魔モノ達の塒(後編・後)
地面に張り付いた様に見える黒いモノが、ひとりでに集まり形を成していく。
慣れない魔力操作をしたせいなのか、身体中がズクズクと痛む。
身体の奥、神経も。
その所為でぼやける視界の中、黒いモノ……潰した筈の悪魔が数秒も経たない内に元の姿を取っていく。
「痛ったぁ……」
この……全身の痛みと引き換えに撃った魔法をそんな一言で済ませられる。
ぐにゃぐにゃとした輪郭で揺らめいていたアスタロトは、次第に完全な姿を取り戻した。
「いやー、うん!でも良い攻撃だったよ!100点満点で79点あげちゃう!」
「…………!」
……全く効いていなかったのか?
それとも――
「あ、それせいかーい。キミのとは少し……ちょっと違うけど私も使えるんだー、再生」
――やはりそうか。
「う……ぐっ…………そ、れは」
「うん?」
「属性、の所為……か?本当に、本当の意味で……お前に闇魔法は効かないのか?それとも……」
もしそうなら、俺が勝てる道が視えない。
そして、それ以上に絶望的な可能性。
それは……
「……お前にはダメージ自体が、蓄積しないと……そういう事なのか」
俺の言葉を聞いて、アスタロトは満面の笑みを浮かべる。
「――やっぱり私、キミがお気に入りだなぁ」
まるで新しい玩具を手に入れたかの様に。
悪魔が楽しそうに笑う。
「そんなボロボロの状態で、最善を探す為に頭を回せる。回す頭も出来が良い」
パチパチと拍手を鳴らす。
「だから教えてあげちゃう!正解だよそれー、あっ。後者のほうね」
――――!!
屈辱も、身体の痛みも。
重くのしかかる事実が打ち消してくる。
「悪魔は、魂までは滅せない。――つまり不死。それは周知の事実だけど、私の場合は意味が違う」
アスタロトの瞳が妖しい光を放つ。
「私は真の意味で【不死】。魂どころか、この身体すらも滅する事は不可能。誰にも干渉出来ない命、それが私……悪魔アスタロト」
「だから、ね?……もう分かったでしょう?どうやったってキミじゃあ私には勝てない事が」
「…………っ」
「まーでも、別に私に勝つ事が試練じゃないもんねぇ。この無礼、許してあげるから早く見せてよゼオン。貴方の選択を、さ」
先程迫られた選択。
だが目の前の悪魔が発する圧はさっきとは別次元だ。
もうこれ以上は許さない、と……
そう……言っているのだろう。
「でもま、頑張ってたよねー、ゼオン。ね、フルーレティ。見たいモノも見れたし知りたい事も知れたし」
「……そうですね。見事な魔法だったと思います」
妙に、砂時計の砂が落ちる音が耳に届く。
サラサラと。
「ご褒美が必要だと思うかな?」
「御随意に」
「だってさ、ゼオン。じゃあ……1つだけ教えてあげちゃう」
?
何を……
「この試練ってさぁ……そもそも大小2つの目的があって、やってるんだよねー」
…………2つ?
「そうそう。大きいほうの……メインの目的はね?」
瞳が更に輝く。
「キミの……『ゼオン・マーレ・トルナロード』の中に有る、その闇魔力の出処……その見極めだよ」
「……どういう事だ」
「やっぱり分かってなかったんだねぇ。大体さぁ……」
一体、何の話をしているんだ?
「ゼオン、キミさぁ。魔人族でも、ましてや悪魔でもないのになんでそんな強い闇魔力を持ってるのかな?」
…………?
「……父からはいわゆる突然変異だと」
「そう言われたの?でもさぁー、突然変異の子達って基本、魔力は弱めなんだよ。積み重ねが無いから!知ってるよね?」
……なんなんだ?
「だからなんだ?何が言いたいんだ」
「実はね、キミがこのダンジョンに来た時から懐かしい魔力を感じてたんだぁ」
「懐か……しい?」
「そっ。その魔力に心当たりが2つ有ってねぇ、でも決め手が無かった。――さっきの魔法を見る迄は」
「俺の……」
「あの魔力は間違いなく……アイツの魔力だよ。2500年もの間、探した……!」
なんだ?
何故か、寒気がする。
「……とまぁ。その為にキミの力を引き出す必要があったって訳。つまり一石二鳥だよね?」
「良く……分からない。それが事実で、何故か俺の中に知らない誰かの魔力が宿っているとして、ここまでする意味が」
「ん?キミへのお礼だよ?」
「……なんだって?」
「キミの道、これから進む道程に興味はあるけれど、強く干渉するつもりは……まぁ今のところは無い。でもね~、ちょっと心配になっちゃうよね。ゼオンはこの世界に対しての復讐を成すんでしょ?なのに、その甘さじゃあね」
「なっ……!」
「だからこその、この試練!これは私の優しさだよ!甘さを少し削るのに丁度いいタイミングで、さ」
「……っ!冗談じゃない……!大きなお世話なんだよ!!」
「まーまー。でもそれくらい嬉しかったし、素晴らしい出来事だったんだよ。だってさぁ」
「キミが来てくれたおかげで此処から出られるんだよ?2500年の間、閉じ込められていたこの牢獄から!」
閉じ込め……
「封、印……!?」
「大正解!!2500年前、聖女サンクに此処へ封印されて!今!その子孫が鍵を持って現れたのさ!!」
「だから本当に本心で心の底から感謝してるの!やっと外へ出れる!やっと、裏切り者へ復讐を果たす時が来たの!!」
「アークボルトは……」
「ん?誰それ」
アークボルトが狙ってこれを仕組んだ訳では無いのか?
だけど……いくらなんでも、こんな偶然は考え難い。
他の誰か、何者かの策略が……?
「まぁ良いや。……だから、お礼なの。キミを殺す事は無いしー。あの緑の娘には愉しませてもらったし!あの子達もどっちかは助けるって〜、オススメは緑の娘かなぁ。戦力的にさ」
「その上で、キミの望みが叶う確率を上げてあげるってコト!どう?ねっ、受け取ってくれるでしょ?このキモチ!!」
「……一つだけ言うなら」
「いやいやお礼なんて良いんだよ!これは私からの祝福なの!この私、悪魔アスタロトからの!」
「くたばりやがれ」
アスタロトとの会話中に、予め腹の中で練り上げておいた水色魔力を咆哮の様に放つ。
目の前の【悪魔】に向けて。
「<竜王之息>!!」
水色の魔力が通り、貫く。
通った様に……見えた。
「……う〜ん?……私さぁ、だんだんキミの事。分かってきたかも」
「…………ッッ!……ぐっ……!!」
文字通り、命を削って撃った。
撃つ前からもう、ほぼ空になっていた魔力をかき集めて放った魔法は……やはりコイツには効かない。
「うっ……ぐうぅぅ……!!」
瓶の底に少しだけ残る魔力を、鉄のヘラでガリガリと削る様にしてかき集めた。
……予想していた通り、身体と神経には限界以上の痛みが襲う。
だけど……諦める訳にはいかないじゃないか。
「出来が良いけど、馬鹿なんだねぇ。精神が、さ」
「はっ、はっ、はあっ……!……う、あ……ぁぁぁぁあ!!!!」
余りに耐え難い痛みに、地面を転がる。
痛い……!!
身体が四方から力任せに引きちぎられる様な……!
「本音を言えば嫌いじゃないけどねー、そういうの。でもこの場合はダメだよね?」
痛みで口が動かない!
身体が、言う事を聞いてくれない……!
「でも、つまりこれも答え。これがキミの選択だったって事だね」
「はっ、はっ……、…………!!!」
ぼやける視界の中で、アスタロトが指差した先。
其処に有るのは――――
――――砂の落ちきった、砂時計。
「時間だね〜。フルーレティ」
「かしこまりました」
アスタロトが右手を横に振ると、魔法陣が現れ……その上に、映像が映る。
檻に入った……ササラが……
「では。モンスター達に指示を出します」
「うんっ。よろしく〜」
「あっ……!!ぐぅ……っ、待って、待って……くれ!!アス、タロトッ!!!」
――悪魔が微笑む。
「くすくす……。ゼオン、キミの選択の結果。……一緒に見物しましょうか」
フルーレティが指を鳴らす。
その乾いた音を合図として、映像に映る檻に、無数のモンスター達が一斉に襲い掛かる。
「や、めろ……止めてくれ……!!頼む、お願いだッ……」
「くすっ。……一瞬だったでしょう?大丈夫、眠りの中で……痛みも感じなかった筈よ」
「…………ぅ、あ……っ!……あっ、あァァァァァァッ…………!!!!」
…………ササラ。
ササラ……!!
助けられなかった。
何も、出来なかった。
彼女は、俺の……僕の所為で……!
「大事なモノが多ければ多い程、増えれば増える程、ヒトは弱くなる。そういう存在なの……君達は。良く分かったでしょ?若い内から良い経験出来て良かったねっ」
「――――っ?」
「ん?どうしたのフルーレティ」
「主。紅の少女が……」
「えっ?」
「紅の少女が……生きています」
――!!?
生きて……いる?
ササラが……
「???…………えっ?どういうコト?」
「主。この問題は……深刻です。端的に言えば、新たな侵入者です。行動から明らかにこの者たちの味方です」
「……んっ?そんなの別に大した問題じゃ無……」
「もう一度言います。深刻です。この侵入者は……」
そう言うフルーレティから焦る様子は感じられないが、どうやら実際に焦ってはいる、らしい。
アスタロトには多少劣るだろうが、然程変わらない実力を持つであろうこの悪魔が『深刻』だと粒立てて言う程なのだから。
……でも。
一体、誰が……?
感知魔法を使おうにも、この身体では無理だ。
とりあえず、最悪の事態は避けられた様なので……流れに身を任せる事にする。
安堵と痛みで気を失う事が決して無いよう、努めて気を張る。
そうしていると、アスタロトが映す映像の中に突如、凄まじい魔力の渦が見えた。
…………いや……?
渦の中心に、何か……居る?
魔力というよりも、これは……
人の形を取った魔力の塊。
魔力という存在そのもの?
本や伝承で知っている。
それの名前は、確か――
――――精霊。
「……シルフ!?」
アスタロトが大きな声を上げて驚く。
「だから申し上げました。深刻だと」
「ちょっ……!深刻なんてもんじゃないでしょー!?シルフが居るってコトはあの女が居るってコトじゃない!」
「逃亡の準備は出来ております。主におかれましては封印の鍵をお早くお願いします」
「…………あーもーっ!しょうがないか!」
アスタロトの手が僕の頭に置かれる。
跳ね除けたいが、動けない。
頭の上で、ヴォン……と魔法陣が敷かれた音がした。
「ちょっとジッとしててね〜?まぁ動けないだろうけ、ど……!」
う…………!?
なんだ!?
何かが……
身体の奥から強引に抜けていく様な感触が……!
「ん〜。…………お。あったあった!!良し、この魔力で……」
気分が凄く悪い。
何故だか分からないけれど、吐きそうだ。痛みからでは無く、喪失感にも似た何かが襲う。
「いくよー……っ、<解呪>!!!」
辺りを眩い光が覆う。
それと同時に、ジュッ…………!と肉が焼ける音が至近で聞こえた。
……何の音だ?
次第に光が収まると、目に飛び込んできたのは驚愕の光景。
先程まで居たはずの、聖堂の様な空間は消え失せ……変わりに、周りに広がるのはただただ広大な空間。
床や遠くに見える壁は元々居たダンジョンのそれに戻ってはいる。
しかし、明るい。
此処はもっと薄暗かった。
上方を見れば、有る筈の天井が何処にも無い。
空が見えている。
少し離れた場所に、僕の影魔法が解けて倒れ伏すダグニー。
その顔がはっきり見える程の光量が、空いた穴から差し込んでいる。
「無事、封印は解かれたねぇ。ちょっと……腕は暫く使えそうに無いけど〜」
アスタロトの右腕が焦げた様に真っ黒になっている。
自分の属性以外の魔力に焼かれた、のか?
僕が持つ水色の魔力で……?
ふと見ると空に向かって、壁や暗がり……そこかしこから、黒い影が飛んでいく。
数にして百を優に超える影。
これが全て、悪魔……!?
「さーて、私達も逃げないとね」
「主、お急ぎを。もう間もなく此処へ到達します」
「待て!お前にはまだ聞きたい事が……!」
「今は、だーめ。こわ~い女が居ない時に話しましょう?それくらいはしてあげる!くすっ……またねー、ゼオン!」
「……主。先を行った者達が」
「ん?……あ。馬っ鹿だねー、捕まっちゃってるじゃん」
「どう致しましょう」
「私達は転移で逃げるよ〜。あいつらは見殺し!別に、ただ元同居人なだけの雑魚共だし」
フルーレティが転移魔法を起動する。
一瞬で何処かへ消えた二人を見送った後に上方を見上げると、光の中……太陽に捕らえられた虫か何かの様に、大勢の悪魔達の影が見える。
アレは何に捕まっているんだろう?
……身体と魔力は大分、回復してきた。
痛みも殆ど無くなり、動けもする。
気付けば、ずっと氷漬けになって再生が出来ずにいた右腕も元通りになっている。
フルーレティの……情けか、それとも単純に魔力が届かない程に遠くへ行ったからなのか、それは分からないが。
ある程度戻った魔力で、感知魔法を展開する。
上で蠢く悪魔達は、その一人一人が、あの悪魔……あれ?なんだったかな。
…………あ、そうだ。
『悪魔フォルカス』と同じくらいの魔力を持っているみたいだ。
脅威が過ぎ去ったといえど……まだまだ、気を抜く訳にはいかない様だ。
気を引き締め直す。
此処から、無事に出る迄は安心など出来ない。
ダグニーとササラと、三人で……!
……ひとまず、ダグニーを起こそう。
彼女が今、どういう精神状態かは分からないけれど……彼女の力は、必要不可欠だ。
そうして身を起こし、ダグニーへ駆け寄ろうとしたその時。
感知魔法に、とんでもない……信じられないくらいに大きく、凄まじい魔力が引っ掛かる。
「え…………!!?」
なんだ!?
誰だ、これ……!?
あのアスタロトと殆ど同様の魔力が、みっつ……!?
瞬間、身体が臨戦態勢を勝手に整える。
……もしかしたら、ササラを助けてくれた存在なのかもだけれど。
万が一、この魔力の持ち主が敵だとしたらマズイなんてものじゃない。
「……………………あ、れ?」
……なんで?
この懐かしさすら感じる魔力。
あれ?
なんで、此処に……。
僕の勘違いだろうか。
いや、でも……
「…………ン様……!」
――声が聞こえる。
此処に来てからずっと、聞きたかった……声が。
「……オン様……!」
ずっと、見たかった姿が見えた。
勘違いじゃ、なかったんだ。
…………そうか。
また……君に、助けられたんだね。
「……アリス」
「ゼオン様っ!!!」
力いっぱいに、抱きしめられる。
やっぱり……温かいな。
「ぐすっ……ご無事で、良かった……です……本当に……!」
「ごめんね、来てくれたんだね。ありがとう……アリス」
「アリスは心配、でっ……心配で……!ゼオン様……!!」
「うん……大丈夫だよ。これくらい……全然、大した事は無かったさ」
僕の胸の辺りで、大きく頭を横に振るアリス。
「見てたんです……」
「見てた?」
「同行者のっ、ぐすっ……魔法で……ずっと……!」
「魔法……で?」
…………どうやって?
驚きが強過ぎて、一瞬、言葉に詰まる。
このダンジョンには封印結界が張ってあった。
その封印結界はアスタロトやフルーレティの様な、強大な悪魔ですらも此処へ封じていた。
今になって分かる事だが、外への転移魔法が使えなかったのもその影響だろう。
アスタロトが僕等を外へ出してあげる、というのも……別に、あの悪魔が何か特別な転移魔法を使えるから、という訳でもない。
封印が、結界が解けた後なら……それは勿論、使える様になるからだ。
思い返せば確かに、僕等は外への転移魔法しか試してはいなかった。
…………あいつ……。
僕、あの悪魔が、本当に、嫌いだ。
そして、封印結界が張ってあったという事は。
封印の、その中での魔法行使は何ら問題は無いが、外から、もしくは外への魔法的・物理的な干渉は一切、受け付けない筈だ。
筈……なのだけれど。
「ね、アリス。同行者って……」
「それは――」
アリスの言葉に被る様にして、女性の大きな声が聞こえた。
「……アリスーっ!」
一体何処から現れたのか。
淡い紫の髪色をした女性が、僕……いやアリスに、身体ごと飛び込んで来た。
――超高速で。
「えっ」
「ゼオン様。飛びます」
僕よりも先にそれに気付いていたアリスは、僕を抱え上げてそのまま宙に逃げる。
「逃がすかっ!」
「この馬鹿……っ!時と場所を考えなさいよ!」
ザザ……という音が聞こえる。
僕とアリスの周囲に、その向こうが見えなくなる程の大量の葉っぱが飛び回る。
なんだ、この魔法……?
「はっはっは!!言質取ったぞ、アリス!場所を考えれば良いのだな!?」
「時と!都合良い耳してるんじゃないわよ!」
葉っぱの壁が、徐々に迫ってくる。
気付いた時にはもう、僕等の身体は二人纏めて、大量の葉っぱで固められていた。
……いや、本当になんだ、これ。
力が入らない。力が……抜ける?
「あの、アリス……?障壁はどうしたの?」
「ぅ……ごめんなさいゼオン様。一応、恩義が有るので……」
「あぁ、なるほど。ごめんねアリス、僕の所為で」
「そんな事ないです!!」
「我も混ぜろ!!!」
ドン、とアリスに被さる様にぶつかって来る女性。
綺麗な女性だな。
と、いうか……あれ?
この女性、何処かで見たような……
「ん〜♪スンスン…………ん?」
「え?」
女性と目が合う。
「誰だ少年」
「え?あ、僕は……」
「ど・き・な・さい!ゼオン様に無礼でしょう!?」
「おー、そうかそうか。これが……」
まるで、こちらを値踏みする様な目で見てくる。
「……なるほど?聞いていたよりもずっと……もっと、強い魂をしているな、少年」
「ありがとう……?」
魂?
「どきなさいってば!ていうかまだ私の番でしょうが!」
「いやだ!!」
「あの、二人とも?上にまだ敵が……」
その言葉に、二人揃って天を見上げる。
其処には未だ、大量の悪魔達が蠢いている。
「ふっふっ。……はっはっは!!安心するが良いぞ少年!あれはな……」
「大丈夫ですゼオン様。アレらを縛っている魔法はこの女のものですから」
「ヒドいぞアリス!?我の台詞を!」
「黙りなさい。ていうかそろそろ離れなさい。本気で」
ブツブツ言いながらも、離れた上で魔法を解いてくれる女性。
葉っぱは、はらはらと舞い落ち……その全てが空気中に消えていった。
「改めて、助けに来てくれてありがとう。アリスと……えっと」
「…………来てやったというのにもう…………我、かわいそう…………いや、そもそも…………」
「ちょっと、ルイズ。失礼よ。ちゃんと自己紹介して」
「む。おぉ、仕方ない。……聞け少年!我は人呼んで【精霊女王】!『ルイズ・アメトリン・ゴッドツリー』である!!」
割と、ちゃんと挨拶をされたのできちんと返す。
「ルイズさん、この度は本当にありがとうございます……心から感謝しています。僕はゼオン・マーレ・トルナロードです」
「うむ……いや知っておるよ。その顔を見て思い出した。魔国の王子だな」
やっぱり、そうか。
何処かで見たことがある気がしていたけれど、今分かった。
彼女は、エルフ王国の……
「待て。だからといって、我を王女とか呼ぶな。気にせんで良い」
「大丈夫です、ゼオン様。こんなのどうでも」
「……アリス、我に冷た過ぎるぞ」
「なら振る舞い、考えたほうが良いわよ」
本人が気にするなと言うなら、そうしよう。
誰にだって事情はある。
「……まぁこの件も気にするな!ギルドのメンバーを助けるのに何も問題は無い」
「うん、ありがとうルイズ」
「おいアリス。即呼び捨てにされたぞ」
「だからなに?貴女が間違ってるに決まってるでしょう」
「えー……?……まぁ、その呼び方を許そう少年!我は心が広いからな!!」
互いに自己紹介を終えたところで、改めて諸々の話をする。
「それで、ササラは……」
「ルイズ」
「ん?あぁ、紅の小娘なら此処だぞ!」
ぬるりと、空間に出来た裂け目からササラが滑り出て来た。
なんだあれ、空間魔法の一種……?
いや、そんなレベルの代物じゃないような……
「これこの通り、五体満足、傷も無い!」
ふわふわとこちらに浮かんで来るササラを抱きとめる。
意識はまだ戻ってないみたいだけど……
……良かった、本当に。
「あの、ゼオン様?良ければ私がお運びしますけど?」
「ん?うぅん、大丈夫だよ」
「……そうですか…………あ、そうでした」
アリスが、何やらルイズに手で合図を出す。
指差した先に居るのはダグニー。
「我を荷物運びに出来るのはアリス、お前くらいだぞ」
「良いから早く出しなさい」
次に裂け目から出て来たのは白と緑の鞘に入った剣。
それを受け取ったアリスは、ルイズに向かって次の指示を出す。
「話し合った通り、今のうちに忘却魔法、掛けちゃって」
忘却魔法?
「……アリス?」
「ゼオン様、勝手をしてごめんなさい。でも……このままでは流石にダグニーが不憫過ぎて……」
そうか。
アリス達はずっと僕等を見ていたんだっけ。
つまりダグニーの、あの言葉も……聞いていたと。
「良いさ、僕だってそう思う。それに、彼女は君の友でもあるんだから」
「でも…………僕は、忘れない」
それが今回の……
僕の責任だと思うから。
「……はい。……ルイズ?」
「いつでも良いぞ!範囲は最初に悪魔と遭遇した辺りまでで良いな!?」
「ええ……お願い」
「ふふん。特別だぞ少年!さぁ見るがいい、我が魔法!!」
……?
そう言われても、彼女の周りにはまだ魔法陣が出ていない。
「さぁ!!ウンディーネ!!!」
最初から其処に存在していたかの様に。
いつから其処に居たのかも分からない程、自然に。
目の前に顕現したのは、誰でも知っている大精霊。
美しい青の魔力、その姿。
先程、魔力感知をした時に感じた凄まじい魔力の持ち主の一人。
水の精霊、ウンディーネだ。
ウンディーネはその身体を光らせると、両手を胸の前で交差させた後、頭上に掲げる。
掲げた両手から青い霧が辺りに広がる。
そして次第に、霧がダグニーへと集まって……消えた。
同時に、ウンディーネの姿も消えていた。
「終わったぞ!!」
「…………凄い」
「お?……だろう!?そうだろう!!我は凄いのだ!!!」
本当に凄い。
ウンディーネも勿論凄いが、それ以上にルイズが有り得ない。
「ゼオン様。この剣をダグニーに渡しておいてくださいますか?」
「うん?勿論、良いけれど……あれ?何処行くのアリス」
「正直に言いますと……もう限界なのです。怒りが」
そう言うアリスは、上空を見つめている。
「ですがゼオン様、これだけは今、言わせて下さい。ゼオン様に落ち度などありません。毛程も、です」
「……僕は……」
アリスがこちらを振り返り、真っ直ぐに見つめてくる。
「無いです。……全てを望む王が居て、何が悪いのでしょう。寧ろ、強大な障害を前にして、それでも御自分の想いを貫き通そうとした……そのお姿こそが、正にゼオン様なのですから」
「そう……なのかな。でも、あの悪魔が言う様に……確かに、僕は甘いんじゃないのかな。国の皆を思うと……」
「その様に考える必要は微塵もありません。……ゼオン様、悪魔などに惑わされてはダメです。囚われては……ダメです。ゼオン様が創る世は、誰かの道の上には無いのですから」
「アリス……」
「失いたくないモノが多くても良いのです。それを、その貴き御志を支える為に、私が……いえ、私達がいるのです。ゼオン様」
「……ありがとう、アリス」
「……はい!」
そう言うと、アリスはようやく表情を崩し……いつもの優しい笑顔を返してくれた。
……と、思いきや。
再び上空を見上げるアリスの表情は、見たことも無いくらいに……怒っていた。
「では……ゼオン様?……アリスは憂さ晴らししてきます。お待ち下さいね」
「う、うん」
……悪魔達に同情は要らないけれど。
今のアリスを見ていると、どうしても、同情してしまう。
…………うん。
僕はそれ以上考えないようにして、倒れたままのダグニーを介抱しに向かった。
――――――――
悪魔族というのは、私達魔人族の祖先にあたるそうだ。
遠い昔に人間と悪魔が交わった結果、生まれたのが魔人族。
それに加えて、この身に流れるエルフの血。
つまり……私の場合、3つの種族の血が流れている。
所謂、トリプルブラッド。
元々、混血が生まれる事自体が稀なこの世界で……相当に稀な存在だと、自分でも思う。
子供の頃、この血の所為で魔力の暴走を起こしたりした事もあった。
お父様とお母様は大好きだけれど、それでもこの血を恨んだ時も……あった。
――でも。
今では感謝しているし、幸運に思っている。
そう思わせてくれたのは、他でもないゼオン様とリオン様。
……何度も、何度も救われている。
この御恩はいつまでも、どこまでいってもお返しできるものでは到底無い。
いつだって。
どんな時だって。
その気持ちが……
私を……アリス・フラワーガーデンを。
根本から支えている。
大切なゼオン様……。
あの悪魔『アスタロト』は、それを引き千切ろうとしてきたのだ。
手折るに飽き足らず……自らが好む見物しやすい所へ、根を張る場所を変えようと……弄んだのだ。
――――許さない。
決して許せる筈が無い。
もう何処かへ逃げおおせた様だけれど。
必ず、その内に……
見つけ出す。
勿論、あの塵も。
……まぁ?
今のところは……
この虫共で溜飲を下げてあげるわ。
「待てアリス!我もやるぞ!!我も怒っているのだ!!」
下からルイズが飛び上がって来る。
「……はぁ?……貴女、別に何を怒る事も無いでしょうに。それにさっき、モンスターの群れ相手に暴れたでしょう?」
「あんなの腹の足しにもならぬ!それに此処に来る途中、言っただろう!我の狙いはあの女悪魔だったのだ!!」
「あぁ…………そういえば言っていた気がするような気もしないような気がしないでも無いわね」
「煙に巻こうとするな!さてはお前、全部自分1人で平らげる気だな!?」
まぁ、覚えているけど。
確か、以前此処に潜った時に……取り逃がした、んだったっけ?
何かそんな事を言っていたと思う。
ルイズが言うには、悪魔というモノは精霊なのだという。
闇の精霊だと。
精霊女王と呼ばれる彼女は、条件さえ整えば、精霊の全てを使役出来る。
比喩では無い。
文字通り、全てだ。
そこに、精霊自体の魔力量は関係ない。
どれだけ力を持つ個体でも、弱々しい個体でも。
ルイズがそうと決めたらそれは、精霊にとっては絶対命令となる。
この場所へと辿り着いたのも、ルイズのおかげだ。
精霊達の力を借りてゼオン様達が通った道を辿れたし、逐一、映像魔法でそのお姿を確認出来た。
……でも、ルイズがこれ程迄に執着を見せる悪魔なのだから……多分相当なモノなのだろう。
興味は、無いけれど。
この先で捕まえたら……殺さずに、彼女へ渡してあげても良いかも、ね。
「分かったわよ。なら一匹あげるから持っていけば良いじゃない」
「要らない!!!」
「あら我儘。じゃあ私が貰うわね」
「違う!こんな雑魚共、私の配下には要らないという意味だぞ!捕まえても意味無いではないか!」
「最初からそういう意味で言ったのだけど?」
「……?…………???……ぅ?」
ルイズは混乱している。
こういうところを見ると……やっぱり、嫌いにはなれないわね。
好きという事ではないけれど。
「だから、良いのよね?私が1人でやっちゃって」
「だ……駄目だ駄目だ!我、今回のは結構頑張ってやったのだぞ!?少しくらい寄越せ!!」
良し。
「じゃあ7:3ね?貴女が3」
「おぉ、流石アリス!愛しているぞ!!」
「お断りするわ」
この場所まで同行してもらった上にこんなの、ルイズに申し訳なくはある。
あるけれど、今日だけは。
悪魔達を殺して殺して……この憂さを晴らしたい。
だから……ごめんね。
貴方達も……!
「さ、じゃあ捕縛魔法を解いて」
「無論!!」
ルイズが200人程の悪魔達に掛けた捕縛魔法が解けていく。
元々、天井が有った場所に張ってある結界魔法は解かずに。
身動きが取れる様になった悪魔達。
1番近くに居る悪魔達が、こちらへと叫ぶ。
「愚かな者達め!自ら死を望むとは……!」
「キャハッ!全員殺して外へ出るぞ!!こいつらは他の者へ任せて、まずは下のニンゲン達からだ!!」
「……ふふっ」
「何がおかしい、貴様!恐怖でおかしくなったか!?ゲバババ……!!」
「憂いが無くなった。それだけよ」
それだけを伝えた悪魔の首を、氷の刃で飛ばす。
「ありがとう、悪魔共。容赦無く殺してあげるから貴方達も感謝しなさい。ゼオン様へと」
――――――――
戦闘が奏でる音を背に、戦闘で生じる閃光に照らされるダグニーの顔を見る。
本当に……無事で済んで、良かった。
ダグニーも、ササラも……。
一旦、抱えたままのササラを地面に寝かせて、出来るだけ優しくその肩を揺する。
「……ダグニー?」
その目がゆっくりと開く。
「……ん、ゼオン……?……あれ……わたし」
「大丈夫かい?」
「……え?……うん。…………アリス?」
上空に居るアリスに、すぐに気付く。
「助けに来てくれたんだ。あの悪魔も、もう倒したよ」
ここで言う悪魔とは、フォルカスの事。
「……そう。……わたし、何もできなかったんだね」
「そんな事は無い!!」
「…………ゼオン?」
「君がいてくれて、それだけで心強かった!君のおかげで……!」
上手く、言葉に出来ない。
言葉に詰まった僕に、ダグニーは笑顔を向けてくれた。
「……くす。……良いよ、だいじょうぶ。……ありがとう、ゼオン」
ダグニーが手を差し出す。
「……それ、かえして?」
「えっ?……あ、うん」
剣を、ダグニーへと返す。
それを手にした途端、彼女の纏う空気が変わる。
なんだろう、力強く、それでいて優しい……そんな雰囲気を感じる。
これが本来の……騎士『ダグニー・シルフィード』なのかな。
「……おかえり。アイギス」
「……ゼオン。……ここ、任せてもいい?」
「勿論。……行くのかい?」
「……わたしは……きしだから」
「だから、まもるの」
そう言い残し上空の戦いへと向かうダグニーの背は、どこまでも美しく見えた。
――――――――
ササラを抱き上げるゼオンの遥か頭上。
再び、邂逅する二人。
「……アリス」
「……あら。ようやくお目覚め?お姫様」
丁度、アリスが十体の悪魔を青紫色の雷で薙ぎ払ったタイミングだった。
無論、それだけで体が滅する程、悪魔達も弱くは無いが……かなりのダメージは受けている様子だ。
「…………いちおう、お礼しておく……ね」
「別に私は何もしてないわ。お礼を言うのは私のほう。ゼオン様を守ってくれてありがとう。ここからは……また、私が」
言いながら、アリスは新たに向かってくる悪魔達を青白い光線で迎撃する。
「…………む……」
何か言いたそうなダグニー。
しかし、そんな彼女の後ろからルイズが飛んできて、二人の間へ割り込む。
「おー。お前が【風姫】か!噂通り、中々のモノだな!!」
「……貴女は……【精霊女王】?」
「その通り!我こそはルイズ・アメトリ……」
「ちょっと。ルイズ、邪魔」
「痛ったぁ!?」
アリスがルイズの頭に手を置き、反動をつけて飛び越える。
飛び越えた先……ダグニーの後ろにいる悪魔の頭を銀の氷で覆い、雷を纏った左手で上から叩き潰した。
元々、浮遊しているのだからルイズを使う必要は全く無かったが。
「おいこらアリス!!」
「邪魔だったのだもの。仕方無いわ」
アリスがダグニーのほうを振り返る。
「見ない内に鈍ったのかしら?なら邪魔しないでくれる?残りは全部私がやるから」
ダグニーはムッとして、
「……そんな事、ない。……きづいてた」
剣を構える。
「……余計なおせわだったよ。……いくよ、アイギス」
青紫に淡く輝く銀と、どこまでも澄んだ緑。
二つの魔力が、悪魔達の間を飛び回り……みるみる内に、その数を減らしていく。
「……ん……」
「あっ。ササラ!良かった、気がついたんだね」
「ゼオン君……。ここは……あれ?ウチ、どうしたんだっけ」
「君は、あの時遭遇した悪魔に眠らされたんだ。その後、アリス達が助けに来てくれたのさ」
「…………そっか……?……うん、そうなんだね。ダグニーさんは?」
ゼオンが上を指差す。
「……うわぁ」
「圧倒されるよね。アレ、全部悪魔なんだよ?」
「すご……」
上空を見ながら呆けているゼオンとササラの所へ、ルイズが降りてくる。
「やーれやれ。我の出番、結局無いではないか!」
ルイズは結局、悪魔を一人も倒す事は無かった。
当初は本当に三割程を蹂躙しようと考えていたが、参戦してきたダグニーに譲った形となった。
「……まぁ良い!!我は寛大なのだ!!」
「……誰?」
「む。その魔力……小娘、お前もしや……」
「ひゃっ!?」
ルイズはいきなり、ササラの胸元へ鼻先を突っ込んだ。
「ちょっ、ちょっと急になんですか!?ちょ……あ、あはっ、くすぐったいです!!」
ぐいぐいとルイズの頭を押し戻そうとはするが、ルイズは全く動じない。
「スンスン……」
「助けてゼオン君!」
「え?あ、うん」
「それには及ばぬ!!」
鼻先を胸元に埋めたまま、ルイズはゼオンを手で制する。
そして、ガバっと顔を上げて、ササラの顔をまじまじと観察し始めた。
「ほう、ほう……うむ、なるほど!紅の小僧の……えーっと。…………カイル!カイルの妹といったところだな!?どうだ、我の推理は!正解か!?」
「推……理……?」
ボソッと呟くゼオン。
「はぁっ、はぁっ……そう、ですけど……!」
一瞬で疲弊した様子のササラ。
「……聞けば済むじゃないですかっ!?」
「そんなのつまらん!!」
「どういうコトなの……」
「さて!我、帰る!」
「「えっ」」
「アリスは相手してくれないし、お目当ての悪魔も居ないし、つまらん!!」
「いや、あの……」
「少年よ、精々頑張れ!世界を相手取るならその内にまた会う機会も有るだろう!その時に敵か味方かは知らんがな!はっはっは!!」
ルイズの態度はお世辞にも真面目とは言えないが、その言葉には確かに……重みが乗っていた。
「そして少女よ!」
「は、はいっ?」
「お主の国とお主の兄は今、大変面白い事になっているぞ!」
「面白い……事?」
「王国はギルドと戦争するらしいからな!」
「え。…………えっ!!?」
「ちなみに我は参戦しないからそこよろしくな!じゃあ、さらばだ!はっはっはっ!!」
嵐の様にまくし立てたルイズは、その勢いのままに嵐の様に去っていった。
魔法陣を使わない、魔力すら使わない……異次元のレベルにある転移魔法を行使して。
「いやいや、ちょっと待って!?戦争って……どうして!!?なんで!!」
「僕等が転移させられた後、何かあったのか……?」
「……それ……本当?」
この短時間で悪魔達を殲滅させた二人が、地上へと降りてきた。
「……王国と……ギルドが、せんそう……って」
少し遅れて降りたアリスが、その質問に答える。
「本当よ。Sランク会合の場で、ドルバード王本人が冒険者ギルドに対し宣戦を布告したと、ギルドから直接の通達があったわ」
「…………」
「ギルド側はこれを受けて今、戦力を王国へと集めているわ。ギルドマスター、サラ・ワンダーの名の下に。参加は……冒険者それぞれ、個人の自由だけれど」
「……そうなのかい?」
「はい、ゼオン様。ただ、それでも……王国と戦えるくらいの数は容易に集まるでしょうが」
「ゼオン君、ウチ……」
「ゼオン様、私達はパーティです。パーティの意思はリーダーによって決定されます」
「……ササラは……どうしたい?」
「ウチ、ウチは……!」
――――【????】――――
世界の何処か。
太陽を模して作られた玉座に座る男と、その前に跪く男が居る。
「聞く。王国は予定通りか?」
「いえ……ドルバード王の行動は明らかに外れています」
「聞く。何故だ?」
「必ず何者かが関与しています。でなければ有り得ないですから」
「聞く。対処はどうなっている?」
「歯痒いですが、今は手が出せません。それをも狙っていたのかも知れませんがそれについての確証は有りません」
玉座の男は、強く唇を噛み……力いっぱいに、己の膝を叩く。
「言う。ドルバード王め……!!」
「言う。このままでは済まさん!流れから逃すものか……!!」
此処は、世界の何処か。
三章『魔モノ達の塒』全編、これで幕となります。
四章へ続きます




