家づくり➄
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一週間後にまた、という約束をコジロウ達と交わした後、ゼオン達は開拓を再開するべく湖の近くへと戻ってきた。
名残惜しそうに子猫を撫でるアリスを、半ば強引に引っ張るようにして。
「アリス、元気を出して。転移魔法陣をあそこの近くに敷いたんだからいつでも会えるじゃないか」
「ゼオン様のお側をそんな理由で離れる訳にはいきませんから……」
「今度会うときにはあの子の名前、決まってると良いですね!」
「そうね!…………いえ。それよりも今は開拓、拠点建設に集中しましょう。えぇ」
アリスはローブの中から設計図面を引っ張り出して二人に見せる。
これは予め、アリスが作っておいたものだ。
「建物は後から拡張する事も出来るけれど、ひとまずはこの通りに完成させましょう。……そうね、あとこれくらいの土地は必要だわ」
歩きながら、指で示していく。
「ササラ、貴女が魔法で広げたこの空間の凡そ3倍程度が必要。まだまだ足りないわ」
「うー……頑張ります」
「えぇ。……そろそろ、部屋割りの説明もしておきますね」
アリスはそう言って、図面を指し示す。
「この廊下の1番奥、建物の真ん中に位置する部屋がゼオン様のお部屋になります。そしてその隣が……」
「ウチですか!?」
「私」
「ぅえー?」
「そんな声を出しても駄目よ、貴女と私では戦力差が有るのだから。そもそも、ゼオン様の最後の砦は私なの」
「むー。じゃあ、向かい側のこの部屋なら良いですか?」
「…………まぁ、良いわよ」
「なんか間があった気がしますけど」
「なんでもないの。じゃあ決まりね」
「はーい」
「ところでアリス。建物の材質は?外壁とか」
「はい。最初はあの王城の様な、レッドベリルを混ぜ込んだ強固な素材等で造ろうと考えたのですが……結局はこれに決めました」
アリスの右手に魔法陣が浮かぶ。
そこから出てきたのは、冷たさを持たず、決して溶ける事の無い……特別な銀の氷で出来たブロック。
「硬く、魔法的な修繕や強化、付加もしやすいコレで建てるのがよろしいかと思います」
「でも……という事はさ、アリスに結構な負担が掛かっちゃうと思うんだけど。大丈夫かい?」
「御心配ありがとうございます……ですが、全く問題有りません」
「そっか。アリスがそう言うなら良いんだ。ちなみに、全体をこれで?」
「基本はそうしようかと思います。細部……部屋の壁などはともかく、外壁は全てコレで。建築の速度も段違いになりますし」
「うん。分かった」
「では、私はブロックの生成に入ります。ゼオン様、もし何かありましたら……」
「うん。……あれ、もしかして僕が見てたら邪魔かな?」
「!?……い、いえ!?でも緊張というか!あの、あの……」
「あはは、冗談だよ。じゃあ僕はササラのほうを見てくるね」
「は……はい!」
そう言って、ゼオンは木々に向けて炎を発しているササラの居る方に跳ぶ。
「…………少しくらいなら……」
「ん?なんか言ったー?」
「ひぇ!?なんでもっ、ございません!」
「むー……。むむむむむ……っ!」
「調子はどう?」
「あ、ゼオン君!見てみて、ちょっとずつ慣れてきたかも!」
「本当だ。最初の頃と比べたら魔法の展開速度と威力が大分、上がっているね」
「2つの魔法の同時行使、そのコツがなんとなく掴めてきたの!それに、まだまだ上手になれる気がしててすっごく楽しい!」
「その気持ち、分かるな。何事も、上手くなっていくのって楽しいよね」
「うんっ!ウチ、今まであんまり魔法の鍛錬ってしてこなかったけど……これからはもっとしなきゃって思った」
「素晴らしい向上心だね。うん、心から応援しているよ」
「えへ……ありがとう……」
照れたササラの魔法が、少しずつ横にズレていく。
「ササラ。危ない、危ないから」
「……ほぇ?……あっ、ヤバ!」
燃え広がる前に、ササラは魔法障壁を4枚展開し、炎を包み込む様にして消火した。
「ふー……っ、危なかったぁ」
咄嗟に自身の魔法で消火しようとしていたゼオンは、想像していたよりもずっと早いササラの成長速度に驚いた。
「すごいじゃないか、ササラ!今、炎を収めずに障壁を作ったよ!」
「確かに……!咄嗟にやってみたら出来た、って感じだったけど……」
「昨日までやり方も知らなかった同時行使を一日の内に出来ちゃうなんて、本当に凄いよ!ササラは僕よりもずっと、魔法の才能がある!」
「そ……そんな訳ないよー。もー、褒めても何も出ないよ?」
「お世辞なんかじゃないさ、本当に!」
「……ありがと……?……でも。……そうだよね、うんっ」
「?……どうしたの?」
「もし今は嘘でもいつかは本当にしちゃえば良いんだってこと!だからウチ頑張る!」
「本当に、する…………」
「うんっ!」
「……そっか。そうだよね」
「ゼオン君?」
「ありがとう。また君に教えられたよ」
「う……うん?でもウチ、別にそんな大した事は――」
「いいや。……とても大切な事だ」
「ウチには良く分かんないけど……どういたしまして……でいいのかな……?」
「そ、それよりウチ作業に戻るね!」
「あ……うん、頑張って。ササラ」
「はーい!」
「そうだ。……そうなんだ」
――三人は、それぞれの役割をこなしていく。
ササラが森を切り拓き、ゼオンが拠点建築に邪魔なモノを片付けていき、アリスは魔力で生み出した素材で拠点を建てていった。
凡そ一週間に及ぶ作業。
途中からは、自分の作業があらかた片付いたササラが他の二人の作業を補助しながら……それぞれが、皆で生活する拠点を完成させる為に奮闘した。
作業の合間や日が落ちた後には、アリスの転移魔法で他の大陸の街に跳び、そこで休む。
時折街中に出て、必要な物資等を買い込んでは建設途中の拠点に運び入れた。
そうして……地味な作業をやり終えた時。
鬱蒼とした森の中、何も無かった湖のほとりには――
――見事な、黒銀の城が完成した。
湖に半分突き出た形の土地の上に、湖を見渡す様に建てられた城。
土地の外周には特殊な加工を施された石造りの城郭。城郭の中には城と、庭園の為に広々と空けられた庭部分。
城本体は三階建てで、黒色がベースの外壁に、所々に銀の装飾が散りばめられている。外観はシンメトリー調で、屋上部分には四つの大きな櫓が付いている。
「出来ちゃった……ホントに」
ササラが呆けたように呟く。
「ウチ、無我夢中だっただけで……街での事くらいしかはっきりと覚えてないのに」
「でも間違い無く、僕等で造った拠点だよ。ササラ」
そう言うゼオンだがしかし、彼もまた信じられないといった表情だ。
いつもと全く変わらない様子なのはアリスだけ。
「さて。後は当面の食料品を調達しないと」
当然の様に次へと動こうとするアリス。
「ちょっと待ってアリスさん」
「?……どうしたの?」
「いや、あの……これ、お城……?」
「えぇ。……漸く完成したわね。少し遅くなってしまったけれど」
「え、たった1週間で……」
「こんなにかかってしまって申し訳ございません。ゼオン様」
「いや……あのね、アリス?僕は十分に速いと思うし、城までは正直予想してなかったというか……もう少し小さな規模の拠点かと」
「……?小さいと思いますけど……?」
頭の上にハテナマークを浮かべるアリス。
「全然ちっちゃくないですけど!?拠点ってなんかもっとこう、……そう!あの集落の家みたいに木の中に造るとかそういうアレだとばっかり」
「何を馬鹿な事を言うのかしら、ササラってば。ゼオン様を木の穴に押し込む?有り得ないわね」
「いやでもアリス。これだと目立ち過ぎるんじゃないかな」
「御心配には及びません。あの城郭には誤認識の魔法を掛けてあります……余程の実力者がそのつもりで探さない限り、この城を認識する事は不可能です」
「ていうかウチ、ずっと中で作業してたから……気付いたらお城が完成してたんですけど。……いくらなんでも速すぎるような」
「そう?細部に拘り過ぎて遅くなってしまったくらいなのだけれど……。それにまだ納得していない部分が結構あって、例えば……――」
語り出すアリスを置いて、少し離れた場所に移動するゼオンとササラ。
「ねぇゼオン君。ウチね、アリスさんの凄さって重々分かってたつもりだったの」
「大丈夫、僕もだよ。まさかこんな技術まで持っていたなんてね」
「1週間でこんな大きいお城を、殆ど1人で造れる人って世界中にどのくらいいるのかな……」
「さぁ……。十人もいないと思う……」
「うん。凄い人って凄い面をいっぱい持ってるんだね」
「うん……いや正直、アリスは特別だと僕でも思うよ……」
「あ、やっぱり?良かったぁ。少しだけ安心したかも」
「――なので、強度等も含めてまだまだ改善点が……あら?」
二人が居ない事に気付いた様だ。
「ゼオン様、ササラ?どうしたんですかー?」
「ウチ、この冒険に出てから驚く事がいっぱいだよ……」
「僕も。……でも、楽しいよね」
「……!うんっ、すっごく!」
「だよね、あはは。――戻ろうか?」
「戻ろう戻ろう!せっかくだから、完成したお城にも入ってみたいもん!」
――――――――
獣人大陸・南方の森の中。
ある湖のほとりに佇む三階建ての立派な黒色の城。
此処が【黒の創世】の本拠地である。
一階は大部分が共用スペースとなっていて、大広間・客室・キッチン・洗い場・大風呂・倉庫・魔法陣部屋……等が有る。
二階には個室が並ぶ。個々の部屋が並ぶのもこの階で、殆どの部屋は空室だ。
三階は未完成である。施設の構想は有るものの、取り敢えずは後回しにした様だ。
「一日だとぜんぶ回れないくらいに広いかも……」
「流石にそこまで広くないわよ?」
「アリス、これってもう魔石とかは組み込んであるの?」
ゼオンがキッチンの蛇口を指差す。
「はい、全てに設置済みです」
ゼオンが蛇口を捻る。すると蛇口から勢いよく水が流れ出した。
「やっぱり便利だね。……そうだ、魔力の充填はどうしたの?もしかして、もう全部?」
「当然です。この程度でゼオン様の御手を煩わせる訳にはいきませんから」
――魔石にはそれぞれ特徴がある。
水を発するものや熱を発するものなど様々であるが、使用するには魔石自体に魔力を送り込む必要がある。
しかし、日常的に使用するものに一々魔力を注ぎ込むのも億劫だ。……そこで、その昔に魔国にて開発されたのが【魔力蓄積装置】。
これは魔力を溜める事が可能な特徴を持つ魔石を組み込んだ装置で、回路を別の魔石と繋ぐ事で、自動で魔力を注ぎ込んでくれる代物だ。
しかもこの装置は、送り込まれる魔力の属性に関わらず、無属性魔力に変換する機能も付属している。
溜められる量は魔石の品質により大小だが、今回アリスが用意した魔石はその全てが良質の高級品。
アリスが一度その魔力を込めれば、少なくとも三ヶ月程度は追加の魔力無しでも動き続けてくれるだろう。
「ありがとう……でも、次は僕にやらせてね。魔力充填」
「えっ?いいえ、そのような事は私がやりますから……」
「やりたいんだ。お願い」
「あ……は、はい……」
真っ直ぐに見つめられながら言われて、アリスは思わず頷いた。
「ウチもやるからね!」
「そうだね。交代でやろう」
「ところで……ねぇアリス、随分と個室の数があるみたいだけど全部でどのくらい有るの?」
「今のところは30程です。まだ増やす事も可能ですが、とりあえずは」
「そっか。……いいね、仲間もどんどん増やせそうだ」
「そういえば、仲間ってどういう人を探すの?」
「最初はどんな人でも歓迎かな。勿論、信頼出来る人に限るけれど……逆も然りだね」
「特に、強い人とか?」
「それも勿論。戦える力を持つ人は大歓迎さ」
「……ね、ゼオン君。大切な事、聞いても良い?」
「ん?うん、なんでも」
「仲間を集めて、その後は具体的にどうするの?世界に……うぅん。敵に対して戦いを起こすの?」
「……それは」
「ゼオン君の仲間になりたい人はいると思う。でも、皆が皆……戦いたい人ばっかりじゃないと思うんだ」
「ウチはもちろん、ゼオン君の力になりたいと思ってる。だけど……」
「うん。その疑問は当然だと思う……僕も、必ずしも仲間に復讐を手伝って欲しいとは思ってないよ」
「……そうなの?」
「あぁ。正面切って戦いを挑むだけが手段じゃないと僕は思ってる。勿論、手段の一つでは有るけれど。……だけど結局、望みを叶える為には色んな力を溜めなきゃならない。だからこその、仲間集めなんだ」
「…………そっか。うん、分かった……答えてくれてありがとうね」
「いや、これくらいは何の事も無いさ」
「――だけど暫くはこの本拠地を中心に少しゆっくりしようと思うんだ。主な活動は情報の収集になるし、そこら辺はアリスの伝手に任せようと考えてる」
「アリスさんの?」
「うん。ね、アリス」
「はい。何人かの冒険者……魔国出身の者と、個人的に使えそうな者に声を掛けてみようかと思います。まだ、核は伏せたままに」
「ウチは何したら良いとかある?」
「ん、う〜ん。僕から頼む事は今は無いから……そうだな、一緒に軽いクエストでも行ってみない?鍛錬にもなるし」
「本当!?行きたい!」
「アリスは……」
「当然行きます。……と、言いたいのですが……」
「まぁ、そうだよね。アリス本人が動かなきゃいけない事も色々有るだろうから、お願い」
「はい……でも、あ、あのですね?前々からお願いしていたあの事だけは……」
「あぁ、夜寝る時だけは皆一緒にこの本拠地で。忘れてないさ、大丈夫。転移魔法陣も敷いたしね」
「ウチまだ使えない……」
「あはは……ササラは暫くの間、個人行動は禁止だね」
「はーい」
「無属性魔法は、主要なモノの殆どをアリスから学んだから。僕と一緒なら大丈夫」
「うんっ」
「でも……忘れないで下さい、ゼオン様。私はゼオン様にまだまだお教え出来てない事が沢山あります。お教えしたいです……ですから私と離れている時間は、くれぐれも……」
「うん。油断はしない。深追いはしない。危険に自ら踏み込む事は控える。……守るよ、約束だ」
「……はい」
「それに、何かあればすぐに通信を入れるから」
「はい。……ササラも、気を付けてね?ゼオン様をよろしくお願いします」
「任せて下さい!ウチ、ゼオン君の力になってみせますから!」
「くすっ……えぇ、期待しているわ」
「じゃあ、当面の動きはそんな感じで。今日はこのまま城で休もう……ただ、明日だけはコジロウのところへ行こう。約束を果たしにね」
「はい、ゼオン様。じゃあササラ、食料品を買いに街まで一緒に行きましょうか」
「はーい!」
「ゼオン様はこの城でお待ち下さいね」
「僕も行っちゃ駄目かい?」
「今日はもう遅いからダメだよー。ゼオン君てば、街に出るとすぐにどっかふらふら行っちゃうんだから」
「そういう訳ですゼオン様。申し訳ございませんが」
「残念だけど仕方無いか……」
森での夜は更けていく。
――――南方の森【コジロウ宅】――――
「あーあ。まだかなー、まーだかなー」
「約束の一週間が経ったんだ。待っていれば明日あたり来るだろう」
子猫を寝かしつけ、夫婦の時間を過ごしているコジロウとリコ。
この一週間というもの、夫婦の話題はゼオン達の事で持ちきりだった。
「あ、そうだ!……ねっ、いっその事こっちから行っちゃうのはどう?」
「迷惑だろう。……彼等は開拓の真っ最中なんだぞ。大人しく待つべきだ」
「ぶ〜……」
「……済まないな。こんな森の中では何かと不便をかけているだろう」
「えっ?やだなー、そんなの考えた事も無いってば」
「しかし……」
「コジロウの悪い癖だよ?なんもかんも、ごっちゃにして考えちゃうのってさ」
「む……」
「コジロウはあたしを助けてくれた。ホント……あたしにはそれだけで十分なんだからね?」
「……リコ」
リコはニッコリと笑う。
「……だけど!家族で街に暮らせるんならそのほうが良いに決まってる。コジロウと、リカとあたし。みんなでさ、楽しく暮らしたいじゃん。不安なんて何処にも無いところでさ」
「あぁ。そうだな」
「だから待ちきれないのっ」
「……ニィ」
「ん……寝言?可愛いなぁ。こいつめ」
「本当に。……お前達は俺の宝だ」
「なーに?そんな事言ってもご飯は増えないよ」
「茶化すな……ありがとうな。リコ」
「ふふ。……あたしのほうこそ、ね」
「……さて。そろそろ寝るとしようか……明日は忙しくなりそうだしな」
「そうだねー……おやすみ。コジロウ」
「あぁ。おやすみ」
――明くる日。
ゼオン達が到着する前に、雑事を済ませておこうと考えたコジロウは太陽が昇る前……まだ暗いうちに街へと出た。
リコはリコで、荷物の整理や日々の雑務をこなす。
コジロウの言いつけ通り、決して外には出ずに……家の中で。
しかし――。
堅固な筈の扉は再び内側から開かれた。
無邪気な子猫の、好奇心によって。
家づくり⑥へ続きます




