2.とある転機
「――――番!! 聞いているのか!!」
サマンサは今日も今日とて、暴力を振るわれないようにと動いていたのだが、そんな時突如耳元で怒鳴られたと思うやいなや、腕をつかまれ、何なのだと思う間もなく、ほかの罪人達が哀れんだ目を向けるのを感じながら、引きずられていった。
監督者達の機嫌を損ねる事を、今日はまだやっていないはずだ、とぼんやりした頭で自分の行動を顧みていた所、監督者に連れて行かれたのは、彼等の仕事部屋だった。
仕事部屋だとわかったのは、この鉱山に連れてこられた初日に、自分の身長や特徴を、監督者達が実際に計って調べて、確認したからである。
その時に、このあたりは監督者達の事務作業の場所なのだな、とまだ動いた頭で判断していたまでの事だ。
サマンサはぼんやりした調子で、座れと促されるままに、食事の時間以外は座る事など許されていなかった、椅子というものに座り、彼等がサマンサをカンテラの明かりで確認したり、ブツブツ言うのを見ていた。
「髪の色、一致。目の色、一致。目元と口元にほくろがある、一致」
「身長も一致。番号札もこの番号だ。間違いない」
彼等は慎重に何かを確認し、サマンサの方を向いた。
「お前は、これから自由になる」
ジユウ。サマンサはそれを頭で理解できなかった。理解できるほどの余裕が、今のサマンサにはなかったのだ。
それほど、鉱山での労働は、サマンサの精神を痛めつけていたのである。
「お前の無実が証明された。よって本日より、お前は鉱山で働く事がなくなった。自宅のある町へ向かう馬車も手配されている。……お前は今日から、何にも後ろ暗いところもなく、自由に生きられるわけだ」
「お疲れ様というわけだ」
言われた事の中身が理解できなかったのだが、サマンサはとりあえず頷いた。
そうすると、彼等はサマンサにまだ湯気の立っているお湯を入れた器を渡してきた。
「厳しいと言われるだろうが、こっちもそれが仕事でな。罪人を甘やかすと、五十年前の大脱走につながると言う事で、厳しく厳しく仕事をしなくちゃならんのだ」
「まったく、上の人間は下の人間の苦労も何も知らないで、あれをやれこれをやれとうるさい」
「それを楽しんでるやつも多いけどな、嫌なやつも大勢いるのさ」
監督者達はそんな事を言った後に、そこで少し休んでいるようにと言って、一人の監督者らしき男を残したまま、おのおのの仕事に戻っていった。
「……よかったな。無実だと証明されたわけだ」
「……」
彼が何か話しかけてきているらしい。だが頭の中がはっきりとしないサマンサは、それを、自分に向けられた言葉だと思う事もできないまま、黙ってお湯をすすっていた。本当に久しぶりの温かい飲み物で、味がしなくても十分に、心を温める様な気がした。
「無実なら、堂々と世間を歩けるから、これからの人生の障害になる事もほとんどないだろう。無実だというのは、そうだと決着がつけば、記録に残るから、雇い先などもすぐに調べられるんだ」
「……」
何かを喋っている。らしい。サマンサはぼうっとしたまま、それらの声を聞き流していた。
なんだか今日は、不思議な事があって、何かの奇跡でも起きているのだろうか。
そんな事を思いながら、彼女は迎えの馬車が来て、彼女を呼ぶまで、そこですわってじっとしていたのだった。
「では、規定通り、こちらの女性を故郷まで送ればいいのですよね」
「そうだ。彼女は無実だったんだからな」
「喜ばしいことです。ここに送られてくる人間のほとんどが、大罪人だというレッテルを貼られているわけですからね。それが撤回されたという事は、彼女にとって幸運な事です」
馬車に乗せられたサマンサは、そんなやりとりが、馬車の外から聞こえてくるのを聞いていた。
「……」
馬車すら鉱山の中まで来ているので、まだ外の光を見ていない。
だが、自分は無実と証明されて、日の光が当たる場所でまた、生活ができるらしい。
ここに来てようやく、サマンサはそうだとわかった。
「お日様の光が見られるんだ……」
痩せ細って青白くなって、常に具合が悪い日々も、これでさようならになれるのだ。
サマンサはそう思うと、少しだけ気分がよくなり、馬車の背もたれに寄りかかって、誰にとがめられる事なく、外に出るまでの間、目を閉じていたのだった。