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第一話 領主の娘①


「暇ですねぇ~」


受付の机に突っ伏してそう呟いたのは、俺の店で働く看護師、マリィだ。その言葉の通りに俺の店は絶賛、閑古鳥が鳴いているわけだ。

客が来ないのはいつものことなので特別なことではないが、すでに1週間この状態が続いている。最後に来た患者は“山猫の牙亭”のセスだ。


「まぁ、呪いなんぞ、かかるやつがいない方が良いだろ。」


そう、呪いなんてものを扱う店が人気店であったら、それこそ世も末である。呪いと言っても多岐に渡るが、不人気くらいがちょうどいい。


俺の店は少し特殊で本当に必要な者しか辿り着けないように仕掛けが施してあるが、ここまで暇なのは久しぶりだった。


「でもぉ、お金を稼ぐにはお客さんが来ないとどうしようもないですよ~」


「俺は金がなくても困らない。」


「もぉ~、私のお給料はしっかり払ってくださいよ~?」


「当たり前だ。」


金にうるさい看護師の言葉を華麗にスルーした俺は、客が来ないのをいいことに自分の趣味兼仕事でもある呪いの道具の調査を行うことにした。


ガチャガチャと箱を漁ると中から取り出すのは精巧な作りの人形で、これには誰かがかけた呪いがガチガチにかけられている。俺でなければ気付けないくらいには隠されているが、俺にははっきりと分かる。可愛らしい女の子の人形なのに恐ろしいことだ。


俺はその人形にかかっている呪いを観察する。こうして触っていても呪いが映らないことを見るに、条件発動型の呪いなのだろう。発動条件に当たりをつけて探っていく。


実はこういった呪いの道具の調査や解呪、反転などが俺の一番の収入だ。呪いの道具というのはありふれているくせに対処できる者が限られているという厄介な代物である。

それに対処できるのはその呪いに会ったことがある呪術師だけだ。その点、俺は他の呪術師より優位かもしれない。


呪いというものは基本的に危険な術だ。属性魔法なんかとは違って習得方法も特殊で、一般的には出回らない。

呪いとはその身に掛かる“障り”である。呪術師がそれを扱えるようになるには、その身に何度も受けて耐性をつけ、扱えるようにならなくてはならない。偶発的に呪いをかけてしまうこともあるが、余程の執念がないと実現しない。


呪いというのは解呪されれば術者に帰る。故に呪いとはその呪いの耐性を持たぬ者にとっては諸刃の剣なのである。


呪いにはくだらないモノから悪辣なモノまでいろいろある。この人形は、くだらない呪いに分類されるが、呪いの程度と術者の執念とは比例しないもので、非常に強い念を感じる。いや、正確には非常に強い念があったのを感じる。


人形を観察していくと、この呪いは受け取った者にそのもう一つの呪いを移すというものであることが分かった。しかし、ここにはもう一つの呪いがない。何度見ても、だ。


発動条件は単純で、『特定の血統を持つ者が両手で触れた時』とあり、非常に発動しやすい条件となっている。


これらのことから察するに、この呪いはすでに発動した可能性が高い。もう一つの呪いがどのような呪いか分からないので、断言はできないが、おそらくこの人形はすでに役目を終えたのだろう。役目を終えてなお執念が強く滲み出るのはそれだけ術者の念が強いということかもしれない。


「これはそのまま焼却でもいいが、一応処置はしておこうか。」


「え?先生!それ捨てちゃうんですか?!もったいない!それなら私に下さいよ!」


俺の呟きを拾ったマリィが耳聡く人形を欲する。俺としては与えても問題ないのだが、心情としてはドン引きである。

俺のもとに来た呪いの品とわかって、よく欲しがることが出来るな。


「フンッ少し待て。<移れ>。ほら受け取れ。返品は認めない。」


「わぁい!ありがとうございます、先生!かぁわいいな~。」


俺は右手に着けた手袋を取ると呪いを即座に消し去ってマリィに人形を渡す。嬉しそうに受け取る看護師に返品不可を告げて立ち上がった。

いつも通りの暗い緑色のローブを取り出して羽織るとマリィに戸締りを命じる。


「マリィ、出かけるぞ。戸締りと札をかけておけ。」


「え?どこに行くんですか?まだ診療時間ですよ?」


マリィは質問しながらもテキパキと戸締りを開始する。人形は受付のテーブルに置くらしい。まぁ、精巧な作りなので雰囲気はあるが、少々怖いな。


「往診だ。行くぞ!」


「往診ですか?いったいどこの誰のです?!」


「もちろん決まっている。その人形の依頼人だ。早くしろ。」


「えー!?それってたし『バタン』」


マリィを待つこともなく店の外へと出ると、時間は夕方の少し前と言ったところか。人通りが少ないのはここがだだっ広い辺境伯領であると同時に奥まった路地裏だからかもな。


と、俺が周囲を見回しているうちにマリィの支度が終わったのか店から出てきて鍵を閉める。その恰好はいつもの白衣に往診用のでかい鞄だ。彼女はダークエルフだけあって魔法が得意で身体強化も使えるため、でかい鞄でも楽々持ち運べる。


「もぉ~、先生ってば、少しは待ってくださいよ!」


「五月蠅い。早くしろ。」


文句を言うマリィに適当に返して目的の場所まで移動を開始する。今から行けば夕食の時間より前には到着するだろう。


路地裏から出て大通りに進むと、そこには夕食の買い出しだろう主婦たちが店主と交渉をしたり、真剣に食材を吟味したりしていた。


先ほどの裏路地よりも混雑している大通りを歩いていると声をかけられる、主にマリィが。


「おっ!マリィちゃん。今日は買い出しかい?良かったらうちの野菜買ってかない?サービスするよ!」


「マリィちゃん!八百屋よりもうちで肉を買ってきなよ。良い牛肉が入ったんだよ。すき焼きなんかどうだい?卵も付けるよ!」


「八百屋のおじさん!肉屋のおじさん!いつもありがとね!でも今日はお仕事だから!また後で時間があったら寄るよ!」


「「そうかい。残念だなぁ。」」


主にというか、完全にマリィだけだった。俺のことは見えてすらいないのかもしれない。若干寂しい気持ちになりながらも俺は進む。


「あっ!先生!待ってくださいよ~。」


「遅い。親父共に構ってないで早く来い。」


「あれ?先生、やきもちですかぁ?かわいいー。」


「バカなこと言ってないで行くぞ。」


「はぁ~い。」


マリィの戯言を流して先を急ぐ。あの人形が俺の店に持ち込まれてから最低でも1週間が経過している。あまり悠長に過ごす時間はないかもしれない。


そうして到着したのはこの辺境を治める領主、その家族が住む領主館である。俺の患者はおそらくここにいる。


「おい、そこのお前。領主に伝えろ。至急、相談したいことがある、とな。」


「「はぁ?!」」


俺は領主館の正門の前に立つ門番にそう言った。余計な説明をするのもアポイントを取るのも煩わしい。

夕食時だ。家族思いと噂される領主のことだから、きっと館にいるはずだ。


しかし、思ったようにはいかないらしい。なんで俺は槍を向けられているんだ?


「はぁ~、そんないきなり言ってもダメに決まってますよ。」











拙作を読んでいただきありがとうございます.


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