22 思い出されるもの
目が覚めた時に、自分の周りにいた何人もの知っている顔を見て、彼女ははっきりと、明確に、すべてに近い位に、自分に何が起きていたのかを思い出せていた。
「大丈夫かい」
心配そうに、顔色を青くしながらも、微笑みかけてくれようとしているドナート。
「間に合えて、本当に良かった……スピカ様に感謝しなくてはね」
安堵の涙をこぼしながら、自分の手を優しく握ってくれるミシュア。
「町にお前がいないから、探し回って探し回って……鉱山に戻って、スピカ様と出くわさなかったら、お前は今頃は……」
本当にほっとした、と言いたげな顔をしている美貌の青年。
「全く、間に合えて良かった。いい加減父上は先祖返りもいいところだ。竜族の短所、考えが短絡的なところがまるで治っていない」
そんな三人と自分を見やって、心底自分の父親の暴走をあきれているスピカ。
彼等全員を見回してから、彼女は口を開いた。
「……ペトレリエ、いつから鉱山に潜り込んでたんだよ」
「!!!!」
彼女が、その場にいる中で、サマンサならば唯一名前を知るわけもない人間の名前を、正確に呼びかけた事で、彼等は一様に目を見開き、そして口々にに叫んだ。
「僕がわかるのか!!」
「幼馴染みの事を思い出したなら、私達の事は!!」
「記憶が戻ったの!? あなた、自分の名前をきちんと言える!?」
彼等の言葉や驚きの理由はよくわかる物で、彼女は口を開いた。
「ペーター。お前の顔がわからないとか、あたし本当におかしくなってたよ。……お父さん、お母さん、あたし、ちゃんと、二人の事が今はわかる。……あたしは」
彼女は彼等を見回して、しっかりとこう言った。
「サミュア。サミュア・ベラ」
彼女が……サミュアが自分の名前をはっきりと言った時、ついに彼女の両親があまりのうれしさから泣き崩れた。
そしてペトレリエは、安堵から座り込み、そんな彼等の後に、彼等を見守っていたスピカが口を開いた。
「俺が鉱山に出向いて、ペトレリエ・バーナビーと鉢合わせて運が良かったとしか言いようのない事だな。これで、お嬢さんの奇妙な記憶や植え付けられていた記憶の理由がわかる」
まずはお嬢さんから話せる所を話してもらおうか、とスピカが言った事で、サミュアはこくりと頷き、それから咳き込んだので、ミシュアが暖かい飴湯をくれて、それを飲みながら、思い出せる限りの全てを話す事になったのだった。
まず、サミュアが鉱山にぶち込まれ、しばらくたった頃。青白い顔の、自分をサマンサ・オズ・ルインと名乗る少女が入ってきた。
同年代の同性という事で、お互いの監視も含めて、二人は相部屋になったのだ。それはサミュアの同室だった、結婚詐欺師の女の子がついに、発狂して鉱山を飛び出し、崖から落ちて死んだ事にもよる。
サミュアは、顔色の悪いサマンサが長くは生きていられないだろうとは思った、しかし同室の相手が発狂して以来、まともに会話が出来なかったので、普通に会話できる相手として親切にしたのだ。
そして何かと彼女にとばっちりが来ないように、監視員に気付かれないように庇ったり、手を貸していたりした。自分のためにもだが。
そういう中で、お互いの身の上話をする様になり、サミュアは相手が、冤罪を着せられた貴族のお嬢様だと言う事と、鉱山に連れてこられるにしては、やったと思われている事が軽いと言う事実を知った。
嘘をついているとは思わなかった。それはサミュアの野生の勘でしかなかったが、二人はお互いを信じる事にしたのだ。
そうして、サマンサが隠し持っていた、義妹のエリーゼから、最後の贈り物として渡された飴を共有するようになり、二人はお互いの冤罪が晴れた時には必ず、相手の冤罪が晴れるように力を尽くすと約束をした。
「……そんなある時、サマンサちゃんが、あたしみたいになりたいって言って……そこから、記憶があんまりはっきりしてないんだ。頭の中にすり込まれてたのは……あたしがサマンサって事で、サマンサとしての記憶は、サマンサちゃんから聞いた事からたくさん想像した事で」
「それ以降の事は、こちらのペトレリエ・バーナビーが色々と鍵を握ってくれているな」
スピカの言葉を聞き、ペトレリエがサミュアや彼女の両親に説明した。
「僕は、サミュアの無実を信じていたから、サミュアが鉱山で心を病まないように、病んだとしても、外に出られた時に最良の治療を受けられるように、サミュアの手助けになるように鉱山に、医師見習いとして潜り込んだ」
「そして、サマンサお嬢さんとサミュアが同室になって数週間で、サミュアの様子がおかしくなって、言動が変わりまくって、人格も激変した事にすぐに気付いた。その頃にはもう、サマンサお嬢さんは動けなくなっていて、部屋でただ死を待つ見捨てられた状態になっていた。……だから、サマンサお嬢さんの様子を見ると言う名目で、サマンサお嬢さんの所に行った。感染病だったらまずいっていう事にして」
「サマンサお嬢さんも、サミュアがいきなり変わった事をおかしいと思っていて、でもそれを指摘して、サミュアが発狂した様に見えたら、サミュアが処分されるって事で、サミュアから聞いた話を元に、状況が破綻しないように、サミュアを演じていた。……その頃、ちょうどサミュアの無罪が証明されそうだと、ドナート先生達からの速達を受け取っていたから、サミュアが外に出られる事はほぼ確定だった。……だから、僕とサマンサお嬢さんで、一計を案じた。サマンサお嬢さんが協力してくれたのは、自分と接した事の何かで、たくさん助けてくれたサミュアが狂った事が申し訳ないからだった。……彼女は死期を悟っていたからか、自分はもう外に出られなくてもかまわない、と言ってくれた」
「まず、ドナート先生達に、状況を知らせるために、サマンサお嬢さんを一度、懲罰と称して書き物の出来る部屋に連れて行き、サミュアの状態を書き記した手紙を書いてもらった。そして、番号札を入れ替えて、二人が入れ替わった結果、手紙も受け取ったと言う風に、サミュアに思わせるために、サマンサお嬢さんが行動して、僕は、鉱山の人間が、二月に一度だけ体を拭える時に、サミュアが外したサマンサお嬢さんの番号札を、サミュアの元の番号に戻して、入れ替わりがなかったという事にしたんだ」
その、ペトレリエとサマンサという二人の人間の、大胆かつずさんな計画は、しかし上手くいき、こうしてサミュアを自由にし、状況が彼女の両親に伝えられる事になったのだった。




