20 耐久は何時まで
今回はいつもより残酷です。容赦がないです。ご注意ください。
尋問の過酷さは一度目のそれ以降は過酷さを増していた。
尋問する側は、サマンサが姫になりすまし、ロイという高貴な身分の男性を騙したという事に対して、大変な怒りや憤りを覚えている様子であり、何が何でもサマンサに罪を認めさせようとしていたのだ。
だがサマンサの方は、自分が必死に否定し続けていた事が、ただ明らかな事実になっただけなので、自分は否定し続けていたのだ、何も悪くない、という姿勢で居続けた。
意味の無い罪をかぶせられるのは、絶対にいやだったのだ。
王族を詐称したなどというのは、あっと言う間に断頭台の上に立つ、斬首刑になる大罪だ。
認めた瞬間に死ぬのが確定しているのだから、サマンサは肯定するわけにはいかなかったのだ。
しかし相手の方も、サマンサが絶対に悪意を持ってなりすましていたのだ、と言う考えでいる様子だ。
もしくは、その姿勢が国王の意向なのかもしれない。
愛する女性の娘を騙った女の子など、斬首が妥当であり、その流れにするために、どうやってでもサマンサに罪を認めさせようとしている可能性もあった。
「……」
サマンサは最初の尋問から数日後、本当に食事抜きが続いていたため、空腹が限界に達していた。
尋問する側は、これでサマンサが死んでは、処刑にする事も出来ないと言う理性はある様子で、水は与えられていた。
だがそれも、生きるために必要最低限のわずかな水であり、さらに泥のように濁った水だった。
そういった物で、サマンサの精神を疲弊させ、頭の回転を鈍らせてでも、罪を認めさせ酔うという考えが透けて見えていた。
だが、サマンサは鉱山での飲み水になれていた。鉱山での水は、どこもかしこも薄暗かったので、判別は難しいが、口に入れるとじゃりじゃりと砂が混ざっていそうな水で、サマンサでなくても最初の頃は、お腹を痛める水だった。
サミュアはそれにより、人一倍お腹を痛くしていて、痛みで真っ白な顔になっても働かされていた位だ。
そんなサミュアとは違い、サマンサは鉱山で数年生き延びた記憶を持つ少女で、泥水を飲む事に耐性がついていた。
そのため、水の質で、サマンサを疲弊させる事は、容易では無くなっていたのだ。
「食事だ、ありがたく思え」
朝の飲み水以降、何も口にせず、暗がりに座り込み、空腹に耐えて、時間の経過をやり過ごしていたサマンサは、その言葉とともに、明かりを持った尋問員が現れたため、顔を上げた。
「……食事を抜くのではなかったのですか」
「三日以上食事を抜くと、大体の人間が頭がおかしくなって、証言に信憑性がなくなる」
「……」
尋問員の言葉を聞き、サマンサは四角い盆の上にのせられた食べ物を受け取った。
質の悪い、混ぜ物が何かもわからない黒く見えるパンに、香りもあまりわからないほど薄いスープだけである。具材の気配はほとんどない。
だがそれらでも、鉱山での食事を思い起こせば、まだ人肌程度の温度があるだけ贅沢で、サマンサはそれらを口にした。
鉱山の食事と同程度の質の味であり、一度それから逃げ出せたはずなのだが、食べられるだけましだ、と半分ほど胃の中に納めたその時だ。
強烈に胃や喉に違和感が走り、体を危険なしびれが襲い、サマンサは耐えきれずに食べていたものをひっくり返して、冷たい石の床に倒れ込み、そのまま胃の中が空になっても吐き続けた。
それを、ずっと尋問員は冷たい視線で見下ろしている。
吐いて、吐いて、吐いて、なんとか視線だけを相手に向けたサマンサに、尋問員がこう言った。
「どうだ、本当の事を言う気になったか」
「……わたしは、ひめだと、いったことなど、いちどもないです」
「そうか、まだ認めないのか。これから、お前の食事には不定期に、今と同じだけの毒が混ぜられる。毒を疑い食べる事を拒否すれば死ぬだろうし、食べればいつ毒で苦しむかわからない。さっさと認めて、この状況から楽になる方が、お前のためだろうとは思うな」
「……たいした、じんもんほうほうだ、こと。ごうもんはしないのでは、なかったのですか」
「傷をつける拷問は禁止されているが、これは心理戦の一つだ」
ひょうひょうと言う相手を殴ってやりたいほどの怒りが、サマンサの中に浮かんだ。……男爵令嬢だった少女が、誰かを殴りたいと思う事など、ありうるはずがないのだが、サマンサの中には、こいつを殴って引きずり回して、床にぶちまけた食事を口の中に突っ込んでやりたい、と言う苛烈な怒りが確かに芽生えた。
だが、体は動かず、サマンサが嘔吐物と散らばった食べ残しの中に倒れていても、尋問員は助けもしないし、その場所を清潔にする事もなく、明かりとともに去って行った。
「……くそっ」
サマンサは、自分の口から、自分の口調とは思えない悪態が出てきた事に、信じられないと思いつつも、一気に疲弊し、目を閉じた。
どれくらい、これが続くのか。
それは、自分がありもしない罪を認めるまでなのだ。
地獄のような時間であり、……誰も助けには来ない。サミュアの両親だって、とばっちりを恐れて、助ける事は出来ないだろう。それを責める考えを、サマンサは持てなかった。
サマンサの必死の言葉を、信じない集団に、もっと部外者のサミュアの両親の、言葉が信じてもらえるわけもない。
共謀したと、彼等が殺される未来すらあり得そうで、そんな結末にだけは、なって欲しくなかった。
それだけは、間違いなく事実だった。




