冒険者ギルド(中編・前)
――――王国・王城【エアリウム城】――――
王国の王都【サンクチュアリ】の中心部に、五十メートル程も積み上げられた高台の上に建てられた城。
魔法を弾く特殊な鉱石で錬成された恐ろしく頑丈なレンガを使って作られた高台はその周りを深い堀で囲まれていて、一切の敵の侵入を許さない。
唯一、城に繋がる緩やかな坂道にはやはり同じ材料を使った堅固な城門が有り、そこには何名かの騎士と二百名の兵士達が常駐している。
その門を抜け、遠くに見える雄大な自然と賑やかな城下町を眺めながら幅広な、大きな坂道を進むとやがて見える、絢爛で有りながら荘厳な、巨大な城。
――この国の王が住む【エアリウム城】である。
この城の二階・西エリア。
そこに王国諜報部の本部が有る。
――――――――
「……まだ連絡は来ないのか!?小娘1人の拉致如きにどれ程掛けるつもりだ!」
およそ諜報部員とは思えない態度で声を荒げる壮年の男。
王国諜報部長『ラウル・スワンレイク』。
王国貴族・スワンレイク公爵家の現当主。
でっぷりとした腹と低めの背、広めの額の青髪の、王国貴族が主に着用する白を基調としたスーツの様な服を着た男。
スーツには胸の部分に王国の紋章が入っている。
ラウルは傍らに控える諜報部員の1人にその苛立ちをぶつけていた。
「未だ連絡はありません。もしや失敗はおろか始末されたのでは、と……」
「巫山戯るんじゃない!失敗が何を意味するか分かっているのか!!」
ラウルは手元にある置物を咄嗟に掴み、そのまま部下に投げつける。
「……!……いえ、閣下。恐れながら申し上げますが相手はあの灰燼です。任務失敗の可能性は最初から十分に考えられたと愚考します……もしそうなっている場合、その先の対応は如何程に。このままでは陛下の怒りすら買います」
失敗し、その先の事など露程も考えていなかったのか。
暗にそう言っていた。
「先日の魔国での件、わざと情報を流した例の作戦も……失敗に終わっています。やはり帝国等、信用するべきでは無かったのでは」
ラウルは滝の様な脂汗を流す。
「私の作戦に穴等ある筈が無い!あの王子の封印が解かれたのも、私の意図した事では無い!!……今回も、何も灰燼本人を捕らえよと言っている訳では無いではないか!……何故こんな簡単な事も出来んのだ!貴様らは!!」
自分は全く悪くない様な口ぶりでまくし立てる。
実際には作戦も何も無い。
今回も、捕らえよと命令だけを出して、後は部下達に丸投げだ。
今、部屋の中に居るラウル以外の数名の諜報部員達は新たに集められたメンバーでは無く、ラウルが諜報部長になる以前からの僅かに残った精鋭である。
ラウルを見て、全員が頭の中でこう思う。
この上司は【無能の極み】だと。……安全地帯で醜く肥えただけの、ただの良く鳴く豚だ、と。
金を掴まされたのか、下卑た欲望の為か。
それとも虚栄の為なのか……。
ラウルは今、誰かの掌の上で踊るだけの人形だ。
――そもそも、冒険者ギルドというモノは王国……いや世界の、どの国であろうがおいそれと手出しが出来る存在では無い。
冒険者。
その総数は世界中で八千万を優に超える。
それが全て一つの組織に属している様なものだ。
しかしギルドは政治や戦争等には一切関わらない。標榜するものは唯一【自由】だけ。
……ギルドは損失を許さない。
元々、クエストでの人的被害等を減らす為のランク制度であるし、出来るだけ冒険者を守る為の制度も万全に敷かれている。
勿論、それでもクエスト上で命を落とす者もいる。
予期せぬ事故、モンスターにやられての死亡。
それらに関してはギルドも理解しているし、犠牲者の遺族への対応も忘れない。
……だが。
他の組織や、ギルドに属していない犯罪者、個人。
それらに真っ当な冒険者が理不尽に被害を受けた場合。
ギルドは総力を上げて報復にかかるのだ。
世界中に存在する支部、冒険者の名を持つ実力者達。
その巨大な情報網。
更には莫大な資金。
国にすら意見出来る強大な圧力。
これらを以て、ギルドは対象に即座に思い知らせる。
【自由】に仇なす愚かさを。
この世界に生きる者ならば誰でも知っている。
安易に冒険者・ギルドには手を出すな、と。
「……大体!!貴様らが最初に反対せんから……!」
「…………閣下。私どもは卑しい身分の出であります。故に貴族様への反対意見など出せはしません」
元々、大貴族が諜報部長など……組織として歪んでいる。
前任の頃は全く違ったが、現在はラウルがまるで私兵の様に扱っているだけの組織に成り下がっていた。
「……なんだその目は!?貴っ様あぁぁ!!」
ラウルが諜報部員の男を殴りつける。
「ふざけるな、巫山戯るなよ!!私があの男……『フェシル』に劣っているとでも言うつもりか!?」
「……っ、いえ、閣下。決してその様なつもりでは」
「黙れぇっ!!」
二発、三発と。
感情のままに殴る。
……あまり、効いていない様子ではあるが。
「はぁーっ、はぁーっ…………!」
諜報部と言えど、立派な軍部。
その長がこれくらいで息を上げているのは……まぁ、情けない。
「忌々しい……!昔からいつもいつも、私の邪魔をしやがって……!」
ラウルが零した名前。
フェシル……
『フェシル・エアフォールン』。
王国貴族エアフォールン伯爵家の現当主。
王国騎士でもあり、元・第五軍団長兼、諜報部長。
現在は、突如として職を辞する旨を記した書簡を残した後に行方不明。
「騎士学校での首席!金!女!……少しばかり顔と能力が良いからと私から不当に、何もかも奪いやがって……!あの下等貴族が!!」
今度は物に当たりだすラウル。
額にして数百万は下らないだろう備品を次々と壊していく。
因みにラウルは騎士では無い。
騎士学校の成績も、次席ですら無い。
ただの嫉妬……お門違いの、逆恨みであった。
「……だがやっと邪魔な奴が居なくなった!これから私の活躍、時代が始まるのだぞ!!こんな事で失敗などしていられるか!」
……その器では無いのはともかくとして。
間接的に……いや、ラウルは理解していないがほぼ直接的に。
誰かの口車に乗り、情報漏洩を行い、結果……ゼオンを封印から解き放ち、逃がしてしまった焦り。
このままでは今の立場すらも危ういだろう。
――それだけで今回、ラウルは冒険者ギルドに対しての暴挙とも言える独断行動を取っていた。
下手をすれば王国は、冒険者ギルドを敵に回してしまうかも知れないというのに。
「魔国での失敗を帳消しにしろ!!帝国に借りなど作ってたまるものか!!王国で唯一のSランク冒険者を手駒にし!……私が軍団長に名乗りを上げるのだ!!この私が諜報部などと、こんな場所にいつまでも居てたまるか……!」
諜報部長の任に就く前には、王国第四軍団の師団長を務めていたラウル。
その劣等感も、暴挙に拍車をかけていた。
「大体、あのいけ好かない辺境伯家の娘はともかく……!少しの間だろうが、私が……公爵であるこの私が!あんな平民上がりの成り上がりの部下だった事も……!!許される筈が、あるかぁっ!!」
「正すのだ……私が!王国を!元の姿に!!」
暴れるだけ暴れて、結局ラウルからは何の解決案も出はしなかった。
諜報部員達には、何も出来ない。
この事態を陛下に進言しようにも……ラウルを任命したのは他ならない、王なのだから。
今の王国の王は実力主義を取っている。
戦いが彩るこの世界では、それは正しい。
しかし王と言えど、長く続く貴族制度を完全に無視する事など出来ない。
それが、歪みを生む。
世界の何処にでも愚か者は存在する。
性質の悪い、権力を持った愚か者が……歪みを作る。
歪みは王が預かり知らぬ所で徐々に大きくなっていき、やがて国を揺るがす毒になる。
――――【骨折り洞窟】――――
「ね。大人しくその娘を置いていってくれたなら、見逃してあげても良いよ」
薄暗いダンジョンの中、二人の男達と対峙するゼオン。
男の一人が担いでいる女の子は気を失っているのか身動ぎもしない。
「馬鹿な事は止めようよ。ね?……君達は、その娘に一体なんの罪が有るって言うんだい?」
ゼオンが黒の魔力を収束させていく。
アリスに負けずとも劣らない、強大な圧力。
それを以て、男達を説得に掛かる。
「っ……!……貴様、我らを誰だと……!王国に歯向かうつもりか……!?」
「そうだ、マヌケが!こちらには人質もいる!退くのはお前のほうだ!!」
「……君達も結局、さっき始末した人達と同じ……馬鹿なのか?」
「何!?上の連中も、貴様が……!?」
「うん。殺したよ」
黒の魔力が集中していく。
薄暗い中で、ゼオンの周りだけが更に暗くなっていく。
「……ね。一応は諜報部員なんだよね?君達は。それなのに咄嗟の状況判断も出来ない。任務に殉じる事も出来ない。己の命惜しさに、いの一番に逃走を図る。だけどそれすら満足に出来ない……なんなの?君達の王様は。随分と愚か者なんだね」
「貴様ぁ!陛下を愚弄するか!!」
「ん?……いや、そっちじゃなかったけれど……まぁ、同じか。そうだよ、僕は君達の王を否定する」
「意味を分かって言っているのだな、小僧……!」
「僕は君達、王国の様な馬鹿では無いつもりだよ」
「貴様は……!王国によって惨い死を遂げるだろう!!王国に対するその侮辱……!物言い!到底許されるものでは無いぞ!!」
その言葉に。
ゼオンの魔力……怒りは膨れ上がる。
「もう黙れよ。お前達は何様だ」
「な…………」
「侮辱だ?お前達が俺から奪い去っていったモノはこんな程度では済まんぞ」
「貴様、一体……」
「誰だか知りたいのなら教えてやるよ。俺が魔王ゼオンだ」
漆黒となった魔力の中を、ゼオンが着る魔王の鎧に散りばめられた宝飾だけが輝いている。
「ま、魔王!?……馬鹿を言うな!【魔王】はとっくの昔に……」
「殺した筈だって?……あぁ、そうだな。お前達、世界は……我が父、魔王ザンクを滅ぼした」
「父、だと!?」
「……少しは自分で頭を回せよ蟲共。やはり生かす価値など欠片も無いな」
「だ、だが!お前はどう見たって竜人族ではない!その禍々しい魔力は……!」
「俺の魔力がどうだろうと、お前達には関係が無い。お前達に今出来るのはその下らない人生を振り返り赦しを乞う事だけだ。お前達の……糞みてぇな【神様】とやらにな」
「神……だと?一体何を……」
「さて……意味の無い問答は終わりだ。準備も整った……実を言えば最初から逃すつもりも無い」
ゼオンの直上、宙に魔法陣が描かれていく。
「<影人形>」
ゼオンの足下から異形の影が何体も這いずり出る。
ソレらはうぞぞぞ、と高速で男達に纏わりついていく。
「う、うわぁぁぁああ!!」
必死に異形から逃げ出そうとする男達。
その拍子に、肩に担がれていた少女が宙に投げ出される。
すると一体の影が少女を空中でキャッチし、ゼオンの元まで運ぶ。
「息は……あるな。大きな傷等も無い……か。良かった」
「な、何故に魔王がそいつに味方する!?お前にはなんの関係も無いだろう!」
異形に絡み付かれた男がそう叫んだ口に、異形が触手状の体を捩じ込む。
「ごォ!!」
男は抵抗しようと異形の影を掴もうとする。
しかしその手は影をすり抜け、虚しく宙を搔くだけだ。
少女を両手で抱き上げながら、ゼオンは怒りと侮蔑の表情を浮かべる。
「関係が無ければ誰かが誰かを助けてはいけないのか?……どこまで愚かで傲慢なんだ、お前達は」
片方の男が叫ぶ。
「ふっ……はははは!魔王が……偽善だと!?死の間際に笑わせてくれるな!」
「俺の善は俺が決める。何が悪で、偽物かどうかも俺が決める……それを否定等、誰にもさせない」
「…………!!」
「じゃあな」
未だ何か言いたげな目をしたまま、先の男と同じく口から触手を体内に捩じ込まれた男は、二人揃って影の中に溶けていく。
そのまま影は地に還り、元の平坦な地面に戻る。
まるで何事も、何も無かったかの様に……後には死体も残らなかった。
――――――――
「よい……しょっ、と。ふぅ……この辺りで良いかしら」
ゼオンが男達と邂逅する少し前。
アリスは一人で、男達が向かってくる方向と真逆の方向に進んでいた。
上層に上がる階段から、なるべく遠ざかるように。
ゼオンの想いを、邪魔させない為に。
そのまま暫く待つ。
遠くでゼオンの魔力が徐々に高まるのを感じていると、待っていた者が姿を現す。
「……なにしに此処に来やがった、テメェ」
アリスの前方から、凄まじい熱の塊が歩いて来る。
陸地を焦がし、氷を中のモンスターごと蒸発させながら。
カイルが踏みしめた足跡が赤々と光る。
「あら、流石に近くの大きな魔力は判るのね。それにしても鬱陶しいわね……ちょっとその熱、下げてくれないかしら。暑いのよ」
「巫山戯てんじゃねぇぞクソ女。目的はなんだ……ササラは何処にいやがる?答えによっちゃタダじゃあおかねぇ」
「……さぁ、何処かしらね?私は知らないわ」
「テメェっ……!!」
「何?自分の不手際……能力不足を私の所為にするのかしら。知らないって言ってるじゃない」
「…………ぶち殺す」
カイルが熱量を更に解放しようとしたその時。
足下に、アリスが事前に用意していた巨大な魔法陣が現れた。
魔法陣が光る。
「……あァっ!?転移魔法陣だと!!?」
カイルは即時に地上へ、その熱ごと転移させられる。
「ホント、莫迦ね。頭に血が上ってこんな簡単な罠にも気付かないなんて……やっぱり、あんなのと一緒くたにされたくはないわね」
汗で張り付く髪を手で流すアリス。
Sランク冒険者同士のこの場での戦いは、回避された形となった。
アリスの思慮深さによって。
「……さて、と。早くゼオン様のお側へ戻らなきゃ」
氷の魔力で体温を下げて、汗を素早く引かせる。
簡単な洗浄魔法で身綺麗にして、服と身体を整える。
そうして元通りになったアリスは、飛行魔法でゼオンの下へ向かった。
――――――――
――何コレ!?どういう状況!?
頑張って恐怖に耐えながら、黙って運ばれていたら知らない男の子の、なんだかとても優しく感じる声がした。
……何があっても微動だにしないのは得意だ。……不本意だけど。
目を閉じているから状況は全然理解できないけど、男の子はどうやらウチを助けに来てくれたみたい。
て事は、冒険者?
……でも、聞いた事の無い声。
少なくとも今までギルドでは見たことも無い男の子だと思う。
勿論、ケイブ支部の冒険者全員を見知っている訳じゃないけど……こんな印象深い声、一度聞いたなら忘れないハズ。
それにこの魔力の強い気配……かなりの実力者だ。少なくともB、いや……Aランク?
……他の支部から来た人なのかな?
頭の中で分析を進めていたら……急に男の子の魔力がとんでもない気配に変わる。
それと同時に、男の子の声が……暗く、強くなった。
コレ、もしかしてお兄ちゃんと同じくらい……。
喋っている内容はウチには難しくて分かんないけど、男の子が名乗った異名……称号は流石に知っている。
…………魔王。
故郷の長老から聞いたのを思い出す。
世界中の国の敵、だった者。
私達アースランドの民の、救世主になるハズだった、人。
その、息子……。
――不意に、身体が浮く。
直ぐに何かに包まれて、強い気配の方に運ばれる。
……っ!?
これもしかして今お姫様みたいに抱っこされてるの!?
ちょっ、えっ……!?
魔王の息子って事は、……本物の王子様…………!
男の子はウチの無事を確認すると、何処までも優しい声で「良かった」と言ってくれる。
我慢しきれずに薄目を開けて、その顔を見る。
黒い魔力の中のその顔は……今まで会ったどの男の子よりも輝いて見えた。
心臓が跳ねる。
身体中が熱を持っていくのが、自分でも分かるくらい。
もう、動かないのは無理だ。
たぶんこのままでは、意識があるのはバレてしまうだろう。
なんだかいつの間にか戦いも終わって助かったみたいだし、意を決して言葉を発する。
「…………あ、あのぅ」
――――――――
ゼオン様の下に戻ると、信じられない光景を目の当たりにした。
「あなたは……」
「あ……気が付いたんだね。僕はゼオン。ササラちゃん……だよね?君を助けに来たんだ。無事で良かった」
「あ、あの……」
「……ん?」
「ありがとう……ございます」
「うぅん、気にしないで。君が無事だったならそれで良いんだ」
少女の顔は今にも火が出そうなくらいに真っ赤になっている。
な、な…………!
なんであの少女はゼオン様に抱き上げられているの!!?
……いや、分かるけれど!
ゼオン様の優しさは知っている、けれど……!
――咄嗟に雷速移動を発動する。
「ゼオン様!?」
「わ、びっくりした。……どうしたのアリス、そんなに慌てて」
「その、その……!っ……その子……!」
「あぁ、うん。無事に助けられたよ」
「いえっ、あの……!わ、私がお運びしましょうか!?」
「え?うぅん、大丈夫。とっても軽いし……このまま僕が地上まで運ぶよ」
……今だけは、ゼオン様の優しさが憎らしい…………!
なに!?……少女!
なんなの、その顔は……!?
とても嫌な予感がする。
……祖父の言葉が頭の中をリフレインする。
強敵……!?
「……アリス?……地上に戻らないの?」
「……はいっ!?あ、……ハイ!そうですね!戻りましょうね!」
「?……う、うん」
動揺を出来るだけ隠して、転移魔法を起動する。
隠して……隠せて、いるわよ……ね?
――――王国・辺境都市【ケイブ】――――
支部長室兼、資料室の中でマイルズは一枚の資料を手にして考えを巡らせていた。
「今回の件……どの様に責任を取らせるべきか……。まぁ、Sランク会合が近いのは幸運だった」
今回の件。
Cランク冒険者『ササラ・アースランド』の、王国による誘拐未遂である。
王国に対しギルドとして、然るべき処置は取る。
だがしかし、いち支部長が個人の判断で決められる枠を大きくはみ出しているのも事実だった。
「ここは、やはりギルド長に判断を仰ぐべきだね……いやはや、情けない」
髪をくしゃくしゃと掻くマイルズ。
「先駆けて魔法通信で連絡を取るか、否か……んん、取るべきだね。あの人はギルドの事になると直ぐ行動に移しかねない……先に情報だけでも伝えておくほうがまだ安心だ」
机の引き出しから、通信の為の魔道具を取り出す。
取り出したそれに魔力を注ぎ、通信魔法を起動する。
「……聞こえますか。ギルド長」
「ん?おぉ、聞こえとるぞ。誰じゃ?」
「こちらケイブ支部。支部長マイルズです」
「マイルズか。どうした?今、ゆったりと旅を楽しみながらそっちに向かっておる所じゃが。何ぞ問題でも起きたかの」
「その通りです。しかもかなりの」
「なんじゃなんじゃぁ……また火の玉小僧が何かやらかしたか……かかっ」
「いえ……今回は逆です。我がギルドが被害を受けました」
「……なに?」
マイルズは事細かに経緯を説明した。
「はぁ〜……ん。成程、王国がの。……あい、分かった。方法は私が考えておく。……それよりも、その小僧」
「銀氷が連れてきた少年ですね。報告に拠れば、王国の諜報部員はその少年が1人で片付けたと……」
「そうそう、そいつじゃ。名はなんと言う?」
「ファーストネームだけですが、確かゼオン……と」
「……!やはりのぅ。やはり生きておったのだな」
「ご存じなのですか?」
「まぁな……なら、銀氷……アリスも今回の会合に来るのじゃな?」
「えぇ。その承諾は取りました」
「かっかっかっかっ……!久し振りに楽しくなりそうじゃ!マイルズ!会合の準備は出来ておるな!?」
「万事抜かり無く。……では、これで通信を終わります」
「うむ、ではの!そっちで会おう!」
マイルズは通信を切る。
「いやぁ……どっと疲れたね。あの人と喋るのはいつも緊張する」
「銀氷が連れてきた少年。……まぁ正直に言えば予想はついている。あの銀氷が敬う存在。それにゼオン……昔に何処かで聞き覚えの有る名前。それらから察するに、あの子は多分……」
椅子に倒れ込む。
そのまま全体重を預けて暫く気を落ち着かせていると……屋上から転移魔法の気配がした。
「んん。彼等も戻って来たようだね」
急いで応接間に向かい、出迎える準備をする。
怪物揃いの中で、せめてギルド支部長としての威厳くらいは保っておきたいマイルズだった。
――――――――
「立てそうかい?」
ゼオンとアリス、そしてササラは転移魔法で直接ギルド支部の屋上まで戻って来た。
――転移魔法は、出口となるマーカー魔法陣を設置しておけば、設置者に限られるが何処からでも使用出来る。
設置時間、設置数、使用者と同時に転移出来る人数は使用者の魔力量と技量による。
魔法陣の上に新たな魔法陣は描けない。……強引に描き変えたり消す事は出来なくも無いが、元々描いてある魔法陣の使用者を大幅に超える魔力が必要となる。
アリスは、ゼオンとこの屋上に降り立った時……必要になるかも知れないと、予め設置しておいたのだ。
……因みに、アリスがカイルに対して使った転移魔法はまた別の魔法。
事前に対となる魔法陣を用意しておき、相手だけを別の場所に飛ばす、魔力を流して起動する罠魔法だ。
アリスは簡単な罠と言っていたが、凄まじい技量とかなりの魔力量を必要とする大魔法である。
「あっ、は……はいっ!大丈夫です!」
ササラがゼオンの腕から降りる。
「……あらためて、ありがとうございました!ウチ、もうダメかと思ってました……!」
「どういたしまして。……本当に、気にしないで良いからね」
「いえっ!このご恩はどれだけ掛かっても必ずお返ししますから!」
ササラが姿勢を正し、二人に向き直る。
「ウチ、ササラ・アースランドって名前です!これからよろしくお願いしますっ!」
ササラの言葉に違和感を感じるアリス。
「ちょっと待って、貴女……」
「取り敢えずウチ、1階に報告しに行ってきますね!また後で会いましょう!本当にありがとうございましたっ!」
「…………」
「どうしたの?アリス」
「……え、いや……あの……」
アリスすら圧倒する勢いで礼を言い、去っていったササラ。
嫌な予感は徐々に確信に変わろうとしていた。
「……いえ。私達もマイルズの所へ報告に行きましょうか、ゼオン様」
「うん。そうだね、行こう」
……一先ずは置いておいて。
二人は事の顛末をマイルズに報告しに向かった。
「やぁ、お帰り2人共。大変な事態になっていた様だね。僕からも礼を言うよ……ありがとう」
「やっぱり、ギルドの誰かを先んじて忍ばせていたの。流石ねマイルズ」
「いやぁ……皆が優秀なだけさ。僕は何もしちゃいない。……それに、どっちにしろ君達が居なければあの場での救出は難しかっただろう。本当に助かったよ」
マイルズに促され、二人はソファに座る。
「今回の件は僕のほうからA級クエストとして君達に依頼をした形にしておいたから、後で報酬を受け取って欲しい」
「ゼオン様」
アリスがゼオンに目線を振る。
「僕達は勝手をしただけだ。良いのかい?」
マイルズが苦笑する。
「……勝手など。この支部ではあのくらいは何でもないさ……問題児も居ることだしね」
「分かったよ、ありがとう」
「いやいや、こんな程度の礼では本来、足りないくらいさ。本音を言えば、ゼオン君のランクを上げたい所だけど……」
「ソレはまだ遠慮しておくわ、マイルズ。ある程度、ギルド上層部に情報が回るのは仕方ない事だけど……出来る限り、今回ゼオン様がやった事は私の仕業にしておいて欲しいの」
「……ま、そう言うだろうとは思っていたさ。なら、それを今回の僕からの礼にさせてもらうよ」
「迷惑をかけるわね、マイルズ」
「いやいや」
嬉しそうな困り顔で笑うマイルズ。
ここまで冷静な話し合いが出来るSランク冒険者は、そうは居ないのだ。
「……それで?会合迄、2日程あるが……君達はどうするんだい?」
「良いですか?ゼオン様」
「うん。アリスに任せるよ」
「取り敢えずは街に宿を取って、そこで休もうとは思っているわ」
「なら、僕のほうで手配しておくからそこに泊まると良い」
「そう?じゃあ、お言葉に甘えるわね」
「では、これで一通りの話は終わりかな。ありがとう、二人共。手配は直ぐに終わるから、ここで暫く休むと良い。用意が出来たら迎えを寄越すよ。僕は諸々の用事をしてくるからね」
そう言い残し、マイルズは部屋を出ていった。
「あの……ゼオン様?」
「ん?どうしたの」
「さっきの、あの少女……ササラ・アースランドの事なのですが」
「うん」
「もし、もしですよ?……彼女が私達に同行したいと言ってきたら……どうします?」
「えっ?……うーん……。実力的にはまだまだだと思うけれど、能力的には歓迎出来るんじゃないかなぁ。仲間は幾らいても良いし、ね。勿論、僕等の事情を話した上で納得してくれたなら、だけど」
アリスは努めて笑顔を保っていたが、なんだか嫌な汗が背中を流れるのを感じた。
「彼女の能力は凄いと思うよ。あのダンジョンから転移する直前、彼女は……敵はまだ一人残ってるかも、と言っていた。男を四人か、五人は見た……と。実際にはギルド側の者だった訳だけど、僕には全然気付けなかった。アリスもでしょ?」
悔しそうな顔のアリス。
「…………はい。私は潜んでいた者を見知っています。このギルドの職員で、Aランク冒険者でもある【影】と呼ばれる者です。いち早く情報を掴んだギルドが送り込んでおいたのでしょう。彼の固有魔法は隠密に長けていて、隠密魔法を展開した彼を完全に感知出来る者は……恐らくSランク冒険者にも1人か2人しか居ません」
「熱感知魔法、とでも言うのかな。少なくともそんな精度の感知魔法は、僕は知らない。僕等を助けてくれるのなら……うん、そうだね。僕は大歓迎さ」
アリスは?……と、目で促すゼオン。
「……えと、あのぅ……え、えぇ。そうですね……。勿論私もです……はぃ」
なんとも歯切れの悪い返事であった。
……ゼオンは全く気にしていない様子だったが。
ギルドの職員らしき女性が部屋に入ってくる。
「お待たせしました。宿の手配が完了しました……このまま案内しても?」
「え……えぇ。お願いするわ。……ゼオン様」
「うん。行こうか、アリス」
ゼオンがアリスに手を差し出す。
アリスは他人に見られているのを少しだけ恥ずかしく思ったが……黙ってその手を取る。
そのまま……手を繋いだまま、二人は宿まで歩いた。
――――【骨折り洞窟】――――
――その頃。
Sランク冒険者カイル・アースランドは、未だに洞窟内を捜し回っていた。
アリスの転移魔法でダンジョンの外まで飛ばされた後、沸騰寸前の怒りを爆発させないようになんとか留まり、急いで最下層まで戻ってきたのだ。
「どこに行きやがったァ!!!!クソ女ァァァァア!!!!」
カイルの発する音と魔力に、アリスが凍らせた氷の上に新たに出現した無数の上級モンスターが群がる。
恐らくカイル自身、この場所にはもうアリスもササラも居ない事は理解しているだろう。
つまり、行き場を失った怒りを発散させる為に。
只の憂さ晴らしに来ただけである。
「どいつもこいつも俺様を舐めやがって……!!必ず後悔させてやるからなァッ!!!!」
カイルが群がるモンスターに向かって右手を振る。
手から紅蓮の魔力が走り、それを受けた三十匹程の、蛙の様なモンスターと魚の様なモンスターは一瞬にして灰となって消えていく。
まだまだ大量に残るモンスターの群れへ、カイルは自らの身体を突っ込ませる。
「ウザってぇんだよ!!クソが、クソが、……クソがァッ!!!!」
その拳、一発一発に特大の魔力を乗せてモンスターを一撃で屠っていく。
殴られたモンスターは体の中から文字通り燃えあがり、断末魔を上げる暇も無く次々と消えていった。
5分も過ぎた頃。
ダンジョン・骨折り洞窟の最下層からモンスターは消滅した。
一匹残らず。
「あーっ、クソ!!こんなんじゃあ治まりゃあしねぇ!!」
まだまだ暴れ足りないといった様子のカイル。
そんなカイルの背後から不意に声がする。
「……カイル殿」
「ッ!?……あァ!?テメェか、相変わらず心臓にわりぃんだよ!!俺様になんの用だ!?」
「貴殿が来るのを待っていたのだ。妹君は銀氷によって無事救出された。貴殿ももうそろそろ戻ると良い」
「んなこたぁ分かってんだよ!!……あの女が此処にいた以上はな!!俺が苛ついてんのは、そんな事じゃあねぇ!!」
「…………では何故?」
「俺様を舐めやがったからに決まってんだろーが!!あの女も……王国も!!」
「気付いていたのか」
「テメェも俺様を舐めてんのか……!?殺されてぇのかオイ!!」
「いや……そういう事でなく。……予想か?」
「予想も何も普通に考えりゃあ莫迦でも分かるだろうが……!直前に粉かけてきてたヤローが犯人だってのはよ!!それにそこらの雑魚ならともかく、相手は俺様だ!!」
カイルは直情型でやや短絡的な性格ではあるが、決して愚か者では無い。
思考力、分析力。
ともに他のSランク冒険者と比べても劣るものでは無いのだ。
その性格と若さが若干の邪魔をしているのもまた、事実ではあるが。
犯人が分かっていても、直ぐに単独で報復に向かわない自制心も備えているのだから、やはりSランクは伊達では無い。
最高位の冒険者である自分に対し害をなそうとしてくる者。
ギルドだけでなく、自分迄も敵に回そうとしてくる者達。
わざわざ、そんな大それた事をしでかしてくるのは……最近になって急に巫山戯た勧誘を繰り返してきた莫迦だけだ。
だが国という巨大な存在に対して、何も考えずに自分だけが敵対してはギルドに甚大な迷惑がかかる。
若くして。
妹まで巻き込んできた相手に対し怒りが頭を支配していても的確な分析をし、冷静な判断を自らに下せる者。
――それがSランク冒険者【灰燼】カイル・アースランドだ。
……だが。
それだけでは終わらないのもまた、この少年の特徴でもあった。
「……オイ!!今回の会合には勿論、魔女のババァも来るんだろうな!?」
「無論」
「タイミングだけは良かったな……!ババァにお伺いだけは立ててやるよ!!その後、必ず思い知らせてやるからなァ!!クソ野郎共!!!!」
紅の魔力が燃え上がる。
巨大な魔力は、この最下層の途轍もなく広い空間を隅々まで煌々と照らしていた。
中編は都合により前後に分かれます。
冒険者ギルド(中編・後)へ続きます