23 状況証拠の果てに
「本当に一歩間違えば全員が死ぬ計画だったらしいな。だがそれが運良く成功した事で、こうしてお嬢さんもペトレリエ殿も生きている、と言うわけだ」
スピカがそう言った後に、サミュアの方を見て頭を下げた。基本的に王族というのは体面が重視されるので、私的な場所でも頭を下げる事をよしとされない身分だ。
だが彼は頭を下げた。どれだけ彼がサミュアにわびるつもりかが明らかな態度でもある。
頭を下げた程度、と思う人間も多いだろうが、王族はやすやすと頭を下げてはいけないと教育される生き物なので、これは平民に対しての態度ではなかった。
事実、それを見たサミュアは驚いたし、彼女の両親も、彼女の幼馴染みも目を剥いた。
「そんな、殿下は何も悪い事をなさっていないじゃありませんか」
そう引きつった声で言ったのはドナートである。社会的立場が医師という、平民としてはそれなりに高い人間は、王子の立場もわかっていたのだ。
それ故声は引きつったし、目を剥いているし、血の気が引きそうな程驚いている。
「スピカ様が、どうして頭を下げる事をするんです?」
サミュアもわからなかった。この状況にしてくれたのは、あの暗がりから外に出してくれたのは、間違いなくスピカの力だろう。
同じ王族のロイを騙したというレッテルを貼られて、自白を強要されていた人間を、こうしてまともな環境に連れ出す事は、ドナートもミシュアもペトレリエも不可能な事だったのだから。出来るのはスピカだけだ。
「俺がもっと早く、ペトレリエ殿と出会えれば、とっくにこちらに戻ってきていた。そうだったら、お嬢さんが何も悪い事をしていない事も、誰も騙していない事も、単なる巻き添えを食らっただけだと言う事も、すぐに証明できていた。お嬢さんがまた、あんなろくでもない扱いを受ける事も無かったんだ」
「スピカ様は、何も悪い行動などなさっていないじゃありませんか。スピカ様が、サミュアの言葉を信じてくれて、裏付けをとって、サミュアが翼の国の姫ではない、ありえないと証明するために、動いてくださったからこそ、今があるのではありませんか」
ペトレリエがそう言うが、スピカにはスピカなりに、思うところがあった様子だった。
「……皆、何故今頃になってお嬢さんが、ロイを騙したと言う話になったのかを、知るべきではないかと思うんだが、俺は説明をしてもいいだろうか、お嬢さん。まだ体が回復しきっていないから、起きるのが辛いというのなら、また日を改めて説明するが」
「いいえ、今お願いします。……ずっと気になってたんです。あたしはずっと、違うって言っていたのに、何で騙したとかいう変なレッテルを貼られたのかが」
「そうか。疲れて辛くなったら、すぐに言うんだぞ。何度もとばっちりを受けたお嬢さんは、俺預かりなら絶対に誰も手が出せないんだからな。時間をいくらでも作れる」
俺預かり、と言うのが少し気になったわけだが、ここにいるスピカ以外の全員が、サミュアがまた尋問を受ける羽目になったのかの、詳細を知らないので、彼の言葉を聞く事にしたのであった。
「最初の段階の問題だ。極秘に宝石の国に預けられた翼の国の姫の名前を、公式書類によればサマンサという。それはどこを調べても、秘匿情報を閲覧する許可を父上にいただき、確認しても、間違いのない事だ。このサマンサは、金髪に灰色の瞳の、種族的特徴のない耳で、尻尾も持たない少女だ。この少女が、育ての親の元で、義妹いじめを行って、あの過酷な環境の鉱山に入れられたという情報がこちらに回ってきてすぐに、ロイが確認に行った。宝石の国の人間達が、このサマンサ姫が病気などで、こちらに戻ってこられないという様になってからの話だ。
鉱山で、事実、ロイは記録通りの、おそらく金髪で、暗がり故に瞳の色の詳細はわからないが、貴族籍から除籍されて、鉱山に連れて行かれた少女と会っている。そして彼女が、サマンサと自分の名前を名乗った。ほかに、鉱山で働く該当する年齢の女性に、サマンサという名前はいない事になっていたからこそ、ロイはその少女がサマンサ姫だと判断した。
ほかの場所にも部下をやって、相当に調べていたらしいが、サマンサ姫に該当しそうな少女は、ルイン男爵家で育ったサマンサ嬢以外に、存在しないという結論に達したらしい。そのあたりは俺はロイではないからわからん。
まあ、調べに調べて、宝石の国の王位争いの政変の際のごたごたに巻き込まれ、サマンサ姫が、安全とされたルイン男爵家に預けられたという記録の方が、秘匿されていたがしっかり残っていたのも、ロイがその、鉱山に入れられたサマンサ嬢が、妹姫だと判断する理由だっただろう。
ロイは、この金髪のサマンサ嬢を鉱山から出すために、あれこれ手を尽くしていた中で、一度鉱山から離れている。
その間に、恩赦によりルイン家の女性が全員解放される事が決定し、実行され、それとほぼ同時期に、お嬢さんの無実が確定し、あの鉱山から解放される事になった」
「……ルイン男爵家に、サマンサ姫が預けられたのはどうしてなんでしょう。何故姫ともあろうお方が、鉱山行きになど……?」
ミシュアが理解しがたいという声で呟き、ペトレリエも頷いた。
サミュアは、サマンサからルイン男爵家の事を少し聞いていたので、うっすらとは知っていた。
その知っていた事を裏付けるように、スピカが言う。
「ルイン男爵家が、王家に絶対の忠義を誓っている家門だった事による。いかなる時も、王家の命令に従うというな。そして先代のルイン男爵が、先の王の親友であり、一度に限らず、先の王を毒殺から救っていると言う事も理由だ。先の王が、ルイン男爵家に厚い信頼を寄せるには十分な理由だったのだ。
それゆえ、信頼できる親友の家に、サマンサ姫は秘密裏に預けられ、ルイン男爵家の令嬢として育つ事になった。跡取りの令息にも、知らされることなく。つまり情報が漏れないようにと言う考えからだな。
そして、大国剣の国の王子が、ルイン家程度の家の令嬢を罰すると言った場合、宝石の国はそれを拒否できるほど力がない。拒否したならば、王子の怒りに触れて交易が停止しかねない。ゆえに表立っての話としては、サマンサ姫は鉱山に行ったという事にしなければならない。表としての話は、だがな。
話がそれたな。
お嬢さんが無罪となり、鉱山から出る時に、本来ならば鉱山のサマンサ嬢も解放されているはずだった。だが……その時にはもう、サマンサ嬢は亡くなっていた。
この事は、とっくに王家に報告されているはずの事だった。だがサマンサ嬢死亡の知らせを王家に届けに向かった、伝令の乗った早馬が、道中で盗賊に出会い、その知らせは王家に届く事がなかった。
そのため、サマンサ姫はまだ生きている、と宝石の国の王家は思っており……鉱山から解放し、性格を矯正して、姫を、翼の国の王と対面させる予定だったらしい。
これに慌てたのが、死亡の知らせがとっくに王家に届いている物だと思っていた鉱山の関係者だ。彼等がとっさに、サマンサと名乗る、姫に該当する年代の少女は、同室の亡くなった少女の事を、少女の両親に伝えるために、そちらに向かった……と嘘ではない報告した。
これでかなり情報が錯綜する事になり、ロイという翼の国の関係者に、姫死亡の話などとんでもなさすぎて出せない、と、ある程度の端的な事実だけが伝えられた。
つまり……サマンサと名乗る少女が、同室の亡くなった少女の家を尋ねるために、一度その少女の両親のいる町に、向かった、と。
……そうだろう、ペトレリエ殿」
「本当に、これだけ監視員仲間の先輩達の、口を割らせるのは大変でした。皆とんでもない事態になっているので、黙っていたんです。ただ、これらを断片的に色々聞き回って……統合して、こういう事実なのだろう、と言う推測にはなりますが、おそらく限りなく事実でしょう」
ペトレリエが頷き、スピカが同じように頷いて続けた。
「ロイはサマンサ少女を追いかけ、そして再会したと思った時……彼女の人相がわからないほどの火傷を負い、目印になる頭髪も全て焼け落ちた状態の、お嬢さんに出会い、状況証拠からお嬢さんが、サマンサ姫だと確定してしまったわけだな。あいつは頭が固くて、自分の直感も第六感も信じない、記録を優先する性格だったのも仇をなしたわけだ」
……髪の毛が生えるまで、ロイがサミュアをサマンサ姫だと言い続けていたのは、そういうわけだったのだ。
納得できるような、出来ないような物だったが、彼の手持ちの状況から、そう判断した事事態は、そこまでおかしくはないような気がした。
だが、こちらの話をしっかりと聞いて欲しかったのは、サミュアにとっての事実だった。
「そして髪の毛が茶色い事により、サマンサ姫ではないと断定できてしまい、ロイは父上に謝罪したわけだが……父上は、ロイを特にかわいがっているから、ロイを騙した女が諸悪の権化だと、自白させ、厳しく罰するように命じて、こんな面倒くさい状況になったというわけだ。だから俺は、色々な意味でお嬢さん達に、謝らなければ恥ずかしすぎて顔も合わせられないというわけなんだ」
スピカがそう締めくくり、長い長い、勘違いの理由の説明が終わったのだった。
だがそこで終わるかに思えたというのに、スピカはにやりと笑って、こう言った。
「さて、ここからが、俺がペトレリエ殿と、そして部下達とあの手この手で調べ回った、この前提を半分はひっくり返す真実になる」




