魔モノ達の塒(後編・前)
どうして……
こうなってしまったんだろうか。
アークボルトの策略にハマった所為か?
それとも、悪魔と出逢ってしまったからか?
いや……もしかすると。
これも、――俺自身の…………因果、なのだろうか。
決して拭えぬ犯した罪は、何処までも付いてくるのかも……知れない。
一度でも、大切なものを自らの手で壊した者には……
……その因果が巡る。
信じたくはないが……そうなのかも、知れない。
だけど。
だとしても……っ!
「二つ……聞いても良いか?アスタロト」
「なぁに?」
「試練と、お前は言うが……大体、何が目的なんだ?……それと、この試練とやらはお前を殺しても終わるのか」
「目的は勿論有るわ。でも今此処で教えると思う?それに、私を殺す?……くすっ。勿論それでも終わるけど、自分でも分かってるでしょう?そんなのは無・理。……だって」
「…………」
…………くそっ。
「ねーえー、そういうのは嫌いだなぁー、私。答が分かりきってる事を確認したいだなんて。馬鹿に思えちゃうじゃない……それともなに?絶望が足りないの?」
……確かに、良い返事は期待していなかった。
分かっている。
言葉を用いて……この絶望的な状況を打破しようとも、無駄な事も。
そして、アスタロトを殺す事など、俺の力では到底叶わない事も。
――でも。
だからと言って、この悪魔の言う通りに動く訳にはいかない。
どうにかして、なんとかして、二人を助けなければ。
……どちらかを切り捨てろだって?
巫山戯るなよ……!!
「ねぇ、ゼオン?私は甘く無いわよ」
…………?何を……
「抜け道なんて無い。良い?貴方の前には提示した2つの道しか無いの」
「……そんな事!やってみなきゃ――」
「――やってみた結果、どうなるかも視えないなら……もう貴方に用は無い。…………あんまり失望させないで」
「…………!?」
「もう少し、頭は回るかと思ってたわ。魔力量だけでも上の、未知の存在相手に出し抜けると思うの?片腕しかない状態で、しかも相手のフィールドで」
「それでもっ……」
「それでも無理を通す?通してみるの?あの子達を失いたくないから、2人共を死地に晒すの?……そう言っているの?」
「勝手に決めるな!!」
「私じゃない、貴方がそう言っているんじゃないの。確実に助けられる1人を見捨てても……2人を死の危険に晒すのでしょう?」
「っ…………!!」
「私と、フルーレティ。それにこの子……【風姫】。更に悪魔の軍勢……此等を無策で相手取っても構わない、と。それでも自分ならなんとか出来ると、そう言っているのよ。貴方は」
「……!一人だけを諦める、なんてほうが有り得ないんだよ!!!」
「……まぁ?別にどっちでも構わないんだけど、私は。それならそれで……なら、見せてみて?ゼオン。貴方の道を」
「…………!!」
「断っておくけれど、天秤は変わらないわ。貴方にとってどちらの命が重いのか。この子との戦いの中で……」
虚ろな目をした緑の騎士が魔力を解放する。
辺りの何もかもを吹き飛ばす勢いで。
「……どちらに傾くのか。私に、見せて?」
アスタロトの言葉が、望まぬ戦いの火蓋を切った。
「……っ、くっ…………!!」
ダグニーの右手から伸びる、魔力で形作られた三本目の巨大な腕。
手の部分が太い四本の指で出来たその腕は、猛禽類を想起させる。
「…………っ!!」
俺の捕獲が狙いか?
片方残る左腕で攻撃を防ごうとして止め、回避に専念する。
奥のダグニーに目を遣ると、浮かびながら左手に暗緑の魔力を収束していたからだ。
魔力で強化した脚を最大限に動かし、なんとか緑の腕を躱す……が、その速度は予想以上に速い。
間髪を入れずに、避けるそばからこちらを捕らえようとして高速の伸縮を繰り返す。
「……っ、ダグニーッ!!止めるんだ!!俺は……!」
伸びてくる腕を避けながら叫ぶ。
俺は、君と戦いたくなんてない……!
「ぅ……!?」
不意に足を引っ張られる。
巨大な指から、まるで爪の様に魔力が伸びて……俺の足を引っ掛けていた。
「ぐぁっ!?」
そのまま腕に捕らえられた。
……駄目だ、振りほどけない……!!
「……ゼ、オン……?」
っ!?
意識が……!?
呼びかけに応えようとするも、すぐに目の前が緑色の光でいっぱいになる。
ダグニーの魔法が直撃した。
「…………ねー。ゼオン。どうしてあの子に攻撃しないのかな?」
ぅ……。
「どうして魔法を使わないの?闇でも竜でも、さ」
そん、なの……
「自分の命を諦めるの?それとも本当に何も考えていなかったのかな」
「…………だま、れ」
「まー、どうだろうと場面は進むけどね!」
痛む身体とふらつく視界の中、アスタロトが何処からか取り出したのは身体ほどもある大きな砂時計。
それをひっくり返すと、ドン、と床に置く。
「見れば分かるとは思うけど、一応教えとくよ?これはタイムリミット」
「――っ」
「この砂が全て落ちきった時、紅の子の命は尽きる……ま、厳密には檻に向かってモンスター達が一斉に襲い掛かる」
何処までも楽しそうな顔で、アスタロトは語る。
「時間にしたら……30分くらいかな。それを過ぎたら、投影魔法に映る檻が『クシャ』って潰れるの。この数だから……その瞬間迄は観れないのがざーんねん」
「……<影人形>ッッ!!あ、の女を……潰せッ!!!」
くそっ、魔法が発動したのは良いがたったの三体だけか……!?
影達をアスタロトに特攻させる。
けれど…………なんだ?
アスタロトとの間に見えない壁でも有るみたいに……何かの抵抗を感じる。
もしかして……
影が、奴に怯えている?そんな馬鹿な事があるか……!
「あーダメダメ。効く訳ないじゃん、私を誰だと思ってるの?」
「知るか、よ……!誰だろうと……潰してやるッ!!」
せめて右腕が有れば……っ
「身体が万全でも結果は同じだよ」
――――!?
は……!?
「重力魔法だとしてもいっしょ。闇魔法自体、私には効かない」
やっぱりこの女、こっちの考えてる事を分かっている?
そういえばさっき、フルーレティが……
「そうそう。でも、あの子が言った通り読心の類じゃないよー?ただ、分かるってだけなの」
「……!?」
「今はどうでも良いけど!そんな事よりも貴方の相手はこっち」
「…………ゼオン、わたし……」
「意識が有るのか!?聞いてくれダグニー、どうにか奴の呪縛から……」
「……わたしだけを……」
ダグニーの背後、魔法陣から無数の風の刃が生み出される。
「くっ……!……おい影共、いつまでビビってるつもりだ!さっさと動けっ!!」
見えない何かから強引に剥がす様に影を操り、遠回りにダグニーに向かわせる。
「絶対に傷付けるな!捕らえろッ!」
本来なら頭の中だけで完結する命令を、言葉にする。
影より先に、自身の身体を跳ねる様にして前に出す。
迫りくる風の刃を避けられるだけ避けて、避けられないものは敢えて魔法障壁で受ける。
それでも……刃のいくつかは、容赦無くこちらの身体を切り裂く。
「ぐ……あ、あぁあッッ!!」
痛みを無視する様に。気合で掻き消せ……っ!
どうにか近付き、ダグニーに手を伸ばすと、ガッという音がして弾かれた。
……やはり、操られていても障壁を張っているのか!
当てるな、掠らせもするな……!
障壁だけを…………っ、壊せッ!
「っ、邪魔だァァァあ!!!」
水色の魔力を左手に集中。
更に指先に集めて、緑の障壁に対して竜の爪を立てる。
そして、握り込む様に……!
「壊れ、ろぉぉぉぉっ!!」
痛みで魔力のコントロールを乱すな……!
絶対に壁だけを……壊す!!
パリィィィィ……ン…………!!
「良しっ…………!」
ダグニーを捕まえる上で邪魔な障壁は壊した!これで……!
ダグニーの周りを護っていた障壁が、前方の脅威から主人を護ろうとして俺の前に集まって来る。
「――今だッ!影達よ!!」
遠回りさせていた影達に魔力を送り、速度を上げさせる。
ダグニーの左右と後方、三方から取り囲む様にして影を動かす。
「…………っ」
影によって四肢を抑えられたダグニーは、身動ぎして振り解こうとする……が、俺の影魔法は物理的な干渉はしても、魔法以外の物理的な影響を受けない。
……捕らえた!
「ダグニー!聞こえるかい、ダグニー!!」
「……ゼオン……?」
未だ虚ろな目をしてはいるが、声は届いているみたいだ。
「そうだ、ゼオンだ!……君の友だ!」
「ともだち……」
「そうだよ!正気を取り戻すんだ、ダグニー!こんな所、早く三人で……!」
「……わたし、は」
「……最初から……しょうき、だよ」
――――!?
「ぐ、ぅっ…………!?」
張っていた障壁ごと、身体を緑の光線に貫かれた。
……油断した。
指先だけで撃てるのか。
いや、こんな傷、直ぐに治る……!それよりも……
その場を飛び退き、ダグニーから少し距離を取る。
「正気……?」
「……うん、そう。身体を動かしているのもわたしのいし」
「何故……どうして!?」
「……分からない、わからないの。……でも、止められないの……ごめんね……!」
そう言うダグニーの目からは、涙が流れている。
「……わたしっ…………!」
何かを言い淀み、そのまま黙り込んでしまった。
「一体、何が……?」
何がどうなっている?
いや、――アイツの仕業に決まっている。
「彼女に何をしたんだ」
悪魔が笑う。
「えー?操ってるって言ったでしょ?……くすくす」
「――巫山戯るなッ!何をしたんだ!!」
「もー、仕方無いなぁ。教えてあげるよー。……あのね、実は〜……操ってるっていうのはぁ、う・そ」
「……そんな事は分かっている!何をしたかと聞いているんだ!」
「本当のところはね、そんなに大した事じゃないの。私はただ、その子の願いを前に出してあげただけ」
「願い、を…………?」
「そー。心の奥底に有ったモノを、表面まで。引っ張ってあげたの」
それはつまり、本心では俺を憎んでいた……?
「そんなんじゃないよ。ゼオン、随分とズレてるのね貴方。それとも子供っぽいのかな」
「じゃあ!……どうして!」
「あ、……でもまぁ。憎く想ってるってのは少し合ってるのかもね……くす」
――分からない。
「あらら〜、本当に理解出来ていないのかぁ…………んふっ。なんなら教えてあげようか?」
気付かぬ内に至近距離にまで来ていたアスタロトが、妖しい笑みを浮かべながらこちらの顔に触れようと手を伸ばしてくる。
その手を払いのけようとはするものの……
恐怖からか、圧からか。
何故か身体は思い通りに動かない。
「くすっ。ホント、か〜わいいんだぁ」
首元、頬、唇と、触れられる度に……怖気が走る。
「でもね?キミのそれは毒なの。蜂蜜みたいにとろっとろで、あま〜い毒」
「……毒?」
「そっ。特に女の子にとっては、ね?……魅力は時に枷になる」
「俺に魅力なんてモノは無い」
こんな……自らの国を滅ぼした王子に魅力など、有る筈が無い。
「ん〜?じゃあどうして彼女達はこーんな危ない場所まで付いてきてくれたのかなぁ」
「それは……」
友であり、仲間だから――
「大外れ!外れも外れの〜、大間違い!」
「あのね?ゼオン。キミはホントに分かってないみたいだし、まだまだ子供だからしょーがなく教えてあげるけど、本来ならそんなのは許されない事だよ?キミじゃなければ…………殺してる」
どこまでも深い、暗い眼差しと口調に、ゾッとした。
ふぅ、とため息を吐いてアスタロトは砂時計をひっくり返す。
「はーいはい、まずキミは『愛』というものを理解するべきなんだよ」
「愛……だって?」
「そう」
悪魔が何を……
「あー、ひっどーい。悪魔にだって愛はあるんだから」
「興味が無い。それに、悪魔に愛を説かれる程、堕ちてはいないつもりだ」
「ま、良いけどさ。……ゼオン。まずキミさぁ、何か勘違いしてないかな?」
……勘違い?
「そっ、勘違い。貴方は確かに堕ちていないかも知れない。でも、違うんだよね〜、それ。実際には、そもそも堕ちてすらいない。最初から其処に立ててもいないの……意味、分かるかな?」
「…………」
「良い意味で言えば純粋無垢。悪い意味で言えば……自分の事すら分からない子供って事」
……そんなのは。
痛いほど…………
「自覚だけは有るのが救いだね〜」
アスタロトが宙に浮いたまま、寝そべる様な体勢で続ける。
「『友愛』と『親愛』と『恋愛』とか、そういう違いの話じゃないの。自分に向けられた愛に鈍感でいる……その事を言っているのでも無い」
「……結局……何が言いたいんだ」
アスタロトが身を起こし、ポンと両手を合わす。
「…………あ、そうだ!ここまで教えてあげても分からないなら、彼女の心へ連れていってあげる!」
……は?
「そのくらいしないとダメだよね〜。キミにはさ」
アスタロトの背後に、巨大な魔法陣が描かれる。
「其処で知ると良いよ。己の罪の深さをさ」
空間がねじ曲がっていく……!?
「ホントはね?ここまでしてあげる義理も無いんだけど……くすっ、特別だよ〜」
…………!!
「じゃ、行くよー。せーのっ!【心層真理】っ」
……………………
…………ここは……?
グニャグニャになった空間が落ち着いた時、気付けば辺りは知らない風景になっていた。
目の前にあるのは大きな屋敷。
真っ白な外壁と、パステルカラーの屋根。
その造りから分かるのは……王国の何処か……?
庭の方に目線を移すと、一人の小さな女の子がしゃがみ込んでいる。
子供用の、王国貴族のドレスに身を包んだ緑色の髪をした女の子。
あれは……
…………ダグニー?
少女は地面に目を落とし、独り言を呟いている。
「……そうだよ。今日もひとり」
「……いい。ともだちなんていらない」
「……どうせついてこれないし。……どうせ分かってくれない、から」
「……それに……きずつけたくない」
少女は頭を上げ、何も居ない宙に向かい……まるで、其処にいる誰かに話しかけるかの様に呟く。
「…………うぅん。もしも、いるなら……うれしいな」
「……そう?……あなたが言うなら……そうなのかもね…………ふふ」
視界にノイズが奔り、場面が移り変わる。
これは、この場所は……あの時の……
「……こんばんは。わたしはダグニー。ダグニー・シルフィード。……貴女はだぁれ?」
「わ、わたくしは、アリスっ……!アリちゅ、フラワーカーテンですわ!」
ダグニーとアリス。
それに、アリスのお母さん。
懐かしいな……。
「どうしたの、アリス。そんな泣きそうな顔をして」
「ゼオンさま……!だっ、だっておかあさまが意地悪するんです!アリスは、イヤなのに……!」
「あーっ!!お兄ちゃんがアリス泣かしてる!ちょっと何したの!?よしよし、だいじょうぶだよー」
……リオン。
「……ね、アリスちゃん。わたしと、お友達になってもらえない?」
「え……。お友、だち?わたくしと、ですの?」
「……うん。お姉ちゃんね、友達がすくないの。だから……アリスちゃんが友達になってくれたら、とってもうれしい。……ね、どうかな」
……そうだ。
僕等が友達になれた、そもそものきっかけを作ってくれたのは……ダグニーだったっけ。
「で、でも。アリスにはもう、ゼオンさまとリオンさまが……」
「そーよ!アリスの1番は私なんだから!」
「二人とも、そんな意地悪するものじゃないよ。……なら、僕だけがこの子と友達になろうかな。……どうだろう、えっと……」
「……わたしはダグニー・シルフィード」
「僕はゼオン・マーレ・トルナロード。ねぇ、ダグニー。良かったら、僕と友達になってもらえないだろうか」
「……トルナ……ロード?……あれ、もしかして……」
「ただの、ゼオンさ」
「ゼ、ゼオンさま!?ダメです、ゼオンさまがなるのならアリスも……」
「ちょっと、アリス!?」
「ふふ……リオンはどうするの?このままだと、仲間外れになってしまうよ」
「……!しょ、しょうがないわね……友達になってあげるわ!感謝しなさいよね!」
「……うん。みんな、よろしくね」
再びノイズが奔り、場面は何処かの部屋の中に移る。
窓から見えるのは暗い空と雲。
……魔導船?
「夜会はどうだったかな?ダグニー。楽しかったかい?友達が出来たようだね」
「……うん。……ともだちが3人もできたよ」
「ほう、一気に3人もかい!どんな子達なんだい?この父にも教えておくれ」
「……いいよ。あのね…………」
夜会の帰りの船、その中みたいだ。
ダグニーと……お父さんかな。
初めて見たな……
「そうかそうか、とても良い子達みたいだね。…………良いかい、ダグニー。これだけは覚えておくんだ」
「……なに?」
「友達はとても大切なものだ。決して裏切ったりしてはいけないよ。そうすれば彼等も応えてくれる筈だからね」
「……うん。……分かってる」
……………………。
ノイズが奔る。
一番最初に見た、屋敷の庭の様だ。
「ダグニー様っ!!」
「……どうしたの?」
「通信がっ、クリフ様……お父様が!!」
「…………え……?」
「戦場で……魔国で…………!!」
――――そう、だったのか。
彼女の父もあの大戦の中で……。
ノイズが奔る。
目の前に現れたのは見たことも無い、教会の様にも見える古びた建物。
入口の扉の横に表札がある。
『ノースフォート孤児院』?
ノースフォートという地名に覚えが有る。
確か……王国内『シルフィード家』の直轄領地だった筈だ。
扉が開く。
出てきたのはダグニーと、二人の女の子。
「ファナ!はやくはやく!」
「待って〜。ねぇ待ってってばぁ……も〜、リタ早いよぉ」
「……ふたりとも、走るとあぶないよ」
「えー、だってさっき窓から見えたんだもん!早く行かないと、ネコちゃんがどっか行っちゃうよ!」
「……猫?」
「ね〜え〜、待ってよぉ」
「ファナおっそーい!もう置いてっちゃうからね!」
「ぅ……待ってよぉ……リタぁ…………ぐすっ」
「……こら、リタ。……ファナがかわいそうでしょ」
「えっ!?……あっ、ごめんねファナ!もっとゆっくりにするから一緒に行こ!」
「ぐす……うん。ありがと……リタ」
「……ふふ」
孤児院……か。
僕の知らないダグニーを見れた様で、不思議な気分だけど……なんだか、誇らしいや。
ノイズが奔る。
今度は森の中……?
白い靄の中、ダグニーが騎士の女性を抱き抱えている。
女性の胸には……銀の氷が、深く突き刺さっていた。
「ガーネット……ガーネットっ…………!!」
「ぅ……ゴホッ……!」
「お願い、だれか……っ!!回復を……!」
「良い……の。自分で、分かるか……ら……もう」
「やだ……!ガーネット……!!」
「……ね、ダグニー……?私、の、お別れの……お願、い。聞いて……」
「やだ……やだよ…………!」
「……お願い。ね……?…………アリスちゃん、と……仲直り、して……ね。……それ……だけが……」
「そんなっ、そんなの……っ」
「また……ね。ダグニー……いつも、そばに……いる……か……ら」
「…………ガーネット……?…………っ」
……慟哭が聞こえる。
彼女からは、聞いた事も無い様な大きさで。
遠くの空に、アリスの影が見える。
靄がかかった様に、その表情までは分からない……けれど。
なんとなく、僕には分かる。
アリスはきっと――
――泣いている。
一際大きく、ノイズが奔る。
……真っ暗だ。
何も無い真っ暗闇の中、一糸纏わぬダグニーが立っている。
彼女はこちらに背を向けたまま、ぽつぽつと喋り始める。
「……わたしは」
「……わたしは……まわりの人を不幸にしてしまうのかもしれない」
「……わたしには……ともだちなんて作る資格もないのかも……しれない」
「そう、思った」
…………!!?
「…………それでも……頑張ってみたんだよ?」
「人を守る為にきしになった。友達を護る為に騎士を目指したの」
「……大切な貴方に……もう一度会いたくて。友達だけど……それよりももっと大切な人に……また、逢いたくて。…………貴方に初めて逢ったあの夜。あの高鳴りの名前……今なら分かるよ」
「……貴方に再び逢った時に、恥ずかしいわたしでは、いたくなかった。護れるように、りっぱな騎士でいられるようにがんばったよ」
「…………でも」
「……分かってたけど。……やっぱり、貴方の隣にはアリスが居た」
「……だからって、誰かに怒ってる訳じゃないの」
「わたしが怒ってるとしたら……私自身」
「アリスに対しての恨みは有る……有る、筈なのに。……なんでかな、今はそれにすら不純が混じってる気がするの」
「……ゼオンに対しても、ガーネットに対しても。……純粋じゃない……わたしは私が許せない。…………それはきっと、アリスに対する気持ちにも入り込んでいる」
「わたしは……もう分からない。ゼオンにも拒絶された様に感じてしまったわたしを……赦せる筈が無い」
「わたしは、どうすればいいのかな」
「……こんなの」
「こんなの…………!言いたくない……もっと、もっと別の……!」
「ごめん……ごめんね」
振り向いたダグニーの目から、涙が零れた。
「……ゼオン。…………わたしは」
「好き、だよ。……初めて見たその時からっ、好き……だったの……!」
ダグニーの姿が、闇に消えていく。
入れ替わる様に、闇からアスタロトが現れる。
「ね、ゼオン?分かったかなー。こういう事だよ」
「……お前」
「くすくす。真面目な子は面倒だねぇ?どの子もさ。で・も。あの子を惑わせたのはキミだよ」
「お前……っ!!」
「ヒトは面倒で哀しくて儚くて美しいね!あの子もゼオンや友への愛故に苦しんでいたって事さ!」
「黙れよ……!」
「だけど酷いよね〜。必死に頑張って頑張って頑張って逢えた人は我関せず、なんて」
「っ……!」
「それこそが罪だよ。毒で蝕んでおいて……あとはし〜らないって?そんなのはダメダメだよ」
いつの間にか、周りの風景は元に戻っている。
現実空間に帰ってきたらしい。
ダグニーは……呻きを上げて苦しんでいる様子だ。
…………くそっ……!!
「結果的にかもだけど?でもどっちつかずの無関心は……罪だ!ならキミは甘んじて罰を受けるべきじゃないのかなぁ」
もう、怒りでまともな考えが浮かばない。
身体は勝手に震えている。
「…………確かに、そうなのかも知れない。というか……その通りだ。俺は最低な事をしている」
「でっしょー?だからまずは選んでよ。天秤の上、どちらかをさ。その為の試練も用意したんだから……」
「ただ、先ずは――」
腹の底から黒い何かがこみ上げる。
アリスを失いかけたあの時の様に。
「んー??」
「――――お前を潰してやるよ」
身体の奥底で黒い何かが爆発し、意識と視界を埋めていく。
全てが――
――黒に染まる。
「くすくす…………あっは!それ!それだよゼオン!それが見たかったの!」
…………。
「ねっ!もっと見せてよ!キミの力を私に見せて!!」
「いい加減にしろよ」
何が楽しいのか知らないが、はしゃぐアスタロトの頭を鷲掴みにする。
「人の気持ちを弄んで何が面白いんだ……てめぇ」
「えー?さいっこうに面白いじゃない!ぐちゃぐちゃの愛憎劇も、私に対するこの逆恨みもさぁ!ホント、ぞくぞくしちゃう……!!それに……1番見たかったものも、やっと見れたんだよ!?」
「…………あぁ、そうかよ」
もう……流石に理解した。
悪魔の考えてる事を考えるのが時間の無駄だ。
こいつをもう、女とすら考えるな。
問答無用。
――そういう事だろ。
俺の身体を包む、漆黒の魔力。
肌どころか、身に纏う【魔王の鎧】も見えない程に濃く、重い魔力。
魔力の仕業か、目線も少し高くなった様に思う。
何処から来てるのか、何故使えるのかも知らないが……
…………これなら……!!
これで命を消すつもりの勢いで。
あらん限りの力を以て、アスタロトを高く放り投げる。
「潰してやるぞ……!アスタロトッ!!」
「あはッ!さぁ、全力で!……おいでよゼオン!キミの奥に潜んでるのが誰なのかッ!私に見せて!」
言われなくとも……!
水色魔力を腹に溜める。
今の状態なら溜めも魔法陣の構築も必要無いのが感覚で分かる。
恐らくは、撃った反動すら無いだろう。
理屈は解らないが。言うなれば『血』が教えてくれているのかも知れない。
試しに左腕を振れば、眼前に魔法陣が現れる。
「<竜王之息>ッッ!!」
先刻撃ったモノよりも威力は数段上だろうブレス魔法がアスタロトへと奔る。
「これも素敵だけど……っ!」
ブレス魔法が放つ光に照らされながら、アスタロトが両腕を身体の中心線に合わせグルンと回す。
暗い……何処までも暗い穴?が出現した。
「見たいのはっ、これじゃなーい!」
音もなく。
その穴に、ブレス魔法が吸い込まれ……消滅した。
だけど。その程度は。
想定内なんだよ……!
「何処見てやがる」
強化した脚で宙を蹴れば、一息もつかずに後ろへと回り込める。
黒が漆黒になっている様に……
竜の水色魔力も、その濃度を増していた。
無防備に見える背中に、影魔法で作った爪を突き立てる。
「別に何処も見てないけどー?」
突き刺し、全力で五本の爪を開く。
「ならそのまま潰れろ」
殺ったか……?
目の前の影はバラバラに散っていく。
しかし散ったそれは、実際に影そのものだった。
「……ちっ」
「危ないあぶなーいっ!やだもぅ、結構ヒドいんだぁ」
一つも焦っていない顔で何を言ってるんだ、こいつ……
一足先に戻った顔に散った影が集まり、元通りアスタロトになる。
「その調子だよゼオン!キミの闇をもっと出してっ♪」
心の底から怖気がする。
「……一つだけ言っておくぞ」
「なぁに?」
「何も無くとも多分、俺はお前が嫌いだ」
「そうかぁ……でも私は気に入ってるよ!どっちかと言えば」
「迷惑だ」
「ざーんねんっ」
ドスンと置かれたのは、あの巨大な砂時計。
「もちろんこっちも継続だよー。ちょっと砂を抜いて20分くらいかな」
これも……
「関係ない!その前に……!」
重力魔法を発動し、三肢に纏う。
水色を黒で塗り潰す様に……色を重ね合わせる。
「闇魔法が効かないか……!?俺が試してやるよ!今度はお前が見せてみろ!!」
竜を維持しながら……っ!
闇を――
――支配しろ…………!!
「この敵に小手先の技は要らない……」
重ねた黒に、更なる水色を混ぜる。
「単純に……魔力の奔流で潰せ」
魔力融合は出来ない。
「受けてみやがれ、この魔力を……!」
……出来なくともっ!
「夜の蒼の如き我が魔力をッ!!」
「<深濃藍蓋>!!!!」
どこまでも。
限りなく黒に近い蒼の魔力。
深く澄んだこの魔力で行使したのは最上級……いや、それ以上の威力を持つだろう重力魔法。
アスタロトの頭上へ厚く、平坦に、円状へと広げた重力の蓋を左腕で一気に落とす。
「……くぅっ……!!?」
地上迄落ちたアスタロトの周囲に、まるで曼荼羅模様にも見える、複雑に絡み合った黒い魔法障壁が現れる。
……なんだ、アレは!?
見たことも無い魔法障壁。
これが悪魔の……!
「くっ……ふふ……!……すごーい!凄いよゼオン!予想以上だよコレ!!」
……耐えたか!?
重力の蓋とアスタロトの魔法障壁がせめぎ合い、キィー……ンと高音を立てている。
「でもダメ!!」
一歩、二歩。
超重力の下、悪魔が体勢を立て直す。
「こんなんじゃあ……私は潰れない…………!!」
「……お前は自分を甘くないと言ったな」
「うん!悪魔だからね……!」
「奇遇だな。俺も敵には甘くない」
宙を左腕で叩き、滑るように……
アスタロトの頭上、蓋の上へと移動する。
「……えっ」
「これで三倍だ」
「――あっ!?ちょ、ちょっと待って、ね?」
三肢、残る両足の魔力を同時に解放する。
「潰れろ……!!!」
パキン、という何かが割れるような音がした後。
ズウゥゥゥゥ…………ン……と、重力の蓋が閉められる。
なんとかなった……のか……?
だがどちらにしろ、まだ何も終わってなどいない……!
「時間が無い……!次は……お前か?フルーレティ」
砂時計の砂は尚も流れ落ちる。
ササラ……!
未だ四肢を影魔法で抑えているダグニーの隣に佇むフルーレティが答える。
「私は此処では戦いません。主の許しがあれば別ですが」
「なら、邪魔はするなよ……!……ぐっ……」
全身が痛む。
骨に響く鈍い痛みと、肉を切り裂く様な鋭い痛み。
自身の魔力でこんな……っ
「……?何か……思い違いをしているようですが」
な……に?
「貴方が考えた通り。まだ何も終わってなどいませんよ」
都合により前後に分かれます。
魔モノ達の塒(後編・後)へ続きます




