14 重なる違和感
「仮面が欲しいのだと聞いたんだが、君はどんな仮面がいいと思うんだい? 日常的に使いやすい物や、公式の場に出る時に使うような華やかな物、仮面にも色々種類があるだろう?」
「公式とは……私は姫でも王族でもないのです、何度もお伝えしていますよね」
包帯をとった二日後に、ロイはやってきてサマンサにそういった。
公式の場と言われてしまったら、サマンサにとってはとてもではないが、否定したくなる物があった。
どう考えても、自分は王族ではないし、国王の愛人の娘でもあるはずがないのだ。
大体において、ロイが出会ったのは自分では無いと思うのも大きい。
鉱山の中で、サマンサはロイに会った記憶などかけらも無く、誰かの手当てをしたという記憶も持っていないのだ。
彼はその出会ったサマンサと名乗る誰かが、自分だと確信している様子なのだが、本人的な意見を言うと、絶対に違うのである。
そして、公式の場に出てしまったら、それこそ自分がその姫だと公的に広まる事になり、そうなった場合には、違っていたと後から判明した時に、王家の醜聞になり、自分もただでは済まされなくなる。
自分が違うと否定し続けていたという、事実は王家の醜聞の前にはないがしろにされがちで、自分が彼等をだましたのだという悪人にされて、処分される未来が予測できた。
「君は何度もそう言っているんだが、君以外にサマンサ・オズ・ルインはいないんだ。あの鉱山で、私も入念に調査を行った。そして君に行き着いたんだ」
「ですから」
サマンサはそれを聞いた事で余計に訳がわからなくなった。
何故ならば、自分がこうして鉱山の外に出られたのは、サミュアと識別用の番号札を交換して、サミュアになりすましたからなのだ。
サミュアになりすましたからこそ、ここにやってくるという結果になったのに、彼の口ぶりでは、番号札など入れ替わっていなくて、サマンサはずっとサマンサのままだったと言いたげなのだ。
しかし、サマンサには、サミュアと番号札を交換した記憶がある。
死にいくサミュアの必死のお願いを聞いたと言う記憶だ。
それが偽りだとか、何かの妄想だとかは、とても思えない。
と言うのに、ロイの言葉を聞くと、自分はずっとサマンサのままで、それ故にこうして外に出られたと言う態度なのである。
……聞いてみた方がいいのかも知れない。
サマンサは唇をなめた後に、口を開いて問いかけた。
「……ロイ様は、私がどういった経緯であの鉱山から出る事が出来たと知っていますか」
「ああ、もちろん。このたびのジョゼフィン王子の婚約が決定するという慶事による、恩赦だと。ジョゼフィン王子の婚約者のエリーゼ嬢が、自分の血縁の女性達を鉱山から出して欲しいと訴えた事による。鉱山から出した後は、辺境の修道院に行く事で、ジョゼフィン王子も納得したと聞いているな」
「……」
サマンサは絶句した。自分が解放された理由が、鉱山の中の監督者達から聞いた物とあまりにも違うのだ。
これは一体どういう事なのだろう。
あの状況で、監督者達がサマンサに、変な嘘を言う訳もないのに。
言葉を失った態度を、ロイは違った風に捉えた様子だ。
「大丈夫だ。君は我が国の姫の一人なのだから、辺境の修道院に送るわけがない。安心してくれ。……そして、君は同じ部屋で亡くなった、冤罪を着せられていたサミュア嬢のご両親に会うために、一度彼等の元に、修道院に行く前に向かうのを許したとも聞いている」
頭が混乱しすぎて、一体何が正しく何が間違っているのかが、わからないのだ。
ロイは断言しており、きっとそれも、公的な何かにより証明されている事実の一つにされているのだろう。
だが、しかし。
サマンサは、自分が鉱山から出てきた経緯が、それとは大きく違うのだと言う事で、頭を抱えた。
「……違い」
ます、と言おうとして、サマンサははっとした。これで番号札の入れ替わりを喋ったら、一体どれだけの罪が自分に計上されるだろうか、という事だった。
番号札の入れ替えは重罪だ。きっと、たとえサミュアの最後の願いだったのだと言っても、それが知られたら、自分は罪人になってしまう。そういう物なのだ。
そして、それを黙認した事になる、サミュアの両親もまた……ただでは済まされなくなる。
そういった物の秘匿は、関係者も厳重に罰されるのだ。
彼等は大切な娘のために奔走したのに、娘が死んだと言う現実だけでもむごいのに、娘の事を聞くために、一時的にサマンサをかくまってくれただけなのに、彼等にまで罪が計上されてしまう。
それはいけない、彼等は娘のために必死になって動いていただけで、まだサマンサの整形もしていなかったのだから、秘匿したというのは微妙なのだ。
そんな彼等に、優しい人達に、ひどい結果など与えたくない。
これらが頭の中を駆け巡ったサマンサは、口をただ開いた。
「信じてください、私は、翼の国の姫である事は、あり得ないのです」
「……君は聞いていた以上にずいぶんと、頑固なようだね。一国の姫君であり、輝かしい将来が約束されているのに、どうして君は、そんなにも自分が高貴な身分だという真実を、否定し続けるのだろうか」
「私にとって、姫ではないという事が、数少ない真実だからです、ロイ様」
「……そうか」
ロイは悲しそうな顔をした。そして一呼吸置き、こう言った。
「きっと君は、様々な思ってもみない事が自分の身の上に降りかかっているから、頭の整理も心の整理も追いつかないのだろう。……君がそういう、陛下にお会いできる状態ではない事は、私の方から陛下にお伝えしておこう。……仮面は、質素で軽い物を、何かあつらえておこう。きっと君も、陛下にお会いする時には、華麗な仮面が欲しくなると思うな」
ロイはそう言って去って行った。サマンサは自分の体を抱き締めて、小さな声で呟いた。
「……何が、私の知らない外側で、起きているのでしょうか」
知る事の出来ない外側で、たくさんの物が動いている。
それだけは少なくとも感じ取れたので、サマンサは身を震わせたのだった。恐ろしさや薄気味悪さから。




