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7 思わぬ提案

逆転ストーリー 7

「君は一体これからどうしたいと思っているんだい? 君はサミュアとしてあの鉱山から出てきたわけだけれど、行く当てはあるのかい」


しばらく胸の痛みや悲しみで動けなかった、サミュアの両親だったが、やっと言葉が出てくるようになったと思うと、サマンサにそう問いかけてきた。


「どうしたい、とは」


「君はサミュアとして鉱山から出てこれたわけだ。そうなると、君と入れ替わっているサミュアは、君として死んだ事にされたのだろう。……するともう、君は死んだ人間になってしまっている。書類上は」


サマンサはそこではっとした。サミュアに頼まれて、識別をする番号札を素早く交換した時には、もうそんな事実にも思い至らないほど、精神が摩耗していたのだろう。

サミュアとして鉱山から出て行くと言う事は、サマンサが死んだという事になるわけだったのだ。

いきなり、自分がもう書類上では死んでいると言う事実を指摘されて、サマンサはどうしよう、と動けなくなった。

これから自分は、どういう生き方をすればいいのだろうか。

サマンサとしての生き方しか知らない自分が、ほかの誰かになれるのだろうか。

言葉も出なくなったサマンサを見て、サミュアの両親が顔を見合わせた後に、静かにこう提案してきた。


「私達が言うのは十分におかしな話だとわかっているんだが……サミュアとして、これから生きてはくれないだろうか」


「!?」


思いもしない言葉だ。なんで彼等の愛している、大切な娘としてこれから生きて欲しいと言われなくてはならないのだろうか。

それが示す意味は一体何なのだろうか。

サマンサが混乱した状態で彼等を見ていると、父親の方が説明してくる。


「君を家の中に入れてしまった時点で、私達は君がサミュアとして入れ替わった事を黙認した事になるんだ」


「黙認って、話を聞きたいからと家に招いてくださったのでしょう」


「それも事実なんだが、君がサミュアではないと黙っている事は、善悪の問題を差し置いて罪とされるだろう。……だが、サミュアの最後のお願いを聞いて、サミュアの手紙を届けてくれて、あの子の最後の事を教えてくれた君を、警邏やそのほかの法的な機関に引っ張っていく事は、とても出来ない」


「……」


「君が、サミュアのお願いを聞いて、番号札を交換してくれた事は痛いほどわかる。だからこそ、私達は君にたいして残酷な事はしたくない。そして……君がサミュアだという事にしてしまえば、私達は君を警邏などに突き出さなくてすむし、かばえる。君も平和に生きていられる」


「お二人は、娘ではない人間を、娘と称する事に何か抵抗はないのですか」


大事な大事な愛する娘だったに違いないのだ。

だと言うのに、その娘が死んでしまったのに、その娘に成り代わって欲しいと言うなんて、正気の沙汰とは思えなかった。

だが、別の視点で物事を見ると、サミュアの両親も、自分も、それが一番平穏に暮らしていけると言う事はわかってしまった。

自分がサミュアだと言う事にしてしまえば、無罪が証明されて鉱山から出てきた娘と、医者の彼等は平穏に暮らすという結末に出来る。

彼等からすれば。娘のサミュアのお願いを聞いてくれた女の子を、過酷な鉱山に戻す事をしなくてよくなる。

自分の方は、サミュアに成り代わってしまえば、間違いだったのだと鉱山に連れ戻されなくてすみ、あの日の光の当たらない場所で、心も体もぼろぼろになって、何も感じなくなって、死ぬまで動き続ける事をしなくてすむ。

彼等の申し出は、サマンサにとってありがたかったのだが、彼等の娘の事を思うと、とてもじゃないが簡単に首を縦に振れなかったのだ。


「……きっと、サミュアはそれを願うだろうからね。君は、サミュアのわがままを聞いてくれたたった一人の人で、罪人が連れて行かれるあの場所で、サミュアの無罪を信じてくれたから、番号札を交換するなんていう危ない事を、してくれたんだろう。番号札を交換するのはある意味、危険すぎる賭だ。それが知られたら君は、多分殺されていただろうからな」


頷かないサマンサを見て、サミュアの父親はそういった。

サマンサもその可能性はわかっていた。

だが、サミュアが、心の強くて、罪人とはとても思えない女の子が、死に際に頼んできた事を、無理だとはどうしても言えなくなって、その願いを聞いたのだ。

入れ替わってほしいという、危険な頼みを。

サマンサはしばし黙った後に、口を開いた。


「それならば……サミーの思いを尊重して、私がこれからサミーとして生きます。……顔などは一体どうやってごまかすおつもりですか」


「私達は医者だからね、整形などだって行う事が出来る。それで、君の顔をサミュアとして作り替える。……抵抗があるかい? やはり無理だと言われても、おかしくない提案をしているとは思っているんだ」


「……いえ、お受けします。顔まで変わってしまったならば、私が私だと気付く人もいないでしょう。堂々と日の光の下で生活が出来ます」


「……ありがとう。手術が終わったら、君は鉱山での生活が過酷極まりなかった事で高熱を出して、記憶を失ったという事にしてしまおう。そうすれば、周りの人間達にごまかす事もたやすくなる」


「わかりました。記憶を失った事で、両親の事もわからず、他人の様に接してしまうと言う事に出来ますからね」


「君はサミュアになりきらなくていいんだ。記憶を失ってやり直し始めたサミュアが、性格が別人になっていたとしても、医者の診断書でどうとでも出来るからな」


父親は職権乱用のような事を言ったが、それは間違いなく、サマンサが助かる道の一つであるような気がしたのだった。


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