1.島流しのヘンリエッタ
多少改稿しました!
ここはあまりにも世間から遠ざかっている。ヘンリエッタがその場所を見てまず思ったのは、そんな事だった。
「この場所は墓場ね」
彼女の言葉を聞く人間は一人としていない。当たり前だった。
彼女をここに連れてきた人間達は、彼女が一人廃屋のような小屋に入ったのを見届けると、我先にとこの場所から去って行ったのだから。
「……お母様、私は何を間違えたのでしょう。ただ私は、生きている世界で精一杯の事をし続けたまでだったのに」
彼女の呟きを聞く人間は、ここに一人として存在しない。ただ、人間がこの場所にあまり来ない事の証明のように、足下にかもめが数羽いるばかりだった。
「どうして」
少女の心からの叫びを、しかし小さな声を聞くものはいない。
それがはっきりとわかった少女は、そこで座り込み、手に顔を埋めて、今までこらえ続けてきた涙を、ただ流し続けたのだった。
ヘンリエッタはとあるそれなりに栄えた王国の、第三妃の一人娘だった。この王国では、王族も貴族も、三人まで妻帯する事が許されており、それ故彼女の身分に、傷がある訳ではなかった。
四人目の相手になったら、妾という一段も二段も格下で、何の権限のない身分にされる事を踏まえれば、彼女の身分は十分に優遇された物と言って良かっただろう。
まして王様の妃の娘なのだから。
そんなヘンリエッタは、幼少期は何不自由のない生活を送る事が許されていた。
過去に思いをはせれば、その頃が一番幸せな自分でいられたような気がするほどに、ヘンリエッタは母親に愛されて、使用人達にも敬愛されて育っていた。
それが一変したのは、父王に新しい女性が出来て数年で、母が謎の感染症により亡くなった時だった。
父王は母である第三妃が死ぬやいなや、ろくに弔う事もせずに、愛人を第三妃として格上げし、ヘンリエッタを使用人の身分に落としたのだ。
世界が一変するというのはまさにこの事、たった八歳の少女が経験したのは、人生がひっくり返るような変化だった。
ヘンリエッタの母は政変によって滅び、名前の変わった王国の王女で、後ろ盾になる相手が軒並み死んでしまっていた事も、ヘンリエッタが粗雑に扱われるようになる原因だっただろう。
ヘンリエッタは使用人となってしばらくは、第一妃のところの、一つ年下の王女の遊び相手となっていた。
第一王妃は母の第三妃と仲が良かった事もあって、ヘンリエッタに対して粗雑な扱いも非道な扱いもしなかった。
それどころか、自分の娘のようにかわいがってくれたのだ。
まあ、自分の娘と異母姉との線引きはしっかりしていたが、かわいがってくれていたのは確かだった。
そのため、その間のヘンリエッタは、使用人になった事から派生する不自由はあったものの、まあまあ平和に生きられた。
しかし、そんなまだまともな生活も、父王の言葉によりまた変わったのだ。
ヘンリエッタと椅子を並べて学んでいた第一妃の娘が、異母姉がいる事で勉強も楽しいと父王に話した事がきっかけになってしまったのだ。
「ならば、マリーゴールドの娘である、ヴィオレットの側仕えになれ」
第一妃がどんなに言葉を尽くして、その意見を撤回させようとしても、その決定は変わらなかった。
元四番目の愛人マリーゴールドの娘の、ヴィオレットが、幼少期に愛人の娘と言う事で使用人や家庭教師から虐げられ、基礎教育がおぼつかなかった事が理由だった。
父王は妃に格上げしたマリーゴールドと、その娘のヴィオレットを溺愛していた。噂になるほどほかの妃をないがしろにして二人を溺愛していたからこそ、不憫な生まれになっていた、一番かわいい娘が賢くなるように、ヘンリエッタを使おうと考えたのだ。
その結果、ヘンリエッタはマリーゴールドの所で、第一妃のところとは全く異なる境遇で生きる事になったのであった。
ヴィオレットは、幼少期の事が尾を引いているのか、勉強に熱心ではなかった。
そして何かにつけて、具合が悪いといい、勉強をおろそかにしていた。
ヘンリエッタはそんな彼女のフォローに常に回る事になり、彼女の影にさせられた。
「かわいそうなヴィオレットのためになるのだ」
と父王が言った事も大きかった。確かにヴィオレットの幼少時代は、どう考えても悲惨な物だったのだから。
ヴィオレットは、生まれてすぐに自分の母とともに、王宮のぼろぼろの離宮に押し込められて、ろくな世話をされる事なく育っていた。
そこに忠実な使用人は一人もおらず、王宮からしぶしぶ通ってくる使用人達が、ぎりぎりの事をしていた程度で、ヴィオレットが熱を出しても、母のマリーゴールドが伏せっても、たいした看病をしてもらえていなかったのだ。
そしてこれを、使用人達は巧妙に隠しており、さらに父王が二人を王宮に呼ぶ時は、豪華に着飾らせていた事から、父王がその不遇な扱いを知る事が遅れた。
愛人という立場だった事も大きかっただろう。王の妃ではない愛人というのは、王宮の使用人よりも、格の低い身分だと言うのが一般的な認識だったのだ。
階級社会故の仕打ちだっただろう。
そんな過去を持ったヴィオレットは、母親が第三妃になった事により、正式に姫とされたわけで、ヘンリエッタが常に影で彼女の補佐をしていた事により、評判は徐々に上がっていった。
それゆえヴィオレットの評判は一年ほどで普通のものとなり、彼女の生来の美貌が合わさった事で、
「王国一の姫君」
と言う評判になるのに、それから時間は余りかからなかった。
ちなみに彼女が出来ない事、やりたくない事は皆ヘンリエッタが影で行う事とされ、まさに使用人である。
そしてヴィオレットの元での待遇は悪く、ヘンリエッタはヴィオレットの余り物の食事しか口にする事も出来ず、痩せ細るばかりだった。
そのため、骸骨のようだと揶揄される事もあったが、誰もマリーゴールドをたしなめる事や、ヴィオレットに忠告する事をしなかった。第三妃が亡くなったと思うやいなや、待ち構えていたように、マリーゴールドを妃にするという離れ業をするほど、愛人を溺愛している王の怒りが怖かったからである。
そんな生活をしばらく送り続けていたヘンリエッタであるが、ここからさらに過酷な運命が、彼女を待ち受けていたのだ。
彼女は、ヴィオレットの起こした事件の身代わりにされて、島流しになったのだから。




