開戦⑥
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王国と教国を直線で結んで出来る、超々高空の道。
道と言ってもその『空路』を使えるのは記録上、世界に於いて只一人。
その、唯一の存在……ダグニー・シルフィード。
彼女はゼオン達と別れた後、風の速度で王国へと空を急いでいた。
ダグニーは、周りに気を遣う必要が無いこの高度でのみ、最大風速で飛べる。
文字通り……風となって。
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「…………」
皆……大丈夫かな。
領地の事は多分心配要らないと思う。
きっと無事だ。そう信じてる。
わたしは職業柄、冒険者と呼ばれている人達との絡みが多い。
彼等の気質も良く……知っているつもり。特に、王国に居る冒険者なら。
乱暴狼藉を働く冒険者なんて殆ど見たことが無いくらい。……それくらいに、ある意味で統率が取れていると思う。
だからわたしは……あの魔女が恐ろしい。
あのギルドマスターは、魔力とか実力とか能力とか……そういう部分では計れない恐ろしさに満ちていると思うから。
だけどだからこそ、ある程度の信用も出来る。
魔女はとことんまで実利主義な訳でも無い。と、思う。……たぶん。
理解は到底及ばないけど……でも。きっとあの人なら、無関係な被害者は出ないように立ち回る筈だ。
で、あればわたしの領地は心配要らない。王都からは遠く離れているから。
でも……そう考えてもやっぱり、孤児院の子達は心配だ。
……今では立派に騎士となった子も、含めて。
少しだけ遠回りをしようかな、と考えながら速度を上げようとした時。
不必要な為、極小の範囲にしか張っていなかった感知魔法に何かが引っ掛かる。
「……!?…………なにもの?」
<颶諷疾空>を急速停止して、魔力反応が有った方向に身体を回す。
そこに在ったのは真っ黒い、影の様な……人……?
(緑の子。風の子。お前も漸く成ったな)
「……なに?……頭のなかにひびく……」
目の前のコレが喋っている……の?
なんだか勝手に身体が震える。
怯え……?
…………まさか。わたしは臆病者じゃない。
(鍵の覚醒は後……つ)
鍵?
いったい何の事を……
(しかし今日は只の挨拶だ。大精霊に一応敬意を表してな)
大精霊……って……え?
「……なんでそんな事をしっているの……!?……貴方いったい……!」
愛剣を抜き、構える。
何も分からないけど、たった一つ確かな事が有る。
コレは敵だ。
(止めておけ。これは幻影。――残念ながらな)
アイギスを握る手に汗が滲む。
圧でも恐怖でもない。
ただ……なんでだろう。
震えが、収まらない。
(だが。我等としてもお前を今王国へと行かせる訳にはいかない。――故に一つを送った)
影が掻き消えようとしている。
と同時に、下方から凄まじい咆哮が聞こえた。
(玩具が届いたな。それではまた近い内に逢おう。――翠の子)
空気の振動が足の裏から頭まで駆け巡る。
陽の光に当てられてギラりと輝く体表、羽ばたきもしない翼、無機質で有りながらも鋭い眼光。
わたしに向かって猛スピードで突進してくるのは鉄の怪物。
銀と黒の怪物、第一級の天災モンスター。
【鋼竜】。
……なんだか分からないけど。
敵意を向けられているのは明白だ。なら……
「……王国騎士ダグニー・シルフィード。これよりモンスター討伐にはいる」
さっきのがどこの勢力の者なのかは知らないけど、よくよく対策されているみたい。
風のわたしに鉄の竜、か。
なんだか……あの子達の顔が思い浮かんだ。
――――――――
「ササラ、ちょっと待って!」
「あれは多分聞こえてないです。ゼオン様……」
ササラは一心不乱に暗い王都を走る。
しかし目指すは王都の外……どころか、遥か遠くのケイブの街。
とても、走って辿り着く距離には無い。
それを分かってはいても、彼女は走らずにはいられなかった。
もしかしたら、走る理由は又別に有るのかも知れない。
「多少強引に捕まえます。よろしいですか」
「うん、そうだね。お願いアリス」
アリスが青紫の魔力を解放する。
瞬間的な雷速を以って、いとも簡単にササラを捕獲した。
「離してっ……!アリスさん、お願い!」
「落ち着きなさい。走って何処へ行こうというの」
「あの馬鹿兄のところに決まってます!だって……だって、今更……!」
「……?まぁ……話は見えないけれど。行くなら一緒に行きましょう?」
「……えっ?」
「貴女の家族は私達の家族……とまでは言えないけれど。少なくとも貴女の問題は私達の問題なのだから……ですよね?」
遅れてゼオンが追い付く。
「ふー……そういう事」
「ゼオン君……でも」
「僕には仲間が家族みたいなもの。……というかアリスは家族だし、ササラの事も近く思ってる。それより優先させるモノなんて無いさ」
「え、と……うん。……ごめんね。……ありがとう。2人とも」
「ふふ。……ではゼオン様、行きましょうか」
「うん。行こう」
アリスが起動させた転移魔法陣に三人が乗り、転移魔法が発動した。
――――王国・辺境都市【ケイブ】――――
「む」
街の中央に仁王立ちし、街全体に結界魔法を張っていたゲンオウは突如現れた気配に警戒する。
気配は三つ、感知した場所は街の外。
結界に弾き出されたのか元々その場所に魔法陣が在ったのか迄は、判別出来ないが。
「強いな」
知っている様な気もする魔力反応だが、だからといって手抜きはしない。
ゲンオウは目視で確認する為に移動を始める。
「えーっ!なにこれ!?入れないよ〜!」
「凄いな……街ごと護ってるのか」
ゼオンとササラは、街を覆う多角形結界に驚きを隠さない。
一枚一枚の結界が繋がり、それが何層にも重なっている。
見るからに堅牢な結界だ。
「どうしよゼオン君!?」
「うーん?……でも何とかなるでしょ。だってコレは味方のモノだよね?アリス」
「はい。多分そろそろ来るでしょう」
「はぇ?来るって誰が……」
ササラが疑問を呈する前に、彼女の視界は縦に揺れる。
ズシン、ズシンと響く音と揺れ。
街の中から現れたソレは、広大な範囲に影を落とす程に巨大な人間。
「キャーー!!なに!?なにコレ!?モンスター!?」
「巨人族……!わぁ、初めて見たよ!」
「む。やはりお主だったか銀氷」
「あの魔女まで最前線に行ったと聞いて予想はついていたけれど……此処の護りは貴方が全て請け負っているのね。ゲンオウ」
「容易い」
「街の中に入れてもらえるかしら?……いえ、その前に……首が痛いから縮んでくれる?仲間も怯えているし」
ササラがゼオンの後ろに周り、肩越しに大巨人を覗き込んでいる。
「む……済まない。だがそれは無理だ」
「あらそう。……まぁ良いわ。取り敢えず一部分、開けて頂戴。周囲の心配は要らないから」
「分かった」
ゲンオウが両手を胸の前で合わせる。
「<解除>」
音も無く、三人の前に在った結界障壁がスゥーッ……と消えていく。
「ありがとう。さ、ゼオン様。ササラ……」
アリスが言い終わる前に、ササラは走り出していた。
「……もうっ。ゼオン様」
「うん。僕達も行こう」
「はい。……あ、ゲンオウ。そこ、もう一度通るから開けておいてね」
「む。しかし」
「じゃ、ね」
走り去る三人を、ゲンオウは呆れたように見送った。
「……ならば此処にて待機せねばならん……か」
少々迷惑な闖入者達に、ゲンオウは困った様に顎を掻いた。
――――――――
ササラは無事なのか?
大体よ。俺様はこんな所に居て良いのか?
皆の……父さんや母さん、姉さん……義兄さん達の仇を討つべき時に、俺様は……
……クソッ。
だけど……ダメだ。
何度でも、あの時の顔が浮かんでくる。
最期に見た2人の……顔が。
ササラを頼むと、そう言われた。
なら、俺様は……動けない。
「…………ちくしょう……」
それに、2人の願いだけじゃない。
俺様の振る舞いが原因となって起きた1年前のあの事件の事も……ある。
別に反省などしてない。
だけど今でも、後悔はしている。
ササラの為と思ってした事が、ササラを傷付けてしまったのだから。
あれ以来……ずっと、距離は離れたままだ。
多分、俺様は嫌われているのだろう。
……別にそれでも良かったけどな。
あいつを……結果的にあいつを、守れていたのなら。
「無事に帰ってくれれば、それで……」
そう呟いた時。
けたたましい音が、玄関の方から鳴る。
――――――――
ササラが兄の家の、玄関の扉を開けると中は灯りすら点いておらず真っ暗だった。
「わっ……!……暗い!なんなの、もう!入るわよ!良い!?」
住人の反応を待たず、ずかずかと中に上がる。
そのままの勢いでリビングの扉も玄関と同じ様に開けると……そこに、目当ての人物が居た。
「……ササラ……!?お前……!」
「何、やってんのよ!!みんなが……ギルドのみんなが戦ってる時に!」
「いや、俺様はお前が――」
「馬鹿っ!!だからって引き篭もるの!?お兄ちゃん、そんなに弱かったの!!」
「ざけんな!俺様は……!!」
「あ、心配はありがと。でもね、心が弱ってるからって……!やらなくちゃいけない事はちゃんとやりなさいよ!!それでも冒険者なの!!?本当にそんなんでSランクなんて名乗れるの!?」
「違う!ただ……ただ、俺様はお前が無事に戻る迄はって……」
「戻る迄は何!!?戦いは他の人に任せてじゃあ何をしてるのよ!こんなとこで!」
「ぐっ……!」
「ならもしウチが帰って来なかったらどうしてたの!?ねぇ、そのまま腐って無くなるの!?……馬鹿じゃないの!?戦えない理由を……!誰かの所為に、しないでッ!!!」
「っ……!」
「今更……誰かに気を遣うなんてそんなの要らない!!お兄ちゃんはどうせ変わらないんでしょ!?……だったら戦いでくらい、誰かの役に立ちなさいよ!!」
「…………クソッ!言いたい放題言いやがって……もう良い、分かったよ……!」
床をダン、と叩いてカイルは立ち上がる。
そして一言だけ、言い残す。
「本当にお前が無事で良かった」
そのままフラフラと玄関から外に出た。
「……テメェら」
「やぁ」
「あら。元々なのに更に酷い顔ね」
「巫山戯んなクソ女……そこどきやがれ」
「別に邪魔でもないでしょう。あ、一応伝えておくけれど行くなら王都。王城よ。転移魔法陣は敷いている?勿論連れては行かないけれど」
「…………借りとくし、礼は言っとく」
「あらあら。……ねぇ、それはどっちの?」
「うるせぇよ」
カイルが足元に魔法陣を描き、転移魔法を起動する。
跳んだ先は恐らく王都だろう。
「珍しいですね。雨でも降るのでしょうか……血の」
「アリス……」
カイルに続いて、ササラも家から出てくる。
「ぐすっ……」
「お疲れ様、ササラ。辛かったね……さ、コレで涙を拭いて」
「ゔん」
「僕達がついてくる意味もあんまり無かったかも知れないね。ね、アリス」
「えぇ、ゼオン様。本当に立派だったわ、ササラ」
ぶんぶんと横に首を振るササラ。
二本の尻尾が付いた髪も大いに揺れている。
「そんな事、無いです……!ウチなんて口ばっかで……」
「それこそ、そんな事無いさ。身内とはいえ本気で諌められる人は素晴らしいと僕は思う」
「私もよ」
「ありがと……」
「少し休憩を入れたら僕達も王都に戻ろうか。この馬鹿騒ぎを終わらせる為に」
「はい」
「……うん。ありがとね」
「僕等はまだ何もしてないさ」
――――王国・王都周辺上空――――
「……ぃよっしゃあぁぁ!!」
先陣を切るライオットが振る槍が、一振り毎に爆裂魔法を繰り出す。
目標に当たらずとも爆発を生む魔法槍は銘こそ無いが、彼の大事な相棒だ。
爆発は良い目眩ましにもなり、爆煙でソフィアの死角となった箇所からサイクスとイルセンが、片手剣と両手斧での同時攻撃を表裏から仕掛ける。
サイクスが横薙ぎに、イルセンが縦一閃に。
だがしかし、難無くこれを受け流すソフィア。
まず、横から襲い来る剣を身体に対して縦に構えた棍で止める。そうした後に剣をいなした勢いを活かし、棍を支点に百八十度、回転。振り下ろされる大斧を低い姿勢で前に出て躱しながらも、器用に身体を曲げて、足の下で棍を両手を回し横方向に回転させる。
回転の勢いが最大になったところで頭の上まで棍を持っていき、高速回転するソレを今度は片手で自在に操り、身体全体で踊るように回り始める。
「回転力!ってやつ〜?」
そうして、魔法を一切使わずに、棍と脚の攻撃だけで一度に三人共を吹き飛ばした。
「くっ……!?信じられん……!」
「どんな馬鹿力だよ、おい!」
「力だけじゃない。柔らかさも、か……」
「あーっ、ひどーい!こ〜んな非力なあーしを馬鹿力だなんて!」
「……いや事実だろが!?」
「いや、違うぞライオット。さっきから時折見える魔力光……あの赤色に、確かに一瞬だが他の色が混ざっていた」
「あぁ、私にも見えた。桃色……何と何の魔力融合かと考えていたが、どうやら……」
「ありゃ、バレちゃった?ま、バレても何?って感じだけど☆」
「……白色。それも強化魔法、か。……チッ、厄介だな」
「強化魔法なら俺達も使ってるだろサイクス?別にそんな大したもんでも無くねー?」
「だから貴様は莫迦者なのだ。仮にも軍団長ならば属性の違いくらい知っておけ」
「う……。イ……イルセン?」
「戦闘中だぞ」
「別にあーし構わないよ★ね、教えたげたら〜?」
「つくづく……舐められたものだ……!」
「待て、サイクス」
「……!?」
「敵がわざわざ間抜けを晒してくれたのだ。甘えようではないか」
「イルセン……!?」
「ライオットが正しく敵の能力を理解しているかどうかはとても重要だ。……連携上、雲泥の差が有る」
「…………良いだろう」
「いや、本当に悪い。2人とも」
「まぁ気にするな。悪くないとは言わんが仕方ない面もある」
「……?……んで、白色の強化魔法ってのは結局、なんだ?俺達が使う防御魔法とかとは違うんだろ?」
「あぁ、そうだ。……先に聞いておくが、ライオット。白色……光属性については?」
「馬鹿にすんなよ!アレだろ?回復とか、治療とか、なんか姿を消せるとかの……」
「そうだな。……だが、世界に極少数のみが使う光魔法が存在する。これが奴の強化魔法だ」
「あ?……あー、まぁ良いや。取り敢えず、その光属性の強化魔法ってのは何が凄いんだ?」
「分かりやすく言うなら闇魔法の対。対象に強化を掛けるんだ」
「……ん?何にって?」
「莫迦が。対象に、だ」
「んなの分かったっつーの!じゃなくて対象ってのは具体的になんだよ!?」
「全てだ、ライオット。戦いに於いては武器となる無機物、自他を含む身体、魔力量。全て、だ」
「……は……」
「その効果の程は術者の力量に依るが……どちらにしろ、厄介な魔法には違いない」
「そーいうコト〜」
ソフィアは悪戯っぽく笑い、ライオットに向かってひらひらと手を振る。
「……な……んだそりゃあ!!?獣人魔法でも良くて自分の全身くらいだろーが!?……インチキじゃねーかよあの女!!それでいて普通に他の魔法も使えるんだろ!?」
「そういう事だライオット。だがこれも又……戦。往々に、な」
「フン……化け物だな」
「ヒドいなぁー。言っとくけどあーしなんてただ可愛いだけの女の子だよ!」
「あ……!?つうかあの女、そういやさっき9位って……」
「アレで序列が1番下か。本当に笑えんな、この戦は」
「あ、でもソレは違うから!数字で全ては決まらない……んだよ!」
「……どちらにせよだ。理解出来たか?ライオット」
「あぁ!結局は力押ししか無いって事だな!!」
「……莫迦が」
「あぁ!?」
「だが……珍しく正解だ」
「そうだな、良いか2人とも。狙うは奴の魔力切れだ……!数の有利を活かし、攻め崩すのだ!!」
「うんうん、そう来るよね~。で・もぉ……それが出来るかは別問題!Sランクってのは伊達じゃあ張れないの!」
「やってみなければな!」
先とは違い、今回最初に仕掛けるのはイルセン。
「叩き込む……!!」
大斧を大上段の構えから脇構えに変え、狙いを隠す。
「んっ?今更そんなの……」
横薙ぎの斧を棍で受け止めるソフィア。
防いだ様に見えたがしかし、斧の刃先から液体が溢れ出る。
液体は棍を伝い、ソフィアの手元まで流れてきた。
「えっ、なにこれ!わっ、とっ、とっ」
イルセンの魔力は水属性。魔法は滑水。
滑る水だ。これをイルセンは手や手に持つ物から、それこそ湯水の様に出せる。
「戦闘に使い辛い魔法でも使いようは有る」
掴もうとするも、スルスルと手から逃げていく棍を、遂に手離してしまうソフィア。
「あーっ!もう!」
「今だサイクス!!」
「――<瞬剣>」
浮遊魔法を切ったイルセン。
急速に落下を始めた彼の背後、陰から現れたのはサイクス。
「っ!!」
ソフィアは咄嗟に上半身を後ろに曲げる。
横から見ればほぼ直角に曲がったその上スレスレを、サイクスが振るう雷速の剣筋が真横に通っていく。
「まさか私の瞬剣を初見で避けられるとはな。――だが」
音すら無く、二撃目、その次……と無数の剣筋が、一瞬前までソフィアが居た筈の空間を通る。
無音の連撃は正に<瞬剣>だ。
ソフィアはそれらを辛くも避け続ける。
棍で受ける事が出来ない為に、体捌きのみで。
雷速を避けるソフィアの残像が、その場に何体も見える程に高速で動き続ける。
「……チッ、捉えきれん……!」
暫くの間攻防は続いたが、先に音を上げたのはサイクス。
遂に、剣を振るう手が止まる。
「ふぃーっ……あっぶにゃー!やるやる!」
だがソフィアのほうも、額に汗が浮かんでいる。
「どけサイクス!次は俺だぁぁあ!」
ソフィアとサイクスの直上から、ライオットが槍を構え下方向に突撃する。
声に反応したサイクスが後方へと跳んだ瞬間、ソフィアの眼前で、槍の穂先から爆発が生じた。
「痛っ……!……たぁーい!」
直前で後方に宙返りし、爆発から逃れたものの……爆風によるダメージを受けるソフィア。
「どうだこのヤロー!!王国軍を舐めんじゃねーぞ!!」
「野郎じゃないし!こんのヤロー!」
宙返りから空を蹴り、ソフィアがライオットへと突っ込む。
前進しながら体全体を独楽の様にして二回転した後、繰り出したのは回し蹴り。
白の光を纏った右脚は、一目で危険と分かる威力を秘めているだろう。
しかし、蹴りを受けたのはライオットではなくイルセン。
下から浮遊魔法で上昇してきたイルセンは、ソフィアとライオットの間に身体を割り込ませ、自らを味方の盾とした。
ズドッ!という鈍い音を鳴らし、蹴りが左の脇腹に直撃するも、ビクともしない。
「――!?か、硬ぁ……!」
「防御魔法は俺の自慢だ」
「つうかまぁ騎士全員がそうだけど。でもイルセンのはピカイチなんだよ!思い知ったかコラァ!!」
「……やるじゃん!じゃ、もういっちょ!」
ソフィアはその場で上半身を捻る。
上半身だけがほぼ真後ろを向いた状態から、下半身も連動させて横方向に回転を掛けていく。
「次は倍の4回転っ、いっくよー!」
「面白い!来い……!!」
先程と寸分違わぬ箇所へ蹴り込む。
それを敢えて受けるイルセンの顔は、何故か楽しげだ。
今度は一撃目よりも重い、ズドン!!という音が響く。
「ぬぅっ……!」
「うっそ、コレも耐えるんだ!?すごいすごーい!こっちの足も痛いくらいなのに〜!」
「騎士を甘く見んじゃねーって言ってんだろ!」
「え〜?聞いて無いし。……でも君は良いの?今の隙に攻撃とかしないの?」
「だから、攻め崩すっつったら攻め崩すんだよ!それに不意打ちなんて俺の趣味じゃねぇ!」
少し離れて様子を見ていたサイクスがソフィアに何かを投げる。
それ……棍を受け取ったソフィアは、目を見開いた。
「あーしの……?……なんでかな?もしかして、甘く見られてるのはこっちだったのかな〜……!」
「そんな訳がある筈もない。理由は単純、これが私の騎士道だからだ。……根無し草なんぞに理解されなくても構わんがな」
「……騎士道?」
「王国騎士は邪道を好まん。例えそれを甘いと蔑まされようが、だ。我等は王国の象徴なのだから」
「うむ。ましてやサイクス、ライオット……そして俺は軍団を預かる身。それぞれに、それぞれの示さねばならぬ矜持が有る」
「あぁ!お前等、冒険者にもあるんだろ!?それのぶつかり合いってだけだ!」
「……なるほど。……う〜ん、思ってたよりも大変なんだねー、これは」
「大体、お前!さっきから強化魔法しか使ってねーだろ!?狙いが何なのかは知らねぇが、そんな相手に形振り構わずいこうなんざ兵達に笑われちまうからな!」
「あー、別に手加減してた訳じゃないから!あーしの本気の魔法はね……」
そこでイルセンが口を挟む。
「待て。……アレはなんだ……?」
その場に居る全員が、イルセンが示す方向に目を遣る。
「ん?なになに?」
「なんだ、ありゃあ!?」
「サイクス、あの方角には……」
「遥か南方……魔国か!?」
ソレを見ながら、ソフィアが呟いた。
「光の、柱……?」
――――魔国・王国統治沿岸都市【デカール】――――
王国の在る大陸の対岸に位置する都市、デカール。
特徴的な、階段状に形成されている街々の最上段。
そこに建てられた領主館では、思いも寄らない事態が発生していた。
事態が起きたのはこの館で最も広い部屋、貴賓室。
部屋の中に居るのは二人の男性。
一人は王国第一軍団長・及び騎士団長『ライアン・テグジュベリ』。
彼は脚から血を流し、武器を手に取りもう一人の男と対峙している。
「どういうつもりだと聞いている!!」
ライアンが激昂する。
「問答等必要が無い……団長」
男の名は『フェシル・エアフォールン』。
元・王国第五軍団長、王国諜報部長。
「フェシル!!」
「いい加減しつこいぞ……!」
フェシルが魔法を発動する。
黒色……闇魔法だ。
その黒い炎を自らの片手剣に纏い、ライアンに斬り掛かる。
「むぅっ!!」
対するライアンも、炎の魔力をその剣身に宿す魔法剣『フレムベルグ』を繰り出す。
互いの強力な魔力がぶつかった勢いで炎は二人を中心に一気に燃え広がり、部屋中が火の海と化す。
「はっはっは……!!良いから聞かせろフェシル!!何故貴様が謀反など企てた!?」
「ちっ……。……謀反?極めて心外だな」
「ならばコレは何のつもりだ!?忽然と王国から消えたお前が、今再び舞い戻り……!!ギルド側に味方しようとは!!」
「あぁ……成程。団長、私はそもそも王国に忠誠を誓った覚えはまるで無い」
「何……!?」
「無論、冒険者という訳でも無い」
「何を言っている……どういう訳だ!!?」
「私の中に在るのは今も昔も【魔王】ただ一人だ」
「なっ……!!」
ガキィン……!!と、音と衝撃が響き、どちらからとも無く距離を取る二人。
「フェシル、お前……!?どういう事だ!!?お前は……王国貴族だろう!!」
「ふ……。存外に話してしまったな。まぁ……ついでだ。教えてやる。最期だしな」
「……!!」
「私は王国貴族。それは間違い無い……だがな」
フェシルが再び剣を前に構える。
「元来は違う。……貴様がこの世に生を受ける遥か前の話だがな」
剣を右手に構え、左手で懐から何かを取り出す。
取り出したそれは、真紅の宝玉。
その宝玉から渦を巻いて噴出するのは、三色の魔力。
赤、緑、青。
三原色が互いに絡み合う様にして巻き上がる。
「……折角だが此処までだ。何せ時間が無いものでね……」
「コレ、は……!?フェシル!!お前は一体……!?」
「今、貴方に王国へと行ってもらう訳にはいかないのだ。従って此処でその生命の灯を消させてもらう。…………あぁ……!邪魔をするなよ……!!漸く全てが動き出すのだから……!!」
ライアンは目の前の狂気に戦慄を覚える。
フェシルは明らかに彼の知っているソレでは無く、まるで知らない何かだった。
「お前は……何者だ!!?」
「我が名はフェシル。女神をこの世へ再び顕現させるモノだ……!!」
領主館の上空で、三色の光が爆発する。
爆発は下方にゆっくりと広がっていく。
更には、光り輝く巨大な柱が、爆発の中心から何処までも上っていった。
爆発は領主館をその土台ごと塵の様に消し飛ばす。
それに留まらず、二段目、三段目……と順に土へと還していく。
最終的に街、人……全てを飲み込んだ光が収まった時、其処には何も残ってはいなかった。
――つまり、この日。
王国統治領・魔国沿岸都市デカールは、この世界から永遠に消失した。
開戦⑦へと続きます




