13 隠される真実
「……彼女から薬物使用の痕跡が見つかった?」
そう言った男は、難しい顔をしている医者達の言葉を待った。
医者達は、なかなか強くは言えなかった様子だが、そろって頷く。
それが真実だと言う調子だった。
「どういう事だ? 翼の国の禁止薬物を、彼女が服用していたならば、もうとっくに薬が体から抜けて、禁断症状で一目でそうだとわかる様になっているはずだろう。それに、翼の国の禁止する薬物は、どれも他の国でも所持使用していれば、重い罰を受ける物だ」
「そうです。しかし、私達は治療中に、彼女の目を確認したところ……禁止薬物の一つ星草を服用した者特有の、瞳の中に星がやどって瞬く、と言う症状を確認しました。何かの間違いではないかと、ここにいる皆が交互に確認したのですが……皆それを確認したのです」
それを聞き、男は難しい顔をして黙った。星草は翼の国どころか、この大陸の国ならばほぼすべてで、栽培も使用も所持も禁止されている植物だった。
二世代前の頃は、目の中に星が宿ると言う特徴のために、こぞってそれらを貴族は使いたがったのだが、その代償はあまりに重く、服用回数が増えれば増えるほど、暗示や催眠にかかりやすくなり、重度になれば操り人形になるという結果になった。
それも、自覚症状は全くなく、他人の目から見ても、あまり不自然には映らないほど、気付かれないうちにそうなる、という事から、その結果が明らかになった瞬間に、大陸で使用禁止になった植物だった。
これは元々は美しい花をつける星薔薇を、もっと美しくするための品種改良によって人工的に交配を重ねて生み出された植物で、重度の使用者は操り人形同然となる、と知られたその年に、交配の記録は封印され、生えているものはすべて跡形もなく燃やし尽くされたはずなのだ。
そういった歴史の中で、消滅したはずの禁止薬物を、彼女が使っていた。
それはどういう事を示すのか。
男は腕を組んで考えた後に、彼等に問いかけた。
「彼女の状態は? 軽度なのかそうではないのか」
「瞳の状態から確認したところ、重度の手前でした。……おかわいそうに。あの年齢であれだけ体の中に、星草の成分がたまっていたというのは、彼女が自分自身の心のままに、生きてはいられなかったという事になります」
「彼女はそれだけ長い間、操り人形同然の生活を?」
「爪の状態から判断するに、数年で一気に摂取する事になり、それから鉱山での生活の中で、ゆっくり成分が抜けていっていたのだと思われます。あの成分は、日の光を浴びると、体に長く留まる性質を持っています。……結果的にあの方は、鉱山で日の光が当たる事なく生活出来たために、手遅れになる前に、なんとか我々の所に来てくださった、と言う結果です」
「あなた方は、手遅れになる前ならば、彼女の体の中から星草の成分を抜く方法を存じているのか?」
「あくまでも、手遅れになる前でしたら、まだ、こちらの手持ちの飲み薬と注射で、体の中から成分を排出させる事が可能です。私達は、彼女に何も知らせずに、殿下にもお知らせせずに、それを秘密裏に進めました」
「……だろうな」
男は医者達の独断が、英断の一つだったと判断した。
これを王宮に知らせて、決断を待っている間にも、成分は彼女の体に浸透していき、決定した時にはもう手遅れになっていたかも知れなかった。
そうなれば、やっと見つけ出せた彼女は、もう、表の世界では生きられなくなってしまう。誰かの操り人形になってしまう姫は、あまりにも危険に過ぎる。飼い殺しにするしかない。
それはきっと、誰も喜ばない結末に違いなく、医者達が後になって、彼に報告した事は、彼女を救うと言う意味で、正しい行動だった。
「やっと彼女の瞳から、星の形跡が消えました。星の形跡が消えたならば、もう、体から星草の成分は抜けきったも同然。自然な排出で、すべて抜けていきます」
「……一体何者が、彼女にそれを服用させたと思う」
「彼女を操りたい誰かでしょう。爪の形状から、彼女はじわじわと星草を摂取したわけではなく、短期間にとてつもない濃度の星草を摂取したと診断できました。何者がそれを行ったのかは判断できませんが、彼女を自分の都合のいいように操り、自分に有利な状況を作りたかったのだと」
「……これは、あの国の事をかなり調べる必要がありそうだな。彼女の故郷の事も、彼女の生活状態の事も。おそらく、彼女の暮らしていた生活が、答えを導き出す」
男はそう言い、極秘に彼女を救おうとしていた医者達に、軽く頭を下げた。
「ありがとう。彼女が手遅れになる前に、彼女を救う事を優先してくれて。これが兄上達に知られた後だったら、騒ぎが加速し、手遅れになっていたに違いない」
「上の殿下達は、彼女が王宮に戻る事に反対していらしましたからね」
「相手の国で育った女の子が、こちらで恭しく育てられた姫に勝るわけがない、姫を兄上達の誰かの妃とし、彼女は母親が不名誉な行いをしたという事にして、排除するべきだと主張していたからな」
「陛下がそれでも、愛した女性の一人の産んだ娘に会いたい、と切望した結果、あなた様が出向く事になりましたね」
「それが兄上達出ない事が幸いだ。……兄上達の誰かだったら、彼女はもう斬り殺されている」
男は兄弟達の手加減をしない性格を知っていた、それ故に、愛する女性を遠くに連れ去ろうとする腹違いの妹は、忌々しい存在になっている事実もまた、知っていたのだ。
「皆、この事は内密に。あまり広めて回るな」
「はい」
「彼女につきそう医者の夫婦は?」
「……何を隠そうあの夫婦が、私達に相談してきたのですから、知っているでしょう。そして、黙ってくれています」
「そうだったのか。彼等にも、平穏な暮らしを約束し、この事を内密にして欲しいと言わなければな」
「はい、彼等は心根の優しい、患者に寄り添う良い医者夫婦ですから」
彼等はそう言い、その場を後にした。




