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GHOST  作者: 十月 十陽
開式(調整中)
7/25

開式(6)



 カフェで港の事件の話をする探偵は、パフェを幸せそうに眺めていた。

「見て。全部、私のだよ」

 この時期限定のスペシャルメニュー、とびきりシークレットパフェ。木乃香さんの趣味で作られる息抜きメニューだった。今回は見たこともないフルーツが盛り付けられている。その中にはフルーツか疑うようなものさえあった。

「これは傑作だ」

 探偵はパフェに夢中になっている。

「港の話をするんじゃなかった?」

「するよ。でも今は、目の前の幸せから目をそらしたくない」

 どこから食べようか悩んでいるらしい。

「今日会った警察が言ってたとおり、あれは集団自殺じゃなく、殺人として捜査してる。なら、その犯人が誰なのか。調べるにしても私じゃ情報を手に入れられない」ちらりと視線が合う。「あげないよ?」

 そう言って、探偵はパフェを頬張った。

 一口で一日の疲れを忘れさせてくれるような、あまり表情には出ていないけれど、探偵の持ったスプーンは止まらない。

「幸せそうだね」

「甘いものは私の血液と言ってもいいからね」話をもどそう。「港の倉庫で起こった集団自殺……あれはHERAの事件と同じように首を吊って死んでいた。たったそれだけの理由であれを殺人事件として扱うのはムリがある」

「どうして?」

「ニュースでも取り上げられた───執行室にあるような機械───それを二十人分も用意するのは相当な手間だし、怪しまれないことが異常だと思う」

 探偵の言う通り、二十もの処刑台を用意すると考えれば、一か月そこらで終わるような工事じゃない。

「長期間に渡って準備されてきたことだった……」なんだろう、変な感じだ。「それってやっぱり自殺なんじゃ」

「その可能性が一番あったって話。……これまではね」

「どういう意味?」

「キミの顔見知りの警官はあの事件から外されてる。多分、首吊り死体を見ただけでHERA絡みの事件として大騒ぎしたんじゃない?」

「……───それだけで」めんどくさいな。「でも、それだけじゃ集団自殺のままだ。ニュースと何も変わらない」

「問題は真壁刑事の部下だった人だよ。彼は港の事件とあの村で死体が見つかったことを教えてくれた。それが殺人であることもね」

「そういえばそんなことを言ってたような」殴られ、蹴られ。痛みで話を聞く余裕はなかった。

「人の話に集中するとたまーに面白いことが聞けるんだよ」

 その人の欠片も手に入るしね、と続けた。

 パフェに盛り付けられたフルーツを味わうのと同じくらい、探偵にとって欠片という表現は大切なものらしい。

「大切だよ。喜葉くんには面白みのない話だろうけど」小さな笑みを作る。嫌味は感じられない。

「欠片は手に入ったの?」

 事件についての質問だった。

「実は、今日あの倉庫に行ったのはちゃんと理由がある」

 日記に書かれた殺人を調べるためだ、とずっと思っていたがどうやら違うらしい。

「私たち以外にあの場所に来た人間がいないか、知りたかったんだよ」

「どういう意味?」

「日記を書いた河原田直嗣は、四番目。だから、それ以降に日記を手にとった人たちならもしかすると、完全犯罪に興味があるんじゃないかと思ったんだ」

「結果はどうだったの」

 探偵はなーんにも、と答えるだけで手に入ったものはないらしい。

「あとは赤羽という名前についてだけど……」

「一番最初に日記を書いていた人だね」

 探偵はうなづいた。

「だけど……人違いっていう可能性もあると思う。名字が同じって自分の知らないところに結構いるものだから」

 確かに名字が同じというだけで人殺しと決めつけるのは理不尽といえる。

 しかし、最初の筆記者───赤羽幸四郎が警察にいるなら別の方向から調べることも出来そうな気もしてくる。

「森さんに話を聞ければ何か分からるかもしれないけど……」

「……───」

「嫌そうな顔してる」

 探偵に指摘され、そうかもしれない、と思った。

「森さんに会うってなったら、あの真壁警部もくっついてくるかもしれない。だから、この話はどこまでいっても仮説のまま。赤羽幸四郎がどこにいるかなんて今は気にすることじゃないよ」

 話は打ち切られて、次は倉庫近くで起こった殺人について探偵は語った。

 探偵曰く、近くの家で起こった殺人も日記と関係があるかもしれない、根拠があるらしい。

「ねえ、喜葉くん。この日記には河原田直嗣がどうやって完全犯罪をしたか、事細かに書いてある。つまり───」

「模倣犯ってこと? じゃあ、日記を読んだ人が犯人……」

「多分ね……バレない殺し方ならなんでも良かったのかもしれないけど。ただ殺すだけなら、首吊り死体じゃなくてもいいわけだし」

 仮に首吊り死体を残したとなれば、あの近くで人を殺したのは間違いなく日記を読んだ人間ということだ。

 日記を見つめる。

「私の妄想だからあんまり気にしないでよ。三年前もそうだったでしょ?」

「そうだね」

 HERAの事件が始まったのは中学二年の頃だった。謎の殺人犯としてテレビでも大々的に取り上げられた。犯行現場には必ず首吊り死体があり───刺殺、絞殺、毒殺───ひとつの殺し方にこだわらず、いろんな殺し方を試しているような感じだった。

 HERAによる殺人は首吊り死体以外の共通点は見つかっていない。

 唯一、証拠として挙げられたのがHERAを映していた監視カメラ───。

「そのカメラにはキミが映っていた。警察はHERAの犯人はキミだとテレビ局に情報を流した。何の根拠もなしに、ただ嘘を積み立てて。キミは凶悪犯になった。まあ、最低なことだけど、そのおかげで『主人』はキミを見つけることができた」

 素直に喜んでいいのか疑問だった。

「阿佐間弁護士には感謝しかない。彼のおかげでキミの冤罪は晴れたわけだから」

「なんか、うまく思い出せないや」

 確かにそんなこともあった。だけど、その時はどこで何をしていたんだっけ? 思い出そうとするとひどく頭が痛むんだ。

「思い出さなくてもいいんじゃない? 辛いことなんだし」探偵はいった。「それにしても今日のパフェは美味しい」

 探偵がパフェを食べ終わり、さらにケーキ三つをたいらげてを、午後六時に解散した。

「あ、そうそう。今日から見の周りには気をつけた方がいいよ」



     △△△



 帰り道、一日中歩き回ったせいもあり、カフェ・ミルキーからアパートまで普通なら一時間半のところを二時間かけてのろのろと休み休み進んだ。

 アパートが見えてきたのは午後八時ぐらい。部屋の明かりが付いていた。

 緊張もせずドアを開ける。

「おかえり!」一瞬だけ驚いた顔をした木乃香さんが台所に立っていた。「オムライスできてるから一緒に食べよ」

「ありがとうございます、木乃香さん」

「すぐにサラダも作っちゃうから待っててね」

 ただいま、と呟いて部屋に入る。

 テーブルの上には二人分のオムライスが並べられていた。

「それにいても今日は遅かったね。何かあったの?」

「少し遠出をしてきました」

 流石に死体を探してきました、とは言えなかった。

「いやー、心配したんだよ。メッセージの返事もないし、電話しても出ないし。また面倒ごとに巻き込まれたんじゃないかってドキドキしちゃった」

 え? スマホを確認する。

「すみません、充電切れてました」

「謝らなくていいのに。ちゃんと帰ってきてくれたから木乃香さんは嬉しいです」サラダを持ってオムライスの横に並べる。「それじゃあ、いただきます」

 他愛もない話をした。田舎道を歩いた話をして、木乃香さんはここに来るまでに猫と一緒に歩いてきたらしい。写真も見せてくれた。困ったことはないかと聞かれたが、思いつくような事はなった。

「そう、なんだ……」

「木乃香さんは何かありましたか?」

「うーん……。私も仕事が忙しかったくらいかな。ありがたい話だけどね」疲れた笑みを浮かべる。

「お疲れさまでした」

 黙々、とオムライスを食べる。サラダを食べようとした時、オムライスを食べている木乃香さんが言った。

「ねえ、新太くん」

「はい」

 木乃香さんは言いにくそうに、

「怪しい女性を連れ込んだりしてない?」と。「誰かに脅されてたり、弱味を握られてるとか」

 サラダを食べる手が止まる。

 怪しい? 何のことを言っているのだろう。この部屋に住まわせてもらってから、木乃香さんと光希さん以外、誰もこの部屋には来ていない。

「もちろん、新太くんの趣味をとやかくいうわけじゃないよ……。そういう女性の人がタイプなのかもしれないし……ただ、出来ればその、何かあったら言うんだよ? あと、騙されないようにね」

「そういえば……」

「どうしたの!?」

 ポケットに入れたままにしていたレシートをテーブルに置く。

受け取った木乃香さんは不思議そうにその紙切れを眺めていた。

「あの子……、今日は随分と食べたね」

 内容を確認した木乃香さんのほっぺたが、少しだけ引きつったような気がした。確かにあのパフェを食べた後に、ケーキを三つも食べて帰ったのだからしょうがないといえば、しょうがない。

 加えて、その会計はすべて木乃香さんが支払うことになっている。

「味は? なにか言ってた?」

「……驚いてました。今日のパフェは美味しいって」


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