8 夜中の襲撃
手術するという事は決定しており、サマンサは元々はサミュアが使っていたのだという部屋を用意され、もう何年ぶりになるかも覚えていない、柔らかな寝具に横になっていた。
「……」
まさかこんな事になるとは思ってもいなかった。サミュアの両親が、自分の事を少しでも気遣ってくれたという事実が、親からも冷たく扱われていたサマンサにとっては、不思議としか言いようのない気分にさせたのだ。
父は自分に興味が無かった。それははっきりと言えるだろう。
父は美しいエリーゼに夢中になっていたし、彼女を溺愛する事にひたすら傾倒していた。
それは間違いなく、よくない態度だと言えただろう。
母や姉が、エリーゼに怒りを覚えて、ひどい扱いをしたのも、心境的には仕方の無い事だったかもしれない。
だが、だからといって、思った事を実行に移してはいけなかったのだ。
心の中で何を考えていても自由だと言われるが、実行してしまったらもう、言い逃れが出来なくなる。
母も姉も、その怒りを表に出しすぎた結果として、鉱山で死ぬ運命になったのだから。
「……」
サマンサは寝返りを打った。どうにも眠れる気がしない。
馬車の中で眠りすぎたのだろうか。
それとも、数年ぶりに違いない、柔らかな寝床に、体が上手く眠れなくなっているのだろうか。
……そういえば、今は一体何年になるのだろう。
サマンサは、鉱山の中はほぼ時が止まった様に、時間の経過がまるでわからなかった事を思い出した。暦などは鉱山の中には存在せず、ただ同じ労働を繰り返し、繰り返し、変化のない世界だったのだ。
そこで、自分が一体何年の間、頭が働かないまま、体だけ動いていたのか、サマンサには全くわからなかった。
だがサミュアは同じような年齢に見えたから、きっと似たような年齢なのだろうし、年が違いすぎていたら、入れ替わると言う提案もなかっただろう。
とりあえず、まだ若い女と言える見た目の年齢なのだろう、とサマンサは寝返りを打った。
やはり眠れない。
……サマンサは天井を見上げた。サミュアの部屋は、サミュアが愛されていた事や、大事にされていた事を裏付けるように、丁寧な作りの物にあふれていた。
値段としては、貴族のような高級な物ではないだろう。
だが、それなりの値段でも、丁寧に作られている調度品はそれなりにあるのだ。
サミュアは物を大事にする性格だったのだろう。
時間の経過が、より味になる調度品達が、静かにそこに存在していた。
「……サミーはきっと帰りたかったのに」
帰れなかった。帰してあげたかった。それは間違いなかったのだ。
だが。
「サミーは……帰れなかった」
それがひどく悲しくて、サマンサは少し涙が出てきてしまった。
そう、サミーは気の強い子だったが、優しさのある子で、とてもいい子に違いなかったのだ。無実だと訴えられた時に、信じてあげられるくらいに、いい子だったのだ。
「帰りたかったでしょう、サミー」
サマンサは目を閉じようとして……外の音が、奇妙な興奮を訴えてきている事に気がついた。
「……?」
サマンサは身を起こした。そして、窓の外を、そっとカーテンの隙間から眺めた。
そして、目を疑ったのだ。
サミュアの家は、木造である。それはこのあたりでは珍しくもない作りで、ありふれた物とっていい建物だった。
その入り口に、診療所の看板が掛かっている事で、そこが医者のいる家だとわかるそれだった。
その家の前に、複数の人間が集まっている。
そして……家の外の壁際に、何かを浴びせて、何かを積んでいる。
「……」
家に何かしようとしているのだ。サマンサはそれくらいはすぐに想像がついたので、慎重に窓を少しだけ開けた。
そうすると、鼻についたのは、すぐに燃え上がる、揮発性の高い燃料のつんと鼻を刺す臭いだった。
それは、地域によっては高価な燃料だったが、取り扱いが難しいために、流通しない燃料だった。
ただそれの爆発的な燃え上がり方から、それを有効活用する地域では、とても有益に使われている燃料だったのだ。
それを、木造の家にぶちまけている。
ここから導き出される、悪い考えがあり、サマンサは慎重に慎重に、音を立てて外に気付かれないようにして、急いでサミュアの両親の部屋に駆け込んだ。
「ドナートさん、ミシュアさん。起きてください、起きて!!」
サマンサは小さな声で、しかしかなり強く二人を揺さぶり、彼等を起こした。
こんな夜更けに起こされるのは、急患が出た時なのだろう。
二人は目をこすり、起き上がり、しかし慣れた様に白衣を着ようとした。
そういう急ぎではない。
サマンサは彼等に言った。
「今すぐに、貴重品をまとめて、慎重に、外に逃げてください!!」
小声で叫ぶという事をしたサマンサは、手短に今見た光景を説明した。
二人は家に燃料をまかれて、家を焼かれるかも知れないという話を半信半疑で聞いていた物の、どんっ、という爆発音が部屋の外の、割合近い場所から聞こえた事で、信じざるを得なくなったのだ。
「あなた!」
「ああ!!」
爆発音は立て続けに響いていて、サミュアの両親、ドナートとミシュアは大急ぎで貴重品を手持ちの鞄に詰めると、サマンサの方を見てこう言った。
「こっちが裏口なんだ、ついてきてくれ!」
「はい!」
家はあっと言う間に火が広がって、ごうごうと燃えており、その状態のために、近隣の家からも人が集まってきている様子だった。
そんな様子の時に、サマンサ達は急いで裏口に回り、家の外に逃げようとしたのだが。
「!! 裏口が開かない!!」
裏口に回ったドナートが、いくら押しても引いても、扉がびくともしない事に叫ぶ。
火はもうぎりぎりまで広がっており、早く家から出なければならない状態だ。
それだというのに、ドナートとミシュアが裏口の扉を開けようとしているのに、頑として扉が開く気配が無いのだ。
「くそ、外に何か積み上がっているか、塞がれている!!」
「一体誰が!」
ドナートが叫び、ミシュアが真っ青になっている。
サマンサはそこで、周囲を見回した。
それから、彼等に怒鳴ったのだ。
「こちらへ!! 急いで!!」
「君、裏口も塞がれていると言うことは、表の玄関は間違いなく塞がれているはずだ!」
「いいから早くしてください!! あなた方は、サミーの分まで生きなくちゃいけないんです!!」
サマンサは叱りつける勢いで怒鳴り、そして、手近な部屋の窓を睨み、その部屋に置かれていた、燃えている状態の椅子をひっつかむと、盛大に窓にたたきつけたのだ。
思い切りのいい音が鳴り響き、サマンサはそれを繰り返して、人が通れるだけの大きさの穴を開けた。
「早く外へ!!」
サマンサはそう言って二人をせかし、彼等が出てすぐに、自分も外に出ようとした。
だが。
「……え?」
外に出ようとしたその時、いきなり頭上から燃えた何かが降ってきて、サマンサの意識はまっ暗に染まったのだった。