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黒の創世  作者: uyu
一章 始まり
3/13

始まり(後編)



――――王国・王都【サンクチュアリ】――――



 街で人気のカフェテリア【アンジュ】。


 そこで三人の女性がダラダラとお茶をしながら愚痴を零しあっている。


 「ねー、まだ会議終わんないのっ?あたし飽きたー!」

 「黙って待ちなさい。私だって団長に付いていきたかったわよ」

 「うんうん、分かるよぉ、リエット。僕も僕もぉ」


 灰色でミディアムボブの、活発な少女。

 茶髪でロングヘア、前髪を真ん中できっちり分け、耳を出している髪型の、眼鏡を掛けた女性。

 萌木色の、地面に付きそうな程長い後ろ髪を毛先だけリボンで纏めている、おっとりした女性。


 「ね、ね。そういえばエルネアどうしてるだろね?」

 「1人でお留守番だもんねぇ。ジャンケンで負けたからぁ」

 「そもそも正確に言うと、あの()は私達と所属部隊が違うのよ。だからどっちにしても来られなかったと思うわ。それにあんた達と違ってしっかりしてる娘だし、心配要らないわよ」

 「え〜。リエット酷いよぉ」

 「ホントの事でしょ」

 「あーあ!団長と一緒に来れたのは良かったけど、全然一緒に居れないし、つまんないっ!」

 「だから……五月蝿いわよ、リタ」

 「酷いひど〜いぃ。僕泣いちゃうかもぉ」

 「ファナ、あんたも五月蝿い。いい加減黙れ」


 王国第5軍所属の騎士達。

 ダグニーと共に本国に戻ってきたのは良いものの、手持ち無沙汰でこうして()()で管を巻くしか無かった。


 「うわぁ、リエット可愛くなーい!きつリエットだ!」

 「うんうん、そんなんだからモテないんだぞぉ」

 「……あんた達、ほんっといい加減に……!…………あら?」

 「どしたの?」

 「緊急招集……?本国に居る騎士全員に?」

 「え!?何かあったのかな」

 「……〔尚、第5軍所属の騎士はこれに含まれない。急ぎ魔国へ戻る事〕。……魔国で何かあったみたいね」

 「えー!大変じゃん!ね、急いで団長と合流しようよ」

 「んん〜?団長ならもう向かったよぉ」


 「は??」

 「さっき魔国の方へ疾風()ぶ団長の魔力、感じたもん。だから今度は僕達が置いてけぼりぃ」

 「はぁ〜!?」

 「えー!帰れないじゃん!団長に運んでもらって来たのに!どうしよリエット!」


 頭を抱える眼鏡の女性。

 「魔導船の手配をしなきゃ……はぁ……」

 「ねー、リエットー!」

 「じゃあ僕、宿に戻ってるねぇ」


 「……エルネア、大丈夫かしら」

 魔国の有る方角を見ながら呟く。



――――【魔王城跡】上空――――



 対峙する銀と緑。

 二人の丁度、中間点となる空間が、せめぎ合う様にギギ、と音を立てている。


 「……ねぇ、銀氷。前にも言ったはず。わたしの仲間に、友達に何かするなら、ゆるさないって」


 「私もあの時、言った筈よ……風姫。もう一度言ってあげる。()()()()がそれを言うの?」


 「……そんなの、わたしは……しらない」

 「その立場で言うの?だから嫌いなのよ」

 「……わたしも貴女がだいきらい」

 「別にそれで良いわ。王国を許す気も無ければ、()()()と今更……分かり合う気も無いのだから」

 「……わたしは只、みんなをまもりたいだけ。生まれた国の皆を、なにからも」


 大気の悲鳴が大きくなっていく。

 遠く離れた森々から鳥達が逃げるように飛びたつ。

 魔力がせめぎ合う音以外、聞こえない程に、生物達が辺り一帯から消え失せる。

 二人を中心として、空間の揺らぎが大きくなっていく。

 大き過ぎる互いの魔力が、まだ何もしない内から周りに影響を与えていた。


 「私だってそうだった。大切なものを取り戻したくて必死だっただけよ。今も、……昔もね」

 「……その結果を、わたしはゆるせない。皆の仇を……今こそとらせてもらうから」

 「なら、やっぱり戦うしか無いのよ。最初、出逢った時から……そういう運命だったのだから」


 「……いくよ、アリス。影も形もふきとばす」

 「来なさいよ、ダグニー。叩きのめしてあげるわ」



――――――――



 うざったいわね…………!


 次から次へと飛んでくる無数の風の刃を避けながら、避けきれない分は魔力障壁で防ぐ。

 防いだ後、こちらからも氷で出来た剣や斧を高速で飛ばすが、当たらない。

 ……魔力を収束する時間が取れない。

 収束する為に距離を取るが、そのたび細かい風魔法を放ちながら距離を詰めてくる。

 <銀世界>を発動する暇も与えられない。


 「あぁ、もうっ……!」

 前方から来るだけなら良かった。

 障壁でいなして、次が飛んでくるその間に魔力を収束させれば良い。

 しかし風の刃は軌道を変えて、全方位から()()に襲い来る。

 絶え間なく。

 ダグニーを近付かせない様に全力で氷の壁を己の周りに張り続けたまま、尚且つ壁への直撃を喰らわない様に避け続ける。

 刃に混ざって時折飛んでくる、螺旋状の風の槍は不可視の魔法が掛かっていて、瞬時に目視で判断するのは難しい。

 ……あの槍は危険ね。

 恐らく、障壁破りの魔法だ。

 障壁を突破し、物理的に張っている氷の壁すら割ってくる……そんな魔力量が練り込まれている気配がする。

 だけど私の魔力なら、予め障壁をそこだけに集中すれば多分、破られる事は無い。

 槍だけは通さない様に、軌道を予測してそこの箇所の障壁を、着弾の瞬間だけ強化する。

 かなり魔力操作が難しいが、やる。

 でなければ、その分薄くなってしまう他部分の障壁を、今度は刃が切り裂いてくるからだ。


 「距離を詰められたら流石に不味いし……」

 近距離戦ではまず、敵わない。

 相手は無双と称えられる程の剣士でもあるのだから。

 高速魔法戦を繰り返しながら、少しずつ、少しずつ、魔力を収束させていく。

 もどかしいが、今はそれしか手段が無い。

 襲いかかる風を避け続け、反撃の時を窺う。



――――――――



 ……近付けない。


 高速飛行するこちらへ、追尾しながら向かってくる、氷の武器を風の障壁で(はじ)き続ける。

 風の刃で攻めながら、槍を混じらせ動揺を誘おうとする。

 しかし、相手は全く動じない。

 それどころか、攻撃を避けながら、段々と魔力を増している気配がする。


 ……まさか……この状況下で魔力の収束を行っているの……?

 攻め手は一度も緩めていない。

 魔力量では敵わないが、速さでは負けない。

 その自負はある。

 実際、勝っている。

 だから絶え間なく、量で()し潰す。

 圧倒的な魔法速度で、風の刃と槍を撃ち出しながらも高速で距離を詰めようとしている。

 ……近付けさえすれば、有利に運べるのに。

 相手は強固な壁でその身を隠し、障壁から生み出す武器を飛ばし、こちらと一定の距離を保ち続ける。


 「……そういう所も、きらい」

 今までの攻撃に加え、更に魔力を練って、直線に穿つ、竜巻を伴った緑色の魔力光線を放つ。

 だが、それも防がれる。

 氷の壁どころか、障壁すら破れなかった様だ。

 ……埒が明かない。

 魔力量の差で、このままでは、先にこちらが潰れてしまう。

 早々に愛剣(アイギス)を抜かないといけないかも知れない。

 多少強引にでも、受けるだろう被害を、承知で。



――――――――



 時は少し戻る。


 一人地下に残されたゼオンは、なんとか地上のアリスと合流しようと長い廊下を走っていた。


 「急がないと……!あんなに大きな気配と、一人で戦わせるなんて……」

 廊下を走りきり、階段を登り、扉を開けようとした所で気付く。

 ……結界魔法で開かない……!?

 アリスが掛けたものだろう。

 解除しようにも、今の僕では魔力が足りない。

 どうする、どうすれば……!

 どうにかして開かないか。

 今出来る、あらゆる方法を試すも、結界は固すぎて緩む様子も無い。

 そうしていると、地上から凄まじい戦闘音の様なものと、振動が伝わってきた。

 心臓が跳ねる。

 どうしようもなく、不安が襲ってくる。


 「頼む、お願いだ……!開いてくれ!もう、何も出来ないのは嫌なんだ!何も出来ずに……家族を奪われるのは!」

 瞬間、額の紋様が水色に大きく輝く。

 そのまま、気を失うゼオン。

 薄暗い階段で倒れ込むゼオンが纏う、魔王の鎧に散りばめられた宝石が、明滅を繰り返している。

 結界魔法を構築している魔法文字が、少しずつ、少しずつ……消えていく。



――――――――



 そしてまた、現在。



 「――このっ……!!」


 攻めを更に強める。

 刃を増やし、槍を太くする。

 ……これ以上、魔力の収束をさせたくない。

 しかしそれでも、全てを避け、防がれる。


 アリスの固有魔法、銀世界を展開させてしまったらかなり厄介だ。

 わたしの最大の武器、速さを奪われたら戦局は傾いてしまう。……あっちに。

 でも、このままではいずれそうなる。


 ……覚悟を決めよう。

 自らの身体が受ける被害を、厭わない覚悟を。

 この身を捨ててでも、通し抜く。

 その覚悟を。


 ……可愛いエルネア。

 昔から、わたしに対しての好意を隠さず、わたしみたいになりたいと、ずっと頑張ってきた少女。

 その、猫の様な距離感も、可愛らしいと思う。

 べたべたと甘えてくるのも。

 こちらの不機嫌を察すると、ちょっと距離を置いて見つめてくるのも。

 人の感情を察するのが上手いのだろう。

 大丈夫、おいで。と手招くと、また近寄ってきて、甘えてくる……そんな、可愛らしい騎士。


 「……くすっ」

 第5軍(ウチ)の騎士達、皆が好きなエルネア。

 可愛くて、頑張り屋さんで、ちょっとだけ悪戯好きの女の子。


 ……でも、今日病室で見たエルネアはボロボロだった。

 日頃、お手入れを欠かさない綺麗な毛並みはボサボサで、可愛い顔には泣き跡が残っていた。

 その腕と足には、似合わない無骨な器具が付けられて、動かせない様にされていた。

 話を聞いたら、骨が折れているそうだ。

 半分、自爆の様なものだった、と言っていたけど……きっと、そうするしか無かったんだろう。

 本当の、騎士だから。

 怪我をしても、万が一…………死んでしまったとしても。

 護り抜く。

 その覚悟を、押し通す。


 「……大丈夫。その覚悟(けっか)を否定はしないよ、エルネア」

 それに対して、わたしが感情を乱してしまっては、それはエルネアに対しての侮辱になる。

 帰ったら、目を覚ましたエルネアを、めいっぱい褒めてあげよう。

 猫にする様に。……沢山の愛情を込めて。


 「……でも、騎士として。けじめはとらせてもらうから」

 左に差した愛剣を抜き放つ。

 「……抜剣。おいで、アイギス」

 半透明の刀身に魔力を流す。

 その刀身から、緑に光る魔力の粒子が次々と立ち昇る。

 同時に、足裏に魔力を集中させる。

 ()()()()、その為に。

 「いくよ、エルネア」

 足に溜めた魔力を解き放ち、超々高速の突進を敢行する。

 「<猫足飛び(キャットアウト)>。もどき」

 アイギスを構え、敵に向かって、一直線に飛ぶ。



――――――――



 「…………!!」


 最早、目では追い付かない速さで突撃してくるダグニー。

 全力展開していた魔力感知の魔法を切り、障壁での防御を最優先にする。

 風の刃や槍はもう飛んで来ない。

 その代わりに、まるで小さな台風の様な、緑に光る風の球がこちらに向かって来ている。

 球に対して、氷で作った武器や氷柱をぶつけるが、しかし全く速度は落ちない。

 攻撃の幾つかは、通っているみたいだけど……。

 止まらない。

 「これは……?…………とにかく、危険ね」

 全方位に張っていた障壁を、前方のみに張る。

 数えて5枚を重ねた全力障壁。

 それを構え、氷の壁を更に厚くして、突撃に備える。


 「……意趣返しって事?」

 なら、通してみなさいよ……受けて立つわ。

 私にも意地はあるのだから。



――――――――



 銀と緑、二つの球がぶつかる。


 銀の球が張る障壁に、緑の球が目にも止まらぬスピードで激突した。

 キキ……と、甲高い音が鳴り続けている。

 銀が張る障壁が、悲鳴を上げていた。

 激突した後、緑の球がその形状を変化させる。

 螺子の様な、先端が尖った螺旋状に。

 甲高い音は更に大きくなる。

 そして……ビキィ!と、嫌な音が響く。続けて、パリィン……と、障壁は突破された。

 そのスピードは未だ落ちず、そのまま銀の球にぶち当たる。


 「相変わらず嫌な女ね!わざわざ()()()の技で来るなんて!」

 「……そうさせたのは貴女自身。わたしは……わたしのやり方で、エルネアに……むくいているだけ」


 強固な氷の壁にも、次第にヒビが広がっていく。


 「とおすよ」

 「通して……たまるかあぁぁ!!」


 緑の魔力が、形そのままに、螺旋状に空気中へ霧散していく。

 同時に、氷の壁が一点から砕けた。

 崩壊していく壁の中で、ダグニーの剣がアリスのローブ、そしてその下の右腕と体を斜めに切り裂く。


 「っぐ!……ああぁっ…………!」


 宙に血を撒き散らしながら、真っ逆さまに落ちていく。

 それを見ながら、細かな傷だらけのダグニーが呟いた。

 「……まだまだ、だけど……取り敢えず、1つ。……かえしたよ、アリス」



――――――――



 地面に衝突する寸前で、なんとか浮遊魔法を再発動させる。

 「……っ!!…………うぅぅ!」

 運良く、落ちた先は瓦礫も無い平坦な場所だった。

 しかし、落下の衝撃を殺し切れず、ダメージを受ける。


 ……やってくれた、わね……!

 突撃は障壁も壁も、この身に直接纏わせた魔力の防御でさえも、破ってきた。

 致命傷にこそならなかったが、かなりの傷を負ってしまった。

 防御力上昇の効果が掛かっているローブも、もう使い物にならない。

 ふらつく視界の中、降りてくるダグニーが見える。

 アイギスを抜いてはいるが、まだ本気では無いのは知っている。

 ……()()()に。

 だからこそ、……不味い。

 まさか、先に切り札を切らされるとは、思っていなかった。

 魔法戦なら、こちらが大分有利だと……そう思っていたから。

 「やっぱり……私は、失敗してばかりね」


 油断。

 あれ程……しないと誓ったのに。

 また、してしまった。自身の甘さがもたらした、その結果の失敗。

 唇を噛む。

 そんな、甘さが……無意味な優しさが、どんな事を引き起こすのか、嫌と言うほど思い知らされた筈なのに。

 「()ぅ……!」

 ガクつく足に鞭を入れ、体勢を立て直す。

 銀世界を展開する為に収束していた魔力は、今の攻撃で、殆ど散らされてしまった。

 ……もう、元々の能力値で上回るしか無い。

 銀世界を、使えないなら……魔力の強さで勝つしか無い。

 ……甘さを捨てろ。

 目の前に居るのは、敵。

 ゼオン様の、敵。

 私の、…………倒さなければいけない、敵だ。

 「はっ、はっ……。ふー…………」

 使い物にならなくなったローブを脱ぎ捨てる。

 両手に、全身に、魔力を集中させていく。

 敵を駆逐する為に……銀と紫の魔力を、全開放する。



――――――――



 「……やっと、だしたね」

 2色の膨大な魔力が、アリスを中心に渦巻いている。

 アイギスを構え直す。

 ……来る。銀氷の、全力が。


 理由は分からないが、アリスは魔力を2種類持っている。

 強大な、氷の魔力と、雷の魔力を。

 全力のアリスは、その2つを同時に行使して、更に範囲魔法等で敵を弱体化させ続けながら戦う。

 多対一を、最も得意とするSランク冒険者。

 勿論、一対一も最上位の部類ではあるものの……

 「……相性は、どうにもならない」

 アリスの魔法展開速度、収束速度は遅く無い。むしろ、理不尽な程に早いくらい。

 只わたしが、それ以上に理不尽なだけ。

 速さなら、この世界の誰にも負けないから。

 速さと、アイギスがあれば……わたしは負けない。


 「……全力全開……こっちもいくよ。アイギス」

 結んでいた髪を(ほど)く。

 剣先を天に向け、魔力を集中させる。

 緑に輝く半透明の刀身は、魔力を注げば注ぐ程、巨大化していく。

 城ほども大きくなった所で、更に魔力を強めて今度は刀身を縮小させていく。

 元の大きさ迄。

 その刀身に、城よりも巨大な、膨大な魔力を固める。


 「王国騎士、ダグニー・シルフィード。推してまいる」

 一度、二度、剣を払い。

 暗緑となったアイギスを改めて構え、斬り掛かる。



――――――――



 白銀の魔力で作り出した氷の剣で、ダグニーが繰り出す剣技をかろうじて防ぎ続ける。

 一合毎に、剣は砕ける。

 そのたび、こちらのアドバンテージ、魔力量にあかせて次々と剣を生み出しては防いでいく。

 どうしても避けられない攻撃だけを、氷の剣で防ぎ、隙を突いて雷速で移動して距離を取り、魔法で反撃する。

 遠距離から特大の雷撃を放ち、巨大な氷塊を高速でぶつける。

 それを切り払われた所で、張っておいた罠の術式を起動する。

 ダグニーの周りを全て氷壁で囲み、動けなくなった所へ空から雷を叩きこむ。

 しかし……、それら全てを、切り払われる。


 「くぅっ……!」

 そうして何も無かったかの様に、またも距離を詰められ、近距離戦に持ち込まれる。

 雷速移動を繰り返すこちらに、悠々と追い付いてくる。

 雷速と言っても、移動出来る距離はそれ程長くない。

 それに、その速度を出せるのは極めて短い一瞬の間だけだ。

 「……だからって、風が雷よりも速く動くんじゃないわよ……!」

 もう既に、私が移動した所へ、先に回り込まれている感覚だ。


 ダグニーがやっている事はシンプル。

 魔力を全て高速機動する為に使い、近付いて剣で斬る。

 防御を捨て、攻撃にのみ集中する。

 たったそれだけの事が、途轍もなく厄介だ。

 あの剣に込められた魔力は、どれだけ振るおうが一切、減ることは無い。

 一度、魔力を込めてしまえば……何者も、有無を言わさず斬り伏せる凶器に変わる。

 確かに防御魔法は使っていないのに、ダグニーが持つ事で、()()は攻防一体の盾にもなってしまう。

 魔力のコントロールに、ほぼ気を遣わなくて良くなった無双の剣士は、攻めも守りも……完璧に近い。


 「一体誰が、化け物なのかしら、ね……!!」

 「……別にわたしは、化け物でもかまわない」

 「()()()()()()で言ったんじゃ、無い、わよ!」

 「……?全然わからない。どういうこと?」

 「教える、訳、無い、……でしょうがっ!」


 言い合いながらも、斬り結ぶ。

 ――このままじゃ、ジリ貧ね……。

 いくらアドバンテージがあるとはいえ、こちらの魔力も無尽蔵というわけにはいかない。

 氷が砕ける度に、作り直す。

 障壁が破られる度に、張り直す。

 少しずつ……しかし確実に、魔力は減っていく。

 対してあっちは、移動の為にしか魔力を使わない。

 必要最低限のコストで、最大限のパフォーマンスを叩き出してくる。

 ……こんなの、理不尽にも程があるでしょう。

 攻めに転じる事が、出来ない。

 否、()()()()()()()()()()()()


 「……でも、そろそろ、ね」

 痛みに耐え、魔力を削られながらも、術式を完成させていく。

 ダグニーは今、魔力感知をほぼ、切っている。なら……。

 氷の粉塵で煙幕を張り、雷速移動で距離を取り、完成した術式を、急ぎ発動する。

 銀と紫……2色の魔力を、()()する。

 「とっておき。見せてあげるわ」


 「<氷雪雷迎大嵐(メガ・ストーム)>」


 融合させた魔力を、大魔法として顕現させる。



――――――――



 大嵐……!?


 目の前で起こった事が、理解出来ない。

 アリスが目眩ましの煙幕を使い、距離を取ったのは分かった。

 何か、大きな魔法を発動させたのも。

 氷と雷を使う、何かしらの攻撃魔法だと、そう思った。

 でも、氷雪と雷を纏って()()()()コレは……


 「……なんで、風魔法までつかえるの…………!?」


 いくらなんでもおかしい。というより、有り得ない。

 どれだけ卓越した技術を持つ魔法使いでも、自身が持たない属性の魔力を行使するなんて、不可能だ。

 そもそも、発動すらしない筈なのだから。

 ……しかし現実として、眼前で嵐が荒れ狂っている。

 ()()領域に触れた物が、原型を留めないくらいに、粉微塵になって崩壊していく。

 岩も、地面も、建物も、何もかも。


 嵐の向こうから声がする。

 「……驚いてくれたかしら。コレが私の、奥の手よ」

 「どうして、風をつかえるの……?」

 「ふふ。…………そうね、貴女は知らなかったわね」

 アリスの姿が見える。

 「……何、その髪のいろ……?()()()……なんで」

 「魔力融合をすると、私の魔力はこの色になるの」

 「どういう……事?……魔力融合は、()()()()()()()しかつかえないはず。アリス、あなたは……」

 そこまで言った時、違和感に気付く。

 元々何故か、2種類の魔力を使うアリス。

 わたしが知るアリスは、種族としては【魔人】だ。

 魔国に住む、魔国特有の種族。

 その絶対数は少ないし、複数の魔力など決して持ってはいないが、とても戦闘に優れた、()()()()()()()種族。

 アリスもそうだと知っている。

 ……だけど。

 先程ローブを脱ぎ捨てた時から、何かが頭の中で引っかかっていた。

 その下に着ていた、あの衣装。

 樹木や草花を意匠にした、戦闘用の白いドレス。

 今、分かった。

 そうだ、あれは……


 「……エルフの」

 「そうね。……コレは、私が御母様から受け継いだ、魔力を編み込んだ特殊なドレス。御母様の家に代々、伝わるもの」

 「……ようやく、わかった。外見が良く似ている種族だから……きづかなかった」

 「私の……。銀の魔力は御父様から頂いたもの。でも、紫の魔力は……御母様譲りなのよ」

 「……それを、融合させた、そういうこと?」

 「ええ、そうよ。私だけの風。二人に貰った血で作り出せる、私の誇り」


 銀氷(アリス)の……誇り。

 その言葉で、遠い記憶がフラッシュバックする。


 13年前。

 わたし達がまだ、〔友達〕だった時の。



――――――――



 「ほら、アリス。ご挨拶は?」

 「ぅ〜……」


 王国と魔国がまだ、協力関係……同盟国だった頃。

 誰と仲良くなっても、誰にも怒られなかった時代。


 夜会の中、初めて逢った時。

 母親の後ろに半身を隠して、おずおずとこちらを見てくるその子を、とても可愛くて小さい子だな、と思った。

 だから、わたしには珍しく、こちらから話しかけてみた。


 「……こんばんは。わたしはダグニー。ダグニー・シルフィード。……貴女はだぁれ?」

 「わ、わたくしは、アリスっ……!アリちゅ、フラワー()ーテンですわ!」


 「ふふ……。……あらあら、ごめんなさいダグニー・シルフィード様。私達は魔国、フラワーガーデン家の者です」

 真っ白な肌を、真っ赤にして震えている女の子。

 母親が、突然、娘を抱き上げてはしゃぎだした。

 「……ちゃんと自分でご挨拶出来たわね、アリスっ!偉いわ、可愛いわ!!流石、私達の娘!世界一可愛いわぁ!!」

 「お、おかあさまっ!恥ずかしいからやめてっ……!」

 「あぁ、御父様にも後で見せてあげないと!ね、アリス!記録を撮っておいて、良かったわぁ!」

 「むうぅぅー……!おかあさまっ……!降ろして下さいませ!……アリスはもう知りませんっ!!」


 母親の腕から解放された女の子は、何処かへ走っていってしまった。

 「あらあら、怒らせてしまったかしら。……ごめんなさいね、ダグニー様」

 「……え、あの……。……あ、いえ、だいじょうぶです」

 「良かったら、仲良くしてあげて下さいな。あの子ったらあんなに可愛いのに恥ずかしがりで、友達が少ないの」

 「……はい。もちろんです」

 とても優しい笑顔でそう言われて……わたしも、笑顔で返した。


 「どうしたの、アリス。そんな、泣きそうな顔をして」

 「ゼオンさま……!だっ、だっておかあさまが意地悪するんです!アリスは、イヤなのに……!」

 「あーっ!!お兄ちゃんが、アリス泣かしてる!ちょっと、何したの!?よしよし、だいじょうぶだよー」


 銀色の女の子を追いかけると、男の子と、もう1人、女の子が増えていた。

 黒い髪の男の子と、水色の髪の、女の子。


 「ち、ちがいます、リオンさま!ゼオンさまのせいでは、ありません!」

 「えー、ホント?」

 「当たり前だろ、リオン。なんで僕がアリスを泣かすのさ」

 「だってお兄ちゃん、()()()があるじゃない」

 「前科(ぜんか)、ね。……というか、殿下はお前も、だよ?」

 「う……うるさい、ばーか!」


 「……ねぇ、あなた達。……少し、いい?」

 「ん?だれ、この子。お兄ちゃんのしりあい?」

 「いや……?僕達に、何か御用でしょうか」

 「……そっちの、銀色の子に……すこし」

 「アリ……い、いえ……。わ、わたくしですか?……あっ、あなた、さっきの……」


 2人の後ろに隠れていた女の子が顔を出す。

 「……ね、アリスちゃん。わたしと、お友達になってもらえない?」

 「え……。お友、だち?わたくしと、ですの?」

 「……うん。お姉ちゃんね、友達がすくないの。だから……アリスちゃんが友達になってくれたら、とってもうれしい。……ね、どうかな」


 実際、当時から、友達と呼べる人達は少ない。

 立場、家柄。

 それに、わたしの力は、人を遠ざける。

 強すぎる力は、恐れ、称えられはしても……人を、寄せ付けはしない。

 この頃は、別にそれでも構わないと、……思っていた。


 「で、でも。アリスにはもう、ゼオンさまとリオンさまが……」

 「そーよ!アリスの1番は私なんだから!」

 「二人とも、そんな意地悪するものじゃないよ。……なら、僕だけがこの子と友達になろうかな。……どうだろう、えっと……」

 「……わたしはダグニー・シルフィード」

 「僕はゼオン・マーレ・トルナロード。ねぇ、ダグニー。良かったら、僕と友達になってもらえないだろうか」

 「……トルナ……ロード?……あれ、もしかして……」

 「ただの、ゼオンさ」

 「ゼ、ゼオンさま!?ダメです、ゼオンさまがなるのなら、アリスも……」

 「ちょっと、アリス!?」

 「ふふ……リオンはどうするの?このままだと、仲間外れになってしまうよ」

 「……!しょ、しょうがないわね、友達になってあげるわ!感謝しなさいよね!」

 「……うん。みんな、よろしくね」


 3つ下の、アリス。4つ下の、魔国の王子と王女、ゼオンとリオン。

 一気に友達が3人も増えて、凄く嬉しかった。

 夜会の間、色んな話をした。

 3人はそれぞれの事を、自分の【誇り】だと。口々に、とても嬉しそうに話していた。

 短い間だったけど、とても楽しかった。

 夜会の後、それぞれの国に帰る時間になった時……アリスとリオンは泣いていた。

 何故か、それが悲しくも……嬉しかった。

 ゼオンは、微笑みながら、またね、と言ってくれたのを覚えている。


 その後、ゼオンとリオンとは1度も会えていない。彼等の国を何が襲ったのかは、知っているけれど。

 リオンのほうは、この10年で、何度か観た。

 映像媒体に映る彼女は、明らかに憔悴していて……とても見ていられずに、画面から目を逸らす事しか出来なかった。

 あの夜会でお話した、明るく元気で可愛らしい彼女は……もう、どこにもいなかった。


 ゼオンは、ずっと王国に身柄を拘束され続けている、らしい。

 わたしと、3人の関係性を危惧した軍の諜報部は、わたしになんの情報も渡さなかった。

 今も。

 だから、今何処に居るのかも分からない。

 勿論、ずっと気に……、心配してはいる。

 もし、居場所が分かったのなら、わたしでも、少しは……助けてあげられるかも知れない、から。


 そして、アリス。

 ゼオンとリオン、2人も大切な友達だけど……

 アリスは、更に特別だった。


 夜会の後、2年後。

 11年前、アリスと再会した。

 王国騎士養成学校に、アリスが留学して来たから。

 王国と魔国の関係が悪化した、10年前まで……アリスが帰国するまで。1年間、毎日一緒にいた。

 騎士科と魔法科で、学年も教室棟も違っていたけど……それ以外は、常に2人で過ごした。

 家や学校に頼んで、寮での部屋を相部屋にしてもらったりもした。

 ……親友と、そう言って良かったと、思う。

 少なくともわたしは、思っていた。


 ……だけど、8年前。

 魔国が崩壊して、1ヶ月が経った頃。

 未だ、騎士見習いだったわたしの前に、まるで別人の様になった……隻腕の、アリスが現れた。


 「アリス……?」

 「…………返せ」

 「……アリス、その腕」

 「貴方達が……隠してるのでしょう?」

 「……なんの、話?」

 「……返せッ!!ねぇ、返せ、返してよ!!全部返して!!……そうじゃないのならッ!!私は貴様らを殺して、殺して……!!殺し続けてやるから!!!!」

 「アリスっ!!」


 そうして……わたしとアリスは、敵同士となった。

 その後も、戦って戦って、戦い続けた。

 アリスの腕がなぜか治った後も……8年間で、何度戦いになったか、覚えていないくらいに。

 戦うたびに、親愛は憎悪へと徐々に変わっていく。


 そして、決定的に変わってしまった……わたしにとっての、もう1人の親友の、死。

 6年前。ガーネットが……殺された日。


 ガーネットは、同期で騎士になった、5つ年上の女性。

 その時わたしが16歳、ガーネットは21歳だった。

 世間知らずなわたしに、いろんな事を教えてくれて、世話を焼いてくれた。

 友達をみんな失って荒んだわたしを、優しく励まし続けてくれた。

 そのうち、わたしも心を開いて……気付けば、いつも2人でいた。

 いつも明るく、太陽の様な性格の彼女に……随分救われた。

 辛い事しか無いと嘆いた世界に、また希望を持たせてくれたガーネット。

 でもあの日、ガーネットはこの世界から永遠に……失われてしまった。


 わたしとアリスとの、戦闘。

 その余波、アリスが放った魔法が流れ弾となって……傷付いた兵士の治療を後方でしていた、ガーネットの胸を貫いた。

 ガーネットはそのまま、わたしの腕の中で……息を引き取った。


 あの時初めて、アイギスを本当の意味で使った。

 初めて、()()()を止めた。


 結局、その時も決着はつかなかったけど。


 わたしにとっての()()は、その時に奪われた。



――――――――



 「……アリスは……わがまま。やっぱり、いつでもそう」

 「はぁ!?急に、何の話かしら!」

 「……わたしは、今でもガーネットにした事を、ゆるしてない。でも、あの時、歩みよろうとはしたよ」

 「何回も言っているわ!先に奪ったのはあなた達!世界のほうよ!!……それに、あの時あの人を撃った魔法は、私のじゃない!」

 「……だから、そんなの、信じられる訳ないでしょ。あの銀の氷は、それまでにも、貴女が沢山の騎士や兵士たちのいのちを、奪ったまほうなのだから」

 「だから!…………私を信じてくれないなら、それで構わないわ!!もう、今更……!分かり合う気なんて無いと言った筈!!」

 「……ねぇ、アリス。全て忘れて、無かったことにして、昔にもどれたら……いいのにね」

 「私はそんなの、要らないわ!!……とっくの昔に、諦めたのだから!私が1番大切なのは、今も昔もゼオン様とリオン様だけよ!!」

 「……………………」

 「それで、良いの!!ようやく今を、ゼオン様と一緒に……!そしてゼオン様と共に、リオン様を必ず見つけ出す!私にはもう、それだけが全てなのよ!!」

 「…………え……?」

 「だからもう、もう…………!邪魔を、しないでッ!!」

 「……待って、今」

 「なにもかもを消し飛ばしてッ!氷雪雷迎大嵐(メガ・ストーム)!!!!」



――――デカール・領主館――――



 アリスとダグニーが戦闘を始める、少し前。

 デカールの領主館で、緊急の会議が開かれていた。


 「本国は、何と?」

 「うぅむ。どうやら、大部分の判断……()()をこちらに寄越す様だ」

 「……尻尾切りではないですか」


 部屋の中に居るのは二人の男。

 一人は、王国第5軍副団長、ゼイス・アッシュマン。

 もう一人は、このデカールの街の現領主、『クラウス・リンドバーグ』。


 「我々は、8年間、この穢れた国で任務を全うして来たはず。その結果が、これですか」

 「報告に拠れば、()()()()()監禁の情報、居場所。殆どが3ヶ月前……その辺りから、一部の国へ流出していたという事だ」

 「クラウス閣下!その呼び方は……!」

 「良いのだ。もう、名を隠しても、意味は無い。かの銀氷に王子を奪還され、例の封印は解けかかっている」

 「……忸怩たる思いです、閣下。これでは陛下に顔向けが……」

 「うむ……儂もだよ、ゼイス殿。しかしな、我々は、己の無能を嘆いている場合では無い。()()()封印が解ける前に、なんとしても最悪のシナリオだけは、防がねばならぬ」

 「はい……閣下。ですが、我々が直接動かせる戦力、第3師団が壊滅した今、手立ては」

 「手は打ってある」

 「は……なんと。一体、どのような……」

 「簡単な話だ、ゼイス殿。戦で自軍の兵力が足らないのなら、借りれば良いのだ。……同盟にな」

 「まさか……閣下!それは……」


 コンコンと、部屋の扉がノックされる。

 返事も待たず、一人の男が入ってくる。


 「どーも。要請に応じて参じましたよ、デカール領主」

 「何者だ、貴様!無礼な……!」

 「問題無い、ゼイス殿。彼こそが、我々の援軍……」

 「えぇ、そーです。【帝都守護隊】六番隊長、『ヒサオミ・サガラ』。王国の同盟国として、帝国からやって参りましたよ、と」


 部屋に置いてある大きなソファに、ドカッ!と座り込む男。

 帝都守護六番隊長、ヒサオミ・サガラ。

 細身の、飄々とした、白髪混じりの砂色の髪、無精髭を生やした中年の男。

 男が着ているのは、紺色で、厚めの生地で作られた、襟付きの、ポケットが四つある上着と、少し大きめのズボン。

 襟はボタンが首まできちんと留めてある。

 上着の腰のあたりで、上着の上から太いベルトが締められている。

 靴は膝下まである、黒の革で出来たロングブーツ。

 襟には帝国軍での階級を示す襟章。

 左胸には、所属を示す胸章が着用されている。

 男が右手に持つ鍔付きの軍帽には、正面に帝国の国章<三つ首の獅子>が刺繍されている。

 帝国軍人の、制服である。


 「リンドバーグ公爵。帝はお怒りですよ」

 「……!」

 「しかし寛大にも、貴方がたに挽回の機会を与えるとの仰せです。……ま、じゃなけりゃあ私も()()()()()()()来ませんけどね」

 「貴様……!」

 「お、なんだい青年将校くん。さっきから、なんだか俺に文句がありそうだよねぇ」

 「当然であろう!王国貴族たる我々に対し、無礼にも程が……」

 「控えよ、ゼイス」

 「閣下!しかし……!」

 「2度は言わん」

 「…………はっ」

 「さて……良いですかね、公爵?」

 ニヤニヤとしながら話す、ヒサオミ。

 「あぁ、儂から非礼を詫びよう」

 「……まぁ良いでしょう。受け取りますよ」


 「話が逸れてしまったが、サガラ殿。援軍は期待しても良いという事だろうか」

 「勿論ですよ、公爵。この件、失敗の責は王国側に有るにせよ……我々、帝国にも関わりの深い問題ですからねぇ」

 「という訳で、具体的には、帝国軍から五千人。いずれも最新の武装を装備した、戦闘歩兵です。機動兵器は流石に運べませんのでね」

 「これに、現地に向かっているそちらの【風姫】を合わせれば……相手が銀氷といえど……一人ですし、まぁ、いけるんじゃあないですか」


 「貴様……何故にそう他人事の様な物言いなのだ」

 「ゼイス殿!」

 「まぁまぁ、良いですよ公爵。教えて差し上げましょうか、アッシュマン()

 「っ、この……!」

 「ハハ。……まぁつまり、言葉の通りですよ。実際のところ、()()()ですから……ね」

 「なんだと……!?この作戦自体、元を辿れば貴様ら帝国発の案ではないか!王国を頼っておきながら、今更……!」

 「んー……?……あぁ、そこからなんですか。――ま、確かに表向きは<魔王及び後継者の無力化・魔国の属国化>が目的の作戦では、ありましたからね」


 「なんだと……!?どういう事だ!?」

 「表が有るなら裏も有る。そういう事ですねぇ。分かります?私らの目的は既に達せられているんですよ。つまり、帝国としては、この先は()()()()転んでも良い。ま、そういう事です」

 「閣下……!?」

 クラウスは静かに首を振る。


 「まだ噛み砕けていないようなので、ハッキリ教えて差し上げますよ。表向きの目的も勿論、私達の望むところ。ですが裏というのは、貴方達に、銀氷その他の憎悪を集中させる事ですよ……分かりますか?」

 「…………!!」

 「出来るだけ、ね。帝国が関わっているのは無論。ですが実行し続けたのは、どこの勢力の誰でしたかねぇ」

 「あぁ、因みに王国上層部との折り合いはついています。ま、そういう事で……力添えは惜しみませんのでね、よろしくお願いしますよ、御二方」



――――――――



 部屋を出て扉を閉めると、部屋の中から色々な物が壊れる音が聞こえた。

 「ハハハハ……荒れてるねぇ」

 「隊長が煽り過ぎるからですよ。それに、ちょっと喋り過ぎじゃないです?」

 ヒサオミが部屋を出て、直ぐに副官らしき女が近寄って来る。


 「いやぁ、ついね。おじさん、青臭いのは大好きだから」

 「なに言ってるんですか」

 「ホントホント。……それに、裏の目的って言っても、上澄みの上澄みしか教えて無いし、ね」

 「それは、まぁ……そうですけど」

 「帝国の、真の目的は……確かに達成されているさ。だけど、わざわざ内容を教えてあげる義理も無いし、喋ったりしたら、おじさん殺されちゃうよ」


 「…………ハァ。もう良いです」

 「あれあれ?おじさん呆れられてない?」

 「そういえば隊長、例のブロフとかいうオーク、銀氷にやられ、死亡したそうです」

 「……ん〜?……誰だっけ」

 「例の村の、統括者です」

 「…………あぁ!任務を達成した暁には帝国に迎え入れるって()()()信じて、健気に頑張ってくれていた、あいつかぁ!」

 「ハハ……!哀しいね、予定通りとはいえ、死んでしまったか……!」

 「……はい」

 「つまりは、また我々の理想が近づいた訳だ!」

 「そのようです」

 「いやぁ、なら彼の為にもちょっとだけ、頑張ろうか!王国に我々、帝国の力を貸してあげよう!」

 「いえ、元々……ふぅ。もう良いか」

 「ハハハハ…………!」


 領主館の廊下に、笑い声が響く。

 世界の闇は、未だ底知れない。



――――魔王城跡――――



 大嵐が吹き荒れる。

 大嵐は全てを呑み込みながら、ダグニーに向かい高速で進む。


 「くぅ……あ!!」

 アイギスで大嵐を受けるも、あまりの勢い……威力に、見る間に押されていく。

 「…………!!」

 一瞬でも気を抜いたら、消し飛ぶ。

 極限まで気と魔力を集中し、大嵐と対峙し続けるダグニー。

 しかし、大嵐そのものを堰き止めても、風と共に吹き荒れる氷や雷が、ダグニーの身体を次々と切り裂いていく。

 大嵐の向こうから、再びアリスの声がする。


 「もう、諦めなさい!退きなさいよ!」

 「……ふざけ、ないで」

 「この大嵐は私が止めるまで、消える事は決して無い()()!敵うものでは無いわ!」

 「……わたし、は……あきらめない」

 「……死ぬのよ!?」

 「ねがい、を……。わた、しは……わたしの、願いをかなえる、まで……!しね、ないの!」

 「人は死ぬわ!……そんな当たり前の事、嫌と言うほど知っている筈でしょう!?私も、……貴女も!」

 「……それでも、わたしは、……あきらめない」

 「……!分からず屋!!どっちがわがままなのよ、この我儘姫!!」

 「……わたし、は!貫き、とおすよ……!風の、ごとく!」

 「ならもう、良いわよ!!……だったら!やってみなさいよ、ダグニー!!」

 「アイギス、力を、かして……!!」


 「「はぁぁぁぁああああ!!!!」」


 二人の、戦い。

 その最終盤面、互いの想いがぶつかりあう。


 しかし、極僅かの差で。

 今回の戦いは、緑に軍配が上がる。


 「ぅ…………!……ゲホッ……!」


 大魔法を破られた反動と、ダグニーの斬撃で……動けない程の傷を負い、地に伏せるアリス。

 一方のダグニーも、地面に突き刺した剣を支えに、立っているのが精一杯の様子だ。


 「……アリス」


 決着は、着いた。

 だがしかし、次なる困難は尚も襲いかかる。


 静かに。

 魔王城跡を取り囲む軍勢が、その布陣を完了しようとしていた。



――――――――



 頬を伝い、涙が地面を濡らしていく。

 自分の甘さが、許せない。

 口では全てと言いながら、ゼオン様の為に、ダグニーを殺せない。

 さっきも、魔法を破られる前に……自分から、魔力を緩めてしまった。

 魔法を、解いてしまった。

 ……どうしても、非情に、なれない。

 もう、諦めたのに。

 その筈、なのに。

 その先にもしかしたら、あるのかも知れない未来を、諦められない。


 「……どうして…………!」


 何度自問しても、答えは出ない。

 出た事は、1度も無い。

 いつも……ただ、泣く事しか出来ない。


 「ぐ……うぅ……!」

 「……アリス、わたしは……」


 ドカアァァン!!


 「…………!?」

 なに?砲撃……!?

 何故、このタイミングで……!何処の軍が……!?


 爆炎の向こうに、軍勢が見える。

 あれは……

 「ま、さか……帝国、軍!?なんで、この国に……!」

 「……!!ゼオン、様……!」

 不味い。

 私が弱っているせいで……隠し扉に掛けた、結界魔法が解けかかっている筈。

 この場所は、少し、扉に近い。

 ゼオン様しか開けないとはいえ、扉自体が見つかればどうにでもなってしまうだろう。

 動かない身体を這ってでも動かし、どうにかして扉から、出来るだけ遠ざからないと……!



――――――――



 「アリス、まって……!」

 追おうとするダグニーを、帝国の兵が数人がかりで、強引に止めに入る。

 「王国軍、ダグニー・シルフィード殿。貴殿の救出は、我らの任務の内です。どうか、御容赦を」

 「……なにを……!?……離して、アリスが……!」

 兵の一人が、なにか薬の様な物をダグニーに注射する。

 すぐに、ダグニーは気を失った様で……その場に倒れ込む。

 「デカールの街迄、丁重にお運びしろ」

 「了解」

 機械で出来た、上半分が透明な箱に乗せられ、運ばれていく。



 「銀氷、確認しました」

 「よぉし。すぐに向かう」


 壁を背に座り込むアリスを、帝国の軍勢が取り囲む。

 ある程度、距離を取って囲んでいるが……

 既に致命傷に近い傷を受けているアリスは、恐らく何も出来ないだろう。

 指揮官らしき男が、アリスに歩み寄る。


 「よう、お前さんが銀氷か。思ってたよりもずっと美人さんだなぁ」

 「あ、なたは……確か……」

 「おぉ。会うのは初めての筈だが……?流石は銀氷、と言ったところかねぇ。お初に、銀氷。俺は帝国軍人ヒサオミ・サガラだ」

 「この、国に……。い、まさら……何の、御用?」

 「いやぁ、本当は特に無いんだけどねぇ。ちょいと、同盟の責務を果たしにね」

 「そういう、……事。お仕、ごと、ご苦労様……ね。飼い犬さん、達」

 「ハハ……。いやまぁ、確かにそうなんだけどね」

 言いながら、兵の剣を受け取り、それをアリスの腿に刺す。


 「いっ!うぁっ……!!あぅ……!!」

 「いやぁ、弱っているようで何よりだ。普段なら、防御魔法で刺さらないだろうからね」

 足、手、腕、腹。

 次々と。

 薄ら笑いを浮かべるヒサオミに、何本も剣を刺されていく。

 「はっ、はっ……う、あぁぁっ!!」

 「用は無いけどさ、帝国でも、お前さんは犯罪者だ。生かす意味は無い……連行するのも手間だからねぇ」




 「ぅ、ぁ…………」

 「もう虫の息ってやつだね。放っといても死ぬだろうけど……まぁ、情けだ。(とど)めを刺してあげよう」



――――――――



 意識が……遠くなっていく。

 大切な、記憶達が、次々と……流れていく。


 ……これが、走馬灯ってやつかしら。

 死ぬ時は、時間がゆっくりになると聞いた事があったけど……本当なのね。


 魔王様。

 約束、守れそうにありません。

 申し訳……ございません。


 リオン様。

 今、何処におられるのでしょう。

 アリスはずっと……心配で、胸が張り裂けそうです。

 でもきっと、無事でいると……信じています。


 ……ダグニー。

 結局、分かり合えないままだったけど……

 元気でね。


 ゼオン様。

 ずっと、お側に居たかったです。

 お側に居て、お役に立ちたかった。

 ずっとずっと、貴方に会いたかった。

 アリスは貴方をずっと……お慕いしておりました。

 だから、最後に会えて、良かったです。

 どうか、ご無事で。


 ――――御父様、御母様。

 アリスは、頑張れましたか……?

 褒めて、下さいますか。



 ……意識が、途切れていく。

 もう……限界ね。


 お別れも、言えなかったけれど。


 ……、さようなら。



――――――――



 「…………アリ、ス?」


 アリスに呼ばれた様な気がして、目が覚める。

 どうやら……気を失っていたみたいだ。

 「……?魔力が……」

 何か……。

 気を失う前と比べて、何か魔力の流れがおかしい。

 いや、これは……

 「戻っている……?」

 見ると、左手の紋様が完全に消えている。

 魔王の鎧に組み込まれている宝石が魔力を受けて、本来の輝きを放っている。


 「何があったか分からないけど、これなら扉も……!」

 言いかけて、異変に気付く。

 扉に掛かっていた、アリスの結界魔法が……消えている。

 凄まじい悪寒と共に、嫌な予感が身体を駆け巡る。

 戦闘が無事に終わったのなら、アリスは戻って来るはずだ。

 でも今、アリスの魔力と、先程感じた強い気配を感じない。

 代わりに、大勢の気配を外に感じる。


 「一体、何が……!いや、まさか、そんな……!」

 そんな事、ある訳がない。

 そんな、事は……!

 扉を開けて、外に出る。

 外に出ても尚、アリスの魔力は欠片も感じられなかった。

 「そんな……そんな!!」

 離れた場所に、どこかの軍勢が見える。

 「嘘だよね、アリス……!」

 暴れる感情を抑えて、全速力でそこへ向かう。



 軍勢の真ん中に、アリスは居た。

 身体中を剣で刺されたまま……座っている。

 「…………アリス……?」

 下を向いたまま、座っている。

 僕に、気付かないのかも知れない。

 もっと、近くに行ってあげないと……


 「貴様、何者だ!そこで止まれ!」

 止まれ?

 止まる訳ないじゃないか。

 アリスがそこで、待っているのに。

 「聞こえてるのか!?止まれ!でなければ撃つぞ!」

 「…………」

 歩き続ける。

 誰だ、お前達は。

 ()()、命令するな。

 「構わん!撃て!!」

 何かが身体に当たる。

 ……鬱陶しいな。邪魔をするなよ……

 「……俺に、触るな」

 「通常弾が効かない!対魔法障壁弾用意!」


 「うるっせぇぇええ!!!!」

 邪魔な物を、腕を振って消し飛ばす。

 出来た道の中を、歩いていく。

 ようやく目の前に見えたアリスは、少しも動かない。


 「……アリス?」

 刺さっている剣を全て抜いてあげ、顔を見る。

 少しだけ開いている、その目は……

 「…………どうして」

 明らかに、もう…………。

 目を閉じてあげる。

 両手で、優しく抱き上げる。

 涙が、アリスの顔に落ちていく。

 僅かに光っている、その顔を見て……更に涙が溢れる。

 「どうしてっ……!!」

 やっと、また会えたのに。

 あの地獄から、救って、くれたのに。

 こんな僕に、世界に……再び、希望を与えてくれたのに。

 アリス。

 また、一緒に居れるんだと、そう思ったのに……!

 ずっと、一緒に……!!


 お前達は。

 また、奪うのか。

 地獄を抜けた先は……又、地獄なのか。

 ……なら。そんな世界なら…………


 「要らねぇよ」


 視界が、世界が。

 黒に染まる。



――――――――



 「……始まったねぇ」


 戦場の外、遠い森の中から、望遠魔法で戦況を窺う二つの影。

 「……本当にこれで良いんですかね」

 「ん?そうだね……でもコレも、目的の一つなのさ」

 「でも、あの禍々しい魔力……。あれをどうやって……」

 「さあねぇ。……俺達はただ、言われた事をしただけさ。心配する様な事じゃないよ」


 黒い魔力の塊から、何十もの黒く、大きな帯状の魔力が、回りながら天に向かって立ち昇っていく。

 それが、次々と黒い塊を覆っていく。

 大きな塊となった魔力は、徐々に形を作っていった。


 「隊長、あれ……竜、人……?」

 「そうだねぇ。……。正確には、違うみたいだけど。片方の血が、旧い記憶からアレを作ってるみたいだよ」

 「どういう事です?と、いうか、なんでそんな事知っているんですか」

 「んん?勿論、俺が知っている訳ないじゃない」

 「は?……あぁ、そういう事ですか」

 「うん。俺を通して、見てるのさ」



――――――――



 帝国軍は、見た事も無い、未知の脅威を目の前にしていた。


 「なんなんだ、アレは……!?」

 先程、現れた黒髪の少年。

 どうやら銀氷の連れだった様で、兵の制止を振り切り、軍のど真ん中まで強引に進んで来た。

 既に事切れている銀氷を抱き上げ、何事か呟くと……少年から、強烈な魔力波動が襲ってきた。

 なんとか立ち上がり少年を見ると、黒い魔力が、次々とその身体を覆っていった。

 黒の中から現れたのは……少年ではなく、大人くらいの大きさの、まるで竜の鎧を纏った……いや、竜の形をした、人間の様な、黒い()()()だった。

 まさか……魔王……?

 いや、違う。

 魔王は、種族的には絶滅した、竜人だと聞く。

 だが、目の前のコレはなんだ。

 形こそ竜人の様な何かだが、その形を作っているのは黒い魔力。

 こんなもの、聞いた事も無い……


 「もう、要らねぇんだよ」

 「なに……!?」

 「全部」


 黒い何かとなったゼオンが、腕を振る。

 前方に固まっていた帝国兵達が、消えた。

 ……いや、へこんだ地面をよく見ると、紙よりも薄く潰れた、人間だった物が貼り付いている。


 「…………え」

 「手始めにテメェら全員、潰してやるよ」



――――――――



 「うわぁ……ありゃあ、想像以上の化け物だな」

 「うっ……」

 「おいおい、大丈夫かい?」

 「す、すみません……」

 「まぁ、仕方ないか。流石に、あんな光景は俺でも見たことない」


 ウチの兵達が、虫の様に潰されていく。

 一撃で、百人以上か……?


 「あれ、魔法ですか……?」

 「いやぁ、違うみたいね。あれは多分、魔力の塊をそのまま叩きつけてるだけだ」

 「それを、片手だけで……!?」

 「そう。化け物だよねぇ」

 「あんなの、化け物ですらないですよ……!」

 「……そうかも知れないね。それに、あれで手加減……いや、敢えて攻撃の範囲を狭めている、みたいだ」

 「そんな、事」

 「…………ハハ。憎いだろう。壊したいだろう。どうかそのまま、解放していってくれよ?」


 兵達は、生贄だ。

 【あれ】は神か、悪魔か。

 「はたまた、その両方か。未だ覚醒には至らないが、我は待っている。渇望している」


 「……隊長?」

 「……ん?なんだい?」

 「いえ、今の……」

 「あれ?俺、何か言ってた?」

 「いや、なんでも……ありません」



――――――――



 潰す。

 耳障りな鳴き声を上げて逃げ惑う蟲共を、殺す。

 そう、こいつらは、害虫だ。

 世界を蝕む害虫。


 ――――俺の、世界を。


 よくも、奪ってくれたよな。

 人。

 街。

 国。

 家族。

 俺から、奪っていった。

 そして今又、――――奪いやがった。


 アリス……。


 君の為に、俺はこいつらを絶滅させてやる。

 この世界から、一匹残らず消してやるから。

 だから。

 ……ね、どうか。

 もう一度……笑ってくれないか。


 問いかけても、左腕に抱いたままのアリスは、もう、動かない。

 その顔で、話しかけてはくれない。

 とても好きだった、照れた顔も……見せて、くれない。

 優しく、美しい声も、二度と聞こえない。

 笑っては、もらえない。

 もう、――――アリスには、逢えない。


 一体、何故、アリスがこんな目に遭わなきゃならない。

 とても、とても優しいアリス。

 そんなアリスに()()させてきたのは、……テメェらじゃねぇか。

 何故、俺達ばかりが奪われなきゃあならない。

 なんでお前等は生きていやがるんだ。

 俺が、殺してやるよ。


 「俺を誰だと思ってやがる」

 「俺に平伏し命を乞えよ、人間共。俺はその尽くを無惨に刈り取ってやる。俺が、【魔王】ゼオンだ」



――――【????】――――



 途方もなく広がる空間に、一つの玉座がある。

 玉座には、女性が座っている。


 「あと少し」

 女性は魔法で宙に描かれた映像を観ながら、呟く。

 「もう、ちょっとだ。悲願迄」

 「なぁ愛しいゼオン。妾のゼオン。さぁ、もっと見せておくれ……<希望>を」

 映像を、掻き抱く。

 「生贄を、喰らい尽くせ。足りぬのなら、まだまだ用意しようではないか」

 心から愛おしそうに、微笑む。

 「其方の絶望(きぼう)を、見せておくれよ」

 「その為なら、妾はなんでもしよう」


 「だからもっと、その心を壊しておくれ。世界を憎んで、憎み抜いて、壊して。最後には、其方も……壊れてしまえ」

 「くく……。アッハッハッハッハ…………!!」


 空間が、白に染まっていく。

 そのうち、全てが白になり……何も、見えなくなる。

 笑い声だけが、長く響き渡っていた。



――――魔王城跡・外れの森――――



 「――さて。報告しに帰ろうか」

 「は……はい。内容は……」

 「一応、確認しておこうかね。応援部隊は全滅。これは予定通り、王国へ()()を」

 「目標に関しては、予想は確信に成った、と。再封印は不要。従って封印の〔周期〕毎の記録についても、痕跡を全て消した上で破棄。もう意味は無いからね。最後の兵が潰された後、何処かへ飛んでいく目標には……微かにだが確かに、()()()が確認出来た」

 「……了解。記録映像と共に、その様に纏めます。銀氷については……」

 「ん〜……不確実な情報になってしまうよね。あの場での死亡は、確認した。したが、アレが話の通りのものなんだったら……いや、事ここに至っては、もはや疑いの余地は無いねぇ。()()()()()()()

 「だとしたら、やはりあの場で急ぎ身柄を確保したほうが、良かったのでは……?」

 「それは、逸脱だよ?俺らの任務に、そこまでは含まれていない。今の段階で、過度な圧を掛けた場合、こちらもどうなっていたか……容易に想像出来る筈だ」

 「あ……は、はい」

 「目標以外に対しての、生死は問わないとは命じられたが……それ以外は、許されていない。……分かるね?余計な事をすれば、巣から飛び出てくるのは、竜だけじゃないかも知れない」

 「……僭越でした。申し訳ありません」

 「うん、分かってくれれば良い。銀氷については生死不明と報告する様に。……良し、あらかた情報も整理出来た事だし……帰還しようか」

 「了解」



――――デカール・下級貴族街内医療施設――――



 「……う、……?」

 ここは……病院?

 わたしは、どうなって……

 魔国へ戻ってきて、それから、アリスと……

 ……そうだ。


 「…………アリス」

 決着の瞬間、確かにアリスの髪の色は、銀色に戻っていた。

 勝ちを……譲られた。

 あの後、どうなったのだろう。

 日付を確認すると、あれから丸3日が経ったようだ。

 ……そんなに眠っていたのね。

 3日も経てば、状況はかなり動いているだろう。

 アリス()の事も、気にはなるけど……

 王国騎士としての責務は、果たさないと。

 突如現れた、帝国軍。

 そして、アリスの言から推測するに、あの時点で2人は行動を共にしていた。

 「ゼオン……」

 あの時、もし姿を見たら……どうしていただろう。

 ……分からない。

 分からないけど……きっと、結果はまた違っていたと、思う。

 ……とにかく、報告をしないと。


 「……誰か」

 少し大きな声で、近くに居る兵を呼ぶ。

 「は!お呼びでしょうか、シルフィード軍団長。お目覚めになられた事、誠に嬉しく思います」

 「……うん、ありがとう。報告をしたいのだけど、指揮官クラスの兵か、騎士のだれか、いる?」

 「施設内に総軍団長がおられます。直ぐにお呼び致しますので、暫くお待ち下さい」


 ……団長?

 なんで、団長がここに……。


 「はっはっはっはっ!!珍しくやられた様だなぁ!ダグニー!!」

 ……五月蝿い。

 側で控えていた看護兵も、苦い顔をしている。

 「……団長、ここ、びょういん」

 「おお、すまんすまん!!」

 …………。

 「もう、いい。外行くよ、だんちょう」

 「……ぉお!?」

 風魔法で団長ごと、窓から建物の外に移動する。

 ある程度、施設から離れた所に降りる。

 それくらい、ライアンの声は響くし、五月蝿い。


 「……それで、なんで団長がここにいるの?」

 改めて尋ねる。

 「うむ!!それなんだがな、お前さんが眠っている間にこのダカールの街で、大事件が起きたのだ!」

 「……大、じけん?」

 「そうだ!しかも、2つのな!!」

 ……2つ?

 この、短期間で……?

 「……1つめは?」

 「デカール領主リンドバーグ公が、何者かに殺害された!!犯人は未だ分からず、手掛かりも無い!!」

 ……殺害?

 暗殺、という事だろうか。

 とても悲しい事ではあるが、公人や要人の暗殺は、珍しいと言うほどは、こんな世界では……少なく無い。

 問題は、残るけど。

 内か、外かの。


 「……2つめは」

 「ダグニー、お前さんの所の副団長が、行方不明なのだ!!こちらも、未だに何の情報も無い!!」

 「ゼイスが……?」

 どういう、事だろう。

 珍しい事では無い、けど……どう考えたって、おかしい。

 同時期、全く同じタイミングで、デカールの要職に就いていた王国貴族が、殺害・失踪なんて。

 帝国軍の件と、何か関係が……?

 「加えて、お前さんへの辞令も預かってきた!!」


 ……あぁ、成程。

 ようやく、理解が出来た。

 そういう……事。


 「王国第5軍は兵力の減少著しく、任務の継続は困難だと判断する!!依って、第5軍はその全軍が王国本土へと帰還せよ!!代わって第1軍をデカール守備に配置!並びに、デカール新領主はライアン・テグジュベリを軍団長と兼任とする!以上だ!!」

 「……拝命いたしました」


 そういう事だ。

 今、合点がいった。

 わたしが第5軍に、急遽、配置転換されたのも。

 2人が()()()()のも。

 第3師団が壊滅したのも。

 アリスが魔国に現れたのも。

 ……わたしが、()()()()()()()()本国へ召還されるのも。


 「……全部、しくまれていた。……そういうこと」

 「ん?どうした、ダグニー!!」

 「……なんでもない。分かりました、だんちょう」

 「そうかそうか!!何だか申し訳無いが、働き過ぎなお前さんには丁度良いかも知れんぞ!暫く、本国でゆっくりすると良い!!」


 悪気の全く無い団長にイラッとしたけど、許そう。団長は悪くない。


 「では、俺は色々と用事があるので失礼するぞ!!またな、ダグニー!!」

 大笑いしながら走っていく団長を無言で見送った後、1人考える。


 仕組まれていたのは、分かった。

 ここ最近の事、全てだ。


 4軍から5軍に移動した時も、違和感はあった。

 その理由が無いからだ。

 王都の守備には、基本的に第1軍が就いている。

 伝統的にもそうだが、いつの時代も、最も強い騎士は総軍団長……つまり、騎士団長だから。

 最も強い騎士を、最も重要な王都に配置するのは理に適っている。

 だけど、当代最強の騎士は……わたしだ。

 自惚れでもなんでも無く、事実としてそう。

 だから、王都守護では無いとはいえ……わたしを、魔国の地に飛ばすのはおかしいと思っていた。

 なんの、前触れも無く。

 しかも、結局はわたしを呼び戻す。

 これから、団長と第1軍が必要になる程の何かが、このデカールの街で起こるのだろう。

 あの時の会議での、予言めいた何かが。

 ……代わりに、わたしを王都守護に配置する、そういう事だ。


 「……アリス……」

 アリスが魔国に現れたのも、わたしがこの街に来てからだ。

 それまでは、魔国での目撃情報は1度も無かったのに。

 つまりは、アリスに対して故意に情報を流した、何者かが居る。

 ご丁寧にも、わたしを1度王国に戻し、エルネアを1人にしてまで……

 もしかしたら、アリスの言い分を、もし信じるのなら。

 ガーネットを殺したあの魔法さえも……。

 ……わたしと、アリスをこのタイミングで本気で戦わせて……漁夫の利を得ようとしていた、誰かが、居る。

 それは、

 「……ていこく」

 狙った様に現れた、帝国軍。

 わたしを()()()あたり、名目上は援軍の体だったのだろう。

 ……実際は、全てが狙い通りだった、と。


 そして、アリスの目的。

 これはもう分かっている。

 ゼオンの……救出。

 その、途上。

 ……あんな性格のアリスが、殲滅までした第3師団と、1つの村。

 上がってきた情報しか、目を通してはいないけど……大体の予想はつく。 


 「っ…………」

 ここまで虚仮にされたのは、生まれて初めてかも知れない。

 苦い感情と怒りが、心の中で渦を巻く。

 絶対に、忘れない。

 この借りは、必ず返す。


 「……帝国か、その裏か……しらないけど」


 「決してこのままでは、済まさないから」



――――王国・魔国間上空――――



 王国の紋章を掲げた魔導船が、空を飛んでいく。

 魔導船は、王国・魔国間を3日掛けて移動する。

 サイズは幅広く、個人の船や、二百人を運ぶ巨大な船も有る。

 海上を移動するよりも早い、魔法技術を使って空中を移動する魔導船は、王国では官民問わず、多くの人達が利用する海外への移動手段だ。

 その魔導船の、軍専用機に、三人の騎士が乗り込んでいた。


 「ねー!まだ魔国に着かないのっ?もう、退屈で死にそー」

 「五月蝿いわよ、リタ。座ってなさい」

 「僕も死にそぉ~。ねぇリエット、なんか面白い事してぇ」


 普段、魔導船を使用しない三人。

 久し振りに乗った魔導船の()()に、暇を持て余していた。


 「ふざけんな。なんで私が」

 「えぇ〜……ジャンケンで負けたからぁ?」

 「してないし」

 「えー!やってやって」

 「イ・ヤ。あんたやりなさいよ」

 「あたし?良いよ!ちょっと待ってねー……せーの、はいっ」

 少女が、両手を使って変顔を繰り出す。

 「ブフっ……」

 「おもしろ〜いぃ。その顔は初めて見たかもぉ。新ネタ?リタ、さっすがぁ」

 「面白かった!?わーい!」

 「ん、ぐ……!」

 「あはは〜。リエット笑い過ぎぃ。顔赤いよぉ」

 「あ、あんたがおかしいのよ……んん!……いっつも笑ってる様な顔、してるからかしら」

 「ひど〜いぃ。可愛い僕を捕まえてそんな事言うなんてぇ。天罰が当たるぞぉ」

 「五月蝿い黙れ」

 「むぅ〜!……良いもん!なら、僕も面白い事して、笑い死にさせてやるからぁ」

 「……え!?ちょ、ちょっと待ちなさい!ファナ!あんたのは、やめなさい!謝るから!」

 服を脱ぎかけていた女性を、もう片方の女性が手で抑える。

 「も〜ぉ、なんなのリエット」

 「馬鹿、どうせ裸ネタでしょう、あんたのは!ここには護衛の兵も乗ってるんだから……!」


 見ると、部屋の中に居た数人の兵士の視線が集中していた。

 「…………ちょっと。貴方達」

 「も、申し訳ありません!」

 急いで目線を正面に、姿勢を正す護衛の兵達。


 「……はぁ。まったく、もう……」

 「みんな、そんなに見たかったのかな?ファナのおっぱい」

 「そりゃあ僕のおっぱいだもん、見たいに決まってるよぉ。ね〜。見せないけどぉ」

 「あたしも好き!おっきいしやらかいし!」

 「リタは可愛いねぇ。おいで〜」

 「わーい!」

 少女が女性の胸元に飛び込む。

 「だから、あんた達はもう少し羞恥心と慎みってものを持ちなさいよ……特にファナ」

 「え〜?見せないってばぁ」

 「いや、そういう事じゃ無くて……はぁ、もう良いわ」

 

 それぞれの椅子に座り直し、三人は改めて真面目な話をする。

 「……もうすぐで魔国に着くわね」

 「ねーリエット、団長とエルネア、大丈夫かなぁ」

 「団長は心配要らないでしょ。あの団長よ?エルネアも、回復は順調って連絡来てたし」

 「僕、エルネアに会ったらぁ、ぎゅ〜ってしてあげるんだぁ」

 「やめなさい。あんたの馬鹿力じゃ潰れちゃうわ」

 「む〜。優しくするに決まってるでしょお」

 「あたしもあたしも!エルネア、落ち込んでるかも知れないし!」

 「ハイハイ。本当に優しくね、大怪我してるんだから」


 「でさ!副団長って結局どうなったの!?」

 「新しい情報は入ってきてないわね……多分このまま、副団長職は解任だと思うけど」

 「確かぁ、副団って騎士じゃ無かったよねぇ?」

 「騎士団メンバーくらい覚えておきなさいよ」

 「あたし知ってるよ!れいがい?ってやつだったんだよね!?」

 「そう。王国の1から4の軍団は団長と副団長、どちらも騎士が務めているわ」

 「だけどぉ、第5軍(ウチ)だけは違くてぇ、占領時からずっと()()()()()が団長でぇ、なんでか騎士じゃない貴族が副団長やってたんだよね〜」

 「あたしあの副団長、嫌い!だってだって、いっつもエルネアのこと、悪く言うんだもん!」

 「僕もきら〜いぃ。軍団が変わってもぉ、ずっと4人一緒だと思ったのにぃ。団長も〜」

 「エルネアは、本当に有能な子だから……勿論、私も寂しかったけどね。副団長に顎で使われまくってたのも、まぁ……仕方無いわ」

 「でも、また一緒にいられるようになるんだよね!?」

 「そうね。第5軍は一旦解体した後、再編成。だからこの後また、本国にとんぼ返りする事になるわ。みんなでね」

 「エルネアもぉ、完全に()()()に戻ってくるんでしょ〜?掛け持ちじゃ無くてぇ」

 「エルネアに直接指示を出していた副団長が行方不明だから、そうなるわね」

 「そういえばなんで、副団長は諜報部と……」

 女性が少女の口を塞いで,声のトーンを落とす。


 「むー?」

 「しっ。それ、大きい声で言っちゃダメ。私達はエルネアに近い分、知っているけれど、その情報は軍属……うぅん、騎士団にすら出てないの。多分、知っているのは軍団長クラスだけ。……つまり、王国にとってのシークレット。極秘の、……とても不味い情報なのよ。だからこその、行方不明扱いなの」

 「……そうだね~。こんな時にぃ、団長やエルネアの余計な弱点は、作っちゃ駄目だよ〜」

 「むー」

 こくこくと、頷く少女。


 「……ぷは!でもさ、新しい副団長って誰になるんだろね?」

 「あ〜、もしかしたら僕かもぉ!ね、リエット」

 「ん、順当にいけばエルネアじゃないかしら。能力・実績、共に申し分ない訳だから。団長も推薦するでしょ」

 「ね〜え〜、無視だけはやめてぇ。本当に泣きそうになるからぁ」

 「……ね、リエット。エルネアが副団長になっても、またみんな一緒にいられる?」

 「そんな顔しなくても大丈夫よ、リタ。なんなら前よりもっと一緒にいられるわ」

 「ホント!?」

 「えぇ、勿論。私が嘘ついたこと、ある?」

 「……うぅん!わーい、あたし嬉しい!」

 「ね〜ってばぁ、2人とも無視しないでぇ。……くすん」

 「あーハイハイ、分かった分かった、悪かったわよ。ほら、泣き止みなさい。リタも座って、そろそろ着くわよ」



――――魔国・何処かの深い森の奥――――



 「のう、いつまでそうしておるつもりじゃ」

 「……………………」

 「もう3日は経つ。取り敢えずは、中に入ったらどうじゃ?」

 「……………………」

 「……まぁ、良いじゃろう。気の済む迄、そうしているが良い。儂は、家の中に居るでな」


 …………僕は。

 僕は、どうすれば良いのだろう。

 どうすれば……良かったの、かな。


 ねぇ、アリス。

 

 君にまた逢えたあの時、無事で良かったと言ったけれど。

 本当は、生きていると信じていたんだ。

 強い君が、死ぬ訳は無いと。

 心の底から、信じていた。

 だから……また逢えて、本当に、本当に……嬉しかった。

 だけど。

 生きていた、その事には……驚きは、無かったんだ。


 今でも、信じたい。

 アリス、君が……君が、死ぬ訳なんて、無いんだと。

 信じ……たいんだ。

 ――でも。

 今も、触れている所から伝わる君の身体の冷たさが……それを否定してくるんだ。


 あの時の、温かさが……もう、何処にも無いんだって。


 君にまた逢えて、僕はまた頑張れると思った。

 君がいれば、国の為に、王子として……立ち上がれると、思った。

 アリスがまた、側に居てくれるのなら……


 僕はもう、分からない。

 僕は、君の事すら護れなかった。

 僕の為に、ずっと頑張って、頑張って、頑張ってくれていた君の為に……何も出来なかった。


 アリス、君に報いたい。

 君が助け出してくれた僕が、一人で、国を、リオンを、みんなを……助けたい。

 本当はそれが僕のしなくてはいけない、事だと……分かっているけれど。


 身体が、言う事を聞いてくれないんだ。

 一歩も、…………動けない。


 「……う、ぅ。…………あぁぁ…………!」



 あれから、ゼオンは深い森の中、アリスを抱きしめながら、ずっと泣いていた。

 アリスを失った悲しみから慟哭を繰り返し……今では声すら枯らし、泣き続けている。

 十年、地獄を耐え忍び……漸く、その先に見えた、眩しく光る希望。

 しかし希望は無情にも、又……ゼオンから、奪われた。

 魔国の為、王子の自分を護り、生かしてくれた事。

 それに報いる為の道も、頭では理解している。

 長い絶望を潜り抜けてきた、ゼオン。

 だが、二度目の喪失には心が……もう、保たなかったのかも、知れない。

 このままいけばゼオンは、何処かの誰かが望んだ通り、感情のままに全てを破壊し尽くす、悪鬼と成り下がるだろう。

 今まで居た地獄の様に、世界の悪意に……飲み込まれるまま。


 ――しかし、ゼオンの力か、はたまた未だ見ぬ超常の力か。

 それは分からないが……奇跡は、起きた。

 淡い光を放ち続けていた銀の少女が……目を覚ます。


 「…………ゼオ、ン……さま」


 一章『始まり』全編、これで幕となります。

 二章へ続きます

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