16 頼もしい協力者
「異母妹とは……」
サマンサがそんな呟きを口からこぼしている間に、扉の向こうから現れたのは、それなりに屈強な若い男だった。
ただ驚いたのは、その男がサマンサをじっと見た後に一言こう言った事である。
「……大変な目に遭ったんだな」
それが、心底そう思っていると言う口ぶりだったからこそ、うわべの言葉ではなく聞こえたからこそ、サマンサは驚いたのだ。
サマンサは、ロイ以外の、病院の関係者ではない翼の国の人間に、一人も会っていない状態だったのだが、それがすべての答えだと思っていたのだ。
すべての答えとは、つまり、歓迎されていない、と言う答えである。
もしもの話だが、いくら国王の愛人の娘で、他国の姫と交換に、他国で育ったと言えども、姫という身分は覆らない。
ならば、愛人の関係者達が様子を見に来る事だってあり得ただろうし、一体どんな娘なのかと、それなりに身分のしっかりした人間が、病室に見舞いに来る事だってあり得たのだ。
しかし、この数ヶ月の間、ロイ以外の王宮関係者は一人として来なかった。
それはつまり、サマンサというか、他国で十代半ばまで育った姫を、快く思っていないと言う現れだと考えていたわけである。
そのため、現れた、サマンサを異母妹と言っている男性が、サマンサの顔を見て、大丈夫か、と言いたげな口調で、そんな発言をしたのに驚いたのだ。
「……私は、あなたの異母妹ではございませんが……燃える倒壊しかけた家屋の中で、この火傷を負った事を、大変な目に遭ったと判断していただけるのでしたら、そうでしょう」
サマンサが、努めて丁寧に、驚きを隠した状態でそう言うと、その男性はサマンサをまたじっと見た後にこう言った。
「お嬢さんは、ずっとそうだと聞いたが、本当だな」
「ずっととは」
「医師も看護師も、お嬢さんは自分は姫ではないと繰り返し繰り返し主張していると、俺に言ってきた。中には、そう訴える彼女の主張を、もっと聞いてあげて欲しいという者までいた」
「……それは事実です。本当に、私は、翼の国の王族に連なる事があるような、身の上ではございません」
「……」
男はサマンサの言葉を聞くと、さらに彼女をじっと見て、鼻を動かした。
「……ロイは母親が蜥蜴族だから鼻が聞かなかったらしいな」
「あの?」
「翼の国が何故、そのように呼ばれているかは知っているか?」
「はい、少しばかりですが。王族の血の中に、天翔る竜の血が流れているから、と」
「それは事実だ。今となっては純血の竜族は一人もいないのだが、ロイの様に、血が共鳴し合い、竜族に近い見た目に生まれてくる人間も存在する。だが大体は母親の種族に生まれてくる」
「……あの、申し訳ございません、ロイ様はあなた様の兄弟でいらっしゃいますか」
「異母弟だ。年は一つしか違わないがな」
男はそう言った後に、思い出した、という声でこう言った。
「俺はスピカ。スピカ・ホーエンツォレルン。ロイと姓が異なるのは、母親の姓を名乗る事が一般的だからだ。即位した者以外はな」
この男性は、多少は話が通じるかも知れない。サマンサはそんな希望を見いだした。
なんとなくだが、医者達や看護師達の話を聞いてくれているのだから、自分の事も聞いてくれるのではないかと思ったのだ。
勘違いをどうにかするならば、今しかないかもしれない。
サマンサはそう思い、スピカを見つめた。
「私の話を、聞いていただけないでしょうか」
「どういった話かによる」
「私が何故、翼の国姫ではない、と言い続けているかの、私の側からの主張です」
サマンサがそう言うと、スピカは面白そうだと言う顔をして、にやりと笑い、寝台の脇にある椅子に腰掛けた。
「長くなりそうだから、座らせてもらうぞ。裏付けをとるために、必要な情報もあるかも知れないから、メモもとらせてもらう」
「ありがとうございます!」
話を聞いてくれる。その、現状を打開する一手に協力する姿勢を見せてくれている相手に、サマンサは声を明るくして、お礼を言った。
ただ、それを聞いた男が、ひどく驚いたような顔をした。
「お嬢さんは、そんなにきれいに響く声で、しゃべれたんだな」
「あの?」
「こちらの話だ、気にするな。さて、お嬢さんの話を聞かせてもらおう」
男はそう言い、サマンサは一つずつ、自分に起きた事、鉱山での事、それらを踏まえての、自分がどう考えても翼の国の姫ではない事を、スピカに伝えたのだった。
彼にそれらを話したのは、サマンサの前提として、姫ではないと言う主張を聞いてくれているからである。
翼の国の姫でなければ、どう扱われていても、戦争になる可能性が低いと思ったからだった。さらに、サマンサは注意深く、自分がルイン男爵家での扱いを強く主張しない様にしたし、サミュアとの入れ替わりの件も、できる限り伝えないように言葉を選んだ。
番号札を入れ替えた事を、おおっぴらに言うのは危険だったからである。
それらを、矛盾が出ないように気をつけて気をつけて喋ったサマンサの主張を、メモをとり、時折疑問を投げながら聞いてくれたスピカは、サマンサの顔色を見てこう言った。
「やっとまともに話を聞いてくれる人間が現れた、と安心した様子だな。一気に顔に疲れが出始めた。……俺はもうここから出て行こう。……安心しろ、きちんと調べて、お嬢さんが何も悪くない事も、身分を詐称したいわけでもない事を、証明する。これだけ情報があれば、調べる糸口はつかみやすい」
それを聞き、サマンサはやっと、顔に笑顔を浮かべられたのだった。
そんなサマンサに、スピカは鼻を鳴らしてからこう言った。
「ロイは蜥蜴族で鼻が効かないが、俺は狼族だからな、余計にお嬢さんの主張が事実だとわかる。……お嬢さんは、陛下の寵愛する女性、マリアンヌとは匂いがあまりにも違うからな」
自分の鼻の鋭さを、自慢げに言ったスピカは、そう言って頭頂部に生えている、獣の耳を動かしてにやりと笑ったのだった。




