28 終着
第一部これにて完結です。
逆転ストーリー 28
サミュアはこうして、宝石の国を出て行ったのだし、翼の国で、禁断症状による治療を受ける事になったサマンサも、宝石の国という自分の故郷に対して、未練などない様子だった。
これは後からわかった事であるのだが、サマンサの母親である豪商の娘は、鉱山に連れて行かれた後に、娘を溺愛していた両親が莫大な保釈金を支払った事で、早々に鉱山から出て行っていた。
「結局、私だけとばっちりを受けたのね。……お姉様も、お母様も平穏な人生をこれからは過ごせないでしょうけれど」
この事実を聞いたサマンサは、治療を受けている部屋の寝台で、さみしそうにそう呟いていた。
鉱山で過酷な労働をする事になったのは、とばっちりを受けただけのサマンサ一人で、姉も母も、親やそのほかの関係者達が助けていたのだ。
これを、サマンサがどう考えているのかは、サミュアにはわからない事だ。人の心などどう考えても完全に推し量る事など不可能だ。
そのためサマンサは
「もう、私に家族はいないと思って生きていくわ。大丈夫、鉱山で生き残れたんですもの、あれ以上の過酷な環境はどこにも無いわ」
と無理矢理でも明るく笑っていた。
「なら、うちの養女になればいいんだよ。サマンサちゃんが妹になれるか、父さんと母さんに相談してみる」
「サミーちゃん、そんな事しなくていいのよ」
「だって、サマンサちゃんがあたしがおかしくなった状態の事を知らせてくれる手紙を、書いてくれなかったら今頃、私も飴の効果が抜けないで、きっと大変な状態になっていたよ」
「それは私の渡した飴が、恐ろしい力を持っていたからで」
「あたしの方から言わせてもらえれば、サマンサちゃんは自分を殺す物を知らないうちに持たされて、食べさせられてたんだよ。サマンサちゃんだって立派に被害者。大体、飴にそんな効果があるなんて誰もあの場所で思いつくわけが無い」
「でも」
「ねえ、家族にさせてよ。あたし、妹が欲しかったんだから。それにうち、サマンサちゃん一人増えても、養えない経済状況じゃないよ。あたしだって働くんだから」
「それなら、私も体から飴の効果が抜けたら、働くわ」
「そうそう、その意気! そうやって前向いて生きていくって思えば、飴の効果が抜けるのも早いよ」
寝台の上にいるサマンサに、サミュアは笑顔で言い切った。
「そうだ、今、宝石の国にいるサマンサちゃんの家族がどうなっているのか、聞きたい? スピカ様が、あたしも関係者になっているから、って教えてくれたんだ。スピカ様って、結構親切だよね」
「それはあなただからの様な気がするわ」
「そうかなあ。で、聞く? 聞かない? ペーターはいったん、実家に話をつけに行くって地元に戻ったから、ペーターも色々聞いてくるだろうけど。王族からの情報って、より信憑性が高いよね」
「あなたが話したそうだから、聞く事にするわ」
「おう、そうでなくちゃ。まず、ルイン男爵は治療院に入院だって。なんかもう手遅れ一歩手前まで、飴を食べてたみたいで、これからの人生、貴族として普通に生活できる可能性はほとんど無いんだって。だから前のルイン男爵夫妻が、親戚の男子を養子にとって、後を継がせるんだってさ。
ルイン男爵夫人だったあなたのお母さんは、旦那が薬漬けになってた様なものだったって聞いて、それに気付かなかった事をすごく後悔してて、離婚したけど治療院に通い詰めてるんだってさ。夫人も検査を受けたらしいけど、夫人の方は夫の裏切りで精神の均衡が危うかったんだろうって話。サマンサちゃんに対して、ひどい事をしてたって我に返って、そっちでもめちゃくちゃ後悔してるけど、合わせる顔が無いって言ってるらしい。
エリザベータさん、あなたの義姉さんは、前ルイン男爵夫妻のところで、毎日泣きわめくくらい厳しいお姫様教育を受けてるって話。毎日毎日、かんしゃくを起こして、屋敷に叫び声が響いているとかいないとか。エリーゼさんの飴を服用しておかしいんじゃないかって話になって検査も受けたけど、結果は真っ白。前男爵夫妻が、あんまりにもあれだから、頭を抱えてるって。翼の国の王様と対面させられないだろうって事で、どうするかは宝石の国の人達の判断任せとか」
「……皆不幸せになったのね。……一人の女の子が現れた事で、色々な人の人生が狂ったわ」
「そうそう、エリーゼさんは、殺すのも本当の祖父だろう人間が危険人物過ぎるからって、ほぼ人質状態で、遠方に幽閉されるってさ。エリーゼさんの父親候補は、母親がたくさんの人と寝ていたから、わからないんだって。だから可能性がある人間の事を考えると、命を奪うって言う選択肢だけはとれないとか」
「……飴の力に頼らなくても、彼女は幸せな道を選べたはずだったのにね。……楽に好感度を上げようなんて思わなければ」
「ん? サマンサちゃん、後半何言った?」
「お母さんの秘伝の飴に依存して、自分の力で人に好かれようとしなかったのが、彼女の問題だったわね、って事を」
「本当にそうだよね。ちゃんと交流して、ジョゼフィン王子とかと恋愛したりしてれば、ここまで大きな問題にもならなかったし、ましな道だったろうよ」
「……王道ルートをRTA状態で走ろうとしなかったらね」
「おうどうるーと? ああ、いじめられたかわいい女の子が、王子様と運命の恋をして幸せになるって言う道の事?」
「そうとも言うわ。……ジョゼフィン王子はどうだったの?」
「こっちは王位継承権が無くなって廃嫡だったかな。あんまりにもエリーゼさんの操り人形状態だったって判明して、これでは王位を継がせられないって事になって、こっちも気の遠くなるような治療を受けるんだってさ。……こっちはサマンサちゃんより飴とか色々食べ過ぎてて、手遅れかもだって」
「……これだけの情報を集めてくるスピカ様って、すごいわ」
「スピカ様は、あれだってさ。鼻もきくし耳もいいし、野生の勘もいい感じだから部下に指示して色々、情報あつめやすいんだって。スピカ様に王位継承権が無いのは、母親の血筋が、常に王家を支える家だからだって、教わった」
「そうだ、あなたの事を勘違いしていたロイ様は?」
「あたしの扱いがとんでもなく悲惨になったって事を後から聞かされて、衝撃を受けて謝ってきたよ。それで、翼の国の王様に、あたしは何にも悪くないって事を説明して、王様説得したんだってさ。王様は、一番かわいいロイ様の言葉を聞いて、あたしや父さんや母さんが、翼の国に移住する許可をくれたよ」
「移住にも色々許可が必要だものね。許可の無い移住は、法的待遇がなさ過ぎて、過酷だとも聞くし」
「ね。……さて、サマンサちゃん、そろそろあたし、いったん戻るね。父さんと母さんが、王都で開業するから、新しい家を探してるんだ。あたしの妹になって、幸せ街道を走る覚悟が出来たら、教えてね。ばいばい!」
サミュアはそう言って、話しすぎて疲れの見えてきたサマンサを寝かせて、部屋を後にした。
「お嬢さん。本当に日中のほとんどを、サマンサ嬢の所に通い詰めているんだな」
「だって、日の当たる場所でたくさんの話がしたいんです」
「……そうか」
ここはスピカの邸宅なので、スピカがいる事は何もおかしい話ではない。
現れて話しかけてきたスピカに、サミュアは明るく答え、スピカは何か言いたげに口を開いてから、何か決めたようにこう言った。
「お嬢さん。偶然聞こえたんだが、働きたいと言っていたな」
「うん。労働の後のご飯はおいしいし、自分で稼いだお金で買う服は一番素敵に見えるんです!」
「……なら、俺肝いりの仕事を、いくつか紹介させてもらってもいいだろうか。父上のあれに対する罪滅ぼしになるかもしれない」
「スピカ様は助けてくれたのに! でも王子様のおすすめする仕事っていうのは気になりますね」
「……そうか、じゃあ……」
スピカがサミュアに仕事の事を話す。サミュアはそれを笑顔で聞いて、こう言った。
「いったん持ち帰って検討させていただきます!」
第一部 完




