開戦⑦
――――――――
超々高空にて鋼竜との戦いを繰り広げているダグニーからも、地上から雲を突き抜けてくるその光は確認出来た。
鋼竜が吐き出す鉄屑混じりの強烈な息を高速機動で躱しながら、巨大な竜の腹側へと潜り込もうとした時に突然現れた光に気を取られ、反撃のタイミングを逸してしまったダグニーは鋼竜から一旦距離を取り、改めて光の柱の方へ振り返る。
「……なに……!?あれ……」
光は尚も伸び続け、この空とほぼ同じ高度まで到達した。
かと思うと光は耳を劈く高音を上げながら南方へ、更にやや上方へと方向転換し、そのまま何処かへと消えていった。
「……誰かのまほう?……でも、あんなの」
突如発生した不可解な現象にダグニーが考えを巡らせようとしたが、鋼竜がそれを許さんと言わんばかりに咆哮を上げて突撃してくる。
「……今はそれどころじゃなかった」
ダグニーは鋼竜との戦いに戻る前に、光が昇ってきた根元を一瞥する。
「あっち。…………魔国……だよね」
訝しげな表情を浮かべながら、剣を構える。
――――王都・王城【エアリウム城】――――
冒険者ギルドマスター、サラ・ワンダーは一団の中でただ一人、その異変に気付く。
地図上で見れば、王国からは程近い魔国であるが……実際には遠く離れた地、魔国にて何かが起きた事を地上の建物内、己の結界の内から彼女は察知した。
「まさか宝玉を……?蒼……いや、これは紅の」
「マスター!敵、来てますぜ!!」
「よいっしょお」
間延びした、覇気の抜ける様な声でしかし、まるで城全体を揺らすかのような一撃を繰り出す女性。
王国騎士『ファナ』。十六歳。
武器は大きな戦鎚。
身に着けている鎧は王国騎士の一般的なそれと大きな違いは無いが、ある一点だけが信じられないくらいに突き出ている。
「おい大変だマスター!あんなもんが有ったら男衆はどうしても集中出来ねぇ!どうしたら良いんだ俺達は!?」
「あぁ!アレはヤベェ!奴ぁ鎧を着てんのに、なんで……!なんでこんなに惹かれんだ!!ちきしょう!」
「私が知るか馬鹿共」
床をダンダンと叩く男達を見て、心底呆れたように吐き捨てるサラ。
自身の身体、その一部に注がれる視線に気付いたファナは逆に胸を張る。
「ん〜?……あ〜。言っとくけど鎧は脱がないよぉ。それでも良いならご自由にぃ」
フン、と鼻を鳴らすファナの首元へとサラが杖先を素早く向ける。
魔力で作った玉……所謂、魔弾と呼ばれる塊を飛ばす簡素だが使い勝手の良い攻撃は、しかしファナの防御魔法に弾かれた。
「嬢ちゃんや……うちの男共を誘惑せんでくれんか?」
「え〜?別にぃ、誘惑なんてしてないもん。てゆーか冒険者って案外初心なんだねぇ」
「事実を前に否定はせんが、これが全体だと捉えられては敵わんな」
「得だよねぇ。勝手に戦力ダウンしてくれるならぁ……だってギルドマスターさん、もう結構ヤバいでしょ〜」
「……流石に隠し通せはせんの」
「そりゃあねぇ〜。でもここまで良く頑張ったと思うよぉ。たった1人でぇ」
「かかっ。抜かしよる……年は取りたくないもんじゃの」
「基準が分からないんだけどぉ」
実際、サラの残存魔力は残り三割程まで来ていた。
王都全体に超難度の結界を張り続けながらも通常戦闘までこなし、敵の主力……王国騎士と遭遇する度に一人で相手するのは、敵側が弱体化を受けているとはいえかなりの無茶だ。
更に、城内部に入ってからは魔力消費量が倍増している。
魔法を弾く特殊な鉱石を含んだ資材で造られた城の中から、開けた門だけを通して結界の維持に必要な魔力を外に送り続けるのは至難の業。
緻密な魔力コントロールと通常戦闘を並行してやってのけるサラは流石、Sランク冒険者。だがやはり、彼女にも限界は有る。
「やはり、あ奴等との壁はここらじゃなあ。そもそも誰か1人くらい居てくれたら楽なんじゃが……ま、居ない者を頼りにしても仕方無い」
「大変だねぇ」
「そうじゃなぁ。王国がここらで矛を収めてくれれば私も楽になれるのじゃが」
「僕も命令があればそうしたいところぉ」
「いや、待て待て!マスターは1人じゃねぇぜ!?」
「おうよ!俺達が居るのを忘れてもらっちゃ困るぜ!」
「こいつら……」
「男共に任せちゃおけない!あたし達もいくわよ!」
十人の冒険者が、意を決してファナへと同時攻撃を仕掛ける。
「わぁ。そんなに求められるのって嬉しいけどぉ……僕に耐えられるかなぁ」
前方から迫る攻撃に対して真後ろに飛び退いたファナが戦鎚を振り下ろす。
ガン!!と戦鎚が当たった地面が、サーッ……と砂へと姿を変えていく。
砂地はやがて辺り一面に広がり、冒険者の一団、全員の足元を砂に変えた。
「<砂地獄>ぃ。僕ぅ、こう見えて結構重い子なの〜」
「砂か!また厄介な魔法じゃな……!」
「まだまだ〜。<砂嵐>ぉ」
ファナが描いた魔法陣から砂嵐が吹き荒れる。
砂嵐はファナの姿を隠し、冒険者達の視界を著しく遮る。
この魔法は魔力認識阻害の効果も持っており、魔力感知等も効き難くなる。
「さ〜、こっからは泥沼だよぉ」
「むぅ……!衰弱を受けて尚、これ程か。やるのぉ……王国騎士!」
サラは選択肢を迫られる。
潰そうと思えば、この砂ごとファナを潰せるだろう。
しかしそれは悪手だ。
この後にはまだロイヤルガードの隊長……近衛騎士のトップとの戦闘が控えている筈。
此処で残り少なくなった魔力を更に減らした場合、勝てるかは非常に怪しい。
相手は王国騎士団の上位三人に入る実力者だ。
今、魔力を減らす訳にはいかない。
……だが。
此処を切り抜けるには、多少なりとも魔力を減らさなくてはいけないのも確か。
来るか、はたまた間に合うか……それすら分からない後詰めを待つか、否か。
どちらかを選ばなければならない。
後の為、ギルドの為……確実に、王を取る。その為に。
「……近くに大きな魔力が2つ、――いや3つか?はっきりと感知出来ん……こちら側の誰かが来ているのなら問題はなかろうが」
「僕ぅ、分かるよぉ。団長が近くに来てるの〜」
「……なに!?」
「なんかぁ、今は動物と遊んでるみたいだけど〜。もうすぐ来るんじゃないかなぁ」
「何故分かる……!?……ちっ、悩んでおる暇は無いか!」
サラが魔力を解放する。
周りの砂を吹き飛ばし、自身の周りの地面を元に戻す程、濃密で強い魔力だ。
それを杖に集め、更に杖先へと集中させる。
「済まんな……一撃で決めさせてもらうぞ」
「わぁ〜。そんなの喰らったら僕ぅ、耐えられ無いかもぉ……でも」
「…………むっ!?」
「僕ツイてるぅ。こっちの応援のほうが早かったみたい〜」
サラの後方に控えていた冒険者達が、次々と宙を舞う。
「ぐおぉっ!?」
「ぎゃあ!!」
「ぶへぁッ!」
「皆!?……なんじゃこの魔力反応は!どんどんと強まっていく……!?」
「ファナーーッ!!」
「あ〜っ。リタ〜」
「ファナに……!近付くなァッ!!」
一撃目を止めたものの、続く連撃を防ぎきれなかったサラの横腹に、リタの拳がめり込む。
「がッ……!私の防御を、貫いて……!?」
「マスター!!?」
「ファナ!大丈夫!?」
「なんともないよ〜」
単身、突っ込んで来たリタに続いて地響きが起きる。
砂地になった地面に何本もの筋が走り、そのまま硬化した。
「2人とも、今の内にこっちと合流!態勢整えて!」
「リエットも来たぁ」
「ほら、行こっ!ファナ」
「はいよ〜」
集合した三人の後ろ、城三階の廊下にある窓の一枠が音を立てて割れる。
そこから飛び込んで来たのは、猫の半獣人。
「エルネア!」
「ふーっ……皆、無事……みたいね」
「と〜ぜんだよぉ」
「良かった」
「エルネア……ミレイアは……?」
「心配要らないよ。私が、きっちり止めて来たから」
「……うんっ!分かった!」
「本当に良かったわ。……もうっ、2人とも心配ばっかり掛けるんだから」
「ゴメンね、リエット」
「あーっ、リエット泣いてる!……あ、そうだ!ねぇ聞いて!リエットってば……」
「みんな元気だねぇ」
とても戦時には思えない程に、はしゃぐ騎士達。
対照的に、サラは戦慄していた。
強度や練度も申し分ないであろう防御魔法、常に身の回りに張っている魔法障壁……そのどちらもが、いとも簡単に貫かれた衝撃に。
そして、明らかに弱体を喰らっている己にも。
「私の知らない魔法……!」
「マスター、ひとまず手当を」
「要らん!そんな暇は無い」
杖を構え直す。
「覚悟せよ、皆の衆。ここからは真に総力戦やも知れん……!」
その台詞に反応したエルネアが一歩、前に出る。
「もう、この先には進ませないよ。王国第5軍……舐めないでよね」
「エルネア格好良い〜」
「副団長似合ってるよエルネア!」
「にゃっ……!」
「茶化さないの。真面目にやりなさい」
「ほ、なんと副団長とな。見た感じ……ミレイアと歳はそう変わらんのにか」
「白々しいのよ。どうせそれも知ってるんでしょ」
「いやいや、単に賞賛じゃ。10代でその地位、中々に出来る事ではないからの」
「お褒めに預かり、どーも。……魔女め」
「さて、では提案なんじゃがな?ちょっとそこ、退いてはもらえんかの」
「……何言ってるの?」
「いやな、正直に言うとお主らはかなり強い。1人1人はそれ程でも、連携を使われてはの」
「それがどうして、私達が退く事に繋がるのよ」
「だから、じゃ。そうなればこちらも切り札を切る事になるじゃろう」
そこで、エルネア達は気付く。
目の前に立つ魔女の『角』がにわかに輝き出した事に。
魔女の魔力が、増大していく事に。
「これは本心じゃ。……嬢ちゃん達を殺したくはない、頼む……退け」
「…………っ!!」
「……エルネア……!」
「これ〜、やばくない〜?」
「……だけど!私達は……!」
「私達は……騎士だ!こんな事で怖気付いていたら、団長に笑われちゃうわ!!」
エルネア以下、四人の騎士がサラに対しての戦闘の意思を見せる。
それぞれの顔に、怯え等は一切無い。
「時間も無い……仕方が無い、か」
サラがある種の諦めを浮かべた時。
彼女の感知魔法に突如、凄まじい……が、良く知った魔力が掛かる。
燃え盛る、真紅の魔力が。
「――あァ、先に行けよババァ。こいつらとは俺様が遊んでやる」
「……カイル!」
「なんだババァ?珍しく弱ってんなァ」
「かかっ。誰の所為だと思っとる」
「…………悪かった。もう問題ねぇよ」
「おう、任せたぞ。……行くぞ皆の衆!此処はカイルに任せる!」
「待ちなさい!そう簡単に……!」
「リエット、待った」
「エルネア……!でも!」
「違うよリエット。そうじゃない」
「うん〜。やばいよねぇ、こっちも〜」
「……さーて。んじゃやるかァ……!!騎士共よォ!!しっかりと八つ当たりかましてやるよ!!!」
――――――――
「……かたい……しつこい」
ダグニーと鋼竜との戦いは膠着状態が続いていた。
単純な実力差では、ダグニーに軍配が上がるだろう。
……しかし、魔力的な相性を覆すのはそう簡単では無い。
鉄の身体を持つ鋼竜に対して、風魔法は効きにくい。
風魔法で表面に傷を入れる事が出来ても、内部まで浸透させる事が難しい。
一方、武器による攻撃も中々通り辛い様だ。
鋼竜の皮膚は、反対にアイギスが折れてしまうのではないかと思える程に硬い。
加えて、皮膚だけが特別硬い訳でも無い。鋼竜の身体は、その全てが鉄から出来ている。
ダグニーからすれば、まるで分厚い鉄の壁に攻撃している気分だった。
「……炎とかつかえたらいいのに」
彼女も、無いもの強請りをしても仕方無い事は理解しているが、愚痴を零す程度には面倒な相手なのだ。
それに、逃げる事が出来ないのも拍車を掛けていた。
ここで逃げる事は、この竜を王国まで連れて行く事に他ならない。
なんとかして、この場で始末をつけなければ王国へは向かえない状況だ。
「ギュララアァァァァ!!!!」
……加えて、竜の咆哮。
竜族の特徴……【息魔法】とも呼ばれるこの魔法はどれも強力で、竜ごとに属性も性質も異なる。
鋼竜のブレスは鉄屑混じりの光線で、掠るだけでも大ダメージを受けてしまうだろう。
防御魔法に長けている者であれば耐えられるかも知れないが、ダグニーには無理な話だ。
彼女は、その戦法上……防御魔法が不得手なのである。
鋼竜のブレスを高速機動で避け、すれ違いざまに一太刀を叩き込む。
だがやはり、返ってくる手応えは芳しくない。
「……どうしようかな」
このままでは埒が明かない。……千日手になっては意味がない。
「……あ。……そっか」
ダグニーは飛行魔法の速度を一瞬、上げる。
十分に鋼竜から距離を取った後、魔力の練り上げに入った。
結んだ髪を解き、剣先を天に向ける。
かつての、アリスとの戦いの時よりも更に膨大な魔力をアイギスへと固めていく。
「……あのとき……相性のことをいったけど」
一度、二度……暗緑と成ったアイギスを払う。
「……そのくらいなんとかしてこそ。……だよね…………アリス」
ダグニーの周りに、緑の羽根が舞う。
「<颶諷疾空>、再展開……最大てんかい……!」
「……速さだけではなんともならない?……ちがう。速さが有ればなんとでもなるの」
魔力を纏った足で空を踏み込めば、辺りに美しい羽根が舞い散る。
十分に取った距離を、一息で戻す。
「……いくよ……!!」
ダグニーは、最大展開した颶諷疾空を活かし、鋼竜の周りを竜の身体に沿って超高速で飛び回る。
キイィ……!!と鳴る高音は、アイギスが鋼竜に当たる音。
ダグニーの膨大な魔力の殆どを全て固めた剣身は弾かれるどころか、逆に剣先が鋼竜の身体に突きささっている。
その状態で、一周毎に角度を変えて何周も飛び続ける。
時間にすれば、二分足らず。
あまりの速さに、されるがままだった鋼竜の正面で止まったダグニーが放った一太刀は、鉄の身体を持つ竜の表面部分をズタズタにした。
アイギスの剣身部分、その深さまで。
「……これで仕上げ……バイバイ」
鋼竜が、一番の咆哮をダグニーに対して上げる。
渾身のブレス魔法を縦に切り裂いたダグニーは、竜の口……体内に、アイギスの剣先を向ける。
「……アイギス。……全開放……!」
ギュオッ!と音を立て、アイギスに固めた魔力の全てを竜の体内へと送り込む。
手元に魔法陣を描き、魔法を発動させた。
「……<暴風>!」
竜の体内に侵入した膨大な魔力は、そこで大膨張を起こし、嵐となって吹き荒ぶ。
いくら鉄の身体とはいえ、外側をズタズタにされた状態で内部からも切り刻まれて、更に膨張し続ける大魔力に耐える事は叶わない。
生物にはとても見えない鋼竜も、やはり内よりも外側のほうが頑丈に出来ていたようだ。
鋼竜は内側から大爆発を起こし、バラバラになって遥か下の海へと落ちていった。
「……戦闘……しゅうりょう」
ダグニーは目を閉じ、自身の魔力残量を確認する。
「……大丈夫、まだいける。……待っててみんな、いまいくから」
再び颶諷疾空を発動し、彼方へと飛び去っていくダグニー。
……後方の空に揺らめく、一部始終を観察していた影には気付かずに。
――――王都【サンクチュアリ】――――
カイルを説得し、王都に戻ったゼオン達。
「さて。僕達はどう動こうか?アリス」
「そう……ですね。少々お待ち下さい……ザイン、居る?」
僅かな光源から出来たアリスの影。
そこから男……ザインが、にゅっと伸びる。
「此処に」
「ひゃあ!?…………ねぇ、貴方さっきも私の――」
「気の所為だろう」
「食い気味!いや〜、でもアリスさんだもん。有り得るよね。ね、ゼオン君」
「ん?何の話?」
「……まぁ良いわ。ザイン、戦況は?」
「2名のSランクの参戦により、先程よりも好転している」
「2人?」
「うむ。どういう心変わりかは分からぬが突如参戦した灰燼殿。そして参戦の意思は示していたものの、遅れて到着した爆嬢……ソフィア殿だ」
「ソフィアが来ているの?」
「あぁ、今はこの王都周辺の空にて3人の軍団長を足止めしている様だ」
「そう。ならそっちは問題無いわね」
「ねぇゼオン君。アリスさんとソフィアって人、知り合いなのかな?ウチも名前だけなら知ってるけど」
「さぁ?Sランク全員と面識は有るって言ってたから、多分それじゃないかな」
「ふーん……?」
「王城での戦いは既に最終局面。新たに参戦した灰燼殿が騎士達を足止めし、その隙にギルドマスターは冒険者の一団を率いて最上階へと突入。王の喉元へ辿り着いた……現在は騎士団の最後の砦、ロイヤルガードの隊長との戦闘に入っている」
「なんだ……私達、必要無いみたいね」
「……と言いたいところだが……ゼオン殿達にお頼みしたい事が有る」
「なんだい?」
「……どうも、王国と我等の他に不穏な影を感じているのだ。どちらが勝利しようとも、決着の瞬間に横槍が入る様な事は避けたい」
「?……良く分からないな。何かあったのかい?」
「先刻、報告が入ったのだが……。……どうやら魔国の都市、デカールが跡形も無く消し飛んだ、と」
「…………な、ん……だって?」
ゼオンの身体がふらつき、倒れ込みそうになる。それをアリスとササラが咄嗟に支えた。
「ゼオン様っ!……たちの悪い冗談……!……では、無いのよね?ザイン」
「誓って。それをしでかした者、勢力などは未だ不明だが……嘘では無い事、そしてギルドの関与の一切を否定しておく」
「そんな、どうして……!?……そうだ、人々は!?そこに生きていた人達は……!!」
ザインが静かに首を振る。
「……じゃ……ねぇ……!!」
「ゼオン様!?」
ゼオンの身体から、どす黒い魔力が立ち上る。
「あそこは王国統治領になっていた……!だったら誰が悪いかなんて分かりきってるだろうが!!!」
アリスが知っているゼオンでは到底出せない速度で、王城に向かって飛んでいってしまう。
「待って、ゼオン君!」
「くっ……!追うわよ、ササラ!」
「うんっ!」
「待った!」
二人を制するザイン。
「……何!?急いでいるの!話なら後で――」
「銀氷殿!緊急クエストが発令された!戦中の為に参加資格はSランク、それも上位4名のみだ!」
「こんな時に……!対象は!?」
「未確認の超巨大モンスター、間違い無く天災級!出現場所はこの北方大陸西方、進行方向は東に直進……との事!クエスト目標はモンスターの討伐!」
「なんですって……!?」
「えっ?それってもしかして……」
「うむ。此処に向かっているそうだ」
「私はゼオン様の下に行かないといけないの!付近に他の者は!」
「【海淵】殿は別のクエスト中、【雷神】殿は所在不明。【精霊女王】殿はどうやら断りを入れたようだ」
「こんな時に1位特権使って断ってんじゃ無いわよあの女……!」
「つまり貴殿しか居ないのだ、銀氷殿」
「むむむむむ………!」
「あの、アリスさん!ゼオン君のとこにはウチが行くので任せて下さい!」
「ぅぐ……!だ、ダメよ!貴女の気持ちは嬉しいけれどダメ!!そもそも、ゼオン様の様子も変だったし……!なにか、なにか方法は……!」
「銀氷殿、貴殿も分かっている通りこれは義務で……」
「分かってるわ……!…………はっ、そうだ!そうよ!」
「?」
ササラとザインが顔を見合わせる。
「丁度良いのがあの城に居るじゃない!!さっ、行くわよササラ!」
「えっ、わわっ」
ササラの腕を掴み、城へと飛ぶアリス。
「大丈夫……なのか?まぁ……銀氷殿に限って、か。仕方無い、付近の警戒はこれまで通り某が」
――――【エアリウム城】――――
「おらどーしたァ!!そんなもんかァ!?王国騎士団ってのはよぉ!!」
城の三階廊下部分は今、全域が火の海と化していた。
「あっつ〜い……」
「大丈夫、ファナ!?くっそー、あのもじゃもじゃ頭!」
「火を消さないと……!このままじゃエアリウム城が!」
「駄目、リエット。手が足りない……今は目の前の敵に集中しないと」
「おい誰がもじゃもじゃだァ!?そこのチビ助!最高にイカしてんだろこの髪型!」
「うっさいばーか!ファナは暑いの苦手なんだから!」
「そ〜だそ〜だぁ……」
「ンなもん知るかァ!戦争なんだろーが!?」
「Sランク冒険者【灰燼】カイル……一匹狼って聞いてたんだけど。参戦してくるとはね」
「あァ?俺様を舐めんなよ、金猫。家族を放っておけるかっつーんだ」
「……その割には遅かったみたいだけど?」
「うるせぇ。色々あんだよ……つうかなんだァ?時間稼ぎのつもりか?これ。あのババァには意味ねーと思うがなァ。勿論、俺様にも」
「どうかな。魔女って言っても結構、人間味が有るみたいだし……アンタも」
「ふん。……まぁ俺様はともかく、お前等はババァを知らねぇからな」
「そりゃま、良くは知らないけど。でもアンタのほうは随分と甘いみたい」
「殺されてぇのか?」
「じゃあなんで私達に直接攻撃してこないの?まさか女だからだなんて言わないわよね」
「…………」
「呆れた。それでも冒険者なの?」
「ちっ……知った風に言うんじゃねぇよ……!冒険も知らねぇ奴が!」
「っ……!!」
「冒険者は人殺し集団じゃあねぇんだ!それをテメェら王国はいつもいつも……!!」
「なんの……事?」
「……クソッ。テメェらの知った事じゃねーよ。それより……もう戦う気がねぇなら俺様は上に行くぞ。この国の王に聞きてぇ事はわんさか有るんでな」
「むざむざと行かせるもんですか!ファナっ!」
「はいよ〜。<砂嵐>ぉ」
火の海に、砂嵐が吹く。
「あっつ〜。砂嵐が熱いぃ……」
「頑張って、ファナ!行くわよリタ、エルネア!<土壁>を張るわ!」
騎士達とカイルの間に、無造作に床からせり上がる何枚もの土の壁。
「よーし!一発ぶち込んでやるぞー!」
「リタ、静かにね。ぶち込んだ後なら構わないから」
「ふん、目眩ましに障害物に……結構やるじゃねぇか」
「いつまで余裕かませるかな」
土壁の一枚、その後ろからエルネアが跳躍する。
「<猫足飛び>」
リエットによって空中に作られた土台を足場に、高速移動法を発動。
流石のカイルにも視認出来ない速さで距離を詰め、首元を狙って二本の小剣を抜く。
「まぁ通らねーけど」
小剣は障壁に阻まれる。
「くっ……!でも、障壁なだけあの時よりはマシ!」
「あん?……もう終いか?なら……」
「それに今は1人じゃない!……リタっ!!」
エルネアの攻撃は通す為では無く、見極めの為。
障壁の向きと、枚数の確認の為だ。
「喰らえもじゃもじゃー!!」
カイルから見て一番近い土壁から、リタが飛び出す。
そして一直線に、カイルへと突進していく。
「なんだァ?ンな攻撃、障壁で受けるだけ……」
「通す……通す……通すッ!!」
「割ぁれ…………ろォーー!!!」
「――あァっ!?ンだと……!?」
鉄甲を纏った拳が、カイルの障壁を割る。
そして勢いそのままに、カイルの腹へと強烈な一撃をお見舞いした。
「ふんす!どうだぁ!」
「ぐ……!!俺様の、障壁を……!?」
「リタの攻撃はそれだけじゃないよ」
「あァ!?」
「そ〜そ〜。もうすぐぅ、分かると思うよぉ」
「…………!?身体が……おい、まさか……!」
「あたしの魔法は特別!一撃当てたらあたしは強く、逆に相手は弱くなるよ!何回でもね!だからこの弱体の結界?も意味無いよ!あたしにはね!」
「ンだ、そりゃあ……!?」
「リタはここに至るまでに、結構な数を色んな人に入れてきたから……効いたでしょう?Sランク冒険者の貴方にも」
カイルは思わずよろめく。
リタの攻撃そのものよりも、予期せぬ弱体化を喰らった事に動揺を隠せなかった。
「油断してたよね、君。あんまり王国騎士団を舐めないで欲しいかな」
「あたしが一発でも喰らうとぜんぶ元通りになっちゃうけどね!」
「そんなの言わなくて良いの!全くあんたは……」
「良いのリエット。だってそれがリタだもん〜。ね〜」
「ねー!」
「クソが……!」
カイルは自身に憤る。
「……おい待て、もしかしてババァもこれ喰らってんのか」
「一発入れたよ!」
「チッ、通りで……」
「どうする?まだやるのかな。言っとくけど、私達はリタの攻撃を通すし……攻撃は絶対に通させない。リタが最後の1人にならない限りはね」
「……分かった、認めてやるよ……テメェらをな」
カイルが胸の前で両腕を交差し、一気に開く。
「こっからは本気だ……!!弱体だろうが何だろうが、俺様の前じゃあ関係ねぇのを見せてやる!!!」
周りの温度がぐんぐんと上がっていく。
カイルの全身を、はっきりと目に見える程に濃密で強大な、紅い魔力が覆っていく。
身に着けた民族衣装の上から、もう一枚……炎の衣を纏った様にも見える。
「ね、ねぇ?エルネア……これはちょっと無理な気がするんだけど。もしかしたら、あの魔女よりも……」
「あたしもそう思う!」
「ヤバ過ぎぃ〜」
「…………!!取り敢えず弱体化は撃ったし、これは逃げじゃないわ!総員一時退却っ!!」
「「「賛成了解!!!」」」
素早く撤退していく四人を、カイルは見逃す。
「なんだそりゃ。チッ……まァ良い。このまま……」
上階へ向かおうとした時、凍える様な冷気が階に充満していく。
急速に冷えていくのは空気だけでは無く、あちこちで燃え盛っている火すら凍っていった。
「あー、うぜぇ!何のつもりだクソ女!」
「熱いから冷やしただけよ。それより、早速だけど借りを返してもらうわ」
「あァ……!?つーかササラまで居るじゃねぇか!何してんだお前、こんなとこで!」
「お兄ちゃんには関係無いでしょ」
「は!?…………チッ、まァ良いか……んで、何だ?俺様に何の用だ」
アリスは紙を取り出し、そこに魔法で何やら書き込んだ。
「これ、私宛の緊急クエスト依頼。貴方が行きなさい」
「……話が見えねーんだが?」
「私はこの上に用事が有るの。そんな事に割く時間は無いの」
「ンな事聞いてねぇよ。このクエスト、俺様だと受けらんねーだろっつってんだ」
「馬鹿はいちいち説明が必要で面倒ね」
「喧嘩売りに来たんなら買ってやるぞ、オイ」
「良い?貴方がこのクエストを達成出来たならば、私がその証人になってあげるって言っているの。意味……分かるかしら」
「……なに?その話、嘘じゃねぇだろうな」
「そんなに腑抜けてないわ」
「話は分かった、成程な。俺様にも利がある……が、だとしてもどうすんだ?どっちにしろ、今の俺様の序列じゃあ――」
「不本意どころの話じゃないけれど、一旦私達のパーティに加入した……って事にしといてあげるわ。勿論、クエストが終われば即脱退してもらうけれど。それなら受けられるでしょう。未だに1人でやっているみたいだし、問題無いわよね?」
「……分かった。借りも有るしなァ、受けてやるよ」
「そっ。じゃあ頼むわね。私達はこの国の王が居る所へ行くから」
進もうとするアリス達を、外へ飛び出そうとしていたカイルが踏み止まり、呼び止める。
「おい、ちょっと待て。1つ聞かせろクソ女」
「まだ何か不明が有るのかしら」
「ちげぇよ。……ササラはこれから先……お前と、お前達と行動を共にするって事で良いんだよな」
「そんなの、お兄ちゃんに――」
アリスが、ササラに人差し指を立てる。
「そうよ?何か問題が有るかしら」
「…………ねぇな。この胡散臭え状況下じゃあ、むしろ俺様からは離れたほうが安全なのかも知れねぇし。まァ……テメェの実力も認めてねー訳でもねぇしな」
「お兄ちゃん……?」
「ササラ、宝玉を持った男には気を付けろ。良いか?本来、王国なんざァどうだって良い。実際にはそっちが皆の仇だ」
「宝玉?」
「……あの野郎がもう王国に居ねぇのは分かった。勿論、この国をぶっ潰せるならそれに越したこたねーけどな」
頭を掻くカイル。
「まァ……何が言いてぇかっつーと……妹を頼む。そんだけだ」
「やだ、本当に雨が降るんじゃないかしら……」
「今回きりだボケ。…………じゃあな、ササラ。気を付けろよ」
「う、うん」
話はこれで終わりだと言わんばかりの速度で、外へ飛び出していった。
「宝玉……」
「良し。私達も急ぎましょう、ササラ」
「あ……はいっ!」
――――最上階・謁見の間――――
部屋の中で一段高くなった床に備えられている、絢爛な装飾が施された、この国の王の為だけに誂えられた玉座。
この玉座は今、血で真っ赤に濡れている。
そこに腰掛けているのはドニ・マルタ・ドルバード王。彼は腹に重傷を負い……息も絶え絶えで玉座へと身を預けている。
「ぐ……!ゲホッ、ゲホッ!」
「御父様!気を、お気をしっかり……!」
傍らに立ち、王を介抱しているのはミーティア王女。
「落ち着け、黒の小僧……ゼオンよ」
「どけ……!!お前も潰すぞ!!」
部屋の中央で相対しているのはゼオン、そしてサラだ。
二人の横には既に息絶えている、ロイヤルガードの隊長の骸が転がっている。彼はサラとの戦闘中、突如として外から侵入してきたゼオンの一撃によって即死した。
ゼオンは次に王を襲いに掛かったが、サラがこれを阻止。
状況的に、冒険者達がこの場に居ては危険と判断したサラは一団を纏めて城の外へと転移させた。
そして、現在に至る。
「なんで邪魔しやがる!!お前も敵か!?」
「私はお主の敵では無い……何も此処で殺す事は無かろうと言っておるのじゃ」
ゼオンの圧がギアを上げる。
「巫山戯るなよ……!なら殺された皆の事はどうするんだ!!魔国の皆は!?」
「一先ず落ち着け。話をしてからでも遅くは無いぞ」
「冗談じゃねぇぞ!!あそこに居た、あの場所で必死に生きていた皆は……!!」
「ぐっ!……少年、君は……?」
「御父様、無理をしないで!直ぐに治療を行えば助かる傷です!」
「良い……ミーティア」
「…………ドルバード王!お前は……っ、この額の紋章を見ても!俺が誰だか分からないか……!?」
「水色に輝く、竜の紋章……。そうか、お前が」
「そうだ!!お前達が……!お前達が、壊した国の!生き残りだッ!!」
「……退け、ミーティア」
「御父様……!?嫌です!ミーティアはまだ……」
「退くんだっ!!」
父の……王の覇気に気圧され、その場にへたり込むミーティア。
ドニはふらつく足で、どうにかゼオンの近くまで歩んでいく。
「ぐっ、うぅ……!……さぁ……魔国の王子よ……!余の命はここに有る!取っていくが良い……!」
「……何のつもりだ?」
「君には……ゲホッ、ゴホッ!復讐の……正当な権利が有る……!」
「な……」
「再び……この身に、その牙を突き立てろ……!それで……余の灯は、完全に……消えるだろう」
「馬鹿な真似はよせ、王よ!」
「魔女よ……気遣いには……感謝する。……しかしこれこそが我が本懐ッ!」
「なんなんだ?あんたは……!断っておくが、躊躇なんかしないからな!!あんたは、お前はッ!元から皆の仇なんだ!!」
ゼオンの右手に、水色の魔力が集中する。魔力は、竜の爪の様に尖っていく。
獲物の生命を狩るが如く。
「……来いッ!」
「くたばれ……!!」
ゼオンは王の首を取る為に、右手を容赦無く突き入れる。
――しかし、間一髪……そこに、緑の風が吹く。
「……待って、ゼオン」
「ダグニー……!!」
「我が……騎士。邪魔を……ゲホッ!……してくれるな……!」
「……だめ。いくらゼオンでも……おうさまはやらせない」
「ダグニー、どいてくれ!俺はそいつを殺さなきゃならない!!デカールの皆の……!仇なんだ!!!」
「だめ……!……ゼオンの気持ちはわからない……きっと、分かってあげられない!……でもっ、でも!……わたしはっ、この国のみんなをまもりたいの……!おうさまがいなくなったら、きっと…………だから、おうさまは殺させない。……わたしがいるかぎり」
ゼオンを見つめるダグニーの瞳には、涙が浮かんでいる。
それを見て、ゼオンは彼女が言い淀んでいる言葉を理解した。
……つまり。
王がいなくなった後の王国が行き着く先は……魔国と同様なんだ、と。
「くっ……!!そんな……そんなのって卑怯じゃないか!!俺は、僕はどうしたら良いっていうんだ……」
ダグニーの魔力を感じた第五軍の騎士達が、部屋へと雪崩込む。
「あー、やっぱり団長だ!ほら!」
「……みんな……無事でよかった」
「団長……!」
「おかえり〜」
「良かったです……!……あっ!?待って!へ、陛下が!リエット、リタ、ファナ!急ぎ防御陣形!」
素早く王の周りに散った騎士達は、それぞれが魔法障壁を全力で張る。
「リタ、陛下に回復魔法!急いで!」
「うん!あ、でもあたしの弱いよ!?」
「それでも良いの!とにかく少しでも保たせないと……」
「……ゼオン」
「ぐ……うぅ……っ!!」
ゼオンに、明らかな動揺と葛藤が見える。
復讐心が消え失せた訳では無い。諦めた訳でも無い。
――だが、こんな事は想定していなかった。
いや……心の何処かで、考えないようにしていたのかも知れない。
ゼオンの心中に、悪魔の言葉が浮かぶ。
あの、恐ろしくも美しい悪魔の……『天秤』という言葉が。
「僕は、僕には……!」
「何も問題は有りません。――ゼオン様」
謁見の間の空気が、魔人の魔力で凍りつく。
仄かな怒気を孕んだ魔力は、部屋全体に一気に広がる。
ゼオンとダグニー、離れた距離で様子を見ていたサラ。そして騎士達の多重魔法障壁によって守られている王と王女、騎士達自身……それ以外は全てが氷に覆われていった。
魔力はそれに留まらず、城の外壁にまで影響を及ぼしていく。
本来、魔法の類を弾く筈の外壁がどんどんと凍っていき……やがて巨大な城全体が、氷に侵食された。
魔人はゆっくりとした足取りで、ゼオンへと歩み寄る。
他の者はそれを見届ける以外、出来ない。
「アリス……僕は……」
アリスは優しく、ゼオンの頬に手を寄せる。
「大丈夫です、ゼオン様。貴方の思うがままにお進みください……障害物など、私が全て払います」
「でも、僕はダグニーを失いたくなんてないんだ!彼女と、友と戦いたくなんて!それに……」
アリスの手が離れ、ダグニーへと向き直る。
「御心配には及びません。この女を殺さずに無力化する……までも無く。私が他を抑えている内にゼオン様は目的を達成していただければ良いのですから」
「……だけど、いくらアリスでも一人では」
「大丈夫です。風姫も……そこの魔女も、どうやら本調子では無いみたいですから。それに、1人じゃないですよ?ほら」
遅れて、ササラも到着した。
「アリスさん走るの速いです!置いていかれるかと思った……なんか急に床も壁も氷になるし!2回くらい転んじゃったんですけど!?」
「ササラ……」
「もー、お尻痛い……あ、ゼオン君!勝手に行ったら危ないよ!?パーティなんだから、勝手はだめ!」
「あ、あぁ……うん。……そうだね。ごめん」
「反省したならオッケー!ね、アリスさん?」
「私は元々ゼオン様に怒ってなどいないけれど……そうね。ゼオン様、貴方には私達が居ます。いつだって貴方の味方なのです。だからどうか、頼って下さい……お願いします」
ゼオンの表情が、アリスの言葉により和らいでいく。まるで……憑き物が取れたかの様に。
「……ごめんね、二人とも。もう大丈夫だ」
「どうかお気になさらず」
「そうそう!仲間なんだから、こんなのなんともないよ」
「僕はこの国の王に、この戦の全てを聞きに行く。援護、頼めるかい」
「万事、お任せ下さい。ご武運を」
「後方支援なら任せて!」
「ありがとう」
「……くるよ。……みんな、気を引きしめて。……アリスはわたしが止めるから、みんなは何よりも優先しておうさまをまもって。……連戦で魔力のしょうひも激しいとおもうけど、ふんばってね」
「了解……!」
サラの角は、僅かにだが輝きを増していた。
「さてさて……どう動くべきかの。私は」
――――王国西方・森林地帯――――
森が燃えている。
王国西方海岸から内地に向かい暫く続く砂地には、その怪物が這いずった跡が延々と続いている。
跡は焦げたように真っ黒で、地面の所々が燃えている。
怪物は砂地を抜けて森に入ったようで、跡は森へと消えていく。
その代わりに、森に炎の道が出来ている。
怪物が通った後には何も残らず、全てを燃やし尽くしながらこの大陸を横断しようとしている。
その異形には到底、意思など感じられず……目的があるのかどうかさえ疑わしい。
この怪物の名前は『餓鬼』。
ギルドがこの未確認のモンスターに、暫定的に付けた名だ。
餓鬼は一つの村……いや小さな街ほどに巨大で、細いナメクジの様な、もしくは溶けたミミズの様な見た目である。
周りのモノを燃やしながら這いずって移動するモンスターのようで、これが街々に到達しようものなら、民間に甚大な被害が出るのは明確だった。
更に、餓鬼は体内に大量の油の様な、可燃性の液体を溜め込んでいるのをギルドは確認した。
ギルド測定員が感知した魔力量も、これまでに確認された天災級モンスターと比べても大差は無い。
これらの情報を統合し、ギルドが餓鬼に付けた等級は天災級。
天災級モンスターの討伐クエストはギルドマスター、サラ・ワンダーが認定したSランク冒険者に於いても、序列上位陣四名のみが討伐を許される最高難易度のクエストだ。
「――あァ?パーティ名が存在しねぇだと?」
餓鬼を高空から見下ろしながら、Sランク序列六位のカイル・アースランドはギルドと通信を取っていた。
〘はい。そのようなパーティ名は登録されていません〙
「あの女ァ……!……チッ、ならこの場で登録申請だ。パーティ名は【黒の創世】。リーダーは『ゼオン』。メンバーは【銀氷】、『ササラ・アースランド』……と、俺様だ」
〘このような形では受け付けておりません。…………が、許可が出ました。承りました〙
「【黒の創世】は銀氷に届いた天災級クエストをパーティ単位で受諾する。問題はねぇな」
〘はい……では確認します。天災級クエスト【餓鬼討伐】をパーティ【黒の創世】が受諾、これよりクエストに入る。よろしいでしょうか〙
「あァ」
〘受理致しました。それでは【黒の創世】の皆様。クエストの達成、心より祈っております。この通信は冒険者ギルド受付員『ハナ』が担当致しました。通信を終わります〙
「……チッ。相変わらず愛想がねぇな」
〘失礼致しました。少々、伝え忘れがございます。そちら、現場の状況は特に変わり有りません。周囲にギルド・民間問わず人影は無いようですので存分にどうぞ。それでは失礼致します〙
「ぅお!?聞こえてねーだろな、今の……」
「つうか、そうだな。ダンジョンじゃなくて地上か」
通信を終え、改めて燃える森を見て考える。
「しっかし、あのクソ女に来たクエストがこれか?しかも戦の最中によ」
カイルが魔力を解放すると、騎士団を相手にしていた時から纏い続けていた炎の衣が更に燃え盛る。
「はっ、偶然な訳ねぇな。ま、どこの誰だか知らねぇが……!テメェの好きにさせるのもつまらねえよなァ!!」
カイルが右手を横に大きく振ると、巨大な魔法陣が四つ、四方に浮かぶ。
魔法陣を操りながら、カイルは餓鬼へと高速に落下していく。
真正面に着地すると、餓鬼の全容が見えた。
ドロドロの白い体に付いた、虫の様な顔は生理的嫌悪を引き起こすのに十分な醜悪さだ。
「ギィー……ギィー……」
「気色わりぃな……!」
左手に魔力を集め、力の限りに餓鬼を宙へと殴り飛ばす。
「……重ってぇな!!ぶっ…………飛べ!コラァ!!!」
街よりも巨大な餓鬼を、左手一本で浮かす。
辺りには餓鬼が吐き出した油の様な液体が飛び散っていく。
「ハハッ。空間固定、障壁展開!次いで結界構築だオラァ!!」
魔法陣は、宙に浮かされた餓鬼を囲う様に上下左右に設置されていく。
カイルが操る何枚もの大きな魔法障壁が組み合わさり、餓鬼を閉じ込める巨大な虫かごが出来上がる。
虫かごを取り囲む魔法陣が魔力をそこに流し込み、障壁と障壁の隙間を紅い魔力で埋めていった。
「よくよく運が悪かったなァ、虫野郎。お前はここでブチッと潰してやるよ……!!」
カイルは結界の中に自身を転移させる。
虫かごの中はかなり広い空間が有り、餓鬼が入ったこの状態でも余裕がある程だ。
「この中で始末すりゃあ周囲に影響も出ねぇ!クエストも無事、円満に完了!あのクソ女への借りもこれで無しだ!!」
「ギィ……ギィアァァア!!!!」
叫びにも悲鳴にもとれる声を上げる餓鬼。
「ぐっ、耳が……!?テメェ!痛てぇんだよボケ!!いきなり鳴くんじゃねぇ!!」
今度は拳に炎を纏い、全力で顔を殴る。
「ヒィ……ィアアァァァァ!!!!」
餓鬼は身を捩り、身体から液体を撒き散らす。
粘着性を持つ液体は結界の中、至る所に張り付き……当然、カイルの身体にも降りかかる。
「きったねぇな……!……ん?」
餓鬼の魔力がどんどん膨らんでいくのを、カイルは感知する。
下手をすると、己よりも強大かも知れないその魔力を見て、カイルは笑う。
「おもしれーなテメェ……!上等だよ」
先程まで余裕の有った結界の空間は、既に餓鬼の身体でパンパンだ。魔力の膨らみに比例して、体積も増えている様だ。
カイルの立つ場所の周囲だけが、透明な壁で覆われている様にぽっかりと空いていた。
「俺様よりも強い炎……なんてのはあり得ねぇってのをテメェにも分からせてやるよ……!最大でやってみろやオラァッ!!」
言葉が通じたのかは定かではないが、餓鬼の身体は更に膨らむ。
遂には、カイルの周りに貼られていた障壁に亀裂が入り……次の瞬間、破滅的な音が鳴る。
「ピギュアアアアァァァァ!!!!」
断末魔にも似た声を引鉄に、大爆発が起こる。
結界を外から見れば一瞬外側に膨張する程の爆発が、結界内に居るカイルを襲う。
カイルが作った虫かご……この結界は、この世界での実力者達、それも上澄みの上澄みである者達と比べてもそれ程遜色は無い。
つまり、実力で大きく上回られていない限りは外側からも内側からも物理的、又は魔力的な干渉は受け付けない。……筈だった。
だが今、虫かごは内側からの大爆発によって大きく歪んでいる。
ともすれば、今にも壊れてしまいそうな程に。
数秒間続いた連鎖爆発の後、結界は元の形に戻っていく。
結界が保たれている事は、カイルが未だ生存している何よりの証だった。
「や、る……じゃねぇか……!!虫ケラの分際で……!!」
文字通り炎の海となった結界の内側にカイルが立っている。
――片足と両腕を失い、皮膚と肉を焼かれた、炭寸前の状態で。
「がッ……!!あのチビの、弱体もまだ……残ってたか、クソッ……!……だけどなァ……!今ので殺し、切れ無かった……テメェの……負けだ……!!」
真っ黒に焦げた全身から目だけを白く光らせ、カイルはおもむろに周りの炎を喰らい始めた。
口からではなく、全身で吸収していく。……するとみるみる内に傷が治っていき、結界内の炎が全て消えた時には元通りの身体になっていた。
「……ハハッ!ハッハハァ!!……おい、どうだ!?見ろよ……!テメェの力の分、強くなった俺様をよォ!!」
カイル・アースランドは炎を喰らう。火を喰らい、自身に限られるがどんな傷をも治し……その魔力すら己の物とする事が出来る。その効果はなんと永続的に、である。
「俺様はまた強くなった……!だがもっとだ!!まだ足りねぇ……!!」
魔力を解き放ち、今度は結界内を紅の炎で覆い尽くす。
「もう誰も俺達には手出し出来ねぇ程の力が要るんだよ!!!圧倒的な力が!!」
炎の中を這いずり、逃げ惑う存在がカイルの目に入る。
「……随分と小さくなっちまったなァ?魔力も殆ど感じねぇ」
餓鬼は、通常の芋虫程度の大きさまで縮んでいた。
カイルの言葉通り、力の殆どを使い切ってしまったのだろう。
モンスターであっても、やはり生物の生存本能なのだろうか。必死にカイルから距離を取ろうとしていた。
「馬鹿か?テメェ……逃さねぇよ」
そもそも、結界は張られたままだ。いくら這いずり回ろうと、餓鬼の逃げ場は何処にも無い。
「宣言通りだ。あばよ虫野郎」
足を使い、無慈悲に踏み潰す。すると魔力感知に微かに残っていた餓鬼の魔力は、完全に消滅した。
カイルにとって、初の天災級クエスト達成の瞬間であった。
「あー……だりぃな」
カイルが結界を解きながら愚痴っていると、遠くから飛んで近付く存在が感知魔法に引っ掛かる。
「あ……?こりゃあ……」
「……〜い!」
その女性は、カイルが良く見知っている存在だった。
「……あァ!?な、なんでアイツがこんな所に居やがる!確かクエスト中だとババァが……」
「お〜い!カイく〜ん!ヤッホ〜★」
「ソフィア、テメェ!俺様に近付いて来んなよ!」
「え〜?同じSランクなんだから良いじゃないってば!あ、もしかして照れてるの〜?もう、お年頃〜」
「止めろ!離せ!抱き付くな!」
三人の軍団長達と戦っていた筈の、ソフィアだ。
「あーッ、クソッ!髪が崩れただろうが……!」
「え〜?元々ヤバかったよ?……ね、結構キツかった訳?初めての天災級クエストってさ」
「あん!?ンな訳ねぇだろうが!俺様を誰だと――」
「だよね~☆」
「……はァ。……もういいわ、疲れた。そんで?テメェはなんで此処に居る。今は王国との……」
「途中から来たの★それで軍団長さん達を止めてたんだけど〜……なんかねぇ、途中でどっか行っちゃったんだよ。で!手が空いたからフラフラしてたらカイ君を見っけたって訳♪」
「……なんだそりゃ?随分と変な話だな」
「そうなんだよ!戦ってる時、遠くの空に光の柱が見えて……少ししたら、なんかどっかと通信始めたの。そしたら直ぐに退散しちゃって!も〜消化不良だよあーしはっ」
「光の柱?…………方角は?」
「あっち!あれは多分、魔国の方だね〜」
「魔国……か」
カイルは手を組み、何やら考え込む。
「どしたの?似合わない顔しちゃって!」
「るせぇ。……つうかお前、ババァの所には行かねぇのか?」
「え〜?だって報告だと、もう詰めに入ってるって言ってたし。だいじょぶっしょ」
「……まぁ、な」
「カイ君こそ良いの?故郷の仇でしょ〜、王国は」
「…………あぁ、構わねぇ。本当の仇は別にいるからな。ギルド側が勝勢ならどの道、王国は下り坂……。今さら俺様が出張る必要もねぇだろ」
「本音は〜……有るのカナ?」
「しつけぇぞ。良いんだよ……あの場にはササラも居るしなァ」
「ふ〜ん。……良し、カイ君!久しぶりにお姉さんがなでなでしてあげるよ!ぎゅ〜ってしたげるから、こっちおいで★」
「なんだ急に!!?おい馬鹿テメェ、止めろ!」
「よ〜しよしよし☆」
「あー!!うぜぇぇぇぇ!!」
Sランク冒険者カイル・アースランドの活躍によって、北方大陸の危機は去った。
対応が遅れれば、このモンスターにより多くの命が失われただろう。
国、地域、所属などは……一切、関係も無く。
余談だが、後のギルドによる調査報告によると天災級モンスター『餓鬼』の出現は前兆すら無く、突如その場に出現したとしか考えられなかったという。
――まるで、何者かが召喚したかの如く。
――――【エアリウム城】――――
もう何度目かも分からない激突は、城の外へと飛び出した。
互いが互いに、城の中で戦えばその影響が大き過ぎると考えたのだろう。
片方にとっては好都合。しかしもう片方にとっては、不都合であったが。
「もう!あんな啖呵切っておいて、貴女1人に構ってる場合じゃないのに……!」
「……わたしがアリスを止めておけばなんとかなるから」
「随分と部下を信頼してるみたいだけど、ゼオン様とササラを甘く見ないほうが良いわよ!」
「……アリスこそ、騎士をあまくみないほうがいいよ」
「あの場にはギルドマスターも居る!王国はもう終わりね!」
「……おうさまが生きていればきっとなんとかなるよ」
宙を舞う二人の間を風と雷、氷が飛び交う。
「くっ……!魔女の結界……それと、どっかで竜と戦ったみたいじゃない?魔力の残滓を感じるもの!もう限界ぎりぎりなんでしょう、帰って寝たらどう!?」
「……そのくらいじゃわたしは折れないよ」
「無理ばっかりしたがるのは変わらないわね!なんでも1人で出来ると思ってるのも!」
「アリスに言われたくない」
アイギスと、氷の剣がぶつかり合う。
「大体、なんであそこで私の名前を呼ぶの?折角気を遣ってこっちは呼ばなかったのに!」
「……?」
「そういうところが嫌いよ、やっぱり」
「……アリス。あなたが優しいのはむかしから変わらないね」
「私は優しくするつもりは無いの!」
「……わたしは……もっと優しくなりたいけど」
「何を考えているのかは知らないけれど、別にそんなこと無いでしょう?だって貴女……」
「……うぅん。……もっと。もっと……アリスよりも……」
――――――――
謁見の間では、睨み合いが続いていた。
「――陛下!中央へお下がりを!この障壁の中ならば安全ですから!」
「ぐ、む……!」
「御父様!傷が酷くなって……!?貴女達、もっと強い回復魔法を掛ける事は出来ないの!?」
「申し訳ございません、姫様……。これが出来る精一杯なのです」
「ごめんなさい……!」
「ゼオン君、どうするの?お話するだけなら出来そうだったけど……なんだかあの人、苦しそう」
「うん……。でも今はこっちに気を付けたほうが良さそうだ」
二人の前に立ちはだかるのはサラ。
「――かかっ」
「おばあちゃん……!……うぅん、ギルドマスター……」
「おうササラ。一先ず、無事で安心したぞ」
「どうしてウチ達の邪魔をするの!?ギルドと王国は今戦争中なんでしょ!?だったら……!」
「私は王の首を取る気迄は無いでの。身柄を確保出来れば十分なんじゃ。……だがそこの小僧は違うんじゃろ?」
「今は半々くらいかな。取り敢えず聞きたい話を聞いてから判断を下そうと思ってるよ……邪魔をするなら容赦はしない。僕は冒険者のルールなんてまだ知らないからね」
「……かか。やはりお前さん、父親に似ておるの」
「…………父?貴女は一体」
「まぁ、えぇわい。話くらいなら私も止めやせんよ。いざとなれば手段は選ばんがの」
「……そう。なら有り難く通らせてもらうよ……行こう、ササラ」
「あ、うんっ!」
そして対峙する二人の王。
かつては手を取り合った二国の王達。一方は見下ろし……一方は、見上げる格好で。
「それ以上近付くなっ!無礼者……!」
「ぐっ……良いのだ……。話を、しようか……魔国の王子よ」
「……現【魔王】だよ。僕は」
「そう、か……失礼をした、魔国の王よ」
「傷。痛むかい?とても無様だね」
ゼオンが吐き捨てる。
その言い様に騎士達がにわかに殺気立つ。それをドニはすぐさま制した。
「――良いのだ。……ゼオン殿。……先程も言った通り……余の命が欲しいのだろう?」
「……元々、此処に来るつもりは無かった。確かにお前達王国は僕の敵だ。魔国の……皆の。でも、勝手に滅びへと向かうならそれでも良いと……そう思ったからね」
「だけどついさっき、デカールの街が消えたと聞いた。……これはどういう事なんだ?お前達がやったのか?……それによって僕の答えは変わる」
デカール、という名にエルネアが反応する。
「……!?陛下!?」
「…………その事に……王国は関与をしておらん。女神に誓って」
「それを信じろと僕に言うのかい?よりにもよって貴方が」
「信じてくれとは言わん……。……だが事実である」
「……一旦話を切り替えようか。さっき、本懐だと言ったな?命を落とすのが本懐とはどういう意味なんだ。……こんな訳の分からない戦を仕掛けて、終いには死にたいだって?お前は、お前の民をなんだと思っているんだ……!?」
「――我が王国の民、その総てが消え失せるよりはマシだと思わんか……?」
「何を……言ってる?何かの比喩か」
ドニは、心此処にあらずといった様子で続ける。
「そう、何よりも忌避せねばならん破滅的な結末。それを回避出来るとしたら……お前ならどうする?何をする。……決められた運命から抜け出す為に、国の皆をその輪から外す為には……!!」
「陛下……?」
「あぁ……そうだ……!思えばあの時も……!我等は騙されたのだ!!きっと別の道も有った筈なのだ!手を取り合ったままに進む道すらも!!それをまんまと……」
「――良い加減にしろ!!僕はそんな与太話を聞きに来た訳じゃない!!僕が聞きたいのは、今の話だ!お前達が仕出かしたのでは無いのなら、一体何処の誰がやったんだ!誰がデカールを滅ぼした!!?」
「そうだ……っ!それも同じなのだ!!恐らく全ては繋がり合う!!そう……全ては奴等が!!」
「それは、誰だ!?」
「奴等は……!奴等は、クロ――」
その名を叫ぼうとしたドニの胸の真ん中を、水の砲弾が貫いた。
「いやあぁぁ!!御父様ぁっ!!」
「そんな……!障壁の内側から!?」
「何処から!?」
「リタ、そこぉ」
ファナが指差したのは四人の騎士達の丁度中間地点、王と王女の下の床。
「陛下、姫様ッ!失礼を致します!」
リエットが、浮かぶ土台を作りその上に二人を乗せる。
「御父様っ!!御父様……!」
「よくも王様を……!そこから出てこーい!!」
敵の気配がする床に、全力で拳を打ち込むリタ。
拳が直撃し崩れた床から、水が溢れて人の形を取っていく。
「……えっ?こ、この魔法……!?」
「あーヤダヤダ。流石にそれは契約違反じゃない?陛下……っと、違うか。……ドルバード王?」
水人形の中に、何処からか女性が現れる。
女性は、王国騎士の格好をしていた。
「『エリザ』……!?アンタどういうつもりなの!!?どうして陛下を!!」
「エルネア、私はもう辞める事にしたの。貴女とあの方を取り合うのはね」
「何、訳分かんない事言ってるのよ!だとしても、それがなんで陛下を害す事になるの!?」
「うるさいッ!!……いっつもいっつもいっつも邪魔をして……!今回の人事だって!!……私がお側に居るべきなのにどうしてッ!!」
女騎士……エリザの瞳には、エルネアへの並々ならぬ怨みが垣間見える。
「……だから、もう良いの。外から奪う事にしたわ。どれだけ時間が掛かってもね」
「…………!!?」
エルネアは眼前で起きている事に何一つ、理解が及ばない。
曲がりなりにも、数少ない女性騎士として共に切磋琢磨してきた仲間の突然の裏切り。
そしてまさかの王殺し……とても信じられるものでは無い。……実際に、目の前で起こった事だとしても。
「なんか雲行き怪しくない!?王様も殺されちゃったみたいだよ、ゼオン君…………ゼオン君?どうしたの、どこか痛い?」
「いや、大丈夫さ。ただ……何か、おかしな胸騒ぎが……」
「ちっ、止められんかった……!とんでもない不覚じゃな」
「実はね、エルネア。私はもう王国騎士じゃないの。今の私は……【閉じた世界】を作る者。その1人」
聞き慣れない言葉に思わず横槍を入れるゼオン。
「閉じた世界ってのは何の事かな。……つまり、ここまでの行動を見る限りデカールを滅ぼしたのは、君達なのかな」
「……ぷ。……キャハハハッ!!……滅ぼした!?滅ぼしたですって!?あんな街、元から滅んでる様なモノだったじゃない!単に死んでないだけよ!誰も生きて無かった!王国人も、魔国の民も!本当に下らない街!」
「……ッ!」
「キャハハハハハ……!!……あーっ、おっかしい……!ま、そうしたのは貴方……というか貴方の父と母か。ねっ、魔国の王子様!?」
「勝手な事を言うな……!!お前がどう思おうがどうだって良いが、彼処に生きていた人々を侮辱するな!!僕の所為なのは当たり前だ!……だけど、彼等を馬鹿にする権利なんか誰にも無いんだ!!」
「あっそ。まーどうだって良いよ、どうせあの街はもう無いんだし……あ、言っておくけれどやったのは私じゃないから。私達、って意味ならまぁ――」
「――エリザ!!私達、騎士団は貴女を此処で誅殺するわ!!その身の罪を悔いなさい!」
エリザに武器を向ける騎士達。
エルネアの目からは、涙が流れている。
「今は止めといたほうが良いよエルネア。此処に居るのは……」
「陛下をよくも……!!」
腰の小剣を抜き、斬り掛かる。
結果、吹き飛んだのは……エルネアだった。
「……此処に居るのは私だけじゃないからね」
新たに転移してきたその男は、エルネアの全力をいとも簡単に弾いた。
「何を遊んでいる?エリザ。目的は達した筈だ……さっさと戻るぞ。外の化け物達も戻って来る頃合いだ」
「了解、フェシル。という事で……じゃあね、エルネア。次に会う時には敵同士だよ」
水のベールが二人を包み込む。恐らくは、そのまま転移するのだろう。
だが、それを黙って見逃すまいとゼオンが魔力弾を撃ち込んだ。
「待て!!お前等は一体、なんなんだ!?何故デカールの街を……!」
「お前は何も理解っていない。お前に話す事など何も無い」
「巫山戯けるなよ……!!あの街にどれだけの数の人々が暮らしていたと思ってやがるんだ!?お前等は!!」
「凡そ四十万、だったか。まぁ……只の数字に過ぎん」
ゼオンの周りに、漆黒と蒼の魔力が渦を巻く。
元は黒と水色の魔力は、ゼオンの怒りに呼応する様に色を増していく。
やがて魔力はゼオンを覆い尽くし、魔力はまるで竜人の様な形を取った。
「ゼオン君……!?」
「逃がすかよ……!!お前等は此処で俺がッ!!」
「<竜王之息>ッ!!」
ゼオンのブレス魔法が炸裂する。
漆黒を纏った蒼の光線は、この王城ごと目標を消し飛ばさんと荒れ狂う。
――しかし、ブレス魔法はフェシルに着弾する直前。
何かに吸い込まれる様にして、掻き消えた。
魔力を使った影響か、ゼオンの姿も元に戻っている。
「なにッ!?」
「……フ。止めておけ、ゼオン・マーレ・トルナロード。今のお前にはまだ用事は無い」
そうして、フェシルとエリザは転移魔法を起動しこの場から消えた。
二人が転移したのと入れ替わりで部屋に入って来たのはアリスとダグニー。
「ゼオン様っ!!ご無事ですか!?」
「……みんな、おうさまは……!?」
――――――――
デカールがフェシルによって消失したその日の夜――
魔国に生きる人々は、夜空に巨大な影を見た。
影は南方に向かって飛んでいった、と人々は言う。
特にソレをはっきりと見た人々は、口々にこう言った。
「魔王城跡の方から空に飛び立ち、遥か南方へと去っていく巨大な竜を見た」
――と。
序篇・全編、これで幕となります。
新篇・五章へ続きます




