お菓子屋の看板娘から消えた硝煙臭
近鉄奈良駅からしばらく歩いた私を迎えてくれたのは、軒先に身代わり申の吊るされた町家が趣深い古都の街並みだった。
「ここが奈良町か…美衣子ちゃん、元気にしてるかな?」
この東大寺や春日大社の門前町を私が訪れた理由は、友達の女の子と旧交を温めたかったからなんだ。
その子の実家は奈良町の和菓子屋さんで、今は看板娘として家業を手伝っているんだよ。
「こないだまで歩兵銃を担っていた手で、今は和菓子を取り扱っているんだから、人生は奥深いよ…」
そう考えると、妙な微笑が口元に浮かんじゃうな。
何せ、今から私が会いに行く四方黒美衣子ちゃんは、大日本帝国陸軍女子特務戦隊で苦楽を共にした戦友だからね。
除隊して民間人になった姿を見るのは今日が初めてだから、何だか照れ臭いよ。
だけど実際に会うと、照れ臭さより驚きの方が勝ったんだ。
「久し振り、美衣子ちゃん。元気そうで何よりだよ。」
「里香ちゃんは相変わらずだね。女子特務戦隊の軍服、よく似合ってるよ。」
温厚な美貌もイギリス結びにした髪。
和服姿だけど、陸軍時代の美衣子ちゃんと基本的に変わりは無かった。
しかし、細かいけれど重要な部分が決定的に違ってしまっていたんだ。
「美衣子ちゃん…小豆と肉桂の匂いがするよ。」
「まぁね、里香ちゃん。今お店に出してる羊羹と肉桂餅、いくつかは私が作ったんだ。」
和菓子屋の看板娘として和服に身を包んだ美衣子ちゃんからは、もう硝煙臭は伝わって来ない。
代わりに漂ってくるのは、和菓子の甘い芳香だったの。
軍務とは無縁の、平和な民間人に戻ったんだね…
和菓子屋の看板娘として平和に暮らす美衣子ちゃんと、大正五十年式女子軍衣に身を包んだ私こと園里香少尉。
生きている世界が、随分と違っちゃったなぁ…
「やっぱり軍人さんを続けるの、里香ちゃん?もう戦争は終わったんだよ。誉理ちゃんだって戦死しちゃったのに…」
だけど、私の身を案じてくれる心遣いは、昔の美衣子ちゃんのままだったんだ。
「うん…それが私の生き方だからね。」
そんな美衣子ちゃんを見ていると、大日本帝国陸軍女子特務戦隊に留まった私の選択は間違いじゃなかったって、改めて実感出来たんだ。
先の戦争で散っていった戦友達と、永久に共に在り続けるためにも。
そして美衣子ちゃん達を始めとする市井に戻った子達が、何時までも穏やかに暮らせるようにするためにも。
立派な帝国軍人として国防に尽くす事こそ、我が人生だってね!