19 強くなりきる
急転直下とはこういった事に違いなかった。
サマンサは、そんな考えをどこか他人事のように思ってしまっていた。
そんな彼女の前には、複数の険しい顔をした男性と女性が座っている。
サマンサもみすぼらしい椅子に座らせられて、薄暗い部屋で、問いかけられた。
何度目になるのか、わからない問いかけを。
「偽物、お前は一体どこの誰で、誰の手先としてロイ様をだまし続けた?」
それに、サマンサは疲れ果てた声で、彼女にとっての真実を繰り返す。
「私は一度たりとも、ロイ様をだましておりません。私はサマンサ。そして、ずっと、姫ではないと言い続けておりました」
「まだ言うか! お前が翼の国の姫ではない事は、もうすでに調べがついている事実なんだぞ! さっさと白状しないか! 今ならまだ、痛い目を見なくてすむぞ」
「あなた方のおっしゃっている事の意味がわかりません。私は何度も、何度も、翼の国の姫という高貴な身分ではないと言い続けていたのです。姫ではないのは当たり前ではありませんか」
「この期に及んでそんな言い逃れをしようとしても無駄だ! 我が国の姫を騙った罪は重いぞ!! どうやったのか、不幸な娘を亡くした夫婦までたぶらかして」
「あなた方がそう言っていたとしても、私は誓って、ロイ様をだます行動はとっておりませんし、言動もとっておりません。ドナートさんやミシュアさんをたぶらかす事もしていません」
否定し続けるサマンサは、長時間に及ぶ尋問に、疲れ果てていた。
心がくじけそうになり、体はまだ完全に回復していない事もあって、座り続ける事も苦しい。
それでも、サマンサは、二度と何かの濡れ衣を着せられるわけにはいかないので、その思いだけで、殺気立っている、尋問を続ける人々を見返していた。
「私は、何もしていません」
どうしてこんな目に遭わなければならないのだろう。
力を振り絞って、精神が摩耗しても、それでも罪を否定し続けるのは大変な精神力を必要とする。
終わってしまいたいという思いで、罪を認める言動をする人間が、一定数いるというのも納得してしまうほど、尋問は厳しかった。
それでも、サマンサは、言い続けたのだ。
「私は、誰もだましてません」
このように事態が急転したのは、サマンサの髪の毛がそれなりに生えそろってきて、髪の短い男性程度まで、髪が伸びた事による。
ロイはしばらくの間、忙しさによりサマンサを訪れないと前もって言っていたので、彼がやってこない事に対してのさみしさは多少あれども、それだけだった。
だが、髪の毛がそれなりに生えてきた事で、これなら首の火傷の痕なども、髪の毛で隠せるかもしれないと少しうれしかったサマンサが、久しぶりにやってきたロイにその話をしようとしたその日に、事態が一転したのだ。
「茶色の髪の毛……?」
ロイはまずは挨拶をしたサマンサを、信じられないというように見つめた後に、目を見開き、問いかけてきた。
「頭部の火傷のせいで、適当なカツラを用意してもらったのか?」
「いいえ、これは私の地毛です。頭部の火傷の範囲は大きかったのですが、毛根は死んでいなかった事で、こうして生えてきてくれたのです。思えば、あまり自分の髪の毛は好きになれない人生だったような気がしますが、こうして生えてきてくれると、考えが変わってただうれしいですね」
「……君の髪の毛は、茶色だったのか?」
「はい。物心ついた頃から、私の髪の毛の色は父親譲りの茶色の物ですが」
「……そうか」
それだけを言って、ロイは手短に見舞いを切り上げて、どこかに去って行ったのだ。
そして、その翌日には、サマンサはそれまでの丁寧な病人という扱いから、一転して王子を騙した極悪人という扱いになり、病室も追い出され、今のように長時間の疲弊する尋問を受け続ける身の上となったのだ。
サマンサからしてみれば、全く訳がわからないと言うのに、サマンサ以外の人間は、皆その理由を知っている様子で、不気味としか言い様がなかった。
「翼の国の人間達が、マリアンヌ様の長女姫のお顔を知らない事をいいことに、ずいぶんと大胆な入れ替わりの計画を、お前達は立てたようだな」
尋問してくる男の人が吐き捨てる。サマンサは即座に言った。
「私はずっと、違うと言い続けておりました。聞いてくださらなかったのは、ロイ様です」
「ロイ様に自分の過ちをなすりつけようとするな! この国で、尋問の際の拷問が禁じられていなかったら、白状させるためにとっくに、水責めやむち打ちが行われていたというのに」
頭上から怒鳴りつけられて、身が震える。だが、サマンサは屈しないように、唇をかみしめて、頭の中にサミュアを思い浮かべた。
彼女は、鉱山の中で、無実の罪を着せられていても、絶対に屈しなかった。
そして、何時か罪がなくなる、無罪だと証明してくれる誰かが現れてくれる、と信じていたその強い心が、今は欲しかった。それだけの強さを欲しいと思った。
サミュアがうらやましいのなら。
サマンサは頭の中で、サミュアの心の強さを借り受ける事にした。
サミュアの考え方になりきり、その屈しない心を模倣するのだ。
そうでもしなければ、屈して罪を認めて解放されたいと、思ってしまいそうだったからだ。
サマンサは顔を上げた。大きく息を吸い込んでから吐き出す。
サミュアの様に、強く相手をにらむように見る。
震える両手は隠して握りしめて、唇を開き、強い声を出して、なりきる。
「私ではないと、私がどれだけ伝えていたかを、お医者様や看護師の皆様が聞いているはずです。私に尋問をするのでしたら、皆様に聞き込み調査も当然、行ってからの事でいらっしゃいますよね? もしもそれらの裏付けもとらずに、猪突猛進に物事を判断なさっているのであれば、尋問をする側の程度が知れますよ」
サミュアなら、もっときつい言葉で、敬語などなく、喧嘩を売るように言う。
サミュアはそういう、やんごとない立場ともご令嬢とも違う育ちをしていて、町で、月の物が来るまでは、男の子達と泥だらけになって遊んでいた女の子だ。
何度も何度も、自分より背丈の高い男の子達と取っ組み合いをして、つかみ合いで痣を作って、鼻血なんて日常だった子供時代を過ごしていたのだ。
そんなサミュアは、怖い物知らずの無謀な男の子達と似た思考回路で、でも物がよく見えていた。
サミュアの、物がよく見えている頭を、やんちゃ坊主達は一目置いていて、何か悪戯をする時に、サミュアの知恵を借りたり、反対されすぎたらやめたりしていたのだ。
そんな、大胆で怖い物知らずな、強いサミュアに、なるのだ。
「私を頭ごなしに、詐欺師だのと言わないでいただけますか? 非常に不愉快です」
サマンサの、それまでの疲れ果てた声から一変した強い声に、尋問をしていた人間達は戸惑った顔になった後、しかし吐き捨てた。
「その強気が、いつまで続くかな」
「それだけ強くいられるなら、食事くらいは抜くように指示をしましょう。拷問は禁止されていますが、そういった事までは禁止されていないのですから」
そう言って彼等が去って行く。サマンサは彼等が全員出て行き、遠くに行くまで耳を澄ませて、小さく言った。
「サミュア、まだ私に力を貸してください。……あなたの両親にも、危害が加えられないように」
心の中のサミュアが、任せて! と胸を張ったような気がした。




