辺境の呪術師
イノシン酸と申します。楽しんでもらえると嬉しいです。
※注意※
この作品に出てくる呪術は現実および架空の呪術とは関係ないものです。
ガラガラと音を鳴らしながらストレッチャーが隣の部屋に入室した。その音で目が覚めると、今度は俺の部屋のドアが開く。
「先生!急患です!自宅で突然吐血して倒れ、医者や神殿に行ったところ、こちらに回されたそうです!」
ハキハキとした口調でそう言ったのは、白衣を着た女性で、その特徴として耳が尖っており、肌も黒褐色といったところがある。
説明するまでもなくダークエルフの看護師なわけだが、彼女が話しかけた先生というのは俺のことだ。とある事情で俺の店で働く彼女はマリィといい、なかなかに優秀な助手である。
急患とのことなのでしょうがないとばかりにムクリと寝ていたソファから起き上がるとワードローブから愛用の暗い緑色のローブを取り出して纏う。ほとんど黒ではあるが、この色合いが好きなのだ。
呑気な俺に業を煮やした彼女が口調を強めてその患者の追加情報を話す。
「急いでください!運ばれてきたのは大通りにある”山猫の牙亭”の料理長、セスさんなんですよ?!」
その言葉で患者のことを思い出す。辺境に住み始めてまだ一年ほどだが、世話になった者は流石に覚えている。
大通りで大人気の飯屋の料理長だ。俺が店を開いた当初、食うもんが何もなかった時に食わせてもらったり、今でも定期的に食事させてもらっている。流石に今は金を払っているが。
まぁ、イケメンで誰にでも優しかったし、いつかこんなこともあるかもとは思っていたが、意外と早くその時が来てしまったようだ。
女のそういった執念にも近い恋心や嫉妬心とは恐ろしいものだな。セスはたしか既婚者だったはずだぞ。経理担当のメガネ美人の嫁さんがいると聞いたと記憶している。
セスの状況を勝手に推察しながらも準備を進めて行く。
こんな夜明け前の早い時間だが、俺が店にいてよかった。流石に恩人を救えないなんて洒落にならん。
俺はまずはマリィに必要なことを伝える。
「よし、まずは部屋から患者以外を出せ。種類にもよるが、たらい回されたとすれば時間がないかもしれない。」
「わかりました!」
返事をしてから勢い良く部屋を飛び出した彼女を見送ってから、今度は魔物の革で作った手袋をして俺も部屋を移動する。
移動した部屋は、言うなれば診察室兼処置室で、ストレッチャーが処置台の真横に置かれている。
ふむ、まずはストレッチャーに乗せられたセスを処置台へと動かすか。
俺は横たわり意識のないセスに右手の手袋を外して手をかざす。
「さて、<軽くなれ>。」
軽くなったセスを左手で持ち上げて処置台へと移す。そして、移動が完了したところで右手で触れる。これで移動は完了だ。
今度はセスの状態を確認しようか。息もしているので手遅れということはないだろうが、深さによっては処置を急がねばならない。
「ふむ?どこだ?」
場所を探るため、セスの体に右手をかざしていく。場所はすぐに判明した。心臓だ。
「<移れ>」
場所がわかったので、そこに右手を当てて掴むようにして引き抜く。自分が掛けたモノも一緒にだ。そして、そのままソレを自分の胸に入れる。
「あぁ、これはなんの呪いだったかな。そうか、心臓を患う呪いか。
少しずつ鼓動を弱めるという非常に強力な呪いだが、俺には効かん。もう経験済みだ。」
自分の体に移したソレを俺はなんてこと無いように消し去って、手袋を再度つけた右手で脈を見る。
異常は見られなかったので、一安心して隣の部屋にいるはずの患者の家族を呼ぶ。
「おい!もう入って来て良いぞ。処置は完了した。」
すると中に入って来たのは4人で、一人はマリィ、もう一人はメガネ美人、後はセスによく似た少女とメガネ美人に似た少年だ。
先程まで泣いていたのか目元をハンカチで拭っていた。
嫁さんもそうだが、子どもたちに会うのも初めてだが、俺は子供が苦手だ。出来るだけ近付かないようにして話す。
「セスの呪いは完全に消し去った。死ぬことはないだろう。」
「本当ですか!ありがとうございます!ありがとうございます...。」
「「おいちゃん!ありがとう!」」
メガネ美人の嫁は泣き崩れながらも礼を言い、子どもたちは泣きながらも笑顔で礼を言った。
礼を言われたことよりも、「おいちゃん」と言われたことにショックを受けつつも無感情を装いながら頷くと、親切心で忠告する。
処置をした時点で原因がわかったからな。
「これは忠告だが、従業員を雇うことを検討したほうが良い。セスが接客を続ける限り再発するぞ。」
「そ、それは。・・・そうですね。そうします。」
俺の忠告の意味を正しく理解したのか、セスの嫁は頷いた。
そこですかさず看護師としてマリィが声を掛ける。俺がショックを受けたことに気がついた彼女の声が震えていたのは触れなくていいだろう。
「それではお代金はあちらでいただきますので、どうぞ。」
マリィの誘導に従ってセスの嫁さんは子どもたちを連れて退室する。
とりあえず、セスのやつを叩き起こすか。このまま寝ていられても仕方がないし。
「おい、起きろ。もう動けるだろ?」
寝ているセスの肩を揺らしながら声をかけるとしんどそうにしながらもうめき声を上げて目を開く。
まあ、心臓が止まりかけていたわけだし、しょうがない。
「うぅ・・・ここは?俺は確か店で料理中に・・・ハッそうだ!急に胸が痛くなって!」
「そうだ。前に忠告しただろうが。あまり厨房から出るなと。そのせいでお前は死にかけたんだぞ!」
俺はこうなった原因を伝えるとセスは愕然としたようだった。そしてあろうことかこんなことを呟きやがった。
「あれは・・・ただ独身がひがんでいるだけかと思って・・・。」
「ああ゛ん?」
こいつは自分がモテることを知っているくせに無頓着だ。そういった点で嫁は苦労しているんだろうが、ここまで行くと改善はさせなくちゃな。
さて、こいつの戯言は聞き流してやるとして、今日の営業は随分早くなってしまったが、始めるとしよう。
これは辺境に居を構えるこの俺、不滅の呪術師アンフェア=ガングリッジの物語である。
拙作を読んでいただきありがとうございます.
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