開戦②
カイルが急ぎ走っているのと時を同じくして。
アースランド西方の里より、他の里へと避難する僅かな生き残り……その一団の殿を自ら担い、迫る王国軍の追っ手と森の中で戦う一組の男女がいた。
この男女こそカイルの両親であり、アースランド随一の使い手。
父の名は『ニール』、母の名は『オウラ』。
共にホープの中のホープ『デリヴェランス』と呼ばれ、彼等はホープ達のリーダー的存在である。
「……皆は……子供達は無事だろうか」
避難していく者達に魔の手が及ばない様に、魔法と弓による撹乱攻撃を繰り返すニール。
彼の背後では妻オウラが炎の壁をいくつも作り出し、王国軍の行く手を阻む。
二人はそれに加えて、地の利を活かし戦う。
森の中に予め敷いてある何十もの転移魔法陣を連続で使いながら、居場所を気取られぬ様に。
「ふふ。いつもはあーんなに厳しいっていうのに。やっぱり心配?」
「茶化すな。日頃厳しく当たるのも全てあの子達の為……引いてはそれがアースランドの為になるのだ」
「……そうね。だからきっと……アニーもカイルもササラも……三人共無事でいるわ。他の家族も。……ね?」
「…………あぁ」
そう言いながらオウラは戦いの最中、夫の手を両手で包む。
何故なら、被弾などしていない筈のニールの拳から血が滲んでいたからだ。
「カイルは……自分の事はなんとかするだろう、心配は要らない。あれは強い子だ。あの歳にして、アースランドの歴史にも類を見ない程に」
「だがアニーとササラは……特にアニーはあの最前線にレンと2人残った……今も戦っているだろう」
「そう……ね」
「ササラとはこの戦闘の最中、逸れてしまった。勿論、無事を願ってはいる。いるさ……だが……!」
「大丈夫……大丈夫よ。きっと、先に旅立ってしまった私の弟が三人を見守ってくれているわ。今も」
「あぁ……そう……だな。そう願おう。ここ迄にもう、多くの家族を失ってしまった。これ以上は……」
「えぇ。アースランドの炎に誓ってやらせない」
その後暫くの間、夫妻は良く守り……避難した者達は無事に森を抜け、他の里へと辿り着いた。
だが通信魔法が普及していないアースランドにあっては、その旨が夫妻へと直ぐには届かない。
二人は通信魔法を使えた。
だが一方が使えたところで意味は無い。
つまり伝令の者が直接来るまでは、戦いを止めて森を離れる訳にはいかなかった。
「全て後手後手になってしまっているな……」
「考えても仕方ないわ。私達に出来るのは皆を守る事だけだもの」
「分かってはいるが……ん?」
森へと雪崩込み続ける王国軍の勢いが急に弱まる。
「あら。もう弾切れかしら?」
「油断するな、何かの罠かも知れん」
そこへ、王国軍の中から一人の男が歩み出る。
男の服装からして、指揮官クラスの貴族だ。
そして男は拡声魔法を通して、こう告げる。
〘蛮族共に告ぐ。反抗を止めよ……繰り返す。反抗を止めよ〙
〘こちらには捕虜がいる。コレらの命が惜しければ反抗を止めよ。繰り返す…………〙
高い木の上で、夫妻は地上を眺めながら眉を顰める。
「捕虜……?一体誰が……」
「オウラ、耳を貸すな!敵に身を渡すなど……そんな者が我等アースランドにいる筈が無い」
喋る間にも、ニールは王国軍に向かって攻撃魔法を繰り出し続ける。
しかし、先程とは何かが違う。
ニールには、少なくとも有利だった筈の状況が寧ろ不利にまで反転した様な感覚が襲っていた。
「……言葉では分からんか?ならば実際に見せてやろう。……おい」
「はっ!」
男の周りに居た兵士達が一旦後方へと下がる。
そして戻ってきた時に運んで来たのは台車の様な物に乗せられた二人の人物。
「…………!?嘘……そんな!!」
「捕虜だと……!……巫山戯るなよ……王国軍がッ!!」
その二人とは夫妻の長女アニーと、彼女の夫レン。
二人の身体は見るも無惨に痛めつけられ、なんと両足が欠損していた。
その上で両手を縛られ、口に器具を付けられ……更に目隠し迄されている。
ニールは堪らず拡声魔法を使う。
ただし、居場所が分からぬよう反響を何重にも掛けて。
〘アースランドの民は……ッ!決して何にも……!何者にも屈する事は無い!!貴様ら王国がどれ程のモノだ!?その様な卑劣な行いには、必ず……必ず、鉄槌が下るだろう……!〙
男はニールの叫びを聞いても、意にも介さない。
それどころか、更に非道な行いに出る。
右手に魔力を集中させた男は、その黒く光る魔力をアニーとレンに向けてゆっくりと……少しずつ、放つ。
その魔力を受けた二人は突如、狂った様に震えだした。
〘貴様、何を……!?何をしている!!?〙
〘何を?罰を与えているだけだ……お前の代わりにな〙
〘ッ……!!〙
〘この光は魂を焼く。お前がさっさと出てこなければこいつらは未来永劫、この世から消え去るのだ。文字通りな〙
「オウラ」
「だめ……だめよ!出ていってどうなるの!?犠牲が増えてしまうだけよ!!」
そう言うオウラだが……既に、彼女が展開していた数々の魔法はその効力を失っていた。
魔法は、精神が乱れてしまえばまともに行使するのは難しい。
特に、彼等アースランドの民はこの様な状況に慣れてはいない。
日常的に戦いの訓練はしていても、精神面の鍛錬はしていないからだ。
王国軍の狙いは、的確だった。
「お前は残れ。俺はあいつらを助ける」
「……出来る訳無いでしょう!?……お願い、あなた……どうか冷静に……」
「それこそなれる訳が無い……!!」
「……私だってっ!!悔しいし……悲しいわ!でも、でも……!…………立場があるのよ!私達がここで死んでしまっては……!」
「俺は器では無かったらしい……すまない。さらばだ、オウラ。後は我が子達に任せる」
ニールはそう言い残すと、転移魔法を起動する。
「ニールッ!!!」
オウラの叫び虚しく、ニールはその姿を消した。
「――うおォォォォ!!!!」
地上に設置してある魔法陣に転移したニールは、怒りに任せ王国軍へと突撃していく。
持てる全ての魔力を全開放し、後先の事は考えず……娘夫婦を救出する。その目的だけを完遂する為に特攻した。
王国軍の兵士を紙の様に蹴散らし、吹き飛ばし……燃え上がる。
ニールの怒りの炎は、現実で更に膨れ上がり森に布陣する王国軍のど真ん中を突き進んでいく。
……だが。
まともにぶつかったのは初めだけ。
明らかに王国軍は、自ら道を作っていた。
まるで、ニールをそこへ誘導する様に。
「さぁ……!!娘達を返して……もらおう!!」
満身創痍となりながらも、ついにニールは其処へと到達する。
しかし、本当の悲劇は……ここからだった。
「もう一人は」
「なに……?」
「もう一人居た筈だな」
「お前を殺す事など俺1人で十分だ!!!」
ニールがその全身を燃え上がらせる。
「お前を殺し、周りの有象無象も全て塵に返してッ!!我が子を救い出す!!」
全開放した魔力を弓に番えた矢に集中させて、男に狙いをつける。
――次の瞬間、ニールの体に異変が起きた。
「…………、…………!?なんだ……!?魔力が……吸われる……!?」
「これが一番目の魔力だと?……まるで足りんな。なるほど、お前ではないようだ」
男が己の掌を見ながら呟く。
その掌に光っている魔力は間違いなく、紅色だった。
その魔力が何故か男の体内に吸収される一方で、ニールは地面に崩れ落ちる。
「何を……何をした?貴様……!」
「気安いぞ蛮族。私に話しかける事を許した覚えは無い」
ここで、何かおかしい事に気付いたニールが魔力感知魔法の精度を上げてアニーとレンを視る。すると……
「魔力が……感じられない……!?」
二人からはまるで死んでいるかの様な反応が返ってくる。
というよりも、何も感じられない。生きている者なら当然有る筈の魔力が……二人の何処にも、欠片すらも無い。
「何をしたんだッ!!貴様ァ!!!」
ニールに対して興味を失ったらしい男は、空を見て何事かを考えながら煩わしそうに片手を振る。
「鬱陶しい。片付けろ」
「はっ!」
指一本動かせない状態のニールは王国軍兵士に取り囲まれる。
「よう、蛮族。よくも俺達の仲間をやってくれたよなぁ……一体何人だ?数えるのも馬鹿らしい」
「くっ……!」
「安心しろよ。楽には殺さないからな」
兵士達は、ニールを弄ぶ様に痛めつける。
爪を剥がし、剣先を目に突き付け……その他、語るのも憚られる内容の暴力がニールを襲い続けた。
「もう……殺してくれ……」
「まだ喋れるのか?こりゃあ愉しめそうだ」
「殺してくれ……その代わりに我が子達をどうか……」
「分かってねーな。お前等は餌なんだよ」
「…………」
「とっくに調べは付いてる。お前の、他の家族もな。……まだ妻と2人の子供が残ってるよなぁ」
「貴様ら、は……王国軍は……腐って、いる」
王国軍、という言葉に指揮官らしき男が反応する。
「王国には違いないが、この部隊は王国軍で有って王国軍で無い」
「……な……に?」
「死にゆくお前に慈悲で教えてやろう。我等は王国第五軍ならびに王国諜報部。この地に来ている他の軍とは目的を異にしている」
「王国はこの地の資源を欲しているがな」
「我等の目的はその血脈……『デリヴェランス』だったか。その中で最も濃い色が必要だ」
男は手を高く掲げ、握り込む。
「それも必要なのだ……【閉じた世界】を実現する為に」
「…………!?」
混乱するニールをよそに、駆けよって来た兵士の一人が男に耳打ちをする。
「分かった、連れてこい」
男がしゃがみ込み、ニールの目を覗き込む様に語りかける。
「さて、そろそろ幕引きの時間らしい。お前の子を捕まえたぞ蛮族」
「!!?な……っ!!」
男が目線を横に移す。
ニールがそれを目で追いかけると、そこに居たのは……
「ササ、ラ……!!」
「まぁ……明らかにコイツでは無いのは一目瞭然だがな。存在が弱過ぎる」
「うぇー……ん……!!」
いきなり連れてこられたササラは何がなんだか分からずも、ボロボロの父を見て泣き出した。
そして彼女は少し離れた場所に姉と義兄を発見する。
変わり果てた彼等を。
「ぁー……ん……!うぁー……ん!!」
「見る、な……ササラ……頼む……」
「……ん。やっと来たか」
「――くたばりなさいッ!!!」
男が立つ位置、その範囲だけをピンポイントで炎が舞う。
地上から渦を巻くようにして、男の体を炎が昇っていく。
「私の家族をッ!!よくも……!!!」
ゴォ……っと音を立てて炎が燃え上がる。
「オ、ウラ……!何故、来た……!?」
「我慢なんて出来ないわ!!これ以上は……!」
だが……
音も無く、炎が掻き消える。
まるで何事も無かったかのように、男は自然に立っている。
「……なんだ?お前も違うのか……運の悪い事だ」
しかしオウラはそれに動じる事無く、まず倒れ伏しているニールを拾おうと飛ぶ。
「おーっと。それ以上近づくと家族がどうなるか分からんぞ?」
兵士が人質全員に武器を突き立てる。
家族を救おうと我武者羅に突っ込んだオウラだったが、ここでその動きは完全に止まってしまった。
「……外道共!!」
「蛮族に何しようが道は外れねェよ。ハッハッハ!」
そして立ち尽くすオウラにジリジリと迫る王国軍。
どうにかして打開策を探すオウラに、ニールが目配せをする。
ササラへと。
――――――――
「アレは……!」
空へと立ち昇る炎。
アレは、母さんの魔法だ。
「きっと、生きているんだ!みんな……!!」
良かった。
まだ間に合うんだ……!
足を棒にして、全力で走る。
やがて見えた光景は……信じ難いものだった。
「そんな……なんで、なんでだよ……こんな……!?」
「…………カイル!?」
「母さん……!みんな、みんなが……!?」
……誰がやったんだ……!!
「誰が……!!」
見渡すと一際目立つ兵士が居た。
アイツか……!
体の奥から、今迄に感じた事の無い魔力を感じる。
力が湧き上がる様な……
「お前……!お前かあぁぁ!!!」
昂ぶりのままに、男に魔力を叩きつける。
やったと、そう思った。
だけど確かに、殴りつけるあの瞬間。
男は俺を見て、邪悪な笑みを浮かべていた。
「……クハッ!フッ……ハハハハ…………!!!!」
「なんだ!?なんだよ、お前……!」
「ようやくだ!お前がそうか!!」
男に腕を掴まれる。
……振り解けない!俺が……!?
「もう良いぞお前達、残りは好きにしろ!」
「はぁっ!?何言って……」
周りを見ると、みんなに兵士達が近寄っていく。
なんだよ、何する気だ!?
「お前だけは殺せんが、他は用済みだ。祝いにお前にも見せてやろう……家族が蹂躙される様を」
「ふ……っざけんじゃねぇ!!!」
掴まれたままの腕を引き寄せ、その勢いで炎を男の顔目掛け蹴り込む。
「おっ……と」
!?
躱された……!
「癖が悪いな。落としておくか」
男が腰の剣を抜く。
「…………!!」
やられる……!?
「私の子を……!離しなさいッ!!」
俺を掴む腕が焼き切り落とされ、共に地面に落ちる。
「母さんっ!」
母さんが兵士達を魔法で蹴散らす。
だけど……母さんの腹からは、血が流れ出ていた。
「母さん、血が……!?」
「……カイル!良く聞きなさい!」
「何をだよ……!?こんな時に!それより、血が!」
「聞くの!!貴方はササラと生きなさい!良い!?私達はここまで……!後は貴方達に託すわ!」
「はぁ!?何言って……」
「味方は居るわ!……魔国に行くのよ!ここへの援軍は事情があったのか間に合わなかったけれど、彼等は貴方達の力になってくれる筈……!これは、古からの……2500年前からの約定なのだから!!」
「なんだよ……どういう事だよ!分かんないよ!」
「もしも……それが叶わない時は冒険者ギルドを頼るの!『サラ・ワンダー』を!」
「ギルド……!?」
「さぁ……ゴホッ!……送るわ……!……ニールッ!!」
「準、備は……出来ている……!来いッ!」
母さんに抱え上げられ、父さんの所へと運ばれる。
父さんの所にはいつの間にか、気を失っているササラも居た。
「ササラ!?どうして……」
「俺に、も……分からん。だ、が……手間は……省けた……な」
「そう、ね……さ、ニール……やるわよ……!」
足下が輝きだす。
魔法陣……これは……
「……転移魔法!?母さん、父さん!ねぇ、待ってよ!!俺も!」
「ササラを……頼む、ぞ。……カイル」
「私達はずっと貴方達を見守っているわ。大好きよ……カイル。ササラ」
「行かせるか……!!」
さっきの奴!?
駄目だ、やっぱり俺も……
「行かせるか、は……こちらの台詞だッ!!!」
「やらせるものですか……!!!」
俺とササラの前に立ち塞がった2人の体から……剣が突き出ている。
「母さんッ!父さん!!」
「ま……た、会い……ましょ、う……カ、イル」
「さ、らば……だ」
魔法陣が大きく光る。
光で2人の顔が見えない。
「クソっ……!逃がしたか……!」
「なんだよ……!なんでだよッ!!」
母さん、父さん……みんな……!
くそっ、くっそお!!
「ふざけんじゃねぇぞ、テメェら……!必ずだ!!必ず殺してやるからなァっ!!!」
――――――――
――これが事変のあらまし。
アースランド西方の里は僅かな生存者を残し、王国軍によって殲滅された。
その後、豊富な資源と、更なる侵略に適した地を手に入れた王国軍は勢いを増し……時間を掛けて、更に東方へと軍を進めた。
この戦いで実力者と兵を多く失ったアースランド側は目立った抵抗も出来ず、次々と土地を奪われていった。
十年経った現在では、大陸の極東に、辺境と呼ばれる土地を残すのみ。
結果、アースランドの総人口も一万を切ってしまった。
そして、転移魔法により逃がされたカイルとササラのその後。
兄妹が飛ばされたのは王国南方都市【バウム】。
海に面したこの都市にある建物の屋上へと転移した。
この建物の持ち主は『モーディン・アイシン』。
王国貴族であり、男爵であった。
ここへと転移魔法が繋がった理由は定かでは無い。
モーディンは突如強い光が発生した屋上に駆け上がった。
そこで、妙な服装をした幼い兄妹を発見した。
モーディンはこれ幸いと兄妹を保護し、家に招き入れる。
保護と言えば聞こえは良いが、要は奴隷が欲しかったのだ。
どう見ても、孤児の様な見た目。
そして見たこともない様な服装。
短慮な彼はそれだけで判断を下し、他に発見される前に自分の物にしようとした。
とにかく彼は金が無かった。爵位も低く、軍属でも無い……しかし日頃から奴隷を欲していた彼には、正に天から降った幸運だったのだ。
モーディンは家の中に運び込んだ兄妹に話しかける。
だがどうやら兄の方は気性が荒く、妹は体が弱いようだった。
彼は妻と話し合い、どうにかして楽に金を稼がせる方法を考えた。
そうして夫妻が考えついたのが、妹をこの家に縛り付ける事。
先ず、形だけでも取り繕う為に妹を治療院へと連れ出す。
本来、ササラは病気では無い。生まれつき体が弱いのも、成長と共に正常へと戻っていく筈だった。
治療院の医師からもその旨が夫妻へと伝えられた。
だがその結果を隠し、言葉巧みに兄を騙す。
在りもしない、妹の病気の治療には金が要ると。
カイルはそれを信じ、どうにかして金を作る方法を探す。
両親の遺言があれど、ササラと共にでなければ動けない。
ササラの治療は最優先だった。
そうして辿り着いたのがギルドの在る街、ケイブ。
その時、運良くギルド支部に立ち寄っていたギルドマスター、サラ・ワンダーにカイルは直談判する。
境遇は一切告げぬままに……冒険者になりたいと。
事情が分からぬサラだったが、必死に訴える少年の目を見て承諾。
サラは当初は単なる資金援助をカイルに対し提案したが、カイルはこれを固辞。
なので気は進まぬものの、冒険者になる事を許した。
しかしサラは同時に、事情を把握する為に裏で動き出した。
カイルの服装から、大体の事情は察していたが……確証と覚悟が必要だった。
この後五年間に及び、カイルはクエストをこなしその報酬のほぼ全てをアイシン夫妻の下へと運び続けた。
歳からは考えられぬ実力者であるカイルが稼ぐ金額は凄まじく、夫妻は更に欲を出す。
最初こそササラの治療が前提だった筈で、カイルはいつでも自由に妹の顔を見れたが……いつしか、その居場所すらカイルには把握出来なくなった。
ササラの居場所を把握しているのはアイシン夫妻のみで、夫妻が使う映像魔法具が映し出すササラを見てその無事を確認するのが唯一の繋がりとなった。
徐々に本性を現した夫妻の下、本格的に人質となったササラを守る為にカイルは金を運び続けた。
カイルは五年の間で、家族を失ったあの日には、既に魔国は滅びかけていた事も聞いた。
援軍に来れなかったのも、その所為だと。
王子と王女が攫われた結果、他に回す余裕は無かった、と。
ササラを守る事に精一杯だったカイルには……関係も関心も無かったが。
そして更に一年が過ぎた、カイルが十一歳、ササラ八歳の時。
バウムで事件が起きる。
【貴族変死事件】だ。
アイシン男爵夫妻と思われる遺体が自宅にて発見され、どうやら何者かに殺害されたらしい……というこの事件。
王国では未だに、未解決事件の一つとして扱われている。
当時、夫妻と生活を共にしていたという幼い兄妹には嫌疑が一切掛けられず、当局も早々に捜査を打ち切った……そういう経緯の報告書だけが残った。
この事件があった後、兄妹は独立。
これ以降、兄妹はファミリーネームとして『アースランド』を名乗る。
そして先んじてギルドへと登録を済ませ、冒険者となっていた兄へと続く様に妹ササラも冒険者への道を進む。
――両親の願いから紆余曲折は有ったものの、こうして兄妹は今に至る。
……しかし、兄妹揃って仇敵に当たる王国に在りながらも追っ手が掛からない事実と、兄妹を囲い込み己の願望の為に使い潰そうとしたアイシン夫妻の変死。
そして事件の渦中に居た筈の兄妹に対し、一切の嫌疑が掛からなかった不思議。
こうした一連の動きに、黒幕……サラ・ワンダーの影が見え隠れするのは言うまでもない。
ただ結果的に、兄妹は様々な難を逃れ、現在を生きている。
ギルドを、サラ・ワンダーを頼ったニールとオウラの願いは……正しかったのだ。
――――――――
――現代。
そういった経緯から、カイルは家族を失うのを人並み以上に恐れる様になった。
妹とまたも離れ離れになってしまった現状が有りながらも、妹の為に何も出来ない自分に嘆いている。
そして結果的に戦争の火種を作ってしまったであろう自分が、こんな所で一人閉じ籠もっているのに怒りを抱いている。
しかしカイルは動けない。
何がどうなろうとも、ササラの無事を確認する迄は。
「勿論……ババァ達も俺様にとっちゃ家族みたいなもんだ」
「でも……でもよ」
「やっぱり……ダメだ。なぁ……母さん。父さん……」
――――――――
冒険者ギルド・ケイブ支部。
その建物を背に、サラ・ワンダーは立つ。
居並ぶ歴戦の冒険者達を眼前にして。
「皆の衆」
彼女は拡声魔法を使って、目の前の冒険者達……約百名の手練れ達に告げる。
「戦いは好きかのう?」
「好きでーす!」
ミレイアが片手を上げて元気よく反応する。
「じゃなあ。私も嫌いでは無い」
サラは嘆息した後、続ける。
「じゃが今度の相手はモンスターでは無い」
「…………人じゃ。なんと馬鹿な話じゃ?のう。……私は人同士の戦いは好まぬ!殺し合い等……愚か者のする事よ」
ゴクリと、誰かが喉を鳴らす。
「しかしな。……此度はそれを曲げねばならん!人の為、世界の為……そして己の為に磨いてきた数々の技を、人に対して使わねばならん!我等の矜持の為に!自由の為に!!」
「お前の隣に立つ仲間は、家族は!……誰が守る!?忘れてもらっては困るのだ!世界よ!!ギルドは自由を愛する者の為にこそ在る事を!」
「「「「そうだ!!!!」」」」
「我等の最も大切な物は!何者にも奪われてはならない!汚されてはならぬ!!道を拓いた先人達の為に!今を生きる仲間達の為に!!」
「「「「そうだ!!!!」」」」
「ならば相手が人だろうが戦うしか無い!!冒険者は決して諦めない!!屈さない!!自らの道を、自らの力で切り拓いて来たお前達の力をッ!貸しておくれ!!」
「「「「おオオオオオオ!!!!!!」」」」
「よっ……と」
「お疲れ様ですギルド長。……見事な演説でした」
「マイルズ……冗談は止めておけよ」
「……失言でした。申し訳ございません」
「かかっ。ま、柄でもなかったのは確かじゃがな……さて。今一度確認するぞ……ゲンオウ」
「はい」
「打ち合わせ通り、此処はお主に任せるぞ。こと守りに関してお主の右に出る者はおらん」
「はい」
「マイルズ、編成は」
「こちらも事前の通り、ここにいる100人のAランク冒険者達をリーダーとし、各部隊に約800人を振り分けました」
「うむ……リーダーは固定、しかし副リーダーは数名とする様に。もしもリーダーが脱落した場合はそこから順繰りに昇格、再編成。これを徹底させよ。良いな」
「了解しました」
「そして王国騎士相手には必ず、Aランクのみが当たる事。団長クラスと遭遇したなら報告と同時に撤退、これも徹底させよ。無駄な犠牲は要らん」
「必ず」
「ザイン」
「は」
「各部隊の連携、情報伝達……一切をお主の部隊に任せるぞ。出来るな?」
「承知。容易い事」
「ミレイア」
「はーい!」
「お主は私とじゃ。1番槍、やりたいじゃろ?」
「もっちろん!任せといて下さい!」
「かっかっか!万事抜かり無し!!」
「では、ギルド長……」
「うむ!」
「……開戦じゃ!売られた喧嘩が始まるのを大人しく待ってなどおれるものか!戦いは須らく先手必勝じゃ!!」
サラが巨大な魔法陣を起動する。
「行くぞ……!!」
「「「「おう!!!!!!」」」」
魔法陣が暗い輝きを放った後……そこに居た大勢の冒険者達はゲンオウを除き、全員が何処かへと一斉に転移していった。
開戦③へと続きます




