表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/48

5 予期せぬ出会い

馬車の中で、ずいぶんとぐっすり眠ってしまっていたようだった。

サマンサが目を覚ました時には、もうとっくに馬車は動き出しており、それどころか窓から見える景色は、鉱山の周辺から遠く離れたものだった。

あの鉱山の周囲は荒々しい岩山ばかりで、今サマンサが目にしているような、たくさんの緑の風景ではなかった。

鉱山に何ヶ月も、もしかしたら何年も閉じ込められて、そこで生き続けていた彼女でも、鉱山に連れて行かれた時の、外の光景をかすかに覚えていた。

その時は母と姉も同じ馬車に押し込められていて、二人は不運を嘆き、そして妻と妻の娘ではなくて、愛人の娘をとった夫であり父を呪っていた。

それを、サマンサはぼんやりとながらも覚えていた。

鉱山に入ってからの記憶は、彼女には過酷すぎたのか、思い出せる事が仕事内容以外ほとんど何もなかった。

鉱山の部屋で、誰と相部屋だったのかすら、サマンサの記憶からはすっぽ抜けていた。

それくらい、鉱山での生活は過酷極まりなかったのだ。


「……外です」


サマンサは窓の外を見つめて、小さな声で一人呟いた。

もうあの世界に戻らなくていい事は素晴らしくて、しかし、母と姉とともに出たかったという気持ちが、今更になってわいて出てきた。そういう他人の事を気にかける余裕が、やっと出てきたというまでの事だった。

今までは、自分の身を守り、生き続ける事で精一杯で、母や姉の事を思ったり悲しんだりする余裕が無かったのだ。

それは単なる真実で、サマンサが悪いと言う話ではない。

人間は、余裕がない時に誰かを気にかけると言う行動や思考を、とれない物なのだ。


「お母様も、お姉様も死んだ」


外を眺めながら、小さく小さく、サマンサは呟いた。


「私は、無実が証明された。……お父様が我に返ったのでしょうか」


サマンサだけが。無実だと証明されたのならば、それは父が介入しなければあり得ない。

何を思ってエリーゼが、サマンサまで断罪したのかわからない事も大きかった。

エリーゼは、サマンサに何度も何度も助けられていたはずで、サマンサの方に怒りや憎しみの矛先が向かわなかったら、もっとひどい扱いになっていて、死んでいた可能性すらあったのだ。

しかし現実として、エリーゼはサマンサも一緒くたにして王子様に罰してもらった。

それを撤回するとしたら、妻の娘がどっちも極悪人だというレッテルによって、自分の名誉に傷がつくはずの父以外にあり得ないだろうと、サマンサでも判断が出来たのだった。


「……この馬車は、私の故郷に送ってくださるという。それなら到着するのはルイン領のどこになるのでしょう」


ルイン領は小さな領地だ。男爵領の中でもなかなかの小ささであり、サマンサはそこで控えめな生活を送っていた。

王都の別邸で生活する際には、貴族の見栄と言うものが発生したので、本邸での暮らしより若干豪華だったわけだが。


「……考えていても仕方がありません。……目を閉じていたら、すぐに到着するのでしょうか」


サマンサはこれ以上推測する事すら疲れて、そっと目を閉じた。

安全な場所に帰れるのだから、早く帰って、母と姉の冥福を祈りたかった。謝りたかった。






「……君は」


「あなた方は……」


到着した町は、サマンサの知らない町だった。建築様式からして、ルイン領の様な小さく牧歌的な場所とは違っており、なかなか都会的な作りの建物がひしめき合う、ある種の秩序のある町だった。

そこで困惑しつつ、家族が待っているという家……こちらも驚いた事にサマンサの知っている自宅ではない……診療所に見える……の前に届けられたサマンサは、自分を送ってきた馬車が去って行き、角を曲がって見えなくなった事まで確認してから、息を大きく吸い込んで、ドアノブをたたいた。

すると、建物の中からばたばたとせわしない音が響いて、扉が大きく開き、涙で目を真っ赤にした男性と、それからすぐに続いた女性を前にする事になったのだ。

どちらも、サマンサの両親どころか、親戚ですらない。見覚えが全くないのだから。

サマンサの家は、一年に一度、一族で大集合するという慣例があった。

そのため、親戚縁者の顔は大体覚えいたサマンサでも、見覚えのない二人だった。


「……今日は、私たちの娘が帰ってくる日だったのだが」


男性はそう呟き、サマンサの鉱山で汚れに汚れた姿を見て、こう言った。


「今日は休診日にしたんだが、君はよほどひどい環境で過ごしていたようだね。お代は後払いで、見てあげよう。私たちのサミュアだって、きっとそういう両親でいて欲しいはずだからな」


「……さみゅあ?」


サマンサはその名前に聞き覚えがあって、その名前を繰り返した。


「さみゅあ……さみゅあ……サミー」


「!? 君はサミュアの愛称を知っているのかい?」


「……」


聞き覚えがあったから名前を繰り返し、その名前となんとなく紐付いている愛称を呼んだ途端に、医者らしい二人の目が見開かれた。


「詳しい話を聞かせてもらいたい。中に入ってくれないか」


「……はい」


サマンサはどうにかして、サミーの事を思い出したかったのだが、上手く頭が働かなくて、思い出す事が出来なかったのだった。





「君はサミュアを知っているのかい」


「……名前に聞き覚えがあります。……どこでだったのか……上手く思い出せないのですが」


「……君は口調がとても丁寧だね。その身なりでその口調はあまりにも落差が激しい……」


サマンサの口調が、ぼろぼろの見た目にそぐわない丁寧で落ち着いた物だからか、医者の二人はサマンサを診療所の椅子に座らせて、小さな卓に暖かい飴湯を入れてくれた。

サマンサはそれを口にして、サミュアという誰かの事を思い出そうとしたのだが、なかなか上手くいかなかった。

鉱山での生活は、サマンサを思った以上に蝕んでいたのだ。

サマンサはそこで、頭を下げた。


「申し訳ありません……」


「いいんだ。君の身なりから察するに、君の生活が過酷だった事はうかがえる」


「私たちのサミュアは、鉱山で無事だったかしら……」


鉱山、サミュア。無事。

サマンサはそこで、はっとした。

そして、勢いよく立ち上がり、大急ぎでぼろぼろの靴を脱いだ。

そして、その靴の中に隠していた紙を、彼等に差し出した。


「思い出しました。私は、サミーから手紙を預かっていたんです」


「!?」


これにサミュアの両親の顔色が変わる。

そしてサマンサから手紙を受け取ると、二人で広げて、それを読んだ。

上から下まで読んだ後に……彼等は顔を覆った。


「何てことだ……もうサミュアは……生きて……」


「手紙をたくすので限界だったなんて……ああ神様……どうして……」


「いや、待ってくれ。……お嬢さん、サミュアからどうしてこの手紙を受け取れたんだ?」


「……実は」


サマンサはそこで、そのサミュアからの手紙を受け取った経緯を、彼等に話し出したのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ