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GHOST  作者: 十月 十陽
開式(調整中)
22/25

開式(16)

 中央公園は昨日の騒ぎで図書館の周りは黄色いテープと警備の人でごった返していた。一時閉鎖となっていた。話を聞くかぎり、火事があったわけではなく、改造ねずみ花火がいくつも飛び回っていただけらしい。

 煙も大袈裟に演出されたもので、被害は出ていない。

 問題になったのは図書館が襲われたことよりも、行方不明になった子供のほうだった。両親は図書館で大きな音がした後、子供を置いて図書館のほうに行った。その間に子供はいなくなってしまった───広場の監視カメラにも子供の姿は映っていない。

 誘拐されてしまった、と妄想を膨らませるばかりで進展はないらしい。

 探偵が喜びそうな話題でもあるが、探偵の興味はやっぱり日記のほうにあるらしかった。

 広場の木陰で休んでいる探偵に声をかける。

「話があるんだけど」

 探偵は不思議そうに首を倒した。「なに?」

「氷室清司について。芯夜さんから教えてもらったんだ」

「弁護士の人だね。その人も氷室清司について調べてるんだ」探偵は少し驚いていた。「どんなことを教えてもらえたの?」

「港の集団自殺があった倉庫で氷室清司の指紋が見つかったらしい。警察は血眼になって彼を探してるって」

「……───」探偵はしばらく黙ったまま、眉ひとつ動かさなかった。「じゃあ、氷室清二はまだ捕まってないんだ……」

「それは分からない……。けど、分かってる範囲で教えてもらえた感じかな」

「話してみて」

 探偵に芯夜さんから教えられたことを、聞き漏らしがなければ、伝えることはすべて伝えられたと思う。

 聞き終わると探偵はゆっくり、丁寧な仕草で、口元を手で隠した。少し考える時間が必要らしい。

 その間、広場を眺める。

 今日も昨日と同じようにゴールデンレトリバーと主人が散歩している。主人と目が合う。遠目にしか分からなかったが、手を振って挨拶されたような気がした。

 それを見て、こちらも手を振り返す。

「倉庫のレバーに氷室の指紋があって。二十一の首吊り台があった。でも、氷室はレバーを引いても自分だけ生き残った」

「わざとそうしたんじゃないかって話だった」

「目の前で楽園に行く人たちを見たい……」うーん、と探偵は首を捻る。「氷室にとって楽園に行く方法は死ぬこと……。もしくは、他に別の───」

「そういえば暮屋玲子にも会ったよ」

 探偵はまた、驚いた顔をした。

「暮屋玲子に会ったの? 喜葉くんはヘンなとこで糸をたぐり寄せるね」

「会ったっていうか……。襲われた、かな」

「理由はなんとなく想像できるけど」探偵は日記のことを思い浮かべているようだった。「その時に氷室清司の話は聞けた?」

「少しだけ。弱い人だとか、自分に自信がない人って言ってた。楽園に行くのは諦めてないみたいだったけど」

 彼女の話だと氷室は誰かになりたいという感じではなく、誰かを目指しているような。

「暮屋玲子から聞いた話と私たちの印象とはかなり違ってるんだね」

「そう思う。玲子さんから聞いた氷室は、猟奇的っていうより、楽園に行きたいとか誰かになりたいみたいな感じだった」

「その方法が不幸を呼び込んでしまうなら、結果は変わらないよ」

「あと氷室に人を殺すのを手伝ってもらったとも言ってた」

 探偵は黙ったまま考えているのだろう。おそらく日記のことを思い出している。暮屋玲子の日記には人を殺したことは書いてあっても、どうやって殺したか、誰と殺したかまでは書いてなかった。

「それはちょっとヘンだね」探偵が言った。「暮屋玲子の日記を読んだ感じ、ストレスで人を殺したり、感情に任せて殺すことはあっても、誰かと一緒になって人を殺すとは思えない。……その辺はなにか言ってた?」

 探偵が肩に寄りかかってくる。

「玲子さんと話した感じ、誰かを殺せるような人でもないと思う。よっぽどの事がない限り、彼女は人を殺さないんじゃないかな。日記に書いていることも本心かどうか」

「ちょっと待って、玲子さん?」

 なにかヘンな言い方をしただろうか。

「いや、ずいぶん親しい感じだなと思って」

「下の名前で呼んでもいいって言われたから」

「一晩でそんなに仲良くなれたんだね」

 探偵の顔を見る。分かりにくいが、少し頬をふくらませて怒っているのかもしれない。確かに玲子さんとは共通の話題があった。氷室のこと、日記のこと。しかし、そのほとんどが殺人の話しであり、親しくなれるような会話はなかったように思う。

「そういえば、さっきも知らない女の人に手を振ってたね」

「ああ」おそらく彼女のことだろう。今日もテルくんと一緒に散歩していた。「昨日、偶然話をする機会があったんだ。優しそうな、いい人だったよ」

「しばらく会わないうちに女たらしになったね」

「……」

 言われてみれば確かに、玲子さんもテルくんの飼い主もキレイな人だった。

 けれど、もっと違うような感じもする。

「まだ何か隠してることがあるの?」

「隠してること……」少し考えて。「昨日は、廃墟街に行ったんだ。山石啓介の日記を読んだから」

 予想外の返答に探偵は目をぱちくりとさせる。

「一人であの場所に行ったの?」

「そうだけど」

「今度は二人で行こうね」

 探偵は呆れてため息をついた。

「山石啓介の日記には廃墟街とは書かれていたけど、殺人のことに関しては書かれてなかった……。何か……気づいたことはある?」

「いいや。何もなかったよ。ただ、懐かしい気持ちになったかな」

 今日も空が青い。気持ちよく空気が吸える。

 昨日のことは本当にたくさんのことがあったように思う。図書館での出来事もあるし、行方不明になった子供のこと。

 公園のほうを見ると、もうどこにもテルくんの姿は見あたらない。昨日と同じで裏口から出ていったのだろう。

「さっきから誰を探してるの?」

「え?」

 探偵から疑いの視線を向けられ、耳元に息がかかる。

「テルくんを探してただけだよ」

「テルくん?」

 テルくんがゴールデンレトリバーであること、そのご主人様のことを探偵に教える。

「昨日……知り合ったんだ」

「HERAについては何か聞けた?」

 探偵からテルくんの飼い主について質問される。

「日記については話さなかったよ。彼女が迷子になった子供を公園の預り所に連れて行ったんだ。戻ってくるまでテルくんと一緒にいた」

「テルくん? あの大きいワンちゃんの名前?」

「そう。それから少し話をしたくらいかな」

「じゃあ、その人は日記とは関係がないってことになるね」探偵は口元を手で押さえる。「暮屋玲子と同じで、日記のことを知っていたから話かけてきたのかもと思ったんだけど」

「じゃあ、あの人が久世蓮実だった可能性もあるってこと」

「もしくは、西結奈かもしれない」

 宮結奈は山石啓介のまえに日記を書いていた人の名前だ。

 日記の内容についてはあまり印象に残っていない。

「誰かを殺した話を喜葉くんにしなかった。……子供を預り所まで」

 そこでまで聞くと子供がいなくなったことを思い出す。

 彼女に連れられて行った子供は預り所にはおらず、彼女と別れたあと、子供の両親にどこに行ったか聞かれた。

「何も知らないって答えたんだ」

 言葉は帰ってここない。探偵のほうを見ると、いつもよりも深く思考に没頭しているようだった。今、どんな話をしても無駄だろう。

 もしかするとこのまま、日記のことを忘れて子供の行方不明事件を解決しようと動き出すのかもしれない。

 探偵の次の言葉を待つ。沈黙を破るようにして───

「またね」探偵は言った。「テルくんの飼い主は喜葉くんにそう言って公園の裏口から出た。それは間違いない?」

 頷き返す。「今日も裏口から帰ったんじゃないかな」

 探偵は広場のほうを見る。

「いなくなってるね」

「ここに来ればまた会えると思うけど」

「……どうだろう。もっと違う形で会うことになると思う」探偵はいう。「子供のことは警察に任せるとして、私たちは日記のことだよ。暮屋玲子とはほかにどんな話をしたのか、教えて」

 二日前のことだ、上手く思い出せる自信はなかった。

「きっかけを貰った、とは言ってた」

「どんなきっかけ?」

 どんな、と聞かれても説明するのは難しい。玲子さんはその時のことを光が見えたとだけ言っていた。殺人を考えるきっかけ、とも。

 邪魔をされないよう、安全に殺すために。

「そうなんだ」……。「今日の予定に変更はなさそうだね」

「予定? なにかあったかな」

「千堂王壱の家に行くんだよ。この日記のこと、神社の首吊り死体を終わらせに行く」

 探偵はもうとっくに正解に辿り着いているらしい。

 これでHERAについて知る事は出来なくなる。

「犯人が分かったなら教えてほしい」

「……喜葉くん」

探偵は言い淀む。どこか諦めているような表情だった。

「諦めたわけじゃないよ。ただ、どうしても分からないことがあるだけ」それに。「私はこの事件の犯人がわかった訳じゃない。これ以上、進展がないと思った。だから、答え合わせに行くの」

 答えが分からない。今日まで探偵からそんな言葉を聞いたことがなかった。これまでも僅かなヒントを見つけながら、必ず犯人を見つけてきたのだ。

 しかし、これ以上の進展がないというのは───。

「今回の事件は解決できない。それだけ」

「それを伝えに行くってこと」

「あと、今わかっていることを話そうと思ってる。あとは、あの人次第かな」

 ゆっくりとした動作で立ち上がると、探偵は図書館のほうに向かって歩き出す。

 見失わないように、その背中を追いかける。

 入り口のところまで来て、探偵が振り返った。

「あ、肝心なこと忘れてた」何かあっただろうか。「暮屋玲子からどうやって聞き出したの? 襲われたんだよね?」

「芯夜さんに助けてもらったんだ」

「偶然?」

「偶然だと思う」どうしてそんな事を聞くのだろう。「それから玲子さんをアパートに連れて行って話したんだ」

「喜葉くんの部屋で?」

「そうだけど」

 感情の読み取れない探偵から蔑むような目で見つめられる。

「へぇ、ふーん……。そう」

「どうしたの?」

「別に」探偵は続けた。「私って喜葉くんの部屋に行ったことないよね」

 言われてみれば、探偵が部屋に来たことは一度もない。

「でも、光希さんは来たことある」

「お姉ちゃんじゃなくて、私の話をしてる」探偵が詰め寄ってきた。「今度、遊びに行くから。……部屋、キレイにしといて」


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