三、融和
繋ぎ止めたいものがあった。欲して止まない心があった。今、瑠香はそれを手に入れたと言うのに、この罪悪感は何だろう。桂は、元は客だった。硝子屋に依頼を持ち込んだ。透明のワイングラスを、瑠香は食んだ。桂の恋人と、桂の記憶が流れ込んでくる。当時、行方不明だった恋人は、もうこの世にはいないと桂に告げた。桂は対価のビー玉を払わず、飛び出した。彼が再び顔を見せたのは数か月後。恋人の遺体が見つかったと言って、瑠香に詫び、ビー玉を差し出した。それから、桂は硝子屋に足繁く通い、ついには居つくようになったのだ。物好きだと思い、しかし、その事実を喜ぶ自分を瑠香は自覚していた。恐ろしいと思った。恋心に惑乱されている。桂の愛した人はもういないのに。瑠香は、これまでに受け取ったビー玉と、桂から受け取ったビー玉を、密かに選り分けて保管している。桂から受け取ったビー玉は青く透き通り、瑠香の宝物となった。金色の球体が沈む。夜の訪れ。硝子屋に客が来る。そうして生業をこなした後、いつものように飲み物で咽喉を潤し、寛ぐ。瑠香は薄目を開けて、桂を覗き見る。桂は清酒を飲んでいる。
「桂」
「うん?」
「もう、良い」
「何が?」
「同情しないで良いから。桂は好きに生きて」
沈黙。桂が立つ気配がした。
「同情してないし、好きに生きて僕はここにいる」
「だって、恋人がいたでしょう。亡くなってショックだったでしょう。――――――――私を憎んでいるでしょう」
「彼女とは、気持ちがもう離れていたんだ。ショックだったのは、寧ろ、自分が彼女の死を平静に受け容れたことだ。後ろめたくて。だから、飛び出した。瑠香に、どう言えば良い?
彼女より君が気になっているだなんて。僕は君を憎んでなんかいない。憎いのは、僕自身だ」
瑠香は、桂が座卓に置いたグラスを食む。
はりん
沁み渡るのは、桂の想い。瑠香に寄せる思慕の情。
「嫌いな女性を抱き締めたりなんてしない」
桂が瑠香の手を取る。
硝子よりも透き通った一滴が、瑠香の手の甲に落ちた。