家づくり⑦
――――――――
意識を失ったコジロウをどこにもぶつけない様に気を払いながら、ササラを追う。
しかし気になるのはやはり、あの言葉。
――リオン様の情報を裏ギルドが持っている?
それが本当だとして……いつ、何処で?どうやって?
……リオン様が御姿を隠されてから、もう1年になる。
あの頃、私はリオン様のお手伝いをしながらゼオン様の行方、その情報を捜し回っていた。
魔国を除けばそれこそ、世界中を。
リオン様と私の繋がりを察知されぬ為に……リオン様の元へ直接、特殊な転移魔法で跳ぶのを絶対の条件として。
あの日――。
私はいつもの様にリオン様の元へ跳んだ。
御両親を亡くし国を失い、ゼオン様の行方も知れず。御身体を崩され、精神を摩耗し続け……それでも祖国の為に身を削り続ける、リオン様のお力に少しでもなりたくて。
……だけど……。
いつもの場所に、リオン様は居なかった。
書き置き等も何も無く、リオン様に常に付いていた侍従の姿も無い。
何か、突然の用事が出来たのかも知れない。
何か、国内で問題が起きたのかも知れない。
何か、単純に出掛けているのかも知れない。
そう……願った。
でも、いくら待ってもリオン様はお戻りにならなかった。
魔国中を飛び回り、世界中を跳び回り……けれど見つからなかった。リオン様の情報、その欠片すらも。
そこから……1年。
正直言えば、その期間の私は確かに『魔人』そのものであったのだろう。
きっと、どこかが壊れていた。
元々賞金首として扱われていた王国に加え、帝国でも重罪人として指名手配を受けた。
だけど。
何がどうなろうと関係が無かった。
私にとっては御兄妹だけが全てだったから。
目に映る殆どが敵に見えた。
そんな私に良くしてくれた冒険者ギルドの者達すらも、信用出来なかった。
そうして日々を過ごす内に、ゼオン様の情報が舞い込んできた。
本当は直ぐにでも魔国へ飛んでいきたかった。けれど、万が一にも失敗は出来ない。
入念に情報を精査して、準備を重ね……
……そして、あの日。漸く闇からお救い出来た。
――けれど。今もやはり、私の心には大きな穴が空いたまま。
ゼオン様の御顔を見る度、私は救われる。
……でも同時に、鋭い棘を心へと撃ち込まれるのだ。
諦めた訳ではない。決して、諦める訳にはいかない。
しかし現状、手掛かりの1つも無い。リオン様をお救いしたくても、何も出来る事は無かった。
無かった……筈だった。
「恐らくは……順序が逆ね」
そうだ。
少し冷静になった今、漸く理解した。
恐らく、裏ギルドがリオン様の情報を掴んだ訳ではない。
私に対してリオン様の御名を出すなら、信じたくはないが……真実ではあるのだろう。
しかし、逆だ。
リオン様の失踪。
それ自体に、裏ギルドが関わっているのだ。
「根絶やしにしてやる……」
世界から存在を消滅させてやる。
裏ギルドという巫山戯た組織を、纏めて全て。
それにしても……私は、全く未熟だとまた教えられた。
恐らくあのままでは、私は怒りに身を任せ……あの男を直ぐに始末してしまっていただろう。
ゼオン様は全部、理解なさっていた。
だからこそ、私を外し、あの場におひとりで残ったのだ。
あの男がどこまで知っているかは分からないが、少しでも情報を引き出す事は最重要事項なのだから……。猛反省しなければいけない。
「私も……私の仕事をしないとね」
今は全てを一旦忘れ……ササラの元へ急ごう。
あの子はあの子で心配だものね。
――――――――
「リコさんっ!!」
「ササラちゃん……!?どうしてここに!?」
見つけた……!やっと!
牢がいくつも設置されている大きな部屋。
その中の1つに囚われているリコさんを、ようやく。
「今、出してあげますからね!危ないから少し下がって!」
鉄格子だけを溶かす様に炎を絞りながら、出力だけを上げていく。
だんだんと溶けていく様子を見て、ひと安心した。
……良かった、特別な素材とかじゃないみたい。
「良し、このくらいで……!さっ、リコさん!」
ふらふらしているリコさんに手を伸ばす。
「う、うん……っ」
やっと救い出せる。
後はあの子の居場所がハッキリと分かれば……!
――――ッ!?
突然頭上に現れた熱に、咄嗟に真横へと跳ぶ。
「誰ッ!?」
見上げた先。
そこに張り付いていたのはカメレオンの様な、気味の悪い男。
巻いたバンダナで目を隠し、長い手足で天井に張り付き、長い舌を蠢かしている。
「ゲッゲッ。何だ、随分と勘の働くガキだな」
何こいつ!?気持ち悪……
「目的を達成したその時こそ大きく油断が働くモンなんだがな。お前、やるじゃん」
男はヌルリと天井から降りてくる。
「……あなたも裏ギルドの人?」
「何処だと思ってんだ。当たり前だろ」
「ガキ、お前はそこの売り物を奪いに来たんだろ?ならお前は俺っちの敵だ」
「売り物……!?」
「あん?」
「……あなた達はッ!!」
許せない……!
魔力を練り上げ、右手から男目掛けて放出する。
「ぅおっ、と……オイオイ。いきなりだな」
焦げたのは壁だけ。
躱した!?……あんなに隙だらけだったのに……
次々と魔力弾を撃ち込む。だけど……
……当たらない……!
「ん〜?なんだ?お前、もしかして……」
「…………ッ!」
「ゲッゲッ!!お前、魔力だけの素人か!?さっきのも偶然かよ!」
……そうよ?……分かってる。2人が遠い事なんて、ウチが、いちばん……
…………でも……っ!
「だからって!……人を売り物だなんて呼ぶあなた達に!そんな奴等に負ける訳にはいかないッ!!ウチだって……許せない!!!」
男の熱が移動する先を感知して、そこに炎の壁を置いておく。
「――挟み撃ちなら!!」
左で動かない壁を作り、右で迫る壁を操作する。
……包み込むように……!逃がさない!
「……あァ!?なんで俺っちの動きが分かる!?お前――」
やれる……ウチだって!
「喰らいなさい!<炎之檻>ッ!!」
「ッ!?ぐゥあぁぁあ!!」
炎は男から見て上下左右、全方位に逃げ場の無い檻となり……その命を摘もうと一気に収縮する。
「はぁっ……、はっ……!」
男の反応は無い。熱も……
……やっ……た?倒せた……の?
「ササラちゃん……」
そうだ……!
「リコ……さん、今……!」
「ダメ!ササラちゃん、避けてっ!!」
「――ッ!?」
お腹が、熱い――……?
思わず擦る。ぬるっとした感触に、ギョッとして掌を見る。
何コレ、血……?
――……ウチ……の?
「う……!!ぁ……っ」
逆流してくる激痛と吐き気を気合で呑み下す。
こんなの……っ!!
「――ゲッゲッ。敵の死を確認しないままとは……結局素人にゃ違いねぇが、しかしお前……危険だなぁ。なんだ?その能力ぁ」
震える手で、腰に提げた鞄からポーションを取り出す。目の前に立つ男からは決して、目を逸らさずに。
「んっ……く」
血は……止まってくれたみたい。良かった、深い傷では無かったらしい。
「運は有るみたいだなぁ。ま、安心しろ。次は更に抉ってやるからよ」
「はっ……はぁっ……!……あなた、どうやって……!?」
「自分から敵に情報を渡す馬鹿がいるか?分からないままにくたばれガキ」
白刃が顔を掠めていく。
「あァ……いや、駄目か。女のガキならいくらでも買い手はつくもんなぁ」
「そんなの……!」
「あーあァ、面倒くせぇなぁ!なぁ、お前。大人しく捕まれよ」
何、言って……!?
「なぁ。お前と俺っちの魔力的相性は最悪だぜ?お前にとってはよ。これはよ、絶対に覆るこたぁねぇよ」
「悪いようにゃしねーって。精々高く売れるようにしてやるからよ」
「誰が……っ」
「それにその紅毛だよ。そうだろ?お前。アースランドの民だろ……しかも上澄みだ、真紅だよ」
――――!?
「なんで気付いたか、って顔してんな?確信を教えてくれたのはお前等だよ。名前、呼んでたよなぁ……ササラ」
「……あたし……!?そんなつもりじゃ……」
「――!リコさんっ、気にしちゃダメです!こんなの、なんでも……」
「あーあー。なぁ、俺っちは嬉しさ半分、憎さ半分だよ。あのクソ野郎の妹がこんな所に居るなんてよ……!」
「え……」
「なんだ?俺っち達は裏ギルド。……特にSランク冒険者なんてのは敵の中の敵なのは当たり前だろー?ま、中でも……お前の兄貴は飛び抜けて気に食わねぇのも確かだが」
また……なの?
……うぅん。きっと、違う。
こればかりは、違う!
「なぁ。一体いくつのアジトや人員がお前の兄貴に潰されてきたことか。理不尽によ」
「兄が……兄は間違った事なんてしない……なんて。そんな訳は全然まったく、これっぽっちも無いけど」
「あん?」
「少なくとも悪人を許すことはしないってウチは知ってる」
「……で?」
だから……
「だからウチも許さない。あなた達を赦せない!……ウチに流れるこの血に誓って!」
「ゲッ……ゲッ!……ゲギャギャギャ!!まぁ、良いぜ!!そこまでは良い!言ってる事も概ね合ってるしなぁ!!」
「他の奴等ぁ、どうか知らねーが……!俺っちは悪い事を悪い事と理解ってやってるからな!そりゃあ悪人だよ!!」
「…………」
「で、どうすんだ!?お前が俺っちに勝てんのか!?……結局、そこなんだよ!!お題目も綺麗事も好きなだけ言やぁ良い!なァ!!だが、俺っちを殺せなきゃアそこまでなんだっつーの!!」
男の武器がリコさんに向けられる。
……!!
「キャア!」
「リコさんっ!」
「おい、なァ!!実力も勝てず、相手の土俵で、人質すら取られてよ!お前みたいなガキに何が出来んだよ!?」
「……勝てなくても良いの」
「あァ!?」
「だって、そうだもん。ウチが……ウチが勝てなくたって大丈夫。だって……パーティなんだから」
傷が塞がっても襲い来る痛み。
その痛みで霞む視界の奥から、銀の光線が飛ぶ。
「――!!??俺っちの腕が……!!」
男の左腕は銀の氷で覆われた。身動き1つも取れないように……その凶刃が振り下ろされる事の無いように。
「なんっで、テメェが……!!セーレの馬鹿は何してやがんだァ!!」
「誰?それ。知らないわ」
「……!!」
「それよりも祈りなさい。無事に地獄へ落ちてゆける様に」
そう。分かってるもん。
ウチが勝てない相手が居たって、きっと大丈夫。
昔と違う……。
ウチにはもう、仲間がいるから。
悔しくない、なんて――……嘘だけど。
――――――――
「ササラ、大丈夫?怪我を見せて」
「あっ、めくります!自分でめくりますから!」
アリスは、男からは決して気を逸らさずにササラとリコの様子を診る。
二人に大きな怪我が無いと分かると、ふーっ……と息を吐いた。
「良かった……。大丈夫みたいね。私、光属性……回復魔法は使えないから心配だったの」
「大丈夫です!あの、アリスさん?ゼオン君は……」
「心配だけど、心配要らないわ。ゼオン様を信じているから。貴女だって同じでしょう?」
「はいっ」
「銀氷ッ!!」
「……五月蝿いわね。なに?死ぬのがそんなに待てないのかしら」
「テメェ!あの部屋に居た3人はどうした!?そう簡単にやられる訳は……!」
「あの愚か者共の裁きは我が主に委ねられた。……お前如きが気にする事ではないわ」
「あァ!?ふざけ――」
「巫山戯ているのはお前達よ。お前には私が裁きを下してあげるから感謝しなさい」
「アリスさん……」
「良く頑張ったわね、ササラ。……でも、ここは私に任せて。貴女にはまだ1つ、大切な任務が残ってる」
「……そうだ、あの子がまだ……!」
「そう。ササラ、あの子は貴女に任せるから……どうか探しだして。そうして、救ってあげてね」
「……分かりましたっ!」
ササラはその場を後にし、またも一人走り出す。
裏ギルドの男は、それを止めようともしなかった。
――いや、出来なかった。
「さ、リコ……。コジロウをお願いね」
浮かせていたコジロウを、リコの元に優しく降ろす。
「コジロウ!……なんて酷い……!こんな、こんなの……」
痛々しい、拷問の跡が残るコジロウの顔を見て……リコの胸中には様々な感情が渦を巻く。
「おいおい……!!冗談じゃねーぞ!!なんだこりゃあよ!?随分と好き放題しやがって、テメェら!!」
「どの口が言っているのかしら。……恥を知らないのね」
「ゲッゲッ!!……なんて言いざまだ!冒険者だなんだ吹かしてやがるが、本当の悪はどっちだろうなァ!?魔人が……!」
「何を言っているのかしら」
「聞くが、銀氷!お前は命を奪った事は無いのか?自分の都合で他人の運命を捻じ曲げた事が無いってのかよ!?有るなら……同じ穴のムジナだよな!!」
「…………」
「ゲヒャヒャ!なァ!!お前に人を救ける資格があんのかぁ!!?」
男は言葉を巧みに操り、なんとか隙を作り出そうとした。
黙り込むアリスを見て好機だと悟った男は、残る右腕に握る刃をアリスに突き立てた。
――だが、その刃が当たることは無かった。
「…………はぁ。……何?裏ギルドとか偉そうに宣う割には随分とお子様なのね……貴方」
刃は、アリスの体に届かない。……どころか、十センチ手前で魔力の壁に阻まれた。
「悪?――そんなもの、一々気にしていたらとっくに生きていないわ」
「……!?」
「私は私の為に存在していない。ただ、大切なものを護る為に戦う。その為に邪魔なモノは排除する。シンプルでしょう?……私はずっとそうして生きてきた。――今も」
「結果……。それが悪を為すという事なら受け入れましょう。護る為ならばそんなモノ、路傍の石にも劣る価値しかない煩雑な鎖」
「この女、イカれてんのか……!?」
「私はもう間違えない。失わない為に。……取り戻す為に」
「世界が魔国から奪った全ては必ず返してもらう。……だからそんな下らない事。気にしていられないの」
「狂ってるぜ、お前……!」
「……まぁ?貴方のおままごとに合わせて言うなら……それが私の正義よ。私だけの。誰にも……否定も邪魔もさせはしない」
「さて。お喋りはここまでにして――」
アリスの体は目に見えて魔力を帯びていく。
「――始めましょう?貴方の断罪を」
「ッ、バケモンが……!……だがなァ、銀氷……!そうそう、全てがお前の思い通りにいくと思うなよ……!!」
――――――――
「おいセーレの旦那!ありゃあ、まさか……」
「竜人の魔力でやす」
「……フン!【魔王】……か?確かにその通りかも知れん。だがな……小僧、何か忘れてはいないか?」
「何を?」
「息巻くのは結構、しかし未だ人質はこちらの手中という事だ!あの獣人を持っていかれようがな……!」
「あぁ……人質。やっぱり、そういう事なんだよね?」
「…………なに?」
「彼等を人と理解していながらも人と扱わないお前等はもう人では無い」
ゼオンの魔力は更に濃密に、その禍々しさを増していく。
黒よりも漆黒く、水色よりも深く澄んだ蒼へ。
「――そういう事だ」
瞬く間に。
アリスの紫雷に貫かれ、既にどす黒く変色していたセーレの右腕は地面にボトリと落ちた。
あまりにも意識の外から飛んできた攻撃に、当のセーレも……手下のゲンスとランドールも、誰も反応が出来なかった。
「ぐっ!!?…………あァァァァア!!??」
「セーレの兄ぃ!?」
「アァ……!っ、腕!俺の……」
「四肢の一つくらいでガタガタうるせぇよ。あと三つ有るだろ」
「ぐぁ……アァあ……!!きっ、貴様……」
「こんなモンじゃねぇだろ。……なぁ」
ゼオンの右手に握られるのは黒の大剣。
薄っすらと蒼に輝く、漆黒の魔力から創り出した……【深濃ノ大罪】と自ら名付けた魔力剣。
「こんなモンじゃねぇよ。……俺達は…………!!!」
無慈悲の剣閃が奔る。
「いっ……いぎゃあァァァ!!俺の、俺の足がァア!!?」
「旦那ァ!!おい小僧!てめぇ、いい加減に――」
再び、ランドールを肩に乗せ直したゲンスが瞬時の移動を駆使し、背後からの拳での振り下ろしをゼオンに放つ。
「――しやがれッ!!」
ズン!!!と鈍く、重い音が部屋に響く。
が――
「それも……とっくに種は割れてんだよ」
今度は受け止めすらしない。
ゼオンは完璧に彼等の攻撃を読み、半歩分、身体を移動させただけで避けていた。
「……あぁ!?」
「『一瞬しか保たないが範囲だけは広い麻痺魔法』と『一歩目の距離と速度を上げる魔法』……の、複合使用。てめぇらが気色悪くぴったりとくっついてんのも、二人の魔法発動のタイミングを完璧に合わせる為。……そんなところだろ?てめぇらの手品の種は」
「こいつ……!?」
「……ッ、しかし、それが理解っていたとしても受け難いのが自分達の売りでやす!それをこんなにも簡単に破られる訳が……!」
「ササラにはまだ早かったかも知れないが……たかが難いだけだろ?自分で認めた通りだよな。この間抜け……いや?所詮は狡いだけの小悪党だったな」
「このッ……!」
ゼオンの言葉に激昂したランドールは単身、攻撃を仕掛ける。
「おいランドール!!?」
「大体、何をさっきから偉そうに……貴様如き温室育ちに何が分かるんでやす!?祝福されながら産まれた王子に何が!!」
「――知らねぇよ」
宙に浮いたまま、ランドールの身体は縦真っ二つに斬り裂かれた。
「カッ……!」
「知るかよ。……てめぇらの事情なんか……知りたくもねぇんだよ」
「ランドール……!……――――!?!?」
「未熟な自信家ってのは厄介だよな。こんなにも簡単に魔法に掛かってくれる」
「がっ……ア!?か……ガラダ……イデェ……!」
「お前の重さは時間経過でどんどんと増していく。骨が耐えきれなくなったら潰れて消えろ」
片手片足で倒れ込むセーレの元へ踵を返す。
その背後で、グシャリと嫌な音が鳴った後……部屋に残る音は、セーレの荒い息遣いだけだ。
「ハッ、ハッ……ま……待てッ!!止まれ!!」
必死のセーレの言葉にも、その歩みは止まらない。
「忘れたのか!?ま、まだ人質が居るんだぞ!!……おい!?分かってるのか!!」
「分かってねぇのはお前だよ。……何の為に彼女達が先を行ったと思ってるんだ?」
「……だ、だがッ!無事に救出できる保証など……!俺が命令を下せばいつでも!あの奴隷共は――」
「だから俺が此処に居るんだろうが」
「…………!!」
セーレにとってそれは、死刑宣告にも等しい言葉だった。
たった今、部下達を容易く葬った強大な力。
それを目の前でまざまざと見せられ、その上で己をいつでもどうにでも出来るとすら言われてしまった。
逃げ場も無い。手段も浮かばない。
そして恐らく、この王子は自分を始末する。
正直、銀氷に腕をやられていなかろうが勝てなかっただろう。
絶望と恐怖を前に……裏ギルドの幹部を名乗り、それなりの修羅場を潜り抜け、裏社会の顔と自信を持っていたセーレの心は千々に砕けた。
「ふ……ふふふ……!!」
「……?……なんだ?おかしくなったか」
「この……このセーレがここまで虚仮にされるとは思わなかったぞ……!……ゼオン!!」
「裏ギルドの幹部であり……この支部を任される程の……この俺が……!」
「……。……なら裏ギルドってのはその程度のモンなんだろうさ」
「ふふ……はははッ!!組織までも舐めるか!?小僧……!!」
「なんだ……?」
セーレが取り出したのは得体の知れない丸薬。
鈍色の、一切の光を持たない塊。
「俺の自尊心……矜持……全てを壊されようが……ッ」
「……最も忌むべきは!我等の敵だッ!!!」
子供の拳大ほどはあるその丸薬を、セーレは薄笑いを浮かべながら一息に飲み込んだ。
彼の身体に異変が起きたのはその直後。
「う……!ぐァ…………――アァァァアア!!!!」
耳障りな音と共に、彼が失った筈の手足が再生していく。
しかし、その見た目は生来のものとは懸け離れた醜悪なモノで……ゼオンの脳裏に、とある記憶を蘇らせる。
「悪魔系の、モンスター……?」
その手足はセーレの身体を侵食し、変質させていく。
腕は更に生え、四本に。脚は八本に迄、増えていった。
最後……、残るまともな部位だった頭部まで変質は完了し、目玉は六個、更に頭頂部からは山羊の様な角が生える。
「ハー……ッ、ハー……ッ……!」
「な……ん、なんだ……?その姿、お前……いったい何を――」
「も……モウ、何モかモ知っタこトか……!!アイツらの計画等!!コイツはこノッ、俺ガ……俺ガ許サん……許さなぃイィィァァア!!!」
かつては確かに人間だった筈の彼の雄叫びは、その魔力の放出と共に空間を揺らす。
緑色の魔力しか持っていなかった筈の彼の色には、ドス黒い魔力が纏わりついている。
更に、その魔力量は明らかに増大を果たしていた。
「……!!まさか……見た目だけじゃない……!?」
「こ、コレデもウ、お前ノ闇魔法は効かナイ……!殺しデヤる、殺しテヤるゾ――ゼ、ゼオンッ!!!」
「――!……くそっ、厄介な事しやがって!この馬鹿が!!」
――――――――
「――ゼオン様……?」
遠く離れた位置にいるアリスにも、その異変は感じ取れた。
アリスの見立てでは、あの場に居た三人の男を相手取っても、ゼオンが圧勝するだろうと考えていた。
だが今、明らかに異変が起きている。
己の感知魔法に、強大な存在が突如として引っ掛かって来た。
それが現れたのはゼオンが残るあの場所であり、恐らくあのリーダー格の男だ。
しかし、おかしい。
この様な力を持っているようには到底見えなかった筈の男が、何故?
緊急事態であり、想定外の、異変としか思えない何かが、あの場で起きている。
アリスの額に嫌な汗が浮かぶ。
「……さっさとケリをつけないと」
「あァ?何を急に…………あー……使ったのか。……考え無しが」
「使った?」
「まぁ『切り札』って奴だ。……決して切っちゃあいけない、な」
「……そう。何でも構わないわ」
銀の魔力が部屋の隅々まで拡がっていく。
何も巻き込む懸念が無くなったアリスは、何を憚る事も無く、支配の力を解放する。
銀氷である彼女の、絶対の固有魔法――【銀世界】だ。
「結界魔法か!?部屋一面に……!こんな広範囲を一瞬かよ!?」
「広範囲?冗談言わないで」
間髪入れず、アリスの足元から紫電が床を奔る。
紫電はそのまま壁を昇り、天井に迄到達した。天井の中心で塊となった紫の魔力は、主の号令を待つ様にバチバチと音を立てている。
「ここで確実に仕留める。逃がしはしない」
「あァ……!?おい待て!まさか――」
男は、危険地帯となった部屋から脱出しようと踵を返す。
だが――
「……!あ、…………ァ……!?」
【銀世界】は急速に範囲内の全てを停止させていく。
動きも、思考も、身体機能も。
そして……生命も。
「……?思っていたよりも魔力抵抗が弱いのね。コレ……要らなかったかしら」
左手を掲げ、振り下ろす。
それを合図として天井に留まっていた紫電が男の頭上に移動していく。
そして次の瞬間――。
凄まじい轟音とともに、男に降り注ぐ。
「……もう少し手間取ると思ったのだけど、買い被りだったわね。いえ、そんな事よりも急がないと」
【銀世界】を解除したアリスは、急ぎ部屋を出ていく。
生きている者は誰も居なくなった筈の部屋……しかし、不気味な影が黒い炭の中から立ち上がる。
「――がはッ!!……ぐ……はぁッ……!!」
正に、息も絶え絶えといった様子の男。
だが確かに、間違い無く生きている。
「はッ……はぁ……!!……くそっ!化物が……!!」
誰にも気付かれる事無く、密かに、静かに。
情報を持ち帰る為に、男は撤退を開始する。
男の目的は、最初からそこにしか無かったのだ。
「俺っちの能力ならなんの問題もねぇんだよ間抜けがァ……!……は、ははは……ッ」
男の魔法は【同色順化】。
自身の魔力を敵に察知される事無く何色にも変えられる。そしてそれによっていかなる環境にも順応する事が可能な力。
「だが忘れねェぞ……!!」
男は奥歯を強く噛む。
「…………必ずだ」
家づくり⑧へ続きます




