2.そこに至る経緯
ヘンリエッタの場合 2
事の発端は、王国に他国から遊学してきた王子一行がやってきた事による。
王子は聡明でハンサム、武勇にも優れ、心優しく、これぞ世界一の王子、と言われるような、誰からも憧れの対象として見られていた王子だった。
その王子が王宮を訪ねてきたため、父王が彼等一行を歓迎し、自分の娘の誰かと親密になるようにと、一人ずつ順番に、顔合わせをさせたのだ。
その際に、第一妃の娘、第二妃の娘……といった順で出会わせた後、王は掌中の珠、王国一の姫との呼び名の高い、自慢のヴィオレットと王子を会わせたのだ。
王子はそういった扱いに慣れており、王の姫と顔を合わせる事はたいした苦痛でも何でも無かった様だった。
姫達が、己の知識と洗練されたセンスを結集して、彼をもてなしていた事も大きな理由だろう。不愉快にさせるという事をしないように姫達は競ったのだ。
ヴィオレットと王子のお茶会もまた、ヴィオレットのセンスが試される物で、第三妃の派閥の総力を結集した物になるはずだった。
だが。
「これは……毒を持つ花じゃないか! どうしてこのような物を殿下の茶器に浮かべるのだ!!」
そのお茶会で、ヴィオレットが無知によりやらかしたのだ。
彼女は、
「だってきれいだしいい香りがするからお茶の上に浮かべたら、お茶の池にお花が浮かんでいるようでとっても素敵だわ」
という理由で、それに気づいて止める人間がいない時に、茶器にその花を浮かべてしまったのだ。
毒に気がついたのは王子の側近であり、王子の親友で腹心の部下とも言える人間だった。忠誠心も高く、王子のためならば毒味も辞さない青年だった。
その青年が、王子がお茶を飲む前に素早く気付き、お茶会どころではなくなる大騒ぎが起きた。
ヴィオレットは怒鳴られて泣き濡れておびえ、ヴィオレットのお茶会なので、今回ばかりは手出しをするなときつく、第三妃のマリーゴールドから言われていたヘンリエッタは、補佐も手助けもしようがなかった。
だが、王子を毒殺しようなどとは、と怒り狂った王子の父親の国王の怒りがむくと、戦争になって大変な事になるのは現実だったために、父王は一番愛するかわいい娘のヴィオレットを守るために
「このたびの事は、出しゃばりで無知なヴィオレットの側仕えの暴走による物で、ヴィオレットは優しかったからこそ側仕えのわがままを聞いていたのであり、直前まで毒の花を浮かべる事を知らなかった」
と王子の国に向けて弁明し、ならばその側仕えを処刑しろと言う事になった時に
「その側仕えの運命を天に任せる刑罰があります、それこそ人のほとんどいない島に流刑にする事でしょう」
「それならば、我が国に対する敵意がない証明になるだろう、即刻その側仕えを島流しにしろ!」
という外交官達のやりとりの結果、ヘンリエッタが何もよくわかってない状態だというのに、いきなり引きずられて、船に乗せられ、島流しという状態になったのだ。
船の上でそれらを聞かされたヘンリエッタは絶句して言葉も思い浮かばず、ただ黙ってしまっていた。
彼女を島に連れて行く兵士達は、麗しの優しいヴィオレットという評判を信じている様子だたので、骸骨のように痩せ細ったヘンリエッタに優しいわけなどなく
「お前も自分の出しゃばりで身を滅ぼすのだな」
とせせら笑ってきたのだった。
こうして、ヘンリエッタは人気のない島に一人取り残されて、生き残りの技術など何も持っていない状況のなか、生きていくほか無くなったのだった。
「……自害用の短剣はあるのね」
ヘンリエッタは、目の前に一軒だけ存在していた廃屋の中に入り、兵士達がよこしてきた荷物を確認した。
島流しになる人間には、飢え死にしろという意図があるにしろ無いにしろ、多少は生きていくために役立つ物を渡す事が慣例となっている。
だが、ヘンリエッタの渡された荷物の中にあったのは、自害用のこしらえの短剣一本のみで、これでどうしろというのだろう、と思わざるを得ない中身だった。
「……私に自害して欲しいのね。そうすれば簡単に終わるから」
生きる手助けになるものは一つも無く、ただ死ねと暗に語る自害用の短剣だけ。
その裏側の言葉に気付かないほど、ヘンリエッタは愚かでは無かった。
だが、その短剣を手に取っても、それを使用して一気に自分の命を終わらせたいとは、どうしても思えなかった。
ヘンリエッタは頑張って生きてきたのだ。何故とばっちりで、身代わりにさせられて、死まで命じられなければならないのだろう。
そう思うと、やってられなかった。
「死なないわ。……流刑の刑期は長くて十年。短くて三年。天に運命を委ねた結果だから、生き延びればまた、人の輪の中に戻る事も出来ないわけでは無い」
はたしてそれまで生きていられるかは別だが、確かにそれは法律で決まっている物だった。
それでも心が疲れてしまい、ヘンリエッタはほこりまみれの廃屋の中に座り込み、ただ目を閉じた。
何も、考えたくなかった。




