二、蛍
黄金が沈み、世界は茜と藍に満ちる。
瑠香は夏の黄昏と夜を好んだ。こんな日は特に、客が来る。別に決まり事がある訳ではないが、なぜかそうなのだ。漬け込んでいた柴漬けを、包丁で細かく切る。これだけでも立派なおかずの一品になる。茗荷の柴漬けなど、特に美味しい。瑠香は、膳の用意をする桂の口に、胡瓜の柴漬けを一切れ、押し込んだ。咀嚼音が響く。
「美味しい」
「うん、よく漬かってるみたい」
二人は微笑みを交わすと、食卓に着いて夕餉を始めた。かますは新鮮で塩焼きにするととても美味だ。冷奴はこの季節の定番。味噌汁には豆腐と牛蒡。一人の食事は寂しいけれど、二人で食べれば幸せになる。亡くなった祖母が、瑠香によく言っていた。だから瑠香は、桂が来てくれて救われたと思った。同時に、許されないとも。他愛ない会話を交わしながら、箸を動かす。食事が済むと二人で食器を片付ける。すっかり日が落ちた頃、やって来たのは品の良い老人だった。瑠香に差し出した硝子の皿を持つ手は小刻みに震えていた。瑠香はその青い硝子を食んだ。
はりん
老人の、伴侶と思しき老婦人との思い出が流れ込んでくる。どの記憶も和みと笑みがある。瑠香がそれを告げると、老人は肩を落として僅かに落涙した。対価のビー玉を受け取る。帰り道に迷わぬよう、提灯を貸す。老人は何度も頭を下げながら帰って行った。客間に戻ると、桂が珍しく麦茶を飲んでいた。酒で酔わなくて良いのだろうか。瑠香はそう思いながら縁側の揺り椅子に座る。風鈴と虫の合奏。ふわ、と蛍が舞い込んで来た。気づけば客間は蛍の光に満ちている。瑠香は手を伸ばした。一匹の蛍が留まる。繰り返される命の明滅。愛おしい命は、来た時同様、気紛れに飛び立っていった。光跡が残る。桂がすぐ近くに立っている。
「責めたいの?」
「違うよ」
桂は瑠香の華奢な身体を抱き締めた。