4 昔話(2)
「お姉様、エリーゼさんのお母様の形見を、きれいだからととるのはおかしいですよ」
「これだって、お父様から本来、お母様へ送られるべき贈り物の予算だったに違いないのよ! こんな物を、愛人の娘が持っているなんて許されないわ!」
「エリーゼさんにとっては、それはお父様からの贈り物ではなくて、大切なお母様が大事にしていた物です。お姉様、冷静になってください。人の大事にしている形見の宝石を奪うなんて、お姉様らしくありません」
「あの女が、きれいな物を持っているのが憎たらしいのよ!! お母様に贈られるべきだった物を、皆皆あの女の母が奪っていたんだから!」
「物には罪はありませんよ。物はお金を経由して、人から人へ流れていく物ですから。それに、エリーゼさんのお母様に贈られた物は、お母様には似合わないですよ」
「うるさい!!」
こんな言い争いは日常茶飯事で、この時、姉はサマンサの目の前で、エリーゼの母の形見のブローチを踏み潰し、サマンサはそれのかけらを拾い集めて、ハンカチで包んで、エリーゼに渡す以外に出来なかった。
ほかにも、サマンサは母に意見を述べた事がある。
「お母様、エリーゼさんの部屋は、とても人が生活する部屋ではありません。隙間風が吹いて、それなのに暖かい毛布は一枚もなくて、暖炉だってない。窓はがたがたと揺れて、そこから冷たい風が入ってきます。あれでは誰でも、体を壊してしまいます」
「サマンサ、あの女の味方をするの?」
「味方とか敵とか、そういった話ではありません。お母様、人道的にきちんとした所を、エリーゼさんに与えるべきだと意見しているのです」
「あの女なんて、凍えて死んでしまえばいいのよ」
「お母様、気持ちが高ぶって、思ってもみない事をおっしゃっているだけです。優しいお母様が、女の子を凍え死なせると言うなんて、疲れていらっしゃるのですよ」
「……じゃあ、お前があの女の代わりになる?」
「代わりとは?」
「お前がそんなに文句があるなら、お前の部屋をあの女に与えればいいじゃないの。お前はそれの方がいいんでしょう?」
「お母様、そういう話をしているのではありません。だってこのお屋敷には、もっとまともに生活できる部屋がいくつも空いているのに、エリーゼさんをあんな場所に押し込めるのが普通ではないと言っているんです」
「……お父様に相談なさったら?」
母はサマンサが、まともな神経で意見を言うたびに、サマンサを疎んじるようになり、自分と同じようにエリーゼを憎む姉とともに、怒りの矛先や憎しみの矛先を、エリーゼを庇うサマンサに向けるようになっていった。
父はエリーゼの待遇に関して、度々母と対立していたが、エリーゼの待遇がよくなる代わりに、サマンサの待遇が悪くなる事に関しては、何も言う気配がなかった。
その結果、サマンサはエリーゼの代わりに、まともではないぼろぼろの物置を使う事になり、今までサマンサが使っていた、お嬢様の部屋はエリーゼに与えられた。
日常的に異物が混入していた食事は、サマンサが何度も何度も、エリーゼの分と自分の分を交換していたからか、エリーゼの方には遺物が入らなくなり、サマンサの方にそういった食べられないものが混ざるようになった。
サマンサは、こんな事をされても、母や姉を憎めなかった。エリーゼだって憎めなかった。
母や姉は、父に裏切られて悲しくて、ちょっと物の分別がつかなくなっている状態で、落ち着けばきっと普通に戻ってくれる。
エリーゼさんは、本人が悪いわけではなくて、母親が父の愛人という微妙な立場だっただけ。
そう思って、エリーゼの代わりに、劣悪になる自分の環境を耐えてきたのだ。
この耐えてきた事により、鉱山の中でのおいしくない食事を食べられるようになったし、冷たい鉱山の中の寝床で、眠れたわけである。
そういう状況で、サマンサとエリーゼはともに十五歳になり、貴族の娘が基本的に通う事になる、女学校に入学した。
その入学パーティで、サマンサはともかく、エリーゼは運命の出会いをしたのだ。
それが、このあたりの王国の中でも最も権力を持つ強国の王子、ジョゼフィン王子とその側近達との出会いだ。
美しくけなげで、可憐なエリーゼはジョゼフィン王子と運命的に出会い惹かれあい、仲睦まじくなった。ジョゼフィン王子に、決まった女性がいなかった事も大きかった。
そして、ジョゼフィン王子の寵愛を受ける結果、女学校でもエリーゼはちやほやと扱われるようになり、それなりに楽しい生活を送れただろう。
対してのサマンサは、エリーゼが幸せになる事が許せない姉が、暴走するのを止める毎日で、たびたび激情に駆られた姉の暴力を受ける結果となり、痣だらけの日々だった。
それでも、サマンサはエリーゼが王子様の国に嫁げば、姉からも母からも攻撃を受けなくなると思っていたので、数年の辛抱だと信じていたのだ。
相手と距離があけば、嫌がらせをする事も出来ないのだから、感覚的に少しは落ち着いて、関係がましになるだろうと。
だが、サマンサの願いは叶わなかった。
「愛するエリーゼをいたぶった罪は重い!! よってあなた達を鉱山送りにする!!」
姉のエリザベータが卒業する年、卒業パーティで、エリザベータも、見守っていた母も、そして単純に姉のお祝いをしていたサマンサも、騎士達に押さえつけられて、ジョゼフィン王子の宣言を聞く事になっていた。
「お前達は絶縁だ。そしてお前には愛想が尽きた、離縁する」
「あなた!! どうして!! その女がすべて悪いのに!!」
「最後まで、お前達にひどい事をしないでくれと頼んできたエリーゼとは、性根の違いが明らかだな。……お前とはもう夫婦ではいられない」
ジョゼフィン王子の宣言の後に、父は母に離縁を宣言し、二人の娘へも絶縁を宣言した。この事で、父はもう妻と娘とは一切関わりが無くなり、罪人の夫や父という肩書きはなくなった。
「どうして、どうして!!」
「お父様、そんな女の方が、長年一緒に助け合ってきたお母様より大事なの!!」
母は泣き叫び、姉は絶叫し、サマンサは頭が追いつかずに固まったままで、そうして三人は、あっという間に、過酷な労働を行う鉱山に放り込まれてしまったのだった。
鉱山に連れてこられた母と姉はどうなったのか。
答えは簡単で、母は元々体が強い方ではなかったので、愛する夫から突き放された事により、精神も危うくなり、舌を噛んで死んでしまった。
姉は鉱山でのろくでもない食事により、度々食中毒を起こし、衰弱して、最後には倒れて看病されることもなく放り捨てられて、死んでしまった。
皮肉な事に、母と姉の二人が行ったエリーゼいじめの肩代わりをしていたサマンサだけが、過酷な環境に耐え抜き、こうして生き続けていたのだった。