「タイミングぴったり過ぎない?視てたでしょ、アークボルト」
「クク。まぁそう言うなよ」
「わざわざ殺されに来たの。ご苦労様ね、塵」
「自分から死にに行くような馬鹿じゃないさ、俺は。いやなに、仲間が殺されそうになってるのを放って置けなくてな」
「…………巫山戯た事を言わないでくれる?」
アリスの魔力が膨れ上がる。
「……クク、俺は昔から正気だよ、ソレに関してはな。何度でも言う、おかしいのはお前のほうだ……アリス」
雷鳴を轟かせ、アークボルトの魔力もどんどんと大きくなっていく。
「あぁそう。……どうでも良いわ、今は」
「そうだなぁ。お前と闘るのは初めてだったか?楽しくなりそうだ」
「大概にしてくれる?お陰で頭の血管が切れそうよ」
アリスがアークボルトに攻撃を仕掛ける寸前、ダグニーに通信魔法で話しかける。
「ゼオン様をお願い」
「……最初からそのつもり。存分に戦ってきていいよ」
「行くわよ。せめて粉々にしてあげるわ……アークボルト」
「ハハハ!来いよアリス!!」
アリスが放った氷の魔力。
その青白い光線がアークボルトへ着弾する前、何処かから……確かにアリスの耳に声が届いた。
「リーダー。準備、完了したの」
「クク……ハハハ!!!!なーんちゃって、だなぁ!!」
アリスの攻撃を雷の速度で避けたアークボルト。
そのままディオーネとフィオラを掴み、不可視の魔法が掛けられていた魔法陣の上に移動する。
魔法陣の上には、三人の他にいつの間にかもう一人、灰と白の髪色をした少女が立っていた。
「……!!?何……!?」
「ハッハハ!!間抜けだな……アリス!!起動しろ、ルーナ!」
「おーらい」
この事態に、いち早く反応したのはダグニー。
もう一つ、突如現れた魔法陣の上に居るゼオンとササラの下へ、目にも留まらぬ速度で駆けつける。
咄嗟の事に、愛剣を置き去りに。
「えっ、なになになに!?」
「コレは……!?出れない……!」
「……わたしに掴まって、ふたりとも」
「団長!?」
「何のつもり……!?……アークボルトッ!!」
「クク……じゃあなアリス、俺達は逃げる。で、あいつらは転移で飛ばす。この国じゃない、世界の何処かに在る最上級ダンジョンの最下層までな!!」
「アリス…………!!」
「待ってっ……ゼオン様!ゼオン様ぁっ!!」
辺りが強い光に包まれ、それが収まった時。
その場に残ったのはリタとファナ、そして……アリスだけだった。
「……嘘ぉ」
「どうしよファナ!団長が!」
「ゼオン様……ダグニー……!」
――――――――
Sランク会合が続く大会議室。
「……正気か?王よ」
「うむ。本来謝罪に来た身で、余としては誠に遺憾ではあるが……そういう結論に至った」
「上等じゃねぇか……!意味分かって言ってんだよなァ!?」
「当然だ、灰燼……紅の少年よ」
「少し冷静になっては?この様な結論、どう考えてもおかしいだろう」
「うむ」
グウェインとゲンオウが何とかならないかと、王の説得に掛かる。
しかし……
「貴殿達が何を言おうが、余の考えは変わらん。良いか、冒険者ギルド長……サラ殿」
「……………………」
「今此処に。我が王国は冒険者ギルドに対し、宣戦を布告する」
「…………!」
「では、余はこれで失礼する。いずれまた戦場で相見えようぞ」
「王……!」
「舐めやがって……テメェ、覚悟しとけよコラァ!!」
一度も振り返る事無く、ドルバード王は部屋を出ていった。
――世界は混迷を深めていく。
二章『冒険者ギルド』全編、これで幕となります。
三章へ続きます