12 戻らないもの
「お顔の火傷の痕なんですが……あまりにも広範囲であるため、人相が変わったように思えるかもしれません。燃えて倒壊している家屋の中から、救助されたという事でしたし。髪の毛もすべて焼けてしまっていますが、あまり落ち込まないでください」
やっと顔の包帯がとれると判断されたその日、サマンサがかけられた言葉はそれだった。
医者の人達も看護師の人達も、サマンサが自分自身の顔を見て、ショックで何をするかわからないという思いだったに違いない。
サマンサは、それがある程度までは想像できた。
普通の女の子の感覚として、顔の大部分に火傷の痕が出来て、さらに髪の毛も失ってしまっていると聞かされたら、平気ではいられない。
自分の顔立ちや髪の毛に、自信を持っていた女の子だったら、そのショックから命を絶つ程の苦しみを覚える事もあるだろう。
だが、サマンサにとっては今更のような事でもあった。
ルイン男爵家では、エリーゼの代わりにサマンサが、日常的に母や姉から暴力的な行為を受けていた。
そのために、体の見えない場所は痣だらけだったし、髪の毛も、頭に血の上った姉が切り刻んだ事だってある。
さすがにその時は、衝撃を受けて自室の物置に引きこもったのだが、父が連れてきた理髪師が、短い髪の毛でも十分な見た目になるように整えてくれたので、死にたい、と思うほどの時間は短かっただろう。
鉱山に連れて行かれる前までは、そういった事が日常だったサマンサにとっては、痣も火傷の痕も似たような物で、髪の毛がないと言う事でも、ひどい衝撃は受けないと自分では判断していた。
サマンサがそこまでされながら、どうして家族を憎んだり出来なかったのかというと、自分でもどうしてかは全くわからないのだが、恨めなかったのだ。憎めなかったのだ。
嫌いだという感情がわかなかったのだ。
その理由が、何なのかはサマンサ自身もわからない。
一つ言える真実は、ひどい目に合い始めた頃は、確かに悲しかったし痛かったし辛かったし、両親にも姉にも、否定的な感情があったという事だ。
だが、それもすぐになくなり、ただ彼女の頭にあったのは
「時間がたてば、姉も母も正気に戻ってくれる」
という感覚で、エリーゼが大国の王子に見初められて、寵愛されている間、かんしゃくを起こす母や姉に、暴行を加えられていても、頭が馬鹿の一つ覚えのように繰り返したのは。
「エリーゼが見初められて嫁いでいけば、姉も母も正気に戻って平和になる」
という中身だった。
……改めて考えてみると、ずいぶんとまあ、馬鹿な考え方で、気楽で、間抜けな考えだ。
それを、サマンサはこの治療期間中に見回す事が出来ていた。
ただ愛人の娘だという事で、いじめるのはもちろんおかしい事だ。
だが、それを指摘した娘をよってたかって傷つけて、ひどい目に遭わせていい話はもっと存在しない。
エリーゼが寵愛されて、怒り狂っている姉や母が、エリーゼが嫁いだから正気に戻るなんてのも、甘すぎる夢物語だ。
残された人間は、怒りや嫉妬そのほかの感情の矛先を、どこかに向けて、きっとそれは自分になったのだろうから。
……どのみち、自分はどうあれ、ひどい目に遭う道しか敷かれていなかったのだろう。
それを受け入れると言うのは、認めたくない事だったが。
「では、包帯をとりますね。気を確かに持って、落ち着いていてください」
そう言われて、医者達がサマンサの顔の包帯を外していく。
このところずっと、顔に感じていた軽い圧迫感が消えていき、まぶたの包帯が外れた時に似た、明るさが視界に感じ取れた。
「……鏡を持ってきてください」
サマンサは努めて冷静にそういった。医者達はそう願った女の子の顔を見て、確認した後に、小さな鏡を持ってきた。
「……」
サマンサはそこでやっと、自分の顔を確認したわけだが、心に抱いた感想は
「思っていたよりもひどい顔になっていない」
という物だった。サマンサの予想では、皮膚も引き攣れ、肌色も変色し、二目と見られない顔になっていたのだ。
だが、顔は確かに、火傷の引き攣れた痕もあるし、変色した箇所もあるが、二目と見られない顔ではなかった。
それでも、貴族令嬢がこんな顔になってしまったら、その令嬢は気絶するかも知れないし、世を儚んで舌を噛むかもしれなかった。
「あの、髪の毛は再び生えてきますか」
サマンサの言葉が、医者の想像よりも落ち着いていたのだろう。医者達はそれに頷いた。
「はい。毛根までは焼けていなかったので。現場を知りませんが、幸運な事に間違いはありません」
「なら、まだどうにかなりますね。……でも面影も何もあった物ではありませんね」
「申し訳ありません。全力で治療に取り組んだのですが、力が足りなかった」
「いいえ、生きながらえさせてくださったのですから、力が足りなかったなどと言わないでください」
「ずいぶんと、落ち着いていらっしゃる」
「痣も火傷も同じような物ですから」
サマンサはたいした事がないと言う口で言ったが、医者達にとっては意味がわからない事だったのか、一瞬だけ怪訝な顔をされた。
彼等に過去を語る意味も無いので、サマンサは笑った。
「ですが、人前に出る時には、お相手の方を不愉快にさせないために、隠す物が必要ですね。見繕ってくれる方がいらっしゃるといいのですけれども」
サマンサの基準では、まだましでも、貴族社会でこの状態の顔は、あまりにもあり得ない。
そのため、人前に出なければならない局面に立たされた時のために、仮面は必要だと、サマンサは客観的に判断したまでの事だった。




